枯れ果てた航路


提灯屋を出て、賑やかな繁華街の中を3人で歩く。外は風が吹いていて、なかなかに気持ちいい。


「次の店はカカシ先輩が出してくださいよぉ!僕もう手持ちが……」

そう言ってテンゾウは財布の中を覗き込む。

次はって……テンゾウは当然のように二次会に進むつもりだ。●●●はいいのだろうか。
カカシはチラリと●●●を見る。
テンゾウの姿に変化していた●●●は食べ終わるとすぐ術を解き、いつもの猫面に戻った。
無表情の猫面がカカシの視線に気づき、顔を上げる。

「私も先輩方に聞きたい事もありますし…ぜひ」

●●●はカカシが言いたいことが分かったのか静かにそう告げた。
カカシは●●●の様子に違和感を感じた。改まって俺たちに聞きたいこと……先ほどの酒屋では話せないような内容なのか…?

そんな考えを巡らせるカカシを他所にテンゾウはぐいぐい話を進める。

「なら僕らの行きつけがあるんだけどそこでいいかい?」

テンゾウはカカシにチラリと目配せした。
カカシはいつもの無表情でテンゾウを見やる。テンゾウの表情はいつもより緩んで顔が赤い。カカシはテンゾウが何考えてるのかすぐ分かった。




いつかマスターが『●●●ちゃん』と呼んだ美人が●●●なら、僕らが酔ったふりでもして上手いこと面をとれば色々ハッキリする。ボクとカカシ先輩でやればまず成功するだろう。

あの美女の正体が●●●なのか、もしそうなら水の国の姫というのも●●●ということになる。

事実を知るマスターの前では言い逃れもできないだろう。

水の国の姫は水を自在に操るという。そして●●●は異様な程に水遁が上手い。
テンゾウの中でパズルのピースが揃ってきたような感覚だ。

でも、もし本当に●●●が水の国の姫だったなら僕らはどうするべきなんだ?

何事もなかったかのように仲間としてやっていくか?

姫として保護するべきか?

それとも、あの日の事を……謝罪するべきか?




「ハイ、場所はお任せします」


3人は細い路地に入る。●●●は静かに二人の後をついて行く。

「ここだよ」


●●●はついて来てしまった事を後悔した。
ここはかつて面をつけ忘れた自分がテンゾウ先輩たちに出くわしてしまった飲み屋だ。
しかもマスターは私の素性を知っている。

「ここ、なんだか暗いですね…あっちの飲み屋にしませんか?」
「中は意外と明るいよ、大丈夫大丈夫!」

テンゾウが●●●の肩をポンポンと叩く。

「●●●はここに来たことがあるのかい?」

テンゾウが面越しに●●●の目を覗き込む。
ここで「ある」と答えればあの美女は●●●である線が濃厚だ。

「……いえ、その」

テキパキと話すいつもの●●●とは思えないくらい、言葉が詰まっている。

「●●●が嫌なら……別の店でもいいでしょ、テンゾウ」
「えぇっ!カカシ先輩!?」

●●●の素顔が見たい同士、協力してくれるだろうと思っていたカカシから突然の裏切り。

●●●は猫面ごしにカカシを見る。

カカシは一方的にテンゾウの肩を組み、店の前からずるずると引きずって行く。

「あそこの店でどう」
「…そうですね、いやホント先輩が正しいです…」


カカシに肩を組まれすこし小さくなるテンゾウ。●●●はその二人の後ろ姿を小走りで追った。

カカシの側に駆け寄ると小さな声でお礼を言った。

「ありがとうございます、先輩」


カカシは●●●を見てにっこり笑う。







「んで……聞きたいことって?」


客もまばらな薄暗い静かなバーの店内にカカシの声が響いた。
●●●の身体がピクリと反応する。

テンゾウは寝てはいないがゆらゆら船をこいでいる。話をするどころではなく今にも寝てしまいそうだ。

●●●は自分のグラスをギュッと握る。

ここはマスターのいるバーではない。
マスターは私が「水の国の姫」ということをこの2人に話したりしてないだろうから、聞いてみてもなんら問題はないよね……。素顔がバレていてもそこから水の国の姫にはつながらない筈だ。


「数年前の任務の事で1つ聞きたくて」
「どの任務?」
「水の国の任務です」
「…………水の国……」

カカシはすこし顔を伏せた。その表情はどこか暗い。この任務にあまりいい思い出はなさそうだ。

「覚えてますか?」
「ああ……覚えてるよ」
「その任務の依頼主について知りたいのです」

任務の依頼主の素性。これは最重要機密。忍は非公開依頼主のことは死んでも話さない。
けれどこれは部外者への決まりで、任務遂行時など必要があれば暗部同士で依頼主の情報を共有することは良くある。しかし●●●…自分で墓穴を掘ってるぞ。


「その任務をこなしたのは何年も前だし……●●●は暗部にすらなってないでしょ……なんでその任務の存在を知ってるの?」

たしかこの任務は極秘だった筈。
知っているのはなんらかの形で関わった者だけ。


「……書庫で調べました」
「その任務の存在を知ってないとまず出てこない筈だけど」
「…………」

しまった……これでは私が関わっていると発言してるようなもの。私が姫だとバレてしまっては暗部に所属する事、木の葉で忍として生きることも出来ず保護され捕まってしまうかもしれない。何か言い訳を……

だけど●●●の頭は酒で回転が鈍っており、うまい具合に言葉が思いつかない。

沈黙が長ければ長いほど先輩は怪しむだろう。

●●●が何か言葉を……と思っていると先に口を開いたのはカカシだった。

「ま、あの任務は色々と謎が多くてね」

●●●はグラスを傾けるカカシを見つめる。

「謎…ですか」
「この任務は水の国のお姫様を………依頼主は水の国のお姫様を救い出すために俺たち暗部を水の国に送った」
「……は」

何を、言っているのだ。
私が生まれ育った城を私ごと焼き払い幼馴染や家臣をも殺し我が国を滅ぼしたくせに。どこが保護なのか。


●●●の肩がフルフルと震えはじめた。
カカシはそんな●●●を横目にゆっくりと話しはじめた。

「水の国の姫さんの父親は元々は木の葉の忍だったんだよ……里一番の水遁の使い手で水なら自在に操れた」
「…………」
「だけど、その方に水遁の力を受け継ぐ子供が産まれたとき『水神』を唯一無二の存在とする水の国の者に赤ん坊が拐われたらしい」
「………」
「それから水の国の者は他国との交流を断ち、情報を流さぬように隠してその赤ん坊を水の国の姫として大切に育て上げた」
「…………」
「だけど姫さんの父親は拐われた赤ん坊が大切に育てられていることなど知るわけがなく……血眼で世界中を探し回った」
「…………」
「そして姫さんの父親が亡くなったとき、火影様がその意思を継いで情報を集め やっとの思いで水の国を突き止めた。だけど水の国は一向に姫を返そうとしなかった」
「…………」
「……●●●、大丈夫?」

「……ははっ…」

●●●の中に変な笑いが込み上げてきた。
事実を飲み込みきれない。
水の国に拐われた赤ん坊が私……?
待ってよじゃあ、今まで水の国で父様母様と呼んでいたのは…赤の他人ということ?私が拐われた赤ん坊…?私を父親が探していた……?赤ん坊が姫?

ぐるぐると同じ単語が頭の中をめぐる。


●●●はグラスを一気にあおる。

「●●●……」

カカシは心配そうに●●●の肩に手を乗せ顔を覗き込む。
いつものように猫面から覗く青色の瞳が揺れていた。


そしてようやく理解した。
私は水の国の者に拐われ、姫として育てられた赤ん坊。私の本当の親は私を探して力尽きた。


●●●は理解すると同時に胸の中が空っぽになったような虚しさを感じた。

私が育ってきたあの城は全てニセモノだったのだ。本当の両親が私を探している間、私は呑気に……家族のフリをした誘拐犯と楽しく暮らしていたのだ。



水の国の復讐の為に睡眠時間も食事の時間も削り血反吐吐く思いで修行に励んできたというのに。

父様母様のあの笑顔もニセモノ。
凛太と過ごしたあの日々も。
食事を残して叱られたのも、お稽古も。

すべて…すべて、ニセモノか……。

水の国の為に木の葉に復讐………笑わせる。

●●●は酷く自分が滑稽に思えてきた。



自分の信じていたものが根元からポッキリ折れたような感覚だ。




もう……どうでもいい。


強い酒を一気に飲む。喉が焼けるように熱い。

いきなり空っぽになってしまったこの胸はどれだけ酒を飲んでも埋まりそうにない。酒のせいで自分の中の負の感情だけが大きく渦巻いてくるようだ。


「●●●、飲みすぎ」
「ずっと…父親は赤ん坊を探していたのですか」
「……俺も聞いた話だから詳しくはないけどその父親の最期は水の国の者の手によるものだと聞いた」


はは、誘拐犯であり親の仇か。
そんな奴らのために私は強くなり仇を打とうだなどと……………。


「先輩たちの任務は赤ん坊の救出だったのですね……」
「もっとも……赤ん坊はもう赤ん坊じゃあなかったが」

カカシは●●●の瞳を意味深に覗き込んだ。●●●は慌てて顔を背ける。

いよいよ素性を話すわけにはいかなくなってしまった。
水の国の者と私も同罪だ。
親の仇と共に笑って育ってきた。私はその国の姫なのだ。罪深い一国の………。

「水の国の姫」として育てられた●●●は、拐われた赤ん坊だからといって水の国とは関係ない、とは思えなかった。

私を探してくれていた父親、そしてそれを受け継いで私を見つけ出してくれた火影様。

その人たちが暮らしていた木の葉にいつか復讐すると、そう言っていた自分を殴りたい。

●●●は木の葉に対して罪悪感でいっぱいになった。

これから、どう償えばいい。



「すみません先輩、私体調が悪くなって来たので先に失礼します…」
「送るよ」

カカシはスッと立ち上がった。

でも今は1人で居たい。

「いえ、先輩はテンゾウ先輩を……」
「いいから」

半ば強引にカカシに外に連れ出された。
先輩が居たら…1人にならないと泣けないのに。全速力で逃げてしまおうか。

「歩ける?」
「はい」


●●●はゆらゆらしながら歩く。
酔ってるわけではない。信じられないような事実を突きつけられて足がふらついてしまう。


カカシと数メートル歩いたくらいで、突然●●●はダッと走り出した。

「●●●!?」

カカシは驚きながらも素早く後を追う。

●●●はふらつく足に鞭を打ち、真夜中の静まり返った繁華街を走り抜ける。住宅街を抜き里の門を抜け、無意識のうちに水の国へ向かっていた。

「ストップ」

●●●が里の門をくぐったところで、カカシは●●●の前に立って行く手を遮った。

●●●は急に現れた目の前のカカシに足を止めた。

「先輩……」
「●●●、体調悪いんじゃなかったの?」
「もう平気です」
「こんな真夜中に里の外に出てどこ行くつもり」
「……家に」

●●●はカカシの横を通ろうとするが、カカシは手を広げそれを阻止する。

「●●●んちは木の葉でしょ」
「…………」

ザワ……と木々が風に揺れる。
月明かりが2人を照らしていた。

●●●は自分の顔についている面に手を伸ばし、静かに面を取った。

あれだけ取りたくなかった、見せたくなかった素顔をはじめて人に見せた。半分もう……どうでもよかった。

それを見たカカシは言葉を失った。
いつもの海色の瞳が月の光でより美しく光っている。その瞳の放つ青に吸い込まれそうだ。

カカシはしばらく●●●を見つめたまま動けなかったが、●●●が猫面を地面に落とした音でハッと我に帰る。

「●●●……」
「先輩、私が…誰に見えますか」

そう言う●●●の肩が震え、海色の青い目からは雫がぽたぽたと流れ落ちる。

「私は…自分がこれからどうすればいいのか分からなくなりました」
「………●●●…」
「今まで仲間(水の国)のために……生きて来たのに」


木の葉の暗部が水の国を焼いたのは、私のため。

私を故郷に、父親の元へ返すため。

なのに私は、木の葉に復讐することばかり……。


はらはらと泣く●●●をカカシは静かに強く抱きしめた。●●●の身体がピクリと動く。

「●●●は、●●●だよ」
「その名前すらも、……本物かわかりません」

そうだ。水の国の者によって違う名前を付けられ、呼ばれて今日まで生きて来たのかもしれない。父親が亡き今、それを確認する手はない。

私は水の国と木の葉……どちらにも存在しない。


そう思うと急に寂しくなって●●●はカカシを抱き返した。

カカシは少し驚いたが、変わらず●●●を抱きしめる。

他者の温もりが●●●を安心させていた。


カカシの服が●●●の涙で濡れていく。






つぎは
夢主様荒れます。