夕張炭鉱

日高から北に歩いて90キロ。エディーの刺青人皮の情報を元に夕張に来ていた。日高のヒグマの戦果や道中で狩ったものを売り、金を作りながら刺青人皮の聞き込みを数日続けている。杉元と白石と三人で夕張を歩いていると風呂桶を持った兵士を見つけた。

「オイ、あの兵士…鶴見中尉のところで見なかったか?」

杉元が指を刺す。コートを着ていて何聨隊の人間かは分からないが、顔を見ればすぐに誰か思い出した。

「…!!私を捕まえた男です。鶴見さんの側近で月島軍曹と呼ばれていました。」

「俺らと同じように例の本の話をどこかで聞いて探しにきたのかもな。本を盗んだ家に刺青人皮らしきものがあったって噂を…。…あとをつけるか。」

私が月島を思い出して杉元に告げると、彼は帽子を目深く被ってあとを追おうと歩き出した。

「私はアシリパさんとキロランケさんを呼んできます。二人は月島さんをお願いしてもいいですか?」

杉元と白石は大きく頷いた。二人と別れてキロランケとアシリパを探すが、人混みに紛れたのか姿が見えない。煙突の煙がおかしいと人々が騒ぎ出しているからだろう。アシリパ達と合流できない事を悟った私は急いで杉元達が向かった方へと戻っていった。

私は人に尋ねながら炭鉱の近くまで来ていた。急に遠くにあるトロッコが動き出し、目で追うと月島と若い男がトロッコに乗って、坑道へと入っていく。杉元と白石も直ぐにその後ろをトロッコで追っていた。私も追おうとトロッコを探していると目の前をまた見知った顔が横切った。

「…尾形…百之介…さん?」

脱走兵と言っていたが月島と杉元と白石を追っているのはどういうことだろう。私も出遅れたが、トロッコに乗って皆を追った。最初にスピードを出すのに失敗した私はすぐに尾形の姿も見失う。一度降りて、トロッコを走って押しながら加速をしようとすると、坑夫が私の肩を掴んで叫んだ。

「これから奥で発破をするから今は先にすすむな!」

驚いて思わず足を止めた。巻き込まれるのが嫌なので発破が終わるまで鉱夫たちの所で待機する。

ドン……ドォォン!

一度爆発音がしたと思えば、その後もっと大きい爆発が起きた。一応、その二回で音は止んだのに、周りの鉱夫達は手を止めたままだ。

「…?発破終わりました?もう、奥に進んでもいいですか?」

「ダメだ!!ガスケだ!!!もっと大きいのがくるかもしれん!早く外へ逃げろ!!」

ガス突出で巨大な爆発が来ると鉱夫たちが騒ぎ始めた。働いていた者達が次々と走り出して外へと逃げていく。私も逃げたいが、奥には杉元も白石達が残っているのに、見捨てるなんてできない。思わずその場に立ち止まると先程とは比べ物にならないもっと巨大な爆発音が響いた。

…ドドォォオオオオンッ!!…ゴゴゴ…

耳が裂けるほどの音がしたかと思えば、坑道が崩れるような音が続いて聞こえた。嫌な想像が頭によぎる。杉元と白石がいるはずの奥へと走りだそうとすると鉱夫に思い切り腕を引っ張られた。

「おい!死ぬ気か!?奥では爆発と火災が起きてるんだ!これから坑道を塞ぐ!もう奥にいる奴らは諦めろ!!」

杉元と白石の事を諦めろと言う彼の言葉に目頭が熱くなる。昨日まで山の中で川遊びしながらウナギを食べていた。くだらない事でただ笑い合っていたのに。ヒグマと戦っても死なない彼らがこんなにあっけなく死ぬなんて受け入れられない。

「絶対!生きてます!まだ死んでない!!」

わたしは鉱夫の手を振り払い、別の坑道へと走り出した。板と粘土でまだ塞がれていない坑口から出てくるかもしれない。滲んでくる涙を拭いながら足をもつれさせながらも私は走る。杉元は不死身だ。きっといつものように白石を抱えて出てくるはずだ。私はそう信じて走り続けた。

まだ塞がれていない坑道の奥に人影が見えた。きっと杉元と白石だ。

「…こちらです!こっちに通風口があります!!もうすぐここも塞がれるので急いで下さい!!」

泣きながら人影の手を掴むと、男と目があった。

「よう、また会ったな。」

尾形だった。驚いて私は彼の手を離した。

「杉元さんと白石さんは!!!??」

「知らないね。中でおっ死んでるじゃないのか。…それより俺と分かったら手を離すなんて傷つくな。」

「尾形さんはどうでもいいので。このまま真っ直ぐ行けば外に出れますので、後は自分でどうぞ。」
 
通風口まで案内すると彼を置いて別の坑道まで走り出す。尾形が眉間を寄せ、こちらを睨むが彼に構う暇はない。杉元と白石が死んだなんて信じたくなかった。

どこも閉ざされたとこばかりで、走れば走るほど絶望感が襲ってきた。涙が頬を濡らし、前も見えなくなってくる。

「嘘だ…信じない……嘘に決まってる…っ。」
 
涙が首を伝って襟元が濡れる頃には、全部の坑道を見終わっていた。出会ってから今までの思い出が走馬燈のように頭を駆け巡る。

「…なんで…なんでこんな事に……。」

「おい!いつまでも中にいるとガスを吸って動けなくなるぞ!もう坑道の外に出ろ!」

泣き崩れる私を鉱夫が外へと引き摺り出す。フラフラしながら外にでて陽の光を浴びると、馴染みのある顔の人が立っていた。チンポ先生こと牛山だ。そして、牛山に抱えられた杉元と白石がいた。

「結城さんも中にいたんだ…。…爆発…大丈夫だった?」

煤と汚れでボロボロになり目がうつろな杉元が、足元以外は綺麗なままの私の身を案じる。この人はどこまでお人好しなんだろう。

「…っ……二人とも…死んだかと…思いました…。生きてて良かった…です……っ。」

私はハラハラと泣きながら杉元と白石に抱きついた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった私を見て白石は汚いと笑う。杉元は目尻を下げ、表情を緩めると髪を撫でてくれた。

「…これまで何があっても泣かなかったのに、俺達が死にそうになると泣くんだな。」

「……だって…私にとって目の前にいる皆だけが世界の全てですから。」

私の言葉に杉元は目をパチクリさせて驚いていた後、ハハッと笑みを溢した。

「杉元さんと白石さんが死んだら私の世界が崩壊するので絶対に死なないでくださいね。泣かせないでくださいよ。」

「確かにこんなにいい女を泣かせちゃ俺ら男失格だぜ、な?杉元。」

ケラケラと笑う白石の坊主頭をジョリジョリと撫でまくる。二人に抱きついていた私はハッと我にかえるとバックパックに入っていた酸素缶を取り出し、杉元と白石に吸わせた。

「これがあるの忘れてました。煙とガスで一酸化炭素中毒になってるので思い切り吸って下さい。今は大丈夫でも後から吐いたりもするので。」

二人は大人しく酸素ボトルを吸いながら深呼吸してくれた。少し眩暈がマシになったようで皆で牛山とアシリパが汲んできてくれた水を飲んで落ち着く。

「なんであんたがこんなところに…。」

杉元が坑道から助けてくれた牛山に尋ねた。

「連れと夕張に来ていたがふらっと居なくなってな。探していたらお前らがトロッコに乗ってるのを見つけたんだ。」

牛山の後ろにはいつのまにか髪をかきあげた尾形がいた。そういえば尾形が居たのを忘れていた。

「しょうがねえ。そいつら連れてついてこい。」

鶴見から造反した尾形は何で牛山と一緒にいるんだろう。軍とは別に刺青を集めているのか、目的が分からない。鶴見の部下だった尾形に皆が戸惑いながらも牛山と尾形に着いて行った。

荷物を抱えて、赤くなった目を擦りながら歩く私の横に尾形が来る。

「もう会う事はないでしょうけど…だったけか?」

彼の右の口角だけを上げた顔はとても意地悪だ。最初に出会った雪山での事を思い出す。

「ただの脱走兵じゃなかったんですね。」

「お前もただの金持ちじゃねぇじゃねーか。」

何故か耳を引っ張られた。

「尾形さんが勝手に勘違いしたんでしょう。痛いので触るのはやめてください。」

尾形の手を強めの力で振り払うと彼はうっすら青筋を浮かべた。苛立っているのがわかる。

「杉元と白石とは態度が全然違うじゃねぇか。」

「当たり前でしょう。数ヶ月ずっとそばにいる仲間と、たった一度だけ会った第七師団の男が一緒な訳がありません。」

私が冷ややかな目で言い切ると今度はほっぺを強くつねられる。普通に痛いのでやめてほしい。ペシっと手を払うたびに、耳やほっぺを狙ってくる。私達は何の攻防をしているんだろう。理不尽な嫌がらせに怒った私は尾形を威嚇をしながら江渡買という男の館に入った。

ーーーー

「贋物は…おそらくこの6体の剥製を利用して作られた。」

尾形はさっきまでの攻防が無かったかのように真面目な顔して館を案内する。館の一室に並んだ人間の剥製に私達は絶句した。全部が生きた人間だったのだから、鳥肌が立つのは致し方がないだろう。

「剥製屋の坊やが死んでるのは確認した。月島軍曹は屈強な兵士だ…。坑道から月島軍曹の死体が出なければ6枚の贋物が出回ってしまうことを想定しなければなるまい。」

尾形の説明を皆が黙って聞いていた。すると部屋に一人の老人が猫と刺青人皮を持って入ってきた。杉元が老人に見覚えがあるようだったが、白石がそれを否定して老人の正体を明かす。

「会ったことがあるわけねえ。こいつは…土方歳三だぞ。」

「…土方歳三?…新撰組の?同姓同名じゃなくて?」

「本物だ。」

驚いているのは私だけらしい。皆、面識があったり、生きていた事をしっていたようだ。函館戦争で死んでから40年近く経ってるはずなのだが、私の知識は間違っていたらしい。杉元が土方歳三が村に来たかをキロランケに確認するとキロランケは頷いた。杉元は土方に向かって口を開く。

「アンタに会ったら聞きたいことがあった。のっぺらぼうは土方歳三だけに伝えた情報があるはずだ。アンタをある程度信用してるのか…。大きな目的が一致してるのか。アイヌに武器を持たせて独立戦争をもちかけられたか?…のっぺらぼうはほんとうにアイヌかな?」

「ほぉ…そこまでたどり着いていたか。」

杉元の言葉に土方歳三が感心する。正直二人が何を話しているのか分からない。アシリパの父親が何を起こそうとしてるのかも。

「のっぺらぼうも出し抜こうって魂胆かい?アイヌの埋蔵金でもう一度蝦夷共和国でも作るのか?土方歳三さん。」

「私の父は…!!!」

杉元には何が見えているんだろう。目の前の男達は何を見ているんだろう。私は目の前のやりとりが、遥か遠くで行われてるような感覚に陥った。するとアシリパがずっと気になっていたアチャのことを土方に問おうとする。しかし土方がそれを遮った。

「手を組むかこの場で殺し合うか選べ。」

「刺青人皮を持っているなら我々が買い取ろう。一緒に国を憂いてくれとはいわん。刺青を売ったカネで故郷に帰り嫁さんでももらって静かに暮らせる道もあるが、若いもんにはつまらん道に聞こえるかね?」

土方の後ろからまた別の老人が出てきて杉元にそう諭した。杉元は強い意志ではっきりと断る。

「のっぺらぼうに会いに行って確かめたい事がある。それまでは金塊が見つかってもらっちゃ困る。」

話し合いの途中からアシリパの腹の虫がゴロゴロと騒ぎ出した。牛山達がまだ話そうとしていたが、コロコログルルとうるさい腹の虫の音に今度は杉元がキレだした。すると見かねた札幌ホテルの女将が出てきた。

「私が何か作りましょうか。お話の続きは食事の席でされてはいかがでしょうか…。」

私達は家永が生きていたことに驚きながらも、食事をすることに賛同した。家永が作ったなんこ鍋を食べながら話の続きをすると、杉元が尾形に突っかかる。お互い殺し合った中らしい。そもそも家永に私達も殺されかけたらしいし、よくいま一緒にいれるもんだ。

「…人と情報が増え過ぎてカオスですね。昨日まで敵だった人とこうして鍋を囲むなんて不思議すぎます。」

「カオスってどういう意味?」

白石が歯に挟まったホルモンを爪楊枝で取りながら聞いてくる。

「混沌って意味です。」

「…違いねぇ。」

混沌としたメンバーでの話し合いにより、月島の死体を確認するか、判別方法を見つけることが目先の目標になった。夕張で手がかりがなかった場合は月形の樺戸監獄にいる熊岸長庵に真贋を見極めてもらうしかない。情報と目的共有を終えた私達はそれぞれ別の部屋で床についた。

アシリパと私がベットで寝て、杉元と白石とキロランケが床で寝ている。私は寝転びながらみんなの顔を眺めた。アシリパはよだれを垂らして、杉元は眉間に皺を寄せ、白石はいびきをかいている。

「まだ寝ないのか?」

一人だけ起きていたキロランケに声をかけられた。胸元がはだけていて、いつもより色気増し増しである。

「はい。皆を目に焼き付けとこうと思って。」

「…刹那的だな。もっと気楽に生きたらどうだ?」

生き急いでるように見えたのか、呆れるように眉をあげるキロランケ。自分の人生に多少の投げやりになっている分、現代にいる時よりも繕わずに気楽に生きてるつもりだったのでフフッと笑ってしまった。

「…私じゃなくて皆が肩に色々乗せすぎなんです。キロランケさんだって…奥さんと子供を置いて来た以上、色々と背負ってるでしょう?」

「アイヌの未来とアシリパか?重くはねぇよ。」

キロランケは自分の髭を触りながら、涼しげに微笑んだ。アイヌの為だったらもう一人ぐらい村からアイヌの仲間を連れてきても良かっただろうに。アシリパに対して娘のように穏やかな目で見ているから、きっと亡くなった親友とその娘のアシリパの為だろう。杉元と同じくらいお人好しだなあと思いながらキロランケを見た。

「…キロランケさんは良い男ですね。」

「ははっ!知ってる。甘えたい時はいつでも来い。未来でも過去でも今でも、何でも受け止めてやるよ。」

父性が溢れているキロランケはそう言って胸を叩いた。私が「そういう時が来たらお言葉に甘えます」と目を細めながらいうと、キロランケの手が伸びてきて私の頭を撫でる。大きな手に包まれた安心感で、誘われるように深い眠りに落ちた。


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