月形へ向かえ

坑道が爆発した翌日。牛山とアシリパと杉元が坑道内に、キロランケと白石と永倉が聞き込みに、土方と尾形と家永と私が家を捜索することになった。

「人間剥製に残された皮と偽物の刺青人皮に共通点が必ずあるはずだ。きっとこの家に手がかりが残されてる。」

土方の言葉に片っ端から引き出しを開けては確認していく。なかなか有力な情報が出てこないと書斎を漁っていると、窓が割れる音がした。

ガシャンッ…! …ボォォッ!!

音がした方を尾形と確認しにいくと剥製達が勢いよく燃えがっていた。火炎瓶が投げ入れられたのだろう。

「いま外にチラッと軍服が見えた。数名に囲まれているようだ。」

尾形が壁際に立って私と土方に合図する。土方は帝国軍の銃ではなくウィンチェスターのレバーアクションライフルを取り出し、装填した。私もケースからシグ社のアサルトライフルを取り出し、安全子を外す。

「鶴見中尉の手下がこの家を消しに来たということは月島軍曹が生きて炭鉱を脱出したと考えるべきか。」

「だろうな。窓は鉄格子がある。外の連中にとっても突入するならば玄関以外は無い。外の連中を玄関まで追い込む。」

土方と尾形が現状を把握し、尾形は階段を登った。私も彼に続いて二階上がり、尾形とは対角の窓際について外に向かって銃を放った。建物の影に隠れた兵士を撃つ。頭には当たらなかったが、腕を撃った感触はあった。

殺したくないとかは言ってられないので、少しでも兵を減らすために外にいる兵を撃ち続ける。興奮状態に入っていた私は背後を取られている事にも気づかず、物音に反応して後ろを振り返った時には2階まで上がってきていた兵士に銃床で思いきり殴られた。

「……っ!!!」

右側の側頭部に激痛が走り、グラグラと目眩がして思わず膝をつく。兵士がわたしにとどめを刺そうと銃剣を掲げたその時、尾形が短剣で兵士を刺した。

バキッ…!

しかし、思い切り反撃を喰らう。兵士が何度も銃床で尾形を殴った。

「死ね!!コウモリ野郎がッ!!」

尾形は血塗れになりながら笑っていた。このままじゃ尾形は殴り殺される。私はフラフラになりながら胸元から拳銃を取り出して兵士を撃った。太ももに当たったようで、男の動きが一瞬止まる。すると小銃を持った杉元が入ってきて、兵士の頭を銃床で思いっきり強打した。

バガンッ!!

私と尾形を襲っていた兵士はバタッと地面に倒れた。杉元は鼻や口から血を流す尾形を見つめた。

「……なんだよ。お礼を言って欲しいのか?」

尾形はこんな時でも杉元に喧嘩を売っている。杉元は冷静に答えた。

「お前が好きで助けたわけじゃねえよ、コウモリ野郎。…結城さん、一人で立てるか?」

私は殴られて額から出た血を拭きながら頷いた。二人とも素直じゃない。無事な事を確認した杉元はすぐに一階へと降りる。私は血を吐く尾形に手を貸して、また窓際に立って外にいる兵士達の狙撃に戻った。

パンッ!パンッ!

私と尾形が撃った弾が館の影に隠れた兵士と、木の裏に隠れた兵士の銃に当たった。それを確認した尾形が階段を降りながら皆に指揮する。

「逃げるなら今しかない!!急げ!!」

尾形声を合図に皆が館の裏から逃げる。私も警戒しながらそれに続いた。後ろは尾形が守ってくれているので心強い。燃える館を背に私達は兵士の目を掻い潜って逃げおおせた。

「永倉たちを探して合流する。お前たちは先に月形へ向かえ。」

土方のその一言で私達は尾形、牛山、杉元、アシリパの五人で月形に向かうことになった。

ーーーー

第七師団に追跡されないように夕張から月形の樺戸監獄までは人に接触せずに進むことになった。私達は食べ物を現地調達しながら険しい山を越える。

「見ろ杉元。トゥレプタチリがいる。ヤマシギだ。」

さっそくアシリパが脳みそが美味いというヤマシギを見つけた。食べるために尾形が銃を構えたがすぐにアシリパに止められる。

「なんでだよ。食うんだろ?」

「一羽に当てられたとしても他のが逃げてしまう。ヤマシギは蛇行して飛ぶのでその銃の弾じゃ当てるのは難しい。私たちはヤマシギの習性を利用した罠を知ってる。罠ならみんなの分も獲れる。」

アシリパが尾形に銃を使わないほうがいい理由を解説する。アシリパの後ろにいた杉元は意地悪な笑みを浮かべていた。仲悪すぎて思わず笑ってしまう。尾形はフン…とだけ行って拗ねたように別の場所に行ってしまった。私達はアシリパの指示で罠を作って、その日は至る所に設置した。

明日ヤマシギを食べれることを期待して、皆で松の葉を敷いて早めに寝る。私はいつものように寝袋にくるまって、杉元と尾形の間で横になった。真冬より温かくなってきたが、まだまだ寒い。早朝のまだ空が明るくなる前、誰かに肩を揺らされ、冷たい風が首元から入ってきた。

「……ん?どうし…ました?」

「狩りにいくぞ。銃を持て。」

こんな、朝早くにやめてくれ。そう思って寝袋に顔を埋めようとしたら、頭をはたかれた。寝ぼける私を尾形が引っ張って狩場へと連れて行く。昨日アシリパに銃では獲れないと言われたのが悔しかったのかもしれない。私は枕元に置いていたSIGM400を背負い、目を擦りながら足を動かした。

アカエゾマツの周りを飛ぶヤマシギの番を見つけて、すぐに尾形が伏せた。私も同じように物音を立てないように身体を伏せる。狙いを確認しながらヤマシギを見るが、蛇行したりと本当に変な飛び方をしているので当てずらそうだ。一発で決めないと逃げてしまうので、目と目を合わせた私達はヤマシギの番が木に止まった瞬間、2羽を同時に銃で撃ち抜いた。

ボト…ッ ボト…ッ

寄り添っていたヤマシギがそれぞれ地面に落ちる。私達は自分が撃ちとったヤマシギを1羽ずつ回収した。

「…なかなかの腕だな。」

「どうも。」

伊達にISSF(国際射撃連盟)の大会に出てたわけじゃない。私は嬉しくなってつい口角を上げる。

「俺の方が上手いが。」

余計な一言だが、事実だったのでそれは頷いた。戦場で活躍するスナイパーに勝てるわけがない。その後も場所を移動しながらヤマシギを撃ち落とした。最後の一発外してしまったので、私が取れたのは2羽。尾形は3羽だった。すっかり日も高く登っていたので私と尾形は昨晩の野営地へと戻った。

羽を毟るアシリパ達を見つけた尾形は無言で3羽のヤマシギをドサッと落とす。

「今朝また居なくなったと思ったら……散弾じゃないのによく撃ち落としてこれたもんだ。」

髪をかき上げる尾形に牛山が素直に感心すると、尾形は胸を張ってドヤ顔でフンと鼻を鳴らした。あまりに胸を逸らしてドヤ顔するので杉元と牛山が少しだけイラだっている。

「起こしてしまうと思って黙って出て行ってごめんなさい。私は2羽だったけど足しになります?やっぱり罠の方が獲れましたか?」

そう言いながら私が獲ったヤマシギを2羽差し出すと、アシリパが落ち込みながら私に言った。

「いや…罠も2羽だった。獲ってきてくれて助かる。」

あれだけ昨日たくさん設置したのに…と意気を落とすアシリパがちょっとだけ可哀想だ。そんなアシリパの横で杉元が尾形に向かって舌打ちをする。

「アシリパさんに無理だって言われたからムキになって結城さんまで連れて行っちゃってさ…ハンッ…。」

杉元が口を尖らせて尾形にまた突っかかった。ケンカが始まると冷や冷やしながら二人を見る。尾形は杉元の言葉に眉を顰めたが今回はスルーしていた。

「杉元は銃が下手くそだから尾形と結城が妬ましいな!」

アシリパが純粋な顔して杉元をどストレートに傷つけていく。杉元は別に!と言いながら私達が獲ってきたヤマシギの羽をブチブチと乱暴にむしった。

ヤマシギはいつものように先に脳みそを食べて、残りはチタタプとオハウにした。杉元とアシリパがチタタプ警察をしていたが、尾形は頑としてチタタプと言わなかった。出来たご飯はアシリパの「ヤマシギの恋占い」の話を聞きながら食べた。杉元と牛山は恋の話にときめいていて、乙女の顔をしている。

私と尾形はそんな二人を死んだ目をしながら見守っていた。横にいる尾形と目が合う。感性が尾形と一緒というのも嫌で私は顔を顰めた。

「…おい。喧嘩売ってんのか。」

尾形から頭を両手で掴まれる。売ってないと抵抗して尾形の手を振り解こうとするが、尾形の力が強くて剥がせない。

「力勝負で男に勝てるわけねぇだろ。」

「おい!結城さんに手を出すな!」

杉元が間に入って尾形の手を剥がす。不機嫌になった尾形が私の肩に手をまわして杉元を煽った。

「オイ、杉元。お前はコイツの何様気取りなんだ?俺達は小樽で過ごした時間があるし、夕張の坑道でも結城が助けたのは俺なんだが?」

いつの間にか尾形から呼び捨てで呼ばれている。私達はいつからそんなに親しくなったんだ。

「は?本当か!?結城さん!!」

「事実だけど誇張されてますよ…。」

私を挟んで二人の喧嘩が始まったので、無視してアシリパの所に避難した。その後の道中も度々、杉元と尾形はぶつかるので杉元は先頭に、尾形は最後尾に配置された。

後ろを歩くことが多い私は最後尾の尾形と一緒に歩く事が増えた。特に話すことはないが、側にいる事がだんだん落ち着くようにはなってきていた。

ーーーー

それから数日、樺戸の手前にコタンを見つけた私達は、ひとまず休むことにした。アシリパの親戚はおらず初めてくる村だという。

熊の檻が小さかったり、村の人の日本語が流暢過ぎるというのに微かな違和感を持ちながらも皆で手を繋ぎながら村長の家に入った。いつもは鉢巻を取るアシリパが取らない。それに村長に向かってムシオンカミといった。この言葉はアシリパの叔父がオソマに注意する時に言っていた言葉だ。決していい言葉ではないはずだ。

「オソマ行ってくる!」

ついにアシリパが挨拶の最中に立ち上がった。杉元が必死で止めるが、アシリパはそれに構わず一人で外にでる。アイヌの家族の弟がアシリパに案内すると言って続いて外に出て行った。違和感が拭えない私は、同じようにお腹が急に痛くなったフリをして外に抜けた。

「ええ!?結城さんまで!?ちょっと失礼だよ??いや、漏らす方が失礼だけど…本当にすみませんねぇ…。」

私が出た後、必死で杉元が謝っていた。私はアシリパを探すために周りの様子を伺いながら、チセの中を覗く。アイヌの女性達が俯きながら刺繍をしていた。何も話さず無言で、空気が重い。気になってチセに入り声をかけた。

「あの、アイヌの女の子を見ませんでしたか?アシリパという背丈はこの位の女の子です。」

「…!!ウンカ オピウキヤン!」

アシリパの所在を尋ねるが、アイヌ語で返された。何を言っているのか分からず困ってしまう。灰をならして、アシリパさんの似顔絵を描くが首を振られてしまった。困ったなと頬をかいていると、女が絵を描き始めた。コタンが男達に襲われる絵だ。そしてアイヌの男だけが死んでいる。

「……!!もしかして!!この村は…っ!!」

私が顔を上げた瞬間、後ろから鈍器で殴られた。視界が真っ白になっていく。遠くで誰かの声が聞こえた。

 パンッ……!!

銃声でハッと起き上がった。女達はチセの端っこで身を守るように固まっていた。外は悲鳴や唸り声で騒々しい。私は急いで外に出た。

「…っ!もう戦いが始まってるなんて…っ!」

ライフルは取り上げられてしまったので、胸元に隠していた拳銃に手をかける。村の中心では杉元が男達に襲われていた。手に持った銃と斧で暴れ回っている。私はそのうちの一人に狙いをつけて拳銃の引き金を引いた。比較的近い距離だったお陰で、弾は心臓にあたり男は銃弾に倒れた。杉元は気付かずに目の前の男達を刺し、切り殺している。

人を確実に殺したのが初めてだった私の手は震えていた。杉元は残りの男を全員殺した後、私の存在に気づく事なく近くのチセに入って行った。さっきまで身を寄せていた女達はチセから出て、まだ息がある男達を殺してまわっていた。

目の前の陰惨な光景に頭がクラクラする。急に吐き気に襲われた私は村の端まで走って、吐瀉物を吐き出した。

「…っ…はぁ…うぇ……。」

昼に食べたヤマシギや胃液とともに、涙もこぼれてきた。人の死体を見るのは慣れたと思っていたが、自分の手で殺すのはまた違ったようだ。とにかく早くスッキリするためにも胃の中にあるものを全部吐き出してしまう。

吐瀉物に土をかけて隠そうとしていると、背後に人が立つ気配を感じた。急いで振り向き銃口を向ける。

「なんだ、人を殺したこと…無かったのか?」

立っていたのは尾形だった。彼は嬉しそうに笑っている。反吐が出るような歪んだ笑顔だ。

「杉元の為に手を汚したのはどんな気持ちだ?人殺しになった気持ちは?」

「…それを聞いて何て言って欲しいんですか?何を求めてるんですか?…ただ、念仏ぐらい唱えるか…としか思ってないですよ。」

嬉々として私に質問をぶつける尾形を見て、涙も引っ込んでいった。持っていた水で口を濯ぎ、ペッと吐いてから尾形を睨む。彼はふーんとだけ行って村の中へと戻っていった。尾形が何を抱えてるのか、何があって歪んでしまったのかは知らないが、不快なものは不快だ。私は村のあちこちに散らばった死体を集めていった。

村の中心で尾形がアシリパに話しかけるのが見える。また何か人の心を惑わすような事を言っているのだろう。私は舌打ちしながら吹っ飛んだ手や足を回収した。熊を吹き飛ばした牛山と熊岸長庵を看取った杉元も合流して、遺体を葬る為に穴を掘り、次々と埋めていく。

小1時間たった頃には、村の横には立派な塚ができていた。私は塚の前に座って手を合わせて般若心経を唱える事にした。

「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄…舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是………。」

目を瞑って一心に祈った。般若心経が終わると後ろで聞いていたアイヌの女達が近寄ってきた。アシリパが翻訳してくれる。

「死者を弔う儀式か?どんな意味の歌か教えてほしいとのことだ。」

「和人が葬式を上げるときに読む仏の教えです。意味としては…この世はあらゆるものに実態がないから捉われる必要はない…みたいな意味かな。故人の旅立ちを願う為に死んだ人にもよみます。亡霊になられたら困るでしょう?」

「なるほどな。和人を和人やり方で弔ってくれるのは助かる。女達も自分の夫や家族を殺した奴をどうするべきか分からないからな。」

アシリパが私の言葉をアイヌ語で女達に訳すと、コタンの女達は喜んでくれ、深く頭を下げてくれた。

女達は私達にお礼がしたいとオオウバユリ料理でもてなしてくれることになった。川の近くで掛け声と共に百合根を杵と臼で潰していく。

「オイ、それさっき囚人の頭をなぐってたやつだろ。」

尾形が突っ込みだしたので、彼の首根っこを引っ張ってオオウバユリの濾す作業に参加させた。

「脳みそとかついてたら嫌だろ?」
 
「ちゃんと洗ってるに決まってるでしょう。」

顔を顰める尾形に私が当たり前でしょと断言する。これまで散々人を殺してる銃剣でチタタプしてるのに何を気にするのかと尾形に言うと納得していた。彼はどこか潔癖なとこがあるのかもしれない。呆れながら手を動かす。

ただ、私達の間にさっきまでの険悪な雰囲気はもうすでになく、二人で寄り添うように作業をしていた。


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