啓示
工藤新一は、謎の組織に薬を飲まされて体が縮んだ。
扇屋ユヅルは叔父から謎のサプリを貰い、何度か服用していた。
……どう考えても、叔父が怪しい。黒の組織の関係者な気がする。
彼が阿笠博士のような発明家気質ならまだ危険ではないのだが、今になって思うと、体調不良の姪に不穏なワードを何度も投げかける行為は何らかの意図を感じた。ユヅルから何かを引き出したそうな雰囲気だった。
パジャマに着替え、再びベッドに収まったユヅルが遠くを見つめながら考え事をしている間、病室の窓辺の椅子に座った江戸川コナンは佐藤刑事に聞き込みをしていた。部屋に大人数の刑事が居るとユヅルの顔色が目に見えて悪くなるため、今部屋にいるのはこの3人だけだ。
部屋の外には制服姿の警察官が2名見張りについている。
コナンが扇屋ユヅルの誘拐事件に関わることを許されたのは、ここ数日の事だった。
毛利小五郎は娘の蘭と扇屋ユヅルがかつて友人だったことを知っている。そんな少女が誘拐先で暴行を受けていたとあれば、いくら推理力が高いとはいえ小学生を関わらせるのは大人として見過ごせなかったようだ。
コナンは手のひらサイズの手帳にメモを取りながら、真剣な表情で佐藤刑事から事件の経過を聞いた。
「なるほど……犯人たちは逮捕されたけど、身代金は既にどこかに流れてしまったんだね」
「ええ。あんな大金を足取りも残さず回収する手際の良さは、かなり規模の大きな犯罪組織が関わっていると考えていいわ。そうなると、嫌な予感がするのよね……」
「嫌な予感って?」
「公安が事件を横取りしてきそうなのよ…」
「あ、ああ……」
ムッとあからさまに不機嫌を表に出す佐藤刑事に、コナンは苦笑いを零す。
するとその苦笑いを別の意味で捉えたのか、彼女はこんな子供に警察内部の対立事情を話しても仕方ないか、とあっさり気分を切り替えた。
「コナンくんには話してもしょうがない事よね」
「僕、ドラマで観たことあるよ! 公安部の刑事さん達は自分たちだけで捜査しているから、時々捜査対象が他の部署とバッティングしちゃうんでしょ?」
「あら、詳しいのね」
「……」
何も聞いていないふりしながら、ユヅルもしっかりその会話を盗み聞きしていた。そして「規模の大きな犯罪組織」という言葉にこちらも嫌な予感を感じ、自分が人知れず事件の核心に近づいていることに気づいた。
冷や汗が額を流れるべきシーンだが、あまりにも現実離れした状況にそんな危機感は無い。
「(喫茶店のホットケーキ、食べたかったな……)」
枕に預けた頭を右に傾けて、大きな窓の向こうに広がる青空を眺める。カーテンが開ききったガラス窓に映る少女の顔は魂が抜けきったようだった。顔の造詣が美しいとそれですら見栄えが良くて羨ましい。
扇屋ユヅルの叔父は組織に所属する研究者か。叔父は組織で開発した試作品を扇屋ユヅルに飲ませたか。扇屋ユヅルを誘拐したのは黒の組織か。
全て扇屋ユヅルの身に起きた出来事と、██ ██が読んでいた漫画の知識を照らし合わせた結果導き出された推測だ。推測が当たっているかどうかは、事件が解決するまでは分からない。
では、そのために情報提供するとして、一体誰に告げ口をしたら良いのだろうか?そして情報の根拠は?情報提供した事実が外部に漏れる可能性は?
黒の組織の情報を持っていることがバレたら、殺されるのだろうか?
ハッと突然目を見開いたユヅルの様子に、佐藤刑事とコナンはつられてそちらを向いた。
「ユヅルさん?」
「どうしたの、ユヅルさん」
「……気にしないでください、なんでもないです」
なんでもないと言いながら、ベッドサイドテーブルに置かれた鞄へ手をのばす彼女に、コナンはきょとんと目を丸くした。
鞄から取り出したのは携帯電話。少し動作に戸惑っているようだが、指を素早く動かして動作している姿は明らかに目的を持った行動に見える。
「ユヅルさん、誰かに連絡?」
「………さっき会った叔父に、言い忘れていた事というか…話したい事があって……」
傍から見たユヅルは常に心ここにあらずといった表情で、何を考えているのかよく読みとることができない。だが、コナンには今のユヅルが何かに突き動かされていると見えた。そして質問の深堀りを避けたがっているような目の泳ぎ方をしていた。その意図に逆らわず、彼は何も言わなかった。
その代わり、夕暮れまで病室にいたコナンが「もうそろそろ変える時間よ」と促されて山吹色に照らされた病室を出る際、わざとペンを落とした。
間近でそれを目撃したユヅルはびくっと肩を震わせる。
「あっ! ペンがベッドの下に…」
「大丈夫?コナン君」
「うん!」
わざとベッドの下へ転がるように落としたのだ。そしてベッドの下へ潜り込み、シール型の盗聴器を取り付けた。
「今、クラスでペン回しが流行ってるから練習してて」と言い訳をしながらベッドから這い出る彼に、ユヅルは何も言わずに一連の動作を観察していた。
こうして、扇屋ユヅルの病室に仕掛けられた盗聴器はまた1つ増えた。