リゼンブール。
 ザアアア……と風が吹き、野原がさらさらと音を出す。自分たちの故郷、リゼンブールに来たのは何か月ぶりだろうか。田舎だが、静かでいいところだ。

「ようやく着いたな」
「予定より遅くなっちゃったね」

 東方司令部を後にしてから、既に一週間が過ぎていた。原因不明の列車トラブルが起きて整備のために足止めを食らったからである。しかし原因不明、というのはあくまでも表向きの発表だ。整備だけで一週間も列車を動かせないなんておかしな話があるはずもなく、更に憲兵が所々にいるため何かあったとしか言いようがない。問い詰めれば犯行声明のようなものが駅に届いたのだという。足止めが嫌なエドワードはもちろん解決に協力したのだが、結果的に列車が動いたのは今日というわけだ。
 そんなわけで予定には遅れてしまったが、これから機械鎧を整備しにロックベル家へ行く。
 リゼンブールは静かで穏やかな場所だ。しかしそれとは反対の違和感に気づいたのは、駅から少し離れたときのこと。アルフォンスには分からないだろうが、何やら花の香りが強い。リゼンブールにこんな強い香りの花があっただろうか。

「どうしたの、兄さん?」
「いや……」

 それに僅かだが火薬の匂いもする。リゼンブールは田舎とはいえ仕事上火薬を使わないわけではないが、こんな朝早くからそんな仕事などなかったはずだ。周辺にはクラッカーの中身らしきものが散らばっており、酒瓶も転がっていることから昨夜に何かやったのだろうか。
 ふと足元に落ちているものが目に入ってエドワードはそれを拾い上げた。アルフォンスもそれに気づいて手の中を覗き込む。

「花びら、だよね。所々に落ちてるけど……」

 それは薔薇のように赤い花びら。だが美しいというよりは心をざわつかせる色に見えた。

「こんな真っ赤で目立つ花、リゼンブールにはなかったよな?」
「うん。誰か持ってきたにしても……なんでこんなに落ちているんだろう?向こうに行くにつれて増えてるよ?」

 それはまるで血が流れ出るかのような広がり方で、何か嫌な予感がするとエドワードは思った。これが以前大佐の言っていた第六感というやつだろうか。第六感は友達・自分の感覚を信じた方がいい、か。確かに、いつものリゼンブールじゃないことは確かだ。
 赤い花びらが増え、いつしか赤い絨毯のようにびっしりと敷き詰められた道をふたりは歩いていく。ロックベル家が近くなってきた頃、数キロ先に誰かが立ちすくんでいた。

「………ウィンリィ?」

 あの背格好にひとつ縛りの髪、ウィンリィに間違いない。その横にいるのは祖母のピナコだ。しかし、あんな道のど真ん中で立ちすくんでいるとは様子がおかしい。この赤い花の道といい、何があったのか。
 ふたりに駆け寄ると、ピナコはこちらに気づいて驚くが、久しぶりなんて会話はなくただ静かにウィンリィの目線の先を促すようにそこを見た。ウィンリィの手には何かが握りしめられていて、そこから目を逸らすことができずに呆然と泣いている。ふたりもそこに目線を向けると。

「な、んだ……コレ……」

 ウィンリィの足はとうとう崩れ落ち、声をあげて泣きだした。エドワードもアルフォンスもそれを見て、絶句してしまう。
 道に置かれていたのはウィンリィ・ロックベル様と書かれた赤い封筒。そこに入っていた紙には『お前も』……と血文字で書かれていた。そして、もう一枚は。これこそが、ウィンリィが泣くほどショックを受けたものだった。それは。
 ウィンリィの両親の、血に、まみれた写真……。その写真は細かく切り傷が入っており、血はほぼ乾いていて赤黒く変色していた。笑って映っているウィンリィの両親は見るも無残なものになっている。
 しばらく唖然としていたエドワードだが、赤い封筒はもうひとつあることに気がついた。それを手にとってみると今度は「エドワード・エルリック様」と自分宛てになっている。

「っそんな……誰が……こんなことを……」

 何か書かれている紙はなく、たった一枚の写真。映っている人物は……自分たちの母親だった。
 いたずらにしては悪質で手が込み過ぎている。一体誰が何の目的でこんなことを。そして何故自分たちなのか。
 周りを見渡して、エドワードは気づいた。ここは元エルリック家とロックベル家へと続く道の分かれ目であり、赤い花の絨毯はどうやらその二手に分かれていること。
 もしかしたら。エドワードは自分たちの家へと続く道を見据えた。

「アル、お前はウィンリィのところに行ってろ」
「兄さん……僕も行くよ」

 エドワードは制止しようと振り返ったが、弟の意思は変わらないことを悟ると、それ以上何かを言う事はしなかった。昔から言い出したら聞かないのは自分よりも弟の方だと一番に理解している。
 ふたりは赤い絨毯の先を見据えた。考えが当たっていれば、その先に――――今は無き自分たちの家のところに、まだ『何か』あるに違いない。

 だんだん近づくにつれて、嫌な臭いが漂ってくるのを感じたエドワードは顔をしかめた。
 これは―――――。
 ふたりの住んでいた……焼いた家の前。そこには確かに焼け跡しかなかったはずが、思った通り中央には『何か』が置かれていた。
その何かは人の形をしており、……しかし、[[rb:人ならざるもの > 、、、、、、、]]の姿をしていた。

「……っ!」
「にい、さ………、」

 それを確認した途端、込み上げてきたのは強烈な嘔気だ。エドワードは目を見開き、金縛りにでもなったようにその場から一歩も動けなかった。アルフォンスの声も震えている。
 そこにいた『人間』は――――まるで   ように  がなかった。両目、右手、左足……。しかし、何より衝撃を受けたのはその姿ではない。
 だって、あの髪は。あの手は。あの足は………。

「……まさ、か………、」

 そこにあった一枚の写真を見て、アルフォンスが呆然と呟く。その隣で、エドワードはうっ、と口元を押さえた。

「兄さん……!」

 倒れ込むエドワードをアルフォンスは動揺しながら慌てて支える。
 漂う腐敗臭、その『容姿』はエドワードにもアルフォンスにも色々なことを思い出させた。
 あの、忌まわしき罪の日を――――。
 混乱したエドワードの意識は、段々と薄れていく。目の前のアルフォンスが、風景が、ぐにゃりと歪む。そして数秒もしないうちに、エドワードは、意識を失った。



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