造反者

アシリパのコタンで生活すること数日、白石がアイヌ犬のリュウと一緒に街から帰ってきた。どうやら刺青人皮を持つ囚人の情報が手に入ったらしい。それを聞いた皆はニシン漁に紛れた殺人鬼を追うために海岸に行くようだ。

「結城は行かないのか?クジラが食べれるぞ?」

「…谷垣さんが心配です。第七師団でしょう?動けるようになったら密告する可能性が0とも限りません。」

誰よりもせっせと看病をする私が未だに谷垣を疑ってる事にアシリパ達は驚いていたが、納得してくれた。

「フチやオソマ達を頼む。」

「はい。これ、手弁当作ったので道中食べてください。マカナックルさんにもよろしくお願いしますね。」

杉元と白石とアシリパに手を振った私は、薪を割り、火を起こし、谷垣の患部の消毒やヨモギを練って作った塗り薬を塗った後、猟に出かけた。毎日の重労働に体力や筋肉がついてきた事を感じる。新鮮な赤身肉や魚などちゃんもタンパク質を食べてるのもいいんだろう。

山に入って罠を仕掛けたり、三十年式歩兵銃の練習がてら鳥を撃ち落とす。エゾエンゴサクや行者にんにく、山わさびなどの山菜も取るのを忘れない。山菜が切れているとアシリパの機嫌が悪くなるからだ。彼女は食へのこだわりが強い。海に行ってしばらく取れないだろうからと多めに摘んでいく。

一人で山小屋で過ごす事も増えた。考える時間も増えた。幼いうちに両親を亡くして一人で山小屋に籠るアシリパはどれほど寂しかっただろう。一人で干し肉を齧りながら彼女を思った。

そんな日が数日過ぎた。谷垣は順調に回復している。支えがあれば歩けそうだったので松葉杖をフチと一緒に作った。谷垣は嬉しそうに私達を眺めていた。

「結城、何か出来ることはあるか?フチやお前達の力になりたい。」

「うーん…。まだ山奥には入らない方がいいだろうから、フチに聞いてみますね。」

立ち上がった谷垣が私に尋ねた。松葉杖で歩くのもやっとの人と狩猟をするわけにもいかないので、コタンの子供達と一緒に焚きつけを取ってくることをお願いした。近くの森の樹皮を剥がすくらいなら、そこまで負担にならないだろう。子供達に谷垣の事を任せて、いつもの様に山に狩りに出かけた。

今日は久しぶりに三十年式歩兵銃ではなくSIG Sauer のSIGM400を持って山に出てきていた。最近大きい獲物を捉えてなかったので、谷垣の快気祝いにエゾシカでもとりたかったからだ。声を殺し、気配を殺し、時間をかけて見つけた獲物に向かって銃弾を2発続けて撃ち放った。エゾシカが倒れる姿を確認してから、銃を肩にかけ直して近づく。綺麗に心臓近くと首を貫いて死んでいた。

「…よしっ!やっぱりこっちの方がブレないし、連射も出来るし使いやすいなー…。」

近くの川までずりずりとエゾシカを運び、内臓を処理し、解体していく。毛皮や角など、無駄なくソリに乗せてコタンへと戻る道をゆっくりと歩いた。

いつもの雪道を通ってコタンにつくと、なんだか子供達がソワソワとしている。嫌な予感がしてフチの家に行くと、壁に穴が開き、床に血がついていた。

「オソマ!谷垣さんは!?何があったんですか??」

「谷垣ニシパ…。シサムに襲われて…コタンを出た…。戻ってくるって言ったけど…。」

オソマは泣きながら私にしがみついた。フチもとても動揺している。第七師団がコタンに来たようだったが、なぜ谷垣が狙われているのかが分からない。鶴見から離反したからだろうか。敵の狙いを知らないとフチ達も巻き込んでしまうかもしれない。

「谷垣ニシパはまだ歩けないから…!結城が助けてあげて…!!」

オソマが目を真っ赤に腫らして私に訴えかける。私がいない間はフチとオソマに看病を任せていたので、情が芽生えたのだろう。幼い女の子の淡い恋心もあるかも知れない。私はオソマを落ち着かせるように、背中を優しく撫でた。

「もう暗くなるから谷垣も追っ手も今日は無闇に動かないと思う。明日、日があける前に行って谷垣を探してくるから、待ってて下さいね。」

私の言葉にオソマは大きく頷いた。フチも手を合わせている。その夜は二人を励ましながら、早めに横になった。

翌日、私はSIGM400と三十年式を背負い、腰に三十年式弾倉を入れた帯革を巻き、マガジンと自動拳銃を胸ポケットに入れて戦闘態勢を整えた。早朝でまだあたりは暗いが、日が登る前に村を出る。目を擦りながらオソマとフチが見送ってくれた。

村を出た私はおおよその方向と足跡を辿りながら歩く。谷垣は二人の男に追われているようだった。谷垣は器用に足跡を隠していたが、追いかける二人は自分が追われていると思っていないのだろう、堂々と足跡が残っていた。

その足跡を追って山の奥へと入っていくと、途中いろんな足跡が増えてきた。あまりの多さに軍が近くに来ている事を悟る。これ以上近づいたら私が捕らえられると、一度出直す事を決めた。第七師団に一人で向かっても無謀である。杉元達が帰ってきてから相談しなかければ…と、踵を返し、人が通りにくい所を探して遠回りしながら村に戻ろうと歩き始めた。

「……ッ!!……血痕…!」

普段は通らない少し険しい道を歩いていると、血の跡と一人の足跡を見つけた。一人で行動しているということは谷垣かもしれない。私は急いでその足跡を追うと一人の男を見つけた。服装や体型から谷垣ではないと判断した私はすぐに足を止める。しかし、一足遅かった様で、私の気配に気付いた男が振り返って銃をむけてきた。

「…撃つぞ。」
 
「……!!こちらに戦う意思はありません!……あの、怪我をしてるのではないですか…?」

私はすぐさま両手を上げて声を出した。男は私の顔をジロジロと見ながら近づいてきた。私も男をながめる。制服からいって第七師団のようだった。先日、街で捕まった時と服装も見た目も違うが、気付かれたらもう負けだ。私の顔を知らない事を祈って男が口を開くのを待った。

「お前は誰だ。何故こんな所にいる?」

「小樽の近くに住むものです。狩猟のため山に篭っていましたが、血の跡と足跡を見つけたので気になって追ってきてしまいました。近くに狩猟小屋があるので手当しましょうか?」

谷垣ではない第七師団の男だったが、運良くこちらの事は知らないようだった。彼の脇腹の銃創が気になって提案すると男は頷いて私の後についてきた。

 ーーーー

「肋骨が守ってくれたんですね。運が良い。あ、ちょっと傷口抑えます。」

傷口を綺麗な水で消毒し、溶かした松脂を塗り、よもぎの葉で抑えながら止血していく。痛み止めのロキソニンも口の中へと突っ込んだ。男はされるがままだ。
 
「取り除いた銃弾に菊の紋章が入ってないんですが、どこの猟師に撃たれたんですか?口径が三十年式より大きいですし、これ村田式ですよね。」

谷垣が持っていたのは三十年式だった筈だ。いったい誰とやり合ったのか尋ねると男は目を少しこちらにむけて、怒りを滲ませながら答えた。

「第七師団の東北マタギだ。」
 
谷垣だ。秋田出身の東北マタギだと本人が語っていた。どこに猟銃を隠し持っていたのか分からないが、なんとかそれで身を守ったんだろう。

「何故その第七師団の東北マタギとやり合ったんですか?」

「俺が脱走兵だからだ。」
 
私がたずねると彼は間髪いれずに答えた。脱走兵と戦うという事は谷垣は第七師団に戻ってしまったのだろうか。嫌な予感がするが、まずは目の前の男を助ける事を優先した。

「なるほど。では兵士を呼んでくるのはやめた方が良さそうですね。ある程度の処置をしたら食糧を置いて行くので、持って逃げてください。」

手元に残していた鹿肉と干し肉、山菜を腰につけていた籠から出した。とりあえず今夜のご飯だけは作ってあげようと怪我人の男の横で火を起こして鹿鍋を作る。

「おい、名前は。」

ぶっきらぼうに男が言った。私は目線は鍋のままに答える。

「七瀬結城です。貴方は?」

「尾形百之介。」

「…そうですか。」
 
谷垣とやり合ってフチ達がいるコタンを知っている男だ。正直、関わりたくない。谷垣かと思って追ってしまった私が悪いのだけど。傷ついているのを見捨てるのも嫌なので最低限の施しをしたら去ろう。尾形の目を見る事もなく、淡々と鹿肉を切っていると、尾形が少し不機嫌そうに尋ねてきた。

「その色の変な短い髪の毛と男の洋装はなんだ?外国の血が入ってるのか?」

耳にかけた髪の毛を指摘される。自分の髪の毛をよく見ると自然な黒に染めていた毛先の色が落ちて茶色く明るくなってきていた。以前、脱色した名残だろう。

「いや、純日本人です。ちょっと染めていたのが出ただけですね。この洋装は狩りに向いているから着てるだけです。街に出る時は着物を着ますよ。」

私が素直に答えるも、彼は納得がいかないのか顎を掻きながら頭を傾けている。なんだか不服そうだ。

「…フン。未亡人の金持ち道楽か。」

「…未亡人じゃないし、結婚もしてないんですが…。」

勝手に結婚して旦那が死んだと思われている。髪の毛を伸ばし、結ってないだけでそう判断されるのだろうか。私が苦い顔をすると、尾形も眉を顰めた。

「女は結髪だろう。洋装だとしても束髪だ。断髪するのは髪を売る必要がある貧乏人か、未亡人かアイヌだけだ。」

へー…と心の中で呟いた私は黙り込んだ。これ以上余計な事を言えば絶対に面倒な事になる。尾形から強烈な視線を感じるが、無視するしかない。

沈黙が狩猟小屋を包む。相手の素性を聞く事もなければ、私もこれ以上語る事はしなかった。コトコトと煮込む音だけが響いた。

「ご飯が出来たので私はもう去ります。食糧と一緒に塗り薬も置いていくので使ってください。」

尾形はプイと顔をそむけた。ここまでしてやったのに礼の一つもないらしい。まあ、いいやと立ち上がる。

「…もう行くのか。」

その声はまだ側にいて欲しいみたいだったが、夜一緒に過ごすのは怖いし、アサルトライフルを取られるかもしれないと思うとこれ以上は側にいれない。

「ええ。もう会う事はないでしょうけど、尾形さんもどうかお元気で。」

私は彼に手を振り、荷物を持って狩猟小屋を後にした。谷垣を見つけられなかった事に落ち込みながらコタンに戻ると、既に谷垣が囲炉裏の前に座っていた。

「……ッ!!谷垣さんッ…!!」

私は急いでライフルを構えて銃口を谷垣へと向けた。第七師団の脱走兵とやり合ったのであれば、第七師団と繋がっているからだ。唾を飲み込んで引き金にそっと指をかけるとオソマが走りながら抱きついてきた。

「結城!ダメッ…!!谷垣ニシパは…仲間っ!!」

驚いてすぐに銃を頭の上に持ち上げる。谷垣を睨むと、彼は慌てながら事細かく説明してくれた。第七師団の鶴見中尉の造反組から鶴見側だと勘違いされて襲われていた事を聞き、ようやく胸を撫で下ろす。

「心配をかけたな。すまない。」

純朴でお人好しそうな顔で笑う谷垣。へたりと尻をついた私を彼がそっと支えてくれた。


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