きみの傷







●●●は担任の家のベルを鳴らす。

担任はなかなか出て来ない。

しばらく待つと、ガチャリとドアが開いて担任が顔を出した。


寝起きだろうか半目で●●●をじっと見る。


自分を見たまま動かない担任。
もしかして………忘れられた?


「あの…先生?」


「……へあぇ!お前!●●●か?」



担任の声は見事にひっくり返っていた。

「お、お久しぶりです」

「おう、でかくなったなあ!入れ入れ!」

担任は笑顔で快く●●●を迎えてくれた。

父親がいたらこんな感じかなあ、と●●●は嬉しくなって笑う。

カカシに会いに行ったらどんな反応をするだろう…。
仲直りできるかな、なんてちょっと期待してしまう。






「どうだ、砂の里は」

担任はコーヒーを入れてくれた。
●●●はお礼を言ってコーヒーを受け取る。

コーヒーはちょっと苦手だ…。


「楽しいです。向こうの研究所の師匠が……」

●●●は砂の国での出来事や近況報告をする。

担任はそれを笑顔でうんうん、と聞いてくれる。


「充実しているようだな」

「先生、ひとつ聞いてもいい?」

「うん?」


●●●は、これから砂の国でしようとしている事について担任に話した。

守鶴のこと、我愛羅くんのこと、術式のこと
そして、死んでしまうかもしれないこと。

担任は真面目な顔でその話を聞いてくれた。

私が里を出た理由も私の性格もよく知っている担任に聞いてみたかった。


「先生なら、やる?」

「そりゃまた難しい質問だな…。けどお前の事だ、もう答えは決まってんだろ」


●●●はコクンと頷いた。


「それでカカシに会いに来たのか」


●●●は目を伏せる。
会いたいけど、会いたくない…
姿をひと目見たい気もする。
だけど、どんな顔して会えばいいか…

でも、カカシとこんな関係のまま死んじゃったら…


「カカシは生きてますか?」


担任は頭をぽりぽりとかいた。
そしてうーん、と首をひねる。

「あいつなあ…ちょっと無茶して入院中だ」

「えっ…!」

●●●はガタンと立ち上がる。

カカシが入院?……大丈夫なの?

担任はメモにペンを走らせ、それを●●●に渡した。


「そこに入院してる。行ってやれ」


●●●はメモを持ち、担任に頭を下げる。

家から出ようとする●●●に、担任は声をかける。

「さっきの話だが…」


●●●は担任を振り返る。


「お前の師匠とやらは、その術式使って今も生きてる……いわゆる生き証人だろ?
それにな、お前はまだ死ねないぞ。……カカシがお前をずっと待ってるからな」


●●●の頬がすこし赤く染まった。
目に涙が浮かぶ。



「ありがと、先生!……いってきます」


紅に会って、そのまま里を出ようと思っているのでまたしばらくのお別れだ。

居心地のいい父親のそばを離れるような心境に
涙が溢れそうになる。


「…おう!気をつけてな!」


担任はニカっと笑って見送ってくれた。





●●●は袖で目元をこすって、メモの場所に向かう。


どんな言葉でどんな顔で会えばいいのかわからないとか、さっきまでもんもん考えていたのに、入院してるカカシの身体が気になってそんなことは忘れていた。


病院に入り、受付の人に面会希望を告げる。

受付の人はすこし渋い顔をした。



「面会はできますが……はたけカカシはまだ一度も意識が戻っていません」


その言葉を聞いて、嫌な汗が背中に滲む。

そんなに重傷なの?どんな傷?どんな状態?
どんな…どんな…。


指先が震えてきた。


「少しで…いいです、会わせてください」


受付の人から部屋番号を聞いてそこへ向かう。

おそるおそるドアをノックする。



分かってはいたが返事はない。




ドアを開けると、口布はそのままにベッドに横たわるカカシがいた。



●●●はゆっくりカカシに近づいていく。



スースーと規則正しい吐息が聞こえる。
生きている……


●●●はすこしほっとした。


最後に見たときより、ずっと逞しく、大きくなっている身体。


その数箇所に包帯が巻かれていた。



包帯だらけのカカシを見ていると、カカシが下忍になったばかりの頃の手裏剣の怪我を思い出す。



私を庇って怪我をしたカカシと
庇ってもらって、何もできなかった自分。



もう、何もできない自分じゃない。




●●●はカカシの頭を撫でた。

頬はすこし冷えている。




●●●はカカシの包帯を優しく外していく。


「まっててカカシ、今治すから…」


●●●は傷を確認して、青白いチャクラを当てる。


じわじわゆっくり、確実に傷が治っていく。




全ての傷を治し終えて、新しい包帯を巻いた。


「これで大丈夫だよ」


●●●はカカシの頭をグシャリと撫でた。



「…ん」

カカシが声をもらす。

カカシの瞼がピクピクと動く。

意識が戻りそうなのかな、と●●●はカカシの顔を覗き込む。



それと同時に、病室の外からガヤガヤと騒がしい声が聞こえた。


「カカシ、大丈夫かなあ〜」

「花持って来たんでしょお!きっと喜ぶよ!」

「カカシの怪我が治ったら、デートに誘ってみようかなっ」

「それ、カカシも喜ぶよお!」

カカシの病室の前に数人の大きな声で話す女子たち。
病室の中にいる●●●に、会話は全部聞こえていた。

カカシと、デート…?
カカシが、喜ぶ…?
●●●は驚いた顔をして固まっていた。


カカシの目が薄っすら開いて、天井を見ていた。

●●●の事はまだ認識していないようだ。




「カカシー!」

大きな声と共にドアが開く。


●●●は急いで病室の窓から外へ飛び出した。




「きゃー!いま、誰かいたよー!」


「あっ!カカシ、意識が戻ってる!?」


「うそ!私たちが来たの分かったのかな?」


自分が飛び出した窓からきゃあきゃあと黄色い声が聞こえる。


別に後ろめたい気持ちがあったわけではないけれど逃げてしまった。


あの子たちにカカシと自分の関係を聞かれたらなんて答えればいいのかわからなかったし、あの子たちはカカシの…恋人…かもしれない。


だったら、変な誤解が生じる前に…と…。



カカシに会うのは守鶴を抑え込む術式が成功してからにしよう。
術式…もう成功させるしかないね。
死ぬわけにはいかなくなった。

カカシの怪我も治せて、意識も回復したようだったし。
今のところは、これでいいんじゃないかな。

そうやって自分を無理やり納得させる。



自分の降りてきた窓をもう一度見てから
●●●は静かに病院を後にした。





木の葉の里を歩く


時間はお昼を回っていた。
カカシの傷も治して体力を消費したし、朝は担任の出してくれたコーヒー1杯だけ。
お腹が空いた。



折角だから、美味しいものでも食べようかと
繁華街を回ってみる。

どれも美味しそうだけど、結局懐かしの「一楽」に来てしまった。


小さい頃、カカシと来たなあ…

なんにも変わってないや。

最後に来たのは

そう、あれは、確かカカシとお花見のとき…。



***




●●●はカカシと花見の約束をして、一楽の前で待ち合わせをした。


先についた●●●は
ウキウキしながらカカシを待つ。
空が夕焼けになってもカカシは来なかった。

カカシを待つ間
一楽のおじちゃんが話し相手になってくれた。

太陽が沈んで薄暗くなった頃、
息を切らして走ってくるカカシを見つけた。


「おじちゃん、ありがとう!また来るね」


●●●は一楽の暖簾をくぐって道へ出る。


「カカシ!遅いよー!」


●●●はカカシに駆け寄った。


花見に選んだ場所は、綺麗にライトアップされた桜の木が一本だけ立つ丘だった。


「桜の花にはいろんな効果があってね、まずクマリンってのがリラックス効果があって、フィトンチッドってのも出てるんだけど、リラックス効果があるの」

「要するにリラックス効果だけってこと」




***




……
覚えたばかりの知識をカカシに語ったな…。



懐かしい思い出に浸りながら
ラーメン大盛りをペロリと平らげ、一楽を出る。


お腹がいっぱいになったら、急に眠たくなってきた。
そういえば、夜にふーマンに乗って木の葉に来たから寝ていないんだった。


自分の生家に帰って寝ようかと思ったけど
何年も帰ってないし、きっとホコリだらけですぐ眠れる状態ではないだろう。


すぐそばに公園が見えた。
子供たちが遊んでいる。



公園のベンチで寝るなんて嫌だ…。


だけど…眠い…限界だ。


●●●はそのまま倒れこむように公園のベンチで寝てしまった。






「なあなあ!姉ちゃん!」



●●●は、はっと目を覚まして体を起こす。


「あ…ごめん…座りたかった?」


金髪の少年はボールを両手で持って●●●に見せた。


「一緒に遊んでくれってばよ!」


公園を見渡すと、他にも子供たちが遊んでいる。
そっちで遊んだ方が楽しいのでは?と思いつつも、遊び相手に自分を指名してくれたことに嬉しくなる。


年は我愛羅くんと同じくらいかな?

●●●はぐーっと伸びをして、


「いいよ!玉蹴り?」


術式の会得の為、研究所に篭りきりだった身体に遊び盛りの子供の相手はこたえる。

1時間もしないうちにハアハア、と息が上がる。


「…ちょ、まって……ナルトくん、ちょ、ちょちょ」


「次ィー!行くってばよ!●●●姉ちゃんはやくー!」


「ちょ、休憩しようよ、ジュース買いに行こう!」


ナルトくんをジュースで誘惑し、一旦休憩に持ち込む。


先程●●●が寝てしまったベンチに2人で座ってジュースを飲む。


あと数時間で紅との約束の時間だ。


ふとナルトを見ると、公園で遊ぶ同年代くらいの子たちをずっと見つめていた。

キャッキャと楽しそうに走り回っている。



「……あの子たち楽しそうだね」


ナルトは●●●を見上げ、また視線を戻し、黙ってジュースを飲んだ。





「いーや!俺ってばあんな奴らと………」


「……遊びたくない?」


そう言われたナルトは悲しそうに俯いてしまった。

あっ!何かマズイこと言っちゃったかな…
仲が悪いのかな、それとも喧嘩…?



「…アイツら、俺のことバケモノだってバカにすんだ…」


●●●は真剣な顔でナルトを見つめる。

『バケモノ』と聞いて最初に思い出したのは我愛羅の顔だ。
我愛羅くんも同年代の子を羨ましそうに見ていたな。




「でも、俺ってば平気!アイツらと……遊べなくたって全然………」

ナルトの声はだんだん小さくなっていった。

顔は完全に俯いてしまった。






●●●はジュースをベンチに置いて立ち上がる。


ナルトのボールを足で踏み止める。




「ナルトくん!玉蹴りやるよ!」



突然元気になった●●●をみて、嬉しそうにナルトもベンチから立ち上がり駆け出す。



「いっくよー!」




●●●は紅と約束した時間ギリギリまで
ナルトと思いっきり玉蹴りをした。

公園には、2人の笑い声がずっと響いていた。




空が茜色になった頃…


「ナルトくん、家まで送るよ」


「大丈夫だってばよ!●●●姉ちゃん!また遊ぼーなー!」

ナルトは走りながら●●●に手を振った。

●●●も手を振り返す。
ナルトの姿が見えなくなるまで見送ってから、紅との約束の場所に向かう。