記憶と距離





●●●は薄いカーテンから差し込む朝日で目を覚ました。
頭がガンガンする。
頭痛に身を任せ、ぼーっとしていると腕の中がゴソゴソ動いた。
薄目で何かと覗くと、銀色の毛が見える。
ああ、猫かな。
昨日飲んだ後、街灯の下でこんな猫を拾った気がする…。
腕の中をモゾモゾするあったかい銀色の猫を目を閉じてぎゅうと抱きしめる。


「んぐるしい」


猫にしては太い声だなあ…。
苦しかったか…ごめんね、と猫の体を雑に撫で回す。

猫の体を下へ下へと撫でていく。
下の方は毛がないなー
やたらと身体が大きいなーなどと
ガンガン頭痛のする頭で考えていた…

が、やはり●●●は違和感を感じ、仕方なく虚ろ目を開けて腕の中をもう一度確認する。
腕の中から少し頬の赤いカカシが●●●を見ていた。

「なに?●●●、もう一回したいの?」


ガンガンする頭で考える。
もう一回?なにを?
腕の中に居たのは、猫でなかった。
カカシ…カカシだ……えっ、カカシ?


「カカッ!?」


●●●は、パッと腕を離した。
虚ろだった目が一気に覚めた。

ようやく解放されたカカシはむくりと起き上がると首を左右にポキポキ鳴らす。
額当てを外しており左目には写輪眼が見える。
●●●も体を起こし、ベッドの上で2人で向き合う。
カカシは●●●から目をそらした。


「あ……の、ごめん」

●●●がカカシに謝る。


「何が」

「猫かと思って…あれ?本物の猫は?」

●●●はキョロキョロと部屋を見回す。

「猫なんていないでしょ」

カカシは●●●から目を逸らしたままポリポリと頭をかく。

「あの」

「ん?」

「……もう一回というのは何でしょう」

「覚えてないの?」

「…………」

覚えてない…
服は…カカシはちゃんと上下しっかり着てる。
私は…と●●●は自分の体を見る。

タンクトップに、下は下着だけだった。

恥ずかしさで顔が熱くなる。
布団を手繰り寄せて露わになった足を隠す。
カカシはしっかり服を着ているし
まず心配するような事はしてないだろう。

それでも良からぬ事をしでかしたような気になり、今日は頭痛が酷いから明日考えよう、と現実逃避する●●●はベッドから出ようとする。
その手をカカシはグッと引っ張った。

「わ」

●●●はベッドの中に引き戻される。
丁度カカシの膝の上に倒れこむ。


「まだ話の途中でしょーが」


そう言ってカカシは●●●にシーツを羽織らせた。
そのシーツで●●●が身体を包むと
目をそらしてばかりだったカカシは●●●に向き合った。


「…昨日のこと覚えてないの?」

「……えっ…と、猫を拾ったあたりから……」

「あのね……猫は拾ってないよ」

「街灯の下で………えっ、と、頭痛い……ちょっと顔洗ってくる」

●●●はカカシの膝の上から退散する。
このまま家に逃げ帰りたい…。
昨日のこと?なんだろ?なんだろ?わかんない!
なにかしちゃったのかな?
ガンガンする頭を酷使して自問自答する。
●●●はシーツを体に巻き付けたまま洗面所へ歩く。
見覚えのある懐かしの洗面所…
ここは私の生家ではないか。
数十年ぶりなのに、すぐ生活ができる程に綺麗だ。

カカシ、風通しだけてなく掃除もしててくれたんだ…。
両親の思い出も残るこの家を大切にしてもらっていたことを知り胸が熱くなる。
今となっては両親との思い出よりカカシとの思い出のが多い気がするけど。
●●●は簡単に顔を洗って服を着る。
逃げ帰ろうという気は失せていた。



部屋に戻るとカカシが両手にコーヒーを持っていた。

「●●●、コーヒー飲める?」

「うん……ありがとう」


●●●はひとくちコーヒーを飲む。
里を出る前は2人とも熱いお茶だったのが
今ではコーヒー飲めるようになったな、なんて思った後に、●●●は先ほどの話題を振られるのかと身構えた。



「俺今日ナルト達の中忍試験会場行かなきゃいけないのよ」

「…え!ナルトくん中忍試験受けてるんだ!すごい」

「二次試験に受かったらしい」

「すごいすごい!」

●●●はコーヒーを置いてここにはいないナルトに拍手を送る。


「木の葉と音と…あと砂も1組受かったな」


砂、と聞いて●●●はピタリと拍手を止めた。
我愛羅くんも試験受けてたりしないかな…。
会いたいな…。
頬が緩んでいる●●●の顔をカカシは見逃さなかった。

「砂が気になる?」

「えっ、うん……すこし」

●●●は熱いコーヒーをすする。

「なんで?」

カカシはコーヒーをテーブルに置き、●●●に歩み寄る。
●●●はコーヒーを盾にしながら後ずさる。
昔のカカシは持ってなかった赤い目…写輪眼が余計に怖い。

「別に深い意味は…ないけど」

「本当に?」

後ずさる●●●の背中が壁に当たる。
目の前にはカカシの胸元。
この状況、前もあったな…


「●●●」

「…はい」

「我愛羅って誰?」

「えっ、カカシ、我愛羅くん知ってるの?」

●●●がパッと顔を上げてカカシを見る。

「昨日、●●●が名前呼んでたでしょ」

「え!そうだっけ…」

「そうだっけ、ってやっぱり昨日の事覚えてないの?」

それはカカシへの謝罪の言葉も
カカシの告白も全て覚えていないということ。
カカシは大きなため息をする。
酒を飲んで大事な話するもんじゃないね。

「我愛羅ってのは…●●●のなんなの?」

覚えてないとはいえ、手を引いてベッドへ誘う間柄?一緒に寝るような関係の男?
カカシの背中に嫌な汗が滲む。

少し考え込んで●●●は口を開く。

「えっと、我が子…」

カカシの心臓がドギッと嫌な音で鳴る。

「みたいな…弟……………みたいな子、かな」

「何それ。●●●の実子?」

「ち、違う違う!」

●●●は顔を赤くしてコーヒーを持っていない方の手を振って否定する。


「我愛羅くんといるときね、すっごくカカシに会いたくなった」

●●●は恥ずかしそうに大きな瞳で背の高いカカシを見上げる。

そんな目線と「会いたかった」という言葉にカカシは目を逸らして頬を染める。
そいつが好きなのか聞こうと思っていたのに言葉が出てこない。

カカシはまたも●●●を壁際に追いやってしまっていることに気がつく。


「ていうか、●●●そんなに怯えないでよ」

「別に怯えてるわけじゃ」

「●●●がその気になるまで俺は何もしないよ」

「…うん………え?そ、その気?」

「●●●に触りたいに決まってんでしょ」



●●●はボッと顔を赤くした。
さ、触りたいってそんな直球な…
あれ?でも…


「も、もう一回しようっていうのは…?」

「あれはいじわる。……こっちは我慢してんのにあんな身体撫で回されちゃたまんないでしょーが」

目をすこし逸らして頭をぽりぽりかくカカシを見て●●●は柔らかく笑った。

子供の頃を思い出させる●●●の笑顔。
カカシはその笑顔を見てやっと昔に戻れた気がした。


「…中忍試験会場、私も行っちゃダメ…だよね…?」

「今日の予選は厳しいね。本戦は誰でも見られるよ」

「なら行きたい!楽しみ」

「ま!ナルト達が本戦に出られるかは分からないけどね」


カカシはコーヒーを飲み終わると
額当てを斜めに付けた。
ベストはカカシの家に置いてあるそうだ。
玄関を出ようとするカカシを●●●は見送る。


「いってらっしゃい」

「行ってきます」


そう言って靴を履いた後も一向に出て行こうとしないカカシ。
●●●が不思議そうにカカシを見ると、カカシはにっこり笑う。

「こういうの、いいね」

●●●はまた頬が赤くなる。

「いってらっしゃいのキスはなし?」

「えっ……ないない!なし!」


●●●はさらに頬を赤くして首を振る。


「そ」

カカシは素っ気なくそう言うと口布をずらし、●●●のほっぺに軽くキスをした。

頬を染めたまま固まっている●●●を見ながら口布を元に戻す。


「行ってきます、のキスね」


そう言い残しカカシはサッサと玄関を出る。
●●●は顔を赤くしたまましばらく動けなかった。

何がカカシをここまで変えたの?
……心臓がもたない。


「私がその気になるまで何もしないって言ってたのに…」

そう言っている●●●の顔には、はにかんだ笑顔が浮かんでいた。