「っ、母、さん……ゴメ……」

 ベッドの中で魘されていたエドワードは目を見開いてガバッと飛び起きた。額には汗が見苦しく張りついている。バクバクと激しく打つ心臓。罪のあの日、あの風景。夢の中でも現実でもそれはエドワードの心をぐるぐる巡り、苦しめていく。

「……」

 目を瞑って深呼吸。ふう、と荒い息をなんとか静めて苦笑する。『アレ』で気を失うなど、なんて自分は弱いのだろう。このときばかりは自分の弱さを認めざるをえない。
 だが、いつもエドワードは弟を想う。感覚のないアルフォンスの方が数倍苦しいはずだと。そう自分に言い聞かせることで、エドワードは強さを保とうとするのだ。
 そうやって弱さを吐かず、知らず傷ついているエドワードに周りも傷つき心配しているというのに。
 コンコンと扉を叩く音がして、エドワードはドアから顔を出した人物を見た。

「起きていたか。大丈夫かね?」
「……大佐?」

 東方司令部の人々に別れを告げてからたった一週間後だというのに、わざわざリゼンブールまで来たことに驚いた。しかも上官が直々に。

「アルフォンスから連絡をうけてね。……内容を聞けば興味深い事件だったからな」
「ああ……」
「ウィンリィ嬢も混乱していると聞いたが、今はホークアイ中尉が傍にいてくれているよ」
「そっか。良かった」

 本当は自分が慰めに行くはずだったのに、自分はこのザマだ。余計不安にさせてしまったと思っていたのだ。ホークアイ中尉がいるなら安心だろう。

「さて、鋼の。本題に入ろうか」

 ロイは傍にあった椅子に腰掛けて言う。その即座に変わった瞳に、軍人という仕事の顔をエドワードは思い知った。

「まず、犯人は間違いなく君狙いだ」
「ああ。分かってる」

 ちらり、とロイの手の中にある例の封筒に目を移す。そこには、「エドワード・エルリック様」と個人宛。そして自分たちの家にあったモノ。ウィンリィへの手紙もあったが、一番の標的は自分だという確信があった。
 国家錬金術師―――いわゆる「軍の狗」という役職柄、恨みを買うことは多い。こんな手の込んだことまでしてくるのだから、自分が一番恨みを買っていると思うのが自然だった。
 しかし、それだけがエドワード狙いの証拠ではないとロイは知ってる。当の本人は知らなくて当然だ。知らせなかったのは自分で、そう判断したのも自分なのだから。だが、こうなった今、知らせなくてもいいというわけにはいかないだろう。あの時本当のことを言わなかったことに激情するのは目に見えているが、いまいち把握してないエドワードにロイは言った。

「……しかし、なんだ。君はよく事件に巻き込まれる。一週間前にも二件報告があったばかりじゃないか」
「二件?」
「列車が止まったと言ってきただろう」
「ああ、あれ」
「その犯行声明だが。あれは鋼の、君宛てだ」
「………は?」
「『列車に爆弾を仕掛けた』という内容は嘘ではない。が、その中には要約すると「エドワード・エルリックを乗せるな」というものだった。………まるで、時間稼ぎのようだとは思わないかね?」

 何も知らないエドワードに、ロイは何の感情も乗せずに事実を述べた。
 それは、つまり、あの時から。エドワードを狙い、リゼンブールで事を起こす計画を立てた犯人がいたということだ。列車を発車させなかったのは、リゼンブールで事件を起こすための時間稼ぎだという。それをあの時知っていたら。
 脳裏に浮かんだのは、幼馴染のあの泣き顔だった。エドワードの頭に血が上る。

「……っ!なんで言ってくれなかったんだよ!あの時俺宛てだって分かってたら、ウィンリィを巻き込まなくて済んだかもしれないだろ!」
「嘘は言っていないだろう」

 エドワードは拳を握りしめた。
 大人は後から残酷に真実を打ち明ける。自分はどんなことだろうと、いつだって本当のことを言って欲しいのに。大人の勝手な都合に振り回されながら生きていく。それがいつも悔しかった。自分の後見人であるロイであれば、尚更怒りが沸いてしまう。それは勝手だと思う反面、信頼しているが故の怒りだ。
 大人の勝手な都合で。……それが守られている、ということだと分かるようになるのはいつだっただろうとロイは怒りで震えているエドワードの前で静かに思う。彼の性分を分かっていながら「今は知らなくてもいい」と彼の本位とは逆に遠ざけた。それによって事件が防がれなかったという怒りは最もだ。だが、それでも過ぎてしまったものは仕方がない。いずれにせよ事件は起こっていたと割り切るしかないのだ。それもまた大人の勝手な解釈なのだろうが、割り切らないと生きていくのが辛いだけだというのをロイは知っている。
 過ぎたことより、これからのことを考えることが重要だとロイは話を進めようとして、ふとエドワードが何かを思い出したように声をあげた。

「………あ」
「なんだ?」
「ここに来たときに、火薬の臭いがしたんだけど。昨夜、祭りでもあった?」
「ああ。ピナコさんがそう言っていたよ」

 ふーんとエドワードは天井を見上げた。祭りをしていたのなら、酒瓶が転がっていても、火薬の匂いが残っていても、不思議ではない。それでも、何かが引っかかるとエドワードは密かに思った。

「で、恨まれるようなことに心当たりはあるのか?」
「そんなのねえ、とは………言い、切れない…けど……」

 エドワードは言っていて段々声が小さくなる。いや、心当たりがありすぎるんだろう、という突っ込みはしないでおく。まったく、いつも派手な行動をするからだ。だから毎回小言を言っているのに、当の本人は自らトラブルを招いてるという自覚がないのが実に厄介である。

「ハハ。普段から大人しくしていないから目をつけられるのだよ」
「うるせー」

 いつものように小言を言い合うようになってから、「そういえば」とエドワードが切り出した。自分が倒れる直前に、少しだが見えたものがあった。

「写真、あっただろ」
「……ああ、これのことか?」

 アルフォンスから証拠品として手渡してもらった、一人の少女が映っている写真。

「君が落としたわけではないんだろう?」
「んなわけないだろ。でもこれが置いてあったってことは、関係してるってことだよな」

 沈んだ声でエドワードは俯く。自分の運命に負けないとひたむきに生きていたその子を思い出すと、胸が痛む。だって、あの子は、あの日。
 ロイは報告を聞いただけで実際には会っていないからエドワードの胸中は察することしかできないが、話を続けた。

「………その子が死んだってことに対してか?」
「そいつの写真で心当たりって言ったらそれしかない。そのときに関わってたのは確かに俺だ」

 確か、あれは仕方のないことだったし誰のせいでもなかったとエドワード自身も言っていたはずだが。そう思ったが、少なからずエドワードも何かしらの後悔があるのだろう。そして、その少女に関わる誰か(今回の犯人)が、エドワードのせいで死んだと思っているということだ。
 ―――――復讐、か。
 だとすればそれはとんだ勘違いによるものだが、それとエドワードの母親との関連性は見えてこないためにその少女への復讐だけとは限らないだろう。

「まあ、これでひとつの目的は分かったな」
「俺への復讐、ね………」

 一旦席を外そうとロイが椅子から立ち上がったところで、扉が叩かれた。ドアから顔を出したのは情報収集をしに行っていたハボックだ。

「大佐」
「ハボック、なんだ?」
「おっ、大将起きてたのか。大丈夫か?」
「ああ、平気。で、何か分かったなら教えて欲しいんだけど」

 エドワードが目を覚ましたと知ってホッとしたハボックだが、エドワードがそう言うものだから言葉に詰まってしまう。まだ顔色が幾分か悪いのに、今から報告することをこの子の前で話してもいいのだろうか。しかし、ロイに目配せをすれば「構わない、話してやれ」と返された。彼自身が事件に関わっている身で知りたがっているのが全身から伝わって、ハボックは躊躇しながらも口を開いた。

「大将たちの母親に似てるという肉塊ですが···」
「分かったのか?」
「はい。解剖結果から、重要なことが。最近行方不明になった、という報告のあった人物たちです」
「········やはりな」

 それを聞いてロイは苦い顔をした。予想が当たったのだろうが、エドワードには何のことかわからない。『アレ』が、「行方不明になった人物”たち”」………って?
 続きを促すように自分を見てくるエドワードに、ロイは向き直った。

「どういうこと?」
「鋼の。一週間前、報告しに来ただろう?"人体実験"を見た、と」
「ちょっと待て、それって」
「ああ。君たちが見たアレは、人体実験が行われたモノだ。一人の人物に、別の人物たちの臓器が繋ぎ合わさっている。一人からは腕、別の一人からは鼻、といったようにな」

 それを聞いたエドワードは眉を寄せる。なんでそうしたのかは、薄々感づいてしまった。今回の例で言えば、アレは自分たちの母親であるトリシャに酷似していた。つまり、トリシャに似た身体の部位を繋ぎ合わせることで、トリシャに近づけようと錬成したことになる。しかも、それが最近行方不明になったと報告のあった人たちだという。

「つまり、あの事件と同じヤツってことなのか?」
「君が見たという場所で、その行方不明になった人物が発見されている。そこから割り出したものだ」
「じゃあ、やっぱりあの時、俺の姿見られていたのか………」
「ただ、私もそこまでの推測はしていたが、これは予想外だったな」

 ハボックから受け取った報告書を眺めて、ロイは頭を抱えた。なんということだ。これが事実だとするならば、犯人は随分前から鋼のに目をつけていたことになる。

「……報告によれば、そこには”同じ”モノも発見されているとのことだ」
「ちょ、ちょっと待てって!」
「そうだ。………言っている意味、分かるな?」

 エドワードの顔から更に血の気が引いた。
 『同じモノ』………「トリシャに似せた”人形”」が、発見されている。それは、エドワードがあの場所に行く前から「同じ」実験を繰り返していたということだ。
 さっきの少女の写真のことで、目的はエドワードに対する復讐だと分かり、更にあの「人体実験」の時と同じ犯人だという。だとするならば、「人体実験」を見てしまったのが偶然にも、あの少女に関わったエドワードだと気づいたからだろう。少女を死なせたエドワード(犯人の思い込みだが)が、自分の目の前に来た。復讐へのきっかけなんてその程度でも十分にあり得る話だ。
 だが、確かにそれだけでトリシャを作り、リゼンブールにまで「トリシャの”人形”」で事件を起こすのは不自然だ。それよりもっと前から。

「じゃあソイツは最初から、母さんを作ろうとしてたってことなのか……!?」

 ただでさえ自分の母親に似たモノを目の前にして気が滅入っているのに、それが随分前から行われていたということにエドワードは混乱する。どうして自分の母親なのか。どうして。

「だが、犯人はまだ分かっていない。そこまで痕跡を残す愚か者ではないらしいからな」
「大佐。報告は最後まで聞いて下さいよ」

 ハボックが話を割って入ってくる。俺だってそこまで無能じゃないっスよ、と苦笑いをしながら愛用の煙草を吸った。
 自分に錬金術のことはよくわからない。だから錬金術師である二人の会話を理解できないこともある。でも、自分だって臓器のない行方不明の人物を見たし、えぐい内容なのはよく分かっているつもりだ。それにこの事件がエドワードに関わることだとしたら尚更協力してやりたいと思っている。だから、自分の話も少しは聞いて欲しいものだ。

「住民から聞いた証言です。昨日の祭りのときに、旅人が来たと。一緒に祭りにも参加したようです」
「名前は?」
「名はオーガン・ルージック。身長170ぐらいで普通体系の男だそうです」
「旅人……なるほど、それは怪しいな」

 怪しい、なんてものではなくソイツが犯人だと誰もが分かっているが、ロイはあえてそう言った。ようやく解決への一歩が進んだのだ。名が分かれば、関連性が見えてくる。

「……オーガン・ルージック?」

 ふとエドワードがその名前を呟いた。ロイもハボックもエドワードを見て首を傾げる。

「どうした、鋼の?知り合いか?」
「いや……」

 エドワードは考えた。知り合いではないが、どこかで聞いた名前なのだ。

「どこかで……」

 誰だ?一体どこで? オーガン、オーガン……。
 呟いて、頭にぼんやり浮かんでくる。
 手紙……母さん……。

『あの人、オーガンさんはね……』

 ぼんやりとだが思い出した。苦笑した笑み。
 母さんだ。

「そうだ……前に母さんから聞いた名前だ……」

 あのときは聞き流しをしてよく覚えていないのだが、確かにそんな名前を言っていた気がする。トリシャが亡くなって、思い出語りをしてくれたのはピナコだ。ピナコからはそんな人の名前は一切出てこなかったはずだが、何か知っているかもしれない。

「オーガン・ルージック。そいつの経歴など詳しく調べろ」
「イエッサー」

 ロイはすぐさまハボックに命令した。ハボックが部屋から出て行く。嫌な話を立て続けにしたため、エドワードの心労も考慮してロイも出て行こうとしたが、背後からごそごそ音がしてふり返った。エドワードが服を整え部屋を出ていこうとしている。

「おい、動いて大丈夫なのか?まだ顔色よくないぞ」
「大佐、もしかしたら手がかりになるような物あるかも。母さんの知り合いならばっちゃん家にもきっと。聞いてくる!」
「こら、病人は大人しく寝ていなさい」
「病人扱いすんな!こんなことされて許せるわけねえだろ。俺の手で捕まえる」

 ロイの忠告などこれっぽっちも聞かず、エドワードは階段を下りていった。これが彼の性分だし、分かっていたことだが、これだから、と思ってしまう。彼に「休む」という選択肢などない。アルフォンスや周りの心配など目にも見えていない態度である。今更だが。
 やれやれ、とロイもエドワードの後に続いた。


5/9

  
>
4 | 6