優しさはきみを騙す



水の国の●●●姫を保護してから数年が経った。次々と難易度の高い任務をこなし、もう水の国…●●●姫の事などすっかり忘れていた。


「カカシ、この任務を頼む」
「…はい」

いつも通り火影様から任務を受け取ると、部屋の隅にいた猫面の女がカカシに近寄ってきた。

「今日から暗部に配属になった…●●●じゃ。その任務に同行させてやってくれ」
「……●●●…?」

どこかで聞いたような名前だ。どこだったか…。

「…よろしくお願いします。…先輩」

猫面からカカシを覗く目は海のような色をしていた。強い意志を持ったような瞳に見入ってしまう。

「足引っ張るなよ」
「…ハイ」





あの日、城が落ちた日……
●●●姫は目立つ華やかな着物を森に脱ぎ捨て、その身一つで海を渡り火の国へ入った。

集めた情報によると、●●●の国を襲ったのは木の葉の『暗部』という部隊の者。木ノ葉を支えるかなりの手練れ集団らしい。●●●は木ノ葉の里で修行を積み、忍になった。『姫』としてちやほやされて育った●●●にとって忍になる為の修行は辛いものばかりだった。だが、木ノ葉への恨みをバネに血反吐を吐く思いをし、やっと今日…暗部にまで上り詰めた。
あとは…国を襲った者を探し出し、それなりの罰を受けてもらう。

「お前…」

そんな事を考えていたら突然前を歩くカカシに話しかけられ、●●●はハッとした。

「水遁が得意なんだって?」
「…ハイ」
「それ以外は?」
「幻術も使えますが水遁ほど得意ではありません」
「ふーん…」

カカシが面を付けたままの●●●を見ると、無表情な猫面もカカシを見つめていた。


暗部に与えられる任務は過酷で残忍なものばかりなので、とても普通の感覚ではやっていけない。

暗部に長いこといると段々と心が死んで行く。

●●●の心もそのうち死んでいくだろう。あの海のように青い瞳もいつか濁った泥水のようになってしまう。何故だかそれはどうしても嫌だった。


「…暗部に入ったからには気をしっかり持てよ。地獄を見るぞ」
「地獄ならもうすでに見ています」

片時も忘れたことなどない燃え盛る城…家族同然の家臣や幼馴染の凛太…。彼らを殺したのはあなた達、木ノ葉の暗部…。




この日から●●●は、暗部として様々な任務に出るようになった。


そして、その日を境に
暗部を冷血非道な人間の集まりだと思っていた●●●の認識は大きく変わっていった。


「…気がすすまないな…」

しゃがみこみ、はあ…と肩を落とす仲間。

「テンゾウ先輩…」
「けどそうも言ってられないよね。…行こうか、●●●」

やりたくなくても、里のためと割り切って国や人を殺していく暗部。


「●●●!」

敵の攻撃に気付かず、逃げるのが遅れた●●●を庇い、代わりに傷を負う仲間。

「すみません…先輩」
「…ったく、何ぼーっとしてんの」

●●●は自分の為に傷を負ったカカシの腕に包帯を巻いていく。なぜ、庇ってくれるの?あの日私から全てを奪ったあなた達が分からない。

「これあげるよ」
「これは…」
「嫌なもんばっかり見る任務だから…」

そう言ってカカシが●●●に渡したのは一輪の花。

「…綺麗…」
「桔梗って花だよ」
「桔梗ですか…」

●●●の血塗られた手の中で風に揺れる美しい紫の花。●●●の海のような瞳に光が戻った。


木ノ葉の暗部は
ただの冷血非道な人殺し集団ではない。



仲間や里をを思い守る…その姿を多々目にして●●●の中に疑問が浮かぶ。

我が国を襲った彼ら暗部を憎むのはお門違いなのか?任務となれば必ず『依頼主』が存在する筈。依頼主こそ罰を下す対象では…?

任務が終り、シャワーを浴びて桔梗の花を生けると●●●は過去の任務の記録が眠る書庫へと向かった。




***


「だからあ、●●●の面の下ですよ!興味ないんですか先輩!」

今日は任務が終わり、いつもの店にテンゾウと酒を飲みに来た。店内は薄暗く大人の隠れ家のような雰囲気。テンゾウは最近任務でよく一緒になる後輩の●●●の素顔が気になるらしい。●●●は任務が終わっても絶対に面を外さないのだ。

「興味ないことはないけど…本人が見せないならそれでいいんじゃない」
「……そうですよね、カカシ先輩も口布絶対人前で外さないですもんね。人のこと言えないっていうか」
「…何?テンゾウは俺の素顔も見たいの?」
「そりゃあ興味はあります」

カカシがハアとため息をつくと、来客を知らせるドアの鈴が鳴った。
テンゾウがドアから入ってきた人物を見て目を大きくして固まったので、知り合いでも来たのかと思いカカシもつられてそちらを見た。

そこには見たこともない女性が立っていた。女性はカカシとテンゾウを一瞥し、カウンターに座った。慣れた様子でマスターにお酒を頼む。

「…綺麗な人ですね先輩…」
「………」

綺麗な顔のその女性は一人で静かにお酒を飲んでいる。カカシとテンゾウもつられてか、お喋りをやめて静かになる。店内にはマスターを入れて4人だけ。グラスの中の氷の音だけが店内に響いた。


「●●●ちゃん…次飲む?」
「あ、いえ。帰ります」


マスターにお金を払うと●●●と呼ばれた女性は店を出た。

「ちょ、ちょっとマスター!●●●ちゃん?いま!●●●ちゃんって言いましたっ!?」
「ええ、●●●ちゃんはお得意様ですから」

テンゾウが勢いよくマスターに詰め寄った。

「●●●は僕らの後輩なんですけど…顔を一度も見たこと無くて」
「●●●ちゃんは忍ではないですよ。確か水の国の姫だとか」

水の国の姫…?
いやそれは無い。俺もテンゾウも●●●姫を保護したときその場に居たんだ。当然顔も見ているが、あそこまで美人では無かった。

「テンゾウさん暗いから見間違えたんじゃ?」
「それはないですよマスター!僕ら忍はね夜目がすごく…」

酔ったテンゾウがマスターに夜目について力説している。さっさと飲んでテンゾウ置いて帰ろう。

「あーカカシ先輩!また僕に奢らせる気ですか!」
「いいじゃない。たまには」
「たまにじゃないですから!……ていうか先輩、●●●のこと好きでしょう」

テンゾウの突発的な質問にカカシは酒とゴクリと飲み込んだ。

「……何を言ってんのよお前は」
「だって先輩●●●のことばっかり気にして」
「新入りだから気にかけてるんでしょ…」

カカシはさっと席を立つとテンゾウを置いて店を出た。俺を呼ぶ声が店内から聞こえるが無視する。

俺が●●●を好き?

いや…まさかな。
ただ●●●の海のような青い瞳が曇らないようにそばで見ていたいだけ…そうだろ。

そう無理やり自分を納得させて、ドキドキとうるさい心臓に手を当てた。


「カカシ先輩!そんなに怒らなくても」
「…帰れテンゾウ……」