アシリパと杉元と白石がキロランケというアイヌの男を連れて帰ってきた。アイヌの服のアットゥシを着て私よりもアイヌに馴染んだ谷垣を見て、白石が驚く。谷垣への疑いも解けて私も随分、彼に心を許していた。
アシリパと杉元は海で起こった事、辺見の刺青人皮をゲットした事を話してくれた。アシリパの父の友人であるキロランケが告げた真実も。
「アシリパさんのお父さんが…アイヌを殺して金塊を奪ったんですか?」
「…その真実を探るためにアチャに会いに網走へ行ってくる。しばらくは帰ってこれないが、結城はどうする?」
皆の視線が私に集まった。杉元だけは下を向いて、ならした灰を指でいじっている。私は胸で浅く息を吸ってから、口をゆっくり開いた。
「…ついていきます。アシリパさん達が海に出ている間に第七師団がコタンにきました。運良くここで私が顔を合わせることは無かったですが、今後同じ事があればフチたちに迷惑をかけます。」
「第七師団が…!?大丈夫だったのか!?」
私の言葉にアシリパが目を大きく見開いた。杉元も顔を上げてすぐに険しい顔をする。
「ああ。尾形上等兵と二階堂がこのチセに来たんだが、杉元の事も探っていたぞ。結城は二階堂に顔が割れてるようだから危機一髪だった。もし結城が戻って来ていたら、杉元とアシリパもコタンとの繋がりも数珠繋ぎにバレてしまっていただろう。」
谷垣が眉間に皺を寄せ、手を組みながら説明してくれた。山の中で出会った男が尾形百之助ではなく、双子の生き残りの二階堂浩平だったら、間違いなく殺し合いになっていたはずだ。もしもを考えただけで肝が冷える。
「谷垣さんが上手く対処してくれたお陰でこのコタンは無事でした。ただ、私は杉元さん同様追われている以上、留まることは出来ません。ここは谷垣さんに任せて、私はアシリパさんの力になりたいです。」
私がそういうとアシリパは複雑な顔をしたが、それでも嬉しそうに少しだけ口角を上げて微笑んだ。
「三十年式歩兵銃もこのSIGM400も両方使えます。シグ社のライフルは三十年式より軽いし、安定してるので走っても使えますし、装弾数三十発もあるので役に立つはずです。フルオートではなくセミオートですが、それでも十分強いのでは?」
私がアサルトライフルと小銃を出して戦う覚悟を見せると、杉元とキロランケが唾を飲み込んだ。
「引き金を引いて戻すだけで三十発だろ?驚異的だな。」
「アシリパ、どこからこんな嬢ちゃんを拾ってきた?」
「天からだ。カントコロカムイが授けてくれた。」
キロランケの問いにアシリパはドヤ顔で天を指差した。キロランケは興味深そうに私の銃を眺めている。アシリパは私に向き直って前のめりになり、真剣な顔をして私を見つめた。
「ただ、結城。私の為にと人殺しはしないで欲しい。戦わなくて済むなら戦うな。銃を使うのは身を守るためと、結城のやりたい事の為に力を使ってくれ。」
アシリパの優しさに私は目を細め、顔を綻ばせた。きっとこれから私は人を殺すだろう。したくなくても金塊や第七師団に近づけば巻き込まれる事になる。でも彼女のせいだと思って欲しくない。私は私の意志で引き金を引くのだ。アシリパを安心させるように大きく頷くと、彼女は安堵したように眉尻を下げた。私の同行が決まると、皆がいそいそと旅の準備をしながら立ち上がる。
「谷垣。フチをよろしく頼むぞ。」
アシリパが谷垣に別れを告げると彼は深く頷いた。そして私をみて肩にポンと手を乗せる。
「これまでの看病や飯の世話など本当に助かった。次は俺がこの村の皆を助けるから気にせず行ってくれ。」
「どういたしまして。フチやオソマのためにもまずはしっかり足を治して下さいね。無理してまた酷くならないように!」
私が念を押すと、谷垣は苦笑いしていた。谷垣と別れの挨拶をする私達をみて、フチとオソマとリュウも出てきて見送ってくれる。皆に手を振った私達はキロランケの馬に乗って札幌へと向かった。
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山を越え、谷を越え、白石が迷子になったりしながらもなんとか札幌についた。キロランケ達が銃や火薬を選んでいる間に急いで毛皮などを市場で売って金を作る。これから旅をするにあたって路銀は少しでも多い方がいいからだ。鉄砲店に戻ると、札幌世界ホテルという宿に泊まることになったと告げられた。
さっそく皆んなで向かうと洋装の綺麗な女性が出迎えてくれた。白石はさっそくアタックをかけている。私は一人部屋になったものの、寂しくてアシリパと杉元の部屋に入って話をしていた。
「札幌っていえば時計台とサッポロビールですね。アシリパさんと杉元さんはお酒飲むんですか?」
「酒か?飲むぞ!寒い時は身体が温まる。こないだ白石が持ってきてくれた酒は美味かったな、杉元!」
ベッドに寝転びながら足をパタパタさせながら答えるアシリパ。落ち着かないと言っていたがベッドが珍しくて楽しいようだ。
「ああ、あの日本酒な。鹿肉と合って上手かったなぁ…。せっかく札幌に来たんだから何か食べるか。」
お酒の話をしていたらお腹が空いてきた私達は、外に出ようかとベッドから起き上がる。するとヒャッ…という音が耳に入った。
「なんか変な音がしなかったか?」
「私のオナカだ。」
杉元も同じように音に反応して振り返ったが、アシリパの腹の虫だったらしい。とりあえず夜ご飯を食べようと部屋の外に出るとキロランケの奥に柔道耳の大男が立っていた。杉元と大男が挨拶と握手したかと思うと、胸元つかみ合い、睨み合った。そして何故かご飯を奢ってくれる事になった。
水風亭という洋食屋に連れて行ってもらった私達。杉元、私、アシリパ、大男、キロランケで丸テーブルを囲んだ。大男が頼んだ料理がテーブルに並ぶ。
「エゾシカ肉のライスカレーだ。」
「カレー?!…いい匂い…!!」
久しぶりのカレーに私はスプーンが止まらない。だが、横に座っているアシリパは手も動かさずにジッとカレーを見つめていた。またうんこだと思っているらしい。
「アシリパさん、それ食べても良いオソマだから。」
杉元がアシリパに告げると彼女は一口食べてから、あまりの美味しさにしばらく悶えていた。
「札幌ビール飲み比べ勝負だッ!じゃんじゃん持ってこいッ!」
大男の掛け声でビールの一気飲み大会が始まった。杉元もキロランケもここぞとばかりに飲んでいる。私も瓶から直接ビールを流し込んだ。喉越しが堪らない。こちらに来てからアルコールを飲む事が殆どなかったので、楽しくなって次から次に飲み干していった。
「くーっ…!!…うまいっ!!」
「いい飲みっぷりだな男装の御麗人。遠慮せずもっと飲め。」
空になるたびに追加されるビール瓶に顔がだんだんと紅潮していくのがわかる。スッキリ飲めるサッポロ黒ラベルと違って、この赤星の札幌ビールは程よい苦味と厚みのある味わいが堪らない。貴重なラガービールを豪快に飲めるこの時間は至福であった。酔っ払った大男に感謝である。
時間が経つに連れ、皆の顔が赤く染まっていく。アシリパも酔っ払ってしまったようで目が据わり、大男に絡んでいた。大男のおでこを引っ張ろうとしているアシリパが面白くて、私もだんだん頭がフワフワしてくる。
「お嬢ちゃん達、男を選ぶときはチンポだ。」
唐突に先生のチンポ講座が始まった。完全に酔いが回ってきた私は手をあげて答える。
「先生!チンポを見た事がないのでどれが大きいとか分かりません!」
顔を真っ赤にしながら喋る私の横でアシリパもチンポを思い浮かべていた。遠い目をしながらニヤニヤしている。
「チンポは海でみたけどぉ…なんか…フフ。」
「男は寒いと縮むんだよ?伸びたりちぢんだりするの知ってる?アシリパさん。」
必死に弁解する杉元。杉元のチンポは小さいのだろうか。大きさについてワイワイ話していると先生がノンノンと人差し指を横に振った。
「大きさの話じゃないぜ〜?その男のチンポが「紳士」かどうか…抱かせて見極めろって話よ。」
先生の言葉に後ろにいたキロランケも賛同していた。とりあえず身体の相性が大事だと熱弁している。出来上がった私は紅潮したまま彼らに抗議した。
「ええ〜?じゃあ何人にも抱かれないとダメなんですか?ヤらずにチンポが紳士かどうか知りたいです、チンポ先生!」
「それは無理な話だ、男装の嬢ちゃん。チンポは使ってみて初めて真価が問われるのだ!そして、今日も俺は試されるって訳だな!…それじゃチンポ講座終わり!女将が部屋で俺を待ってる!」
先生は抱く気満々でホテルに帰っていった。私たちも酔っ払いながら足元ふらふらで札幌新世界ホテルまで戻っていく。頭がグラグラし始めた私はさっきまで笑っていたと思ったら今度は杉元にもたれかかって泣き出した。
「そんなにチンポが大事なんですか?私だって…一度くらい誰かに抱かれて死にたかった…。」
大量の飲酒で情緒不安定になりメソメソと泣く私。外の風を浴びて赤みが引いた杉元が私の背中を叩いた。
「まだ死んでないでしょーが。顔は綺麗なんだから見つけようと思えばすぐ相手が見つかるよ。」
「…顔『は』って何ですか?中身がダメなんですか?…すぐ相手が見つかるって…皆そう言うんですよ…。じゃあお前が抱けよ!わーんっ!」
悪酔いした私はもうタチの悪い酔っ払いだった。杉元が困惑しながらも水を飲ませてくれる。「吐くなよ?吐くなよ?」と杉元が声をかけてくれるが、「抱いてくれたら吐きません!」とか何とか意味の分からないことを言ってしまっていた。
「あ…でも、杉元さんはチンポが小さいのか…。」
「ちょっとアシリパさんの言葉信じないでくれる?小さくないからね?伸び率はあるよ?」
その杉元の言葉が最後の記憶で気がつくとベッドの上に寝転がっていた。杉元は眠りこけたアシリパと暴れる私を引っ張りながら宿にもどって、それぞれをベッドに寝かせてくれたらしい。飲み過ぎでなんだか吐き気がするので、またすぐに重い瞼を閉じる。私は再び深い闇へと落ちていった。
ドォォォオオンッ!!!
爆音と共に目を覚ました時には私は杉元にお姫様抱っこをされていた。周りを見渡すとホテルはボロボロに破壊され、皆が爆発に巻き込まれたように煤で汚れ、服が破けていた。
「……え?…ん?」
「チンポ先生は?まだ出てきてない!」
寝ている間に何が合ったのかと動揺していると、アシリパがチンポ先生を呼んで叫んだ。無惨にもホテルはガラガラと目の前で崩れていく。さっきまで寝ていたホテルは一体何があってこんなに粉々に壊れているんだろう。寝ぼけていた私は現状を把握するので精一杯だった。
「あの…さっきまでホテルで寝てましたよね?こんな崩壊って…え?地震?火事?」
「…ホテルが燃え出したと思ったら白石のせいで火薬が爆発しちまった。警察や軍も集まってくるぞ。面倒になる…。ひとまず、ずらかろう。」
キロランケの言葉に皆頷く。そっと杉元から下ろしてもらって、私も皆の後ろに続いた。
「あ、杉元さんありがとうございます…。連れ出してくれなかったら私、ホテルで死んでましたね。」
「あの家永という女将が囚人の一人で、皆をガスで眠らせてたからな。俺たちの部屋はガスが薄かったが、結城さんの所は濃かったみたいだし、あんまり無理しないで歩きな。」
まだ足元がふらつく私を後ろから軽く支えながら杉元が言った。次々と出てくる信じられない言葉にポカンと口をあけてしまう。
「ガスで眠らされてたんですか?しかも刺青の囚人!?え…家永さん男?…チンポ先生…いえ、牛山さんは家永さんとやっちゃったんですか!?」
「流石にやってねーよ。それどころじゃない騒ぎだったからな。…結城さんは酔いはもう覚めたか?」
寝てる間に爆発以外にも色んな事が起こりすぎていたらしい。驚いてポカンと口をあける私に、杉元が酔っぱらっていないかを確認する。その言葉で寝る前の事を一気に思い出した。
「…あ…はい…もう…大丈夫です。その……晩は酔い過ぎて…本当にご迷惑をおかけしました…色々…忘れてください…。」
恥ずかしくなった私は思わず顔を覆ったまま頭を下げた。杉元は「気にするな」とひとこと言って、私の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。顔から火をふくほど熱くなっている。杉元の顔をまともに見れない私は、下を向きながらずっと歩いていた。
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消防と警察が去っていった後、私達は瓦礫から家永と牛山の死体が無いかを探していた。二人とも刺青の入った囚人だからだ。ただ、いくら探しても出てこない。キロランケが白石が爆薬を吹き飛ばしたことを愚痴ると、アシリパが白石がいない事に気付いた。
「あいつどこ行った?」
「ススキノだろ。あのエロ坊主…。」
アシリパの問いに杉元が吐き捨てるように答える。ススキノは明治から歓楽街だったのか、と私は妙に感心していた。
「だがそのススキノで俺は囚人の情報を掴んできたぜッ!」
噂をすれば白石が戻ってきた。日高に囚人がいるという情報が手に入り、網走に行く道中に寄ろうという話になった。白石の提案に賛成した私たちは、道すがら猟をしながら日高へと向かう事にした。