「ばっちゃん!」
「おやエド。もう身体は大丈夫なのかい?」
「兄さん!良かった、目が覚めて」

 下の部屋にはピナコとアルフォンスがいた。エドワードの顔色はまだ少し悪いが、いつも通りの姿を見てふたりともほっとする。ウィンリィだけでなく、エドワードも静かなこの家がとても落ち着かなくいてもたってもいられなかったのだ。

「大丈夫。アルも、心配かけてごめんな。それよりばっちゃん、オーガン・ルージックって人知らないか?母さんの知り合いだと思うんだけど……」
「オーガン?」

 いきなりなんだとピナコは訝しんでエドワードを見るが、その目が真剣だったのと、『トリシャ』に関わることだと聞いて思考を巡らせた。しばし考えて、思い出したように「ああ」と声を出した。

「そういえばそんな人がいたねえ……。若いときだったよ。ホーエンハイムに会う前からだったような……」
「どんな人?」
「さあ。あたしもよくは知らないよ。覚えていることといえば、あの人はトリシャを追いかけ回していたってことだけさ」
「追いかけ回したぁ?」

 エドワードの眉が寄った。自分の母親がストーカーされていたなどと知ればごく普通の反応だ。母さんが何をしたっていうんだ、と怒りを表していたが、ピナコの次の言葉でエドワードは拍子抜けをしてしまった。

「オーガンって人はトリシャのことが好きだったらしくてね。たしか……」
「え?母さんを好きだった?」

 驚くエドワードの隣で、ピナコは何やら戸棚から探し始めた。

「ああ、あった、あった。これだよ。オーガンから来た手紙」

 エドワードはピナコから手紙を受け取る。少々黄ばんでいるが、紙も文字もしっかりと残っていた。内容を読むと、まさに恋文が書かれている。

「毎日何通も届いて困るって相談されたっけ。トリシャは届いていないことにしたらしくてあたしの家に手紙を隠したんだよ。嫌なら燃やせばいいのに、オーガンに悪いからそれはやめてくれって言われたよ。取っておいてくれって」

 モテモテだねえ、トリシャは。とキセルをふきながらピナコは懐かしそうに言った。だが、それを知ったエドワードは複雑な気持ちになる。
 オーガンは、好きな相手を作り上げる行為をしている。トリシャを作っているのは、エドワードに対する復讐ではなく。ただ単に、トリシャを自分のものにしたいと思ってのことなのだろう。
 愛による錬成。なんだか、前にもあった話だと、エドワードは目を瞑った。あれは自分がまだ12歳のころ。訪れた村で死者が甦る噂がされていたが、そこにいた錬金術師が人形に魂を吹き込んで自分の愛する人に近づけようという錬成をしていたのだ。
 オーガンは、まさしくそれと同じようなことをしている。それも、あろうことか自分の母親を愛していた。それを見せつけたのは、少女とトリシャが亡くなったことに対して、お前のせいだという怒りをぶつけているのだろうか。本当のことはオーガンから聞くしかないが。

「ばっちゃん……この、オーガンってやつが、犯人だ」
「え?……犯人?」

 なんで急にオーガンのことを?と問うピナコは、エドワードの答えに驚いた。犯人って何の……まさか?

「俺たちに起きたことの、だ」
「まさか……。どうして。オーガンは何年もリゼンブールには来ていないはずだよ」
「昨日祭りがあったんだって?」
「ウィンリィは行ったけどね、あたしゃここにいたよ。もう年だからねえ」
「そっか。じゃあ知らないよな。そのとき、旅人と称してオーガンがやってきたらしいんだ」

 ピナコはごくりと唾を呑んだ。

「……教えてくれてありがとう、ばっちゃん。必ず、犯人は捕まえるから」
「エド……」
「ウィンリィは、まだ落ち着かないのか……?」
「ああ、部屋に入ったままだよ」

 エドワードは唇をかみしめ、ウィンリィのいる部屋を眺めた。いつもの元気な姿を一目でもできないことに、心が痛む。
 『お前も』
 あれは、お前も道連れにするという意味だろう。自分への復讐なら、自分だけにやればいいものを……。
 ウィンリィは強いから、忘れてしまうときがあるけれど。両親共に小さい頃に亡くし、傷ついている。自分の両親について何も言わないのは言いたくないから。抑えていた気持ちが、あの写真で崩れていったのだ。大好きで、でももう会えない人たちが、ああいうカタチで汚された。すぐに落ち着けと言われても、落ち着けないのは無理もないだろう。
 エドワードはウィンリィの強さと心情を改めて知った。亡くす痛みを知っているから、あそこまで自分たちを心配してくれているのだろう。感謝しなくてはいけない。
 エドワードは目線を逸らし、そこでロイが何やら考え込んでいるのが目に入った。

「大佐?」
「鋼の、そのウィンリィ嬢のことだが。本当に鋼のの巻き添えだけだと思うか?」
「……どういう意味?」
「『お前も』という言葉にも、何か意味があるんじゃないかと思ってね」
「『お前も道連れに』って意味じゃねーの?」
「確かに親しい者を傷つける手段を用いたのかもしれないが、そうじゃないとしたら?」
「………ウィンリィは犯人と接触した可能性があるってこと?」
「あくまで私の観だがね」

 確かに、ただ巻き添えを食らったにしては変だ。人質や大切な者を傷つけるという意味では誘拐や直接の脅しの方が有りがちだろう。たかが観、されど観。大佐の観はよく当たる。
 もしウィンリィが犯人と接触したならば、ウィンリィの何かしらの言動が犯人の心を逆なでした可能性があるということだ。まだ可能性の話だが。

「ねえ兄さん、あの赤い花のことなんだけど……」

 それまで黙って話を聞いていたアルフォンスが、唐突に口を開いた。椅子に座って組んでいる手の中には、いつの間に拾ってきたのか、一輪の真っ赤な花。

「僕、ずっと考えてたんだ。なんで花なんか敷き詰める必要あったのかなって。だって、話を聞く限り、花に関係性のあるものって出てこなかったでしょ?でもあの花にも、何かの意味があるんじゃないかと思って」
「……そういえば、そうだよな…」
「ウィンリィへの言葉にも何か意味があるって大佐が言ったように、人が起こす行動って何も意味がないことってないと思うんだ。意図的でも、無意識でも、どこかに本当のメッセージが隠れてるはずなんだよ」

 復讐という目的の中に、本当のメッセージがあの赤い花に隠されているかもしれないとアルフォンスは言う。復讐の中に隠れてしまった本当の気持ち。それを理解すれば、もしかしたらオーガンは。

「でも俺たち、花に詳しくなんかないしなー……」
「ウィンリィなら、知っていそうなんだけどね」

 だが、今はウィンリィに話を聞ける状態ではない。もう少し時間かかるかもしれないし、落ち着くまで待つしかないだろう。
 全員が一息ついたところで、タイミングよくハボックが再び報告にやってきた。

「大佐、オーガンのことですが。エドの母親と同じ学校に通っていたことが分かりました」
「ほう。学生の頃から好きだったと。で、猛アタックをしてフラれたが、忘れられなかったということか?なんとも諦めの悪い」
「それから、オーガンは8年前からある少女と一緒にいたらしいです。既に亡くなっているらしいですが、どうやらその、」
「、………」

 反応したのはエドワードだ。
 ハボックの報告によればその子は身寄りがなく、オーガンの家族、というわけではないらしい。あの森に籠る前にいた所で、その子は周りに「一人で彷徨っているところをオーガンに拾われた」と言っていたとのこと。対してオーガンは素っ気ない態度だったらしいが、まるで家族のようだったと周りも洩らしていたらしい。親と子、あるいは歳の離れた兄と妹のようだったと。
 オーガンの傍にいた少女。それが、あの子なのか。ふと、エドワードは思い出した。彼女が最期に言った言葉。

『あの人のこと、恨まないでね………』

 ふいにそんなことを言われ、誰のことだか分からなかったがあれはオーガンのことだったのか。それにあの時は彼女がどう抗おうが死んでしまうことが現実だと認めなくてはいけない直面に立ち、死んでしまってからは後悔と悲しみが渦巻いて少しばかり記憶に蓋を閉めたのだ。どんな些細なことでも覚えているエドワードだが、この時ばかりは。
 オーガンは素っ気ない態度だったというが。内心ではオーガンも少女を家族のように思っていたことが分かる。そうでなければ、自分にあの子の写真を見せて復讐なんかしないはずだ。
 家族同然に思っていた少女の復讐をする。それは、弟を持つ身なら痛いほどわかった。自分だって、アルフォンスに何かあれば元凶に向かっていくだろう。

「その子はエドと、」
「ハボック少尉、大丈夫、分かってる」

 ハボックが少しばかり言いづらそうに報告するのを途中で止めた。自分と彼女が会っていたことは、ロイもアルフォンスも知っている。
 ハボックはエドワードが心配になった。こんなに立て続けに彼の身の回りのことが嫌な出来事として関わっていっている。まだ、15歳だというのに。彼の行動は全て影響する。良い方向でも、悪い方向でも。これが彼の宿命なのかと思うと心が痛んだ。
 アルフォンスも同じ気持ちで兄を見る。あの時、自分はほぼ別行動をしていたからあの少女について兄さんほど関わったわけではない。でも、あの子が亡くなった日、兄さんは自分は何もできなかったとすごく後悔していた。兄さんのせいじゃない、と何度も言った。でも、こんなことになるなんて。あれは誰のせいでもなかったのに、どうして兄さんが責められるんだろう。僕だって、兄さんを失ったら正気じゃいられない。でも、だからって。
 アルフォンスは拳を握って悔しい思いを持て余した。

「助かったぞ、ハボック。この短時間でよく情報を集めてくれたな」
「礼を言うなら、東方司令部に残ってるブレダ少尉たちに言ってくださいよ。彼らが連携して調べてくれたおかげでここまで早く情報が入ったんですから」

 場を少しでも和ませようと、ロイはいつも通り軽い感じで言う。それに乗っかるようにハボックは答えた。普通なら一日以上かかるものを、数時間で情報を集めたのだ。まあ、それも憎たらしくて可愛いエドワードのためだと全員が思って行動したおかげなのだが。
 エドワードを守ってやりたい、それが全員の意思だ。

「そういや、なんか火薬の匂いが………」

 話の途中で――――――――唐突に、地面が激しく揺れた。これは………爆発か。全員が驚いて外に目線を向ける。
 火薬の匂いが。ハボックの言葉で、エドワードはリゼンブールに来たときどうしてそれに引っかかっていたのか理解した。昨夜、祭りをしていたらしいからそのせいだと思って気づかなかったが。
 あの酒瓶は、いくつも転がっていた。その中に、爆弾を紛れ込ませていたのだろう。火薬の匂いはエドワードの第六感に呼び掛けていたのだ。ここリゼンブールで、爆発が起きると。だが、気づくのが遅すぎた。リゼンブールの村全体にまで、攻撃をしかけてくるなんて。怪我人が出ていないといいけど。

「オーガンだ!爆弾しかけてたんだ、アイツ!」
「行こう、ヤツは近くにいるはずだ」

 ロイは発火布をはめ直し、外へ足を運ぶ。オーガンは高位の実力を持つ錬金術師。気を引き締めていかなければ、住民への被害が大きくなってしまうだろう。
 ロイ、ハボックに続いてエドワードたちもその場所へ急いで向かった。




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