月見酒






●●●が師のところに篭ってから数週間が過ぎた。


「使えるようになってきたな」

「ハイ」


●●●の身体には自らの血に特殊な土を混ぜた液体で両腕と心臓の位置に術式が書かれていた。

●●●の頬は少し丸みがなくなり、隈が出来ている。
顔色も悪い。


「なんでお前は守鶴のガキの為にそこまでする?」

「………」


あの夜…
街灯の下で我愛羅くんと出会ってなければこんなに必死に、夢中になることなんてなかっただろうなあ。
怪我をしない我愛羅くんに、医療忍者の私は必要ない。…だけど、一番癒しが必要なのは我愛羅くんだと思う。
その時間を我愛羅くんにあげたい。


「……人を癒したいと思うのが医療忍者だと…そう思っています」


「………」


守鶴を抑え込むこの術式自体は医療忍術ではない。
だけど、結果的に我愛羅くんの体が休まる時間が作れるのなら医療として大成功だろう。


●●●は寝る間も惜しんで修行に励んだ。












「……そろそろ、満月だな」


師が晩酌に誘ってくれたので、夜も更けた頃
2人で研究所の屋根の上にのぼり月見酒をする。



ほんの少しかけた月と気持ちのいい風。



今日、やっと術が完璧に会得できた。
『最悪の場合も覚悟しておけ』と渡された巻物。



師は、その『最悪の場合』を見越して晩酌に呼んでくれたのかもしれない…。
●●●はどこか心が重くなる。



師がグイッとお猪口を煽る。
その隣で●●●は久しぶりのお酒をちびちびと舐める。



「……木の葉に帰らなくていいのか」


「え、でも…九尾襲来以降、帰省でも里への出入りは…」




「もうとうに解禁されたぞ」



そう言われて、カカシの顔が浮かんだ。

同時に、自分が何も言わずに里を出てきたこと、酷い言葉で傷つけてしまったこと、部屋を出る前のカカシの悲しそうな顔も…
全て鮮明に思い出してしまった。



●●●はちびちび飲んでいたお酒をグッと流し込む。


思い出は美化されるなんていうけれど
●●●のなかでは美化なんてされてない。

すぐ帰るつもりが、九尾襲来で里に入れず数年が過ぎて、ますます会いづらくなった。


どんな顔して、どんな言葉で会えばいいのか分からない。


それでも、カカシを寝食をともにして来た友人兼家族だと思ってる。



本当の家族だったら何も考えず会えたのかな…
幼い頃に両親を亡くした●●●は家族の形が分からない。


「最後に会いに行ってこいよ」

「さ…最後って………最後って……」



●●●は師を泣きそうな目で見る。
やっぱり師はこの術で私が死ぬと……?


「…想う奴がいるんだろう」


師はゆっくりと立ち上がる。


酔った手先で印を組むと、術が発動する。


ボフンという音と煙の中に大きな梟が現れた。
真っ白なその体にエメラルドグリーンの真ん丸な瞳。
人が2人は乗れそうなほど大きな体をしていた。


「わあ!綺麗ですね」


「…梟のふーマンだ」


●●●は梟を見たのは初めてだった。
梟は眼球を動かせない分、首をほぼ360度動かせる…。
いつか本で読んだ通りだ。
首がぐりんぐりんと回る。




「ふーマン、こいつを木の葉の里へ送ってくれるか」



ふーマンはじぃーっと●●●を見る。
●●●が、エメラルドグリーンの吸い込まれそうな瞳に映る自分を見ていると、ふわりと体が浮いた。



師が●●●の身体を優しく抱き上げた。



「必ず戻って来いよ」



そのまま、●●●はふーマンの背中に乗せられた。
ふわふわの真っ白い羽が気持ちいい。



「ふーマンは夜目が利く。朝には木の葉に着くだろう」


●●●は突然のことに驚きながらも
師のしてくれた事に感謝する。



使うと決めた忍術でいざ自分が死ぬかも、と言われたら気になったのはカカシのこと。

死んでしまったらカカシを守りたいって夢は潰えてしまうけど、我愛羅を放ってはおけなかった。

カカシに生きていてほしい。生きていると信じてる。
だけど、確証も欲しかった。




「……行ってきます」


「土産は気にするな」

「買ってきますよ…」

ふーマンは勢いよく羽ばたく。

その風圧で酒に酔った師がよろける。

●●●はふーマンの綺麗な羽のどこを掴んでいいのかわからず、太い首もとにしがみ付いた。


ふーマンは低空で砂の里の周辺をひと回りする。

●●●は砂の里を見下ろした。
上から見ると街の明かりがとても綺麗だ。

いつも●●●の通る帰り道も見えた。




我愛羅くんと出会った街灯の下に
出会った日と同じように座る我愛羅くんが見えた。



●●●は思わずふーマンから身を乗り出す。



もう何日も研究所に篭っていた為にしばらく会っていなかった。

こんな夜なのに、私を待って……?
きっと今日だけ…ではないだろう。

我愛羅くんに何も言わずに研究所に篭ってしまったことを後悔する。

もしかしたら、毎日こんな時間までまっててくれていたのかもしれない。


●●●の目に涙が滲む。



「ふーマン、ちょっとだけ降りれない?」


「……ホーォ…」

ふーマンは首を横に数回振る。





聞こえるか分からないが、●●●は低空を飛ぶふーマンの背中から我愛羅に叫ぶ。


「我愛羅くん!…まってて!必ず!必ず!…」


涙が溢れてうまく声が出ない。
こんな曇った声では聞こえないだろう。


我愛羅がふと、立ち上がって空を見上げた。
一瞬だけ●●●と目が合って
我愛羅くんが微笑んでくれた気がした。





こんな夜まで自分を待っている小さな存在に胸が痛む。

我愛羅くんのためにやれることをやる。

その覚悟をするために、いま一度木の葉に帰ります。



「必ず……戻るからね、我愛羅くん」


●●●はふーマンの背中に乗って暗い砂漠へ消えていった。




●●●を見送った屋根の上での師は月見酒の続きをする。



「…迷いがあっちゃできるもんもできねー」



お猪口を煽った。

「俺も準備するか…」