苫小牧競馬場

札幌から南へ歩いて二日、私達は苫小牧まで来ていた。白石が買った火薬を全部お釈迦にしてしまい、また買い直すためにお金を稼ぐ必要があたので猟をしながら進む。アシリパと杉元がキツネを狩りに、私と白石はタヌキ狩りに出ていた。

「結城ちゃ〜ん。最近、杉元と距離置いてない?何あったの?もしかして何かあっちゃったの!?」

穴の中に裂いた木を突っ込んだり、罠を確認する私を横目にウキウキ気分で尋ねてくる白石。野次馬根性丸出しで顔がニヤけている。無視しても何度もしつこく聞いてくる白石が面倒になって、遂に口を開いた。

「……お酒飲み過ぎて、抱いてくれって迫ってしまったんですよ!これで満足ですか?」

「キャー!!いつから!?結城ちゃんはいつから杉元のこと好きになっちゃったの?」

私が素直に白状すると、乙女の顔になった白石が顎に手を当てて聞いてくる。目がキラキラしていてまるで少女漫画みたいだ。

「いや、好きじゃないですよ。誰でもいいから抱いてくれ!みたいな心境になってただけです。ただの悪酔いですね。」

これ以上話のネタにされたら堪らないので、杉元に対して恋愛感情がない事をバッサリと言い切った。

「ええ〜…好きじゃないのぉ?恋の話終わり〜?…じゃあ俺が抱いてあげようか?」

「いえ、結構です。」

しょんぼりしたと思ったらキメ顔をして迫ってくる白石の顔を右手で押さえて、横にグイッと逸らした。「そんなに全力で拒否しなくても…」と再び落ち込む白石。

「病気移されたら洒落にならないですからね。遊郭に行ったり女遊びをする人はもちろん無理です。そもそも旅の仲間同士は面倒な事にしかならないので、やめましょうね。」

「えっ!ススキノ行った後にチンポ痛くなったんだけど…俺って病気!?」

私の言葉に白石が股を押さえて訴えかけてくる。既にもう症状があるらしい。私は呆れながら彼をみた。

「…淋病とかクラミジアを貰ったんじゃないですか?ゴム製の避妊具とかまだないですよね。」

「ゴム製じゃなくて、中に挿れるタイプの避妊具だったぜ?ってか、治してよ〜!結城ちゃぁぁん!」

私の腰に縋り付いてくる白石をペイッと剥がす。アシリパから教えて貰った自然療法しか分からない私に頼らないで欲しい。

「性病の治療方法は教わってないです。お金を貯めてからこっそり病院にでも行ってきてください。」

私が白石を見下ろしながら言うと、彼は肩を落としてショボショボの顔しながら小さくなってしまった。相手をするのは時間の無駄と判断した私は、罠にかかったタヌキを2匹と、ウサギを1羽持って近くのコタンへと向かった。

ーーーー

村でそれぞれの猟の戦果を見せ合う。アシリパと杉元はキツネ1匹とエゾリスを2匹ほど捕まえて来ていた。全部合わせたら3円にはなりそうだ。この中ではキツネが一番高く、戻ってきた白石がキツネの毛皮を見ながら酒の勘定をしている。杉元が白石のせいで金を稼いでるんだがと詰めるが、おどける白石。一部始終を見ていたキロランケが前に出て杉元に話しかけた。

「杉元それにな、この男は札幌で…「キロちゃんそれ言わないでぇ?」

白石がキロランケの口を塞ごうとするがキロランケが白石の手を掴み、全部言い切った。

「アシリパから金借りて競馬で全部スッたんだぜ。」

「きゃはああッ☆いっちゃったあああッ…。」

怒った杉元とアシリパが白石に釘の刺さった樽を被せ、ストゥで殴る。白石から助けを求められるが私は思い切り顔を顰めながら吐き捨てた。

「博打するなら自分の金で勝ってこそでしょう?女の金を博打で溶かすなんて正真正銘のクズですね。」

「そんなぁああッ…!イタッ!ゴメンッ!痛ぁあぁあい!!」

白石の悲鳴がしばらくこだましていた。火薬を買うお金以外にも路銀を稼ぐ為に苫小牧の勇払に滞在する事になった私達はフチの兄弟のチセにお邪魔する事になった。このコタンには少し前に過去や未来を言い当てる不思議な女が居着いているらしい。

噂話を聞いているとインカラマッと呼ばれた綺麗なアイヌの女性はさっそく私たちの前に現れた。血が流れているのに懲りない白石はさっそくインカラマッにアタックをかけている。

「わたし傷のある男性に弱いんです。そちらの兵隊さんも男前ですね。」

インカラマッが白石をスルーして杉元を褒めると彼は照れて頬を赤くした。それを見たアシリパはアイヌ語で、スギモト、オソマなどと言い始める。インカラマッは驚いていて、まぁ!と口を大きく開けた。

「アシリパさん!?いまスギモトとオハウとオソマ並べたよね!?また俺がウンコ食うって言ったでしょう。」

「言っていない。」

杉元とアシリパのやり取りを見ながらキロランケがニヤニヤと笑っている。アシリパは杉元が好きで他の女性に取られたくないんだなと察した私も微笑ましく見守った。

すると突然インカラマッが私達が小樽から来たこと、探し物をしている事などを言い当て始めた。そして占いで私達の探すものは見つからず不吉な兆候だと言う。

「何にでも当てはまりそうなことをあてずっぽうで言ってるだけだ。私は占いなんかに従わない。私は新しいアイヌの女だから。」

そう言い切るアシリパは誰よりもカッコよかった。思わず胸がときめいてしまう。するとインカラマッがアシリパに向かって言った。

「探しているのはお父さんじゃありませんか?」

その言葉を聞いてアシリパじゃなくて隣にいた白石が腰を抜かした。そして私を一目見て眉を顰めながらまたつぶやいた。

「貴女は…この世の人ではありませんね。…可哀想に。」

私は思わず杉元と目を合わせた。インカラマッの言葉に鳥肌が立つのを感じる。彼女には一体何が見えてるんだろう。

「あてずっぽうですからお気になさらずに…。」

彼女はそう言って去っていった。

「結城は可哀想とか失礼な奴だな。言ってる意味も分からん。」

キロランケが私達にそう声をかけたが、心当たりがある私と杉元は黙って俯いてしまう。アシリパはイカッカラチロンヌプめとアイヌ語で毒を吐いていた。

ーーーー

翌朝、白石の馬と白石の姿が見当たらず探していると、インカラマッを連れて苫小牧競馬場に行ったとの情報が入ってきた。私達は急いで苫小牧競馬場に向かった。

「いた。脱糞王と赤キツネ!」

「札幌で負けたのに本当にまた競馬してるんですね…。」

アシリパの指の先にはすでにインカラマッの占いにハマって変な紐や木の棒を身につけた白石がいた。人相が悪くなり、ガラの悪い歩き方で近づいてきてはアシリパの借金を問う杉元にお金を撒き散らした。必死で拾う杉元とそれを馬鹿にするようにお金を燃やす白石。怒ったアシリパは白石の弁慶の泣き所にストゥを叩き込んだ。

「目を覚ませ白石!占いで博打を打つなんて必ず痛い目に合うぞ!この狐女に騙されるな!」

「誰が狐女だ無礼者ッ!インカラマッ様と呼べッ!」

アシリパに牙を向ける白石の姿はまるで狂信者である。イケマの根というものをガジガジ噛んでいるので息が臭い。引き気味に一歩後退りながらも、止めなければと白石に声をかけた。

「インカラマッ様のお陰で十分勝ってるんなら勝ち逃げしましょう、白石さん。このまま賭け続けると何処かで泡と化しますよ?」

「ここで逃げるなんて、そんな勿体ないことするわけねーじゃねぇーか!結城ちゃんも持ってるお金出しな?インカラマッ様の力は絶対だよ?」

完全に逝ってしまってる白石は、私のバッグを漁って財布を取ろうとしたので思わず引っ叩いてしまう。それでも目を覚ます気配は一切ない。白石はすっかりインカラマッの信奉者として成り果て、博打に金を注ぎ込んでいた。止めようにも話を聞いてないので意味がない。またインカラマッの占いで出た数字の馬券を買いに行っては、当たって浮かれていた。

私達がそんな白石をみながら呆れ果てていると、髭を剃り落としサッパリとしたキロランケが騎手の格好をして帰ってきた。

「というわけで最終レース3番の馬に乗る。もうけたきゃ賭けろ。俺が勝つぜ。」

3番の騎手が逃げたので代打で走る事になったらしい。小さい頃から馬に乗って育ったキロランケは自信満々で私達に言った。背が高いキロランケを疑う白石はまたインカラマッに頭を下げて占いをしてもらっている。

「シライシ…もうそこまでにしておけ。占いというのは判断に迷った時に必要なものだ。私たちのこの旅に迷いなんか無い。だから占いも必要ない。」

アシリパが言い切るが、目がキマってしまってる白石は全額を掴んで6番にかける為に走り出した。爆薬を買う金を確保しようと杉元が白石を取り押さえると白石はお金をインカラマッに託してしまう。アシリパは彼女を追って馬券売り場まで走って行ってしまった。

「杉元!おまえはカネが必要だから北海道に来たんだろ?いくら必要なんだ?金塊ニ万貫じゃないだろ?命なんかかけなくても稼ぐ方法が目の前にあるじゃねえかッ!」

白石が杉元にそう叫んだ。賭博に飲まれしまっているが、彼の言葉に私は確かにと納得してしまった。杉元の親友のお嫁さんが一番大事なのであれば、本当にあるか分からない金塊に命をかけて旅を続けるよりも目の前の賭博場で金を稼ぐ方がよっぽどいい。

「必要な額のカネが手に入ったから『いち抜けた』なんてそんなこと…俺があの子にいうとでも思ってんのかッ!!」

白石の腕を掴んで、杉元は強い意志ではっきりと答える。白石は驚いて口をポカンとあけたまま彼を見ていた。親友の嫁の為に命をかけてカネを探し、その最中で出会ったアシリパの為に命をかけても真実を知ろうとする。そんな杉元を見ながら私は思わず呟いた。

「…底抜けのお人好し。」

「うるせぇ。結城さんもだろうが。」

気が立っている杉元に声が届いていた様で、射殺す様な目で見つめられた。急に振り向かれて驚きながらも、苦笑いをして答えた。

「私は目的も帰る場所もないから着いてきてるだけです。お人好しではなく、空っぽなだけですよ。」

そう言い捨てると杉元の返事を聞く前に、私はその場を立ち去りたくなって馬券場へと歩いていった。せっかくなのでこれまでコツコツ貯めたお金の一部をキロランケが乗る3番にかける。

馬券を買った後にコースに戻ると既にレースが始まっていた。白石が必死で6番を応援している。キロランケは既に遅れているようだった。しかし、尻を高く上げてモンキー乗りになったキロランケはドンドン加速を続けていく。ゴールに向けてデッドヒートが繰り広げられていた。ついに一番前にいた6番の横につける。

「キロランケさん!!!いけるー!!3番!!3番刺せーー!!!」

私の叫ぶ声と共にキロランケが腕を上げた。ついに馬の鼻先がラインを超える。一着は6番ではなく、3番だった。横にいた白石が崩れ落ちた。

「やったー!!!キロランケさーん!!!カッコいいー!!!」

私は当たった事が嬉しくて思わず馬券を握りしめる。テンションが上がりまくって何度も跳ねてしまっていた。

「…結城さん、随分楽しんでるな。」

「…賭け事自体はそんなに嫌いじゃないですから。キロランケさんが出てるので記念ですよ、記念。」

杉元から怪訝な目で見られる。私は目を泳がせながら、馬券をお金へと変える為にそそくさと換金所へと向かった。キロランケが私を見つけて寄ってくる。

「お!結城は俺に賭けてくれてたんだな。儲かっただろ?」

「はい、倍率7.4倍で5円から37円まで膨らみました!キロランケさん、誰よりも輝いてましたよ。」

「…だろ?惚れたか?」

ドヤ顔で私を見るキロランケ。さっき剃ったばかりの髭がもう生えてきている。

「ええ、あの一瞬ね。最高の高揚感でした。」

彼の軽口に同じように軽く返すと、お互い可笑しくなって笑い合った。

「杉元達の所にいこう。今頃大損したヤクザの親分が俺を探してる。」

私達は壊れた白石を競馬場に置いて、コタンへと戻っていった。


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