最後の晩餐〈夜〉




卒業試験後から●●●が本に没頭することは少なくなった。
最近やたらと移動商人の人たちと話しているのをよく見かけた。

忍者学校を卒業してしまったから図書室に通えないからなのか、
下忍として自覚が芽生えてきたからなのか、
理由はどうでもよかったが2人が向き合う時間が戻ってきたのだからカカシは嬉しかった。

すず、と熱いお茶をすする。
カカシがちら、と●●●を見ると●●●は頬杖をつきながらカカシをじっと見つめていた。
カカシはお茶を吹き出しそうになる程びっくりしたが、冷静を装う。


「....あのさ、人の顔見すぎじゃない」

「カカシだなあと思って」

「......はあ?」

意味がわかんないよ、と呟きながら●●●から目をそらす。
カカシは顔が熱くなる。
心臓も動くスピードを上げたようだ。


「ねえ、腕見せて」

「...なんで」

「いいから」

言われるがままにカカシは片方の腕を差し出す。
●●●はその腕をとると、袖を肘の方までめくり上げた。
いつか●●●を庇って手裏剣が刺さってついた傷跡を長く暖かい指で静かに撫でた。
カカシにぞくり、とした感覚が走る。
なぜか愛しそうにその傷跡を見つめながら撫でる●●●。

「なに、今更そんな傷」

「.....痛かった?」

●●●は腕を見つめていた顔を上げてカカシを見つめる。
やけに真剣で調子が狂う。

「....ま、昔のことだよ」

カカシがもう片方の手でお茶をすすりながら答える。

「カカシちょっと目つぶってよ」

「...なんでよ?」

「いいから!」

「…お前今日は一段とおかしいね」

難しい顔をするカカシに続いて●●●も顔をしかめてカカシを睨む。

「それ…いつもおかしいってこと?」

「おかしいでしょ!四六時中本抱きしめてさ」

「それ言ったらカカシだってずっと修行してる」

「俺は適度」

「……いいから、目つむって!」

「...はいはい」

カカシは仕方なく両目を手で覆う。

「それほんとに見えてない?」

見えてないのを確認するようにジロジロと●●●が自分を見ているのが分かるのは、
ほんの少しの隙間から片目だけで見ているからだ。
今日は料理のことにしろ今の状況にしろ、いつもと違いすぎて次は何をするつもりなのかカカシは見ずにはいられなかった。

「見てないよ」
なんて言ってやれば納得した●●●が、いいって言うまで開けないでね!なんて言っているので適当に返事を返す。


薄ら片目で見ていると、●●●はまた傷跡に目線を落とし、そのまま傷跡に口づけをした。

カカシの心臓が跳ね上がり、一瞬で体が熱くなった。
喉まで出かけた声はかろうじて呑み込んだが、
口づけされた腕がビクつくのは抑えきれなかった。

「まだだよー」

そう言ってその少し上にある修行中についた傷跡にも口づけを落とした。
その際に●●●の髪の毛がサラ、と腕に当りこしょぐったい。
見られていないと思っている●●●は少しも遠慮なく腕についた傷跡一つ一つに順に口づけを落としていく。

カカシの体の中心がどんどん熱くなる。
うるさかった心臓も更にうるさくなる。
耳まで血が巡ってくる感じ…。
あくまでも見えてないふりをしなくては。
緩む口元を懸命に隠し真一文に結ぶ。
お茶を飲んだ後、口布は鼻までしっかり上がっていたかと不安にもなる。

「腕の感じで何してるかわかる?」

「...んー、髪の毛みたいのがこしょぐったい」

心臓がうるさくて自分の声が聞こえにくい。
うまく平然と答えられただろうか。

頭がうまく働かない。
口づけをされた腕が、傷跡が、じんじんと熱くなってくるようだ。

「.....まだ?」

「あ、ごめん」

●●●は少し焦って手を離した。
カカシはまだ?なんて聞いたことを少しだけ後悔した。

熱くなった腕を引っ込めてまくられた袖を元に戻す。
すっかりぬるくなったお茶をすする。
●●●も同様にお茶をすする。

なにしたの?なんて聞けなかった。
トボける余裕なんてない。

心臓がうるさいし、
腕もカッと燃えそうだ。
耳も顔も熱い…。
学校の女と手を握っても話してもこんなに平常心を乱されることはない。
俺をこんなにも掻き乱す女は後にも先にも●●●だけだと願う。

●●●は何故いきなりこんな事をするのだろう…。
他の男にも傷跡に口づけを落とすのだろうか。
そう考えると怒りにも似た感覚がふつふつと湧き上がる。

これから先も、当たり前のように一緒に過ごしていくのだろう。
少なくとも俺はそう思っている。
所属も立場も違えど、帰るところは同じ。
任務が終わって家に帰れば●●●に会える。
今までのように早く帰った方が夕食を作り、
一緒に食べ、お茶を飲み眠る。

そんな変わらない●●●と過ごす毎日がカカシを癒してくれている。
上忍となって、つらい任務があっても大丈夫だと思えた。
●●●を守るために強くなりたいと本気で思う気持ちは変わらない。
●●●と毎日を一緒に過ごす、カカシにとって当たり前でいて、1番の願い。

そんな願いに●●●の口から鉄槌が下った。

「私ね、明日里を出るよ」

鈍器で殴られたような嫌な感覚がカカシの身体中に走る。
●●●はカカシをしっかりと見てそう言った。

何を言っているのだ。
里を、出る?
●●●がやっと下忍となってもうすぐスリーマンセルのチームメイトが決まるはずだろう。
じっと●●●を見つめて動けない。
そんなカカシを無視して●●●は続ける。

「砂の里に行こうと思ってるんだ」

どこかで聞いたようなセリフ。
ああ、最近●●●がよく話してた移動商人たちが言っていたっけな。
ふ、とよく分からない笑いがこみ上げてきた。


「...何言ってんの?」

「だから」

「...今日お前ホントおかしいよ。早く寝れば」

●●●の顔も見ず無意識に冷たい声が出た。
少しの沈黙の後、●●●は口を開いた。


「カカシ、これからも任務頑張ってね。カカシなら」

「だから!!....意味がわかんないって」

つい大きな声を出してしまった。
不安でかイライラする。
ドキドキしたりイライラしたりと今日は忙しい。

「...お前は下忍になるんでしょーが」

「わたしは、」

俯きながら●●●がそう言いかけたとき、
カカシが椅子に座っている●●●の腕を掴み、壁に押し付けた。

●●●の背中にドンと衝撃が走る。

「っ、い」

●●●の目の前にカカシの顔がある。
カカシは何も言わず●●●を見下ろしている。

自分が先ほど口づけを落とした腕にギリギリと強い力で肩を押さえつけられる。

「あの、カカシ、痛い…んだけど…」

「...................」

壁と自分の体で●●●の逃げ場をなくす。
カカシは息がかかるほど近くまで●●●に近づいた。
●●●の目線に合わせるために少し背を曲げる。

目と目が至近距離で合う。
カカシの目をはひどく怒りを含んでいるようだ。

●●●はその目と至近距離に耐えきれず、掴まれていない方の腕でカカシの体を押し返す
けれど、ビクともしない。

カカシは抵抗されたことにイライラしたのか、
その腕を掴み引っ張って●●●の体を
寝心地のいい柔らかなダブルベットへ放り投げた。

●●●は体制を立て直そうとしたが、カカシによって両腕を掴まれベッドに押し付けられた。

「あ....あの」

「黙って」

「..............」

カカシに組み敷かれた状態で●●●はカカシの顔を見ることもできずにいた。
怒りを含んだ冷たい目で見られていることが容易に想像できたからだ。
●●●を組み敷いたまま動かないカカシが沈黙を破る。


「…こんなに弱いのにさ」

「……え?」

「木の葉から出たって殺されるだけだよ」

お前は俺に守られていればいいんだ。
俺の帰る場所であってくれればそれで。

「……………」

●●●は悔しそうな、悲しそうな顔をする。


「……私が砂の里に行くのは…」

ツラツラと説明をされるが、まるで頭に入ってこない。
●●●の腕を掴む力を少し緩める。

自分の頭と気持ちの整理をはじめるため、
少し冷静になって考えろと自分に言い聞かす。

そもそも●●●は下忍にならないなんて言ってない。
スリーマンセルも決まらないうちにってのはひっかかるが……一時的に行くだけの任務みたいなものだろう。
俺だってこれからそれ以上の長期任務についたりもする。
そう考えると、何も不思議じゃない。
俺は何をそんな感情的になったんだと深呼吸する。

たぶん●●●に傷跡に口づけされたからだな。
少しだけ落ち着いてきた。


俺が落ち着こうと色々考えていたその間も、
組み敷かれながらも説明を続けていた●●●を見るとなんだか笑えてきてしまった。

いつも通りの自分が戻ってきたようだ。
そう思っていたとき、●●●の口から出た言葉がまた俺を揺さぶる。


「帰ってくるか分からないけど」


この女は、なんでこうも俺をかき乱すのか。
少しだけ落ち着いたと思えばまた次はこれだ。
カカシの中で何かが切れた。
一度は緩ませた手の力を強くする。

「いっ、たいって」

カカシは●●●の顎を思い切り掴んで激しく口に噛みついた。
口づけ、なんて優しいものではなく、
獣が獲物を食うように荒々しく●●●の唇を貪った。
●●●は顎を押さえられているため顔をそらすことが出来ず、唇を固く閉じたままカカシの強引な口づけを受ける。


「ん、んんん!」

「....くち開けろ」

「…………なに言っ」

●●●が喋り口を開いた隙を見て強引に●●●の口内に侵入する。
それでも口を閉じようとするので、●●●の顎を掴む手に力が入る。
痛みと息苦しさで●●●の顔が歪み、涙が頬を伝う。

そのうちに諦めたのか●●●は唇の力を抜く。
するとカカシはさらに奥まで侵入してくる。
●●●の舌を探し、吸い上げる。

「っ……んふ…………っ…は………」

●●●の口から艶のある息と声が漏れる。
カカシははじめて聞く●●●の色っぽい声に興奮を隠せない。


カカシが唇を離すと●●●はカカシをじっと見つめてはあ、はあ、と酸素を取り込む。
カカシもそんな●●●をじっと見つめて呼吸を正す。

「どう、したの?カカシ....」

「…………………」


今までにない興奮状態にあるカカシは自分でも何をしでかすのかわからなかった。
ただ明日自分の元から去って、次いつ会えるかわからないと言い出す目の前の女を、自分のものにしておきたかった。

カカシは●●●を押さえつけていた手を離し、そのままふくらみはじめたばかりの胸を服の上から触る。
●●●の体がビクッと跳ねた。

「あ、あの…カカシなにするつもり?」

「……………」

●●●の質問に答えもせず、まだ発達途中の胸を手の中で転がす。

誰にも触られた事のない自分の胸を服越しではあるけれど触る自分ではない手。
大人になる前の●●●でもわかる。

家族であり友人であり理解者だった彼が男に変わって、この後何をするのか。

彼が胸元のボタンを外しはじめた。
抵抗しようとも恐怖で体が動かない。

●●●の目から次々と涙がこぼれる。

こんなに怖いのは目の前の彼が知らない人みたいだからだろうか。


「…カカシ……や、めて、やめてよ」

「………ごめん」

とまらない、と小さく呟くカカシ。
絶望に似た感情が●●●を支配する。

ああ、こんな形でカカシと向き合うなんて…
いつもの優しい彼はどこに行ったの。

私の話を最後まで聞いて、笑顔で見送ってほしかった。
こう思う私は我儘なのだろうか。


外からドンと大きな重い音が響いた。
窓の外はいつのまにか雨が降っており、雷も鳴っている。
カカシが上半身を浮かせて、ふと窓の外を見る。
●●●はその隙にカカシを押しのけ、ドアの方に走り出した。


あと少し、あと少しでこのおかしな状況から抜け出せる。


あと一歩でドアノブに手が届くというところで
ドアと●●●の間にカカシの姿が現れた。


「どこ行くの?」

ドアもたれかかって腕を組むカカシ。


●●●は反射的に他の出口を探すためベッドの方へ引き返そうとするがすぐ足を止めた。
ベッドの上にもカカシの姿があったからだ。
どちらかが、影分身…。
ドアにもたれかかっているカカシが●●●の腕を強い力で掴む。

ベッドにいるカカシも●●●の方へ静かに歩み寄ってくる。
その顔は怒りと悲しみが交差していた。

「なんで逃げるのよ?」

「カカシ……」

「どこにも行かせないよ」

●●●の目の前にも、背後にも男になったカカシがいる。
もう逃げられない。

「お、お願い、やめて」

涙ながらに●●●は声を絞り出す。

聞こえているのかいないのか、ドアにもたれかかっていたカカシが後ろから●●●の顎を掴み口づけた。

ベッドから歩み寄ってきたカカシは●●●の胸を触りながらまた服に手を伸ばす。

●●●は恐怖で震えながら声を絞り出す。

「…………らい」

「…………?」

口づけていたカカシが口を離す。

「………きらい」

その言葉に2人のカカシの動きが止まる。


「……だいっ嫌い……」

涙で潤んだ瞳でキッとカカシを睨みながら声を絞り出す。

ボンっと口づけをしていたカカシが消えた。
影分身がとけたのだ。
カカシの意識が●●●から発せられた言葉に集中する。

ああ、俺は何を………。

●●●は少しはだけた胸元の服を握りしめる。

「……帰ってよ…二度と来ないで」


●●●の肩が震えている。


カカシはその肩に手を置いて「ごめん」と小さく呟くとドアを開けた。

ドアを出る前にカカシは泣いている●●●を振り返った。

カカシのその顔はとても悲しい目をしていた。




「砂の国に行くこと....俺には相談できなかったの?」



●●●の胸がチクリと痛んだ。
一番近くにいたんだ。
相談なんていつでもできた。
でも、できなかった。

カカシに行くなって言われたら行けなくなってしまいそうだったから。


そう説明すればいいのに、
泣いていて言葉がうまく出ない。

カカシはそんな●●●に背を向けてもう一度「ごめん」と呟くと今度こそ家を出た。


1人になった●●●はその場にへたり込んだ
涙が溢れて止まらない。


「…ふ、ぅっ……ひっ……ひ……っ」


我慢していた鳴咽がもれる。
涙を拭う袖口が瞬く間に湿っていく。





外に出たカカシはしばらくドアの前から動けずにいた。
その肩は静かに震えていた。


今日が雷雨でよかった。
●●●の泣き声も、自分の口から出る鳴咽も涙も、雷と雨が消し去ってくれるだろう。

でもどうせなら1番聞きたくなかった言葉も
一緒にかき消してくれればよかったのに。


「…大嫌い…か……」


カカシは少し雨に濡れて
10歩でつく自宅に消えて行った。