ウコチャヌプコロ

長老の案内でコタンに着くと谷垣は子熊の檻に両腕を繋がれて動かないようにされた。谷垣を前に処遇をどうするか村の男達が揉めている。

「ちょっと待ってください。一度話を聞いてくれませんか?」

「女は黙っとれ!!!」

えー、理不尽すぎる。私がアイヌの男達に訴えかけようとするが、女というそれだけですぐに却下された。

「俺達のやり方でこいつを裁くッ!鼻と耳の足の腱を切るッ!」

警察に連れて行くかで揉めていたアイヌの男達はアイヌのやり方で谷垣に刑罰を与えようと決まってしまった。谷垣もなんとか話を聞いて貰おうと声を出すが、誰も耳を傾けない。すると、颯爽と杉元がかけつけて谷垣の前に立って谷垣の鼻と耳と腱を切ろうとする男をとめた。

「オマエもこの男の仲間か?どけッ!!」

村で一番強そうなその男は裏拳で杉元を殴った。しかしちっとも効いた様子がない杉元に男が驚く。

「まあまあ、落ち着きなって。」

そう大人な対応をする杉元だったが、男がつぎはもっと全力でお腹に拳を叩き込み、横からフックを決めた。ギャラリーのアイヌの男達は盛り上がっている。さながらK-1会場であった。アシリパが杉元の名前を叫ぶ。月形のコタンでの惨殺を繰り返したくないのだろう。杉元は手のひらをアシリパに向け、大丈夫と言うように優しくて微笑んだ。そして思い切り…男を殴りつけた。

「…え?」

杉元が暴力を振るうと思ってなかった私は驚いて目が点になった。杉元のたった一発の拳で屈強なアイヌの男は沈んでしまっている。さっきまで騒いでるいたギャラリーもみんな無言になった。アシリパも谷垣も何も言わなかったが、小屋の上に座っている尾形だけ嬉しそうに拍手をしていた。

一気に静かになったその場で杉元は声をあげる。

「犯人の名前は姉畑支遁。上半身に刺青のある男だ。この谷垣源次郎は寝てる間に犯人に村田銃を奪われたドジマタギだ!!」

谷垣のムチムチだった服のボタンを飛ばして、胸元を露わにさせた杉元は谷垣の胸毛をがっしり掴んで強い力で毟った。はたから見ても痛そうだ。姉畑支遁を捕まえてくるという私達に、アイヌの男達は三日間猶予をくれた。

「私と杉元と結城が三日以内に姉畑支遁を連れて戻れなかったときは…尾形が谷垣を守ってくれ。」

真犯人が捕まるまで、谷垣の刑罰を待ってもらうかわりに子熊のおりに入れられた。そんな谷垣をアシリパが尾形に託す。しかし、尾形は不機嫌そうだ。

「あの子熊ちゃんを助けて俺に何の得がある?奴は鶴見中尉の命令で俺たちを追ってきた可能性が高い。鶴見中尉を信奉し造反した兵士三人を山で殺す男だ。」

「谷垣と行動していた三人のことか?あいつらを殺したのはヒグマだ。俺がその場にいたんだから間違いない。結城さんも覚えているだろ?俺達が出会った次の日のこと。」

疑う尾形に杉元が説明する。杉元が私に話を振ってきたので思い返すと、そんな記憶があった。

「はい、確かにスキーみたいなので4人に追いかけられました。杉元さんがヒグマの穴に逃げ込んでる時に3人はヒグマにやられて、谷垣さんオオカミにやられてましたね。」

私は思い出すとそうそうと杉元とアシリパが相槌をうった。私は尾形を説得するため、谷垣を看病しながら聞いた話を続けて話した。

「谷垣さんは復讐のために軍に入ったけど、それ自体が誤解で地元に帰れず軍にいたそうです。谷垣さんはマタギとして生きたかった人で、二瓶鉄造さんに会ってからの谷垣さんはマタギに戻ってました。だからずっとフチの側に居てくれたんです。何かあればフチが悲しみます。」

尾形はフチが悲しむという言葉にピクっと反応したが、何も言わずに考えている。

「アシリパさんの頼みを聞かねえと…嫌われて獲物の脳みそ貰えなくなるぞ?」

そもそも一度も脳みそを食べない尾形には一切響かない言葉を投げかける杉元。尾形は私達を見下ろして少し黙ったあと、いつもの意地悪な笑みを浮かべながら口を開いた。

「言っとくが…俺の助ける方法は選択肢が少ないぞ。」

銃を見せながら口角を上げる尾形が怖い。少しでも遅れたらアイヌの男達が殺されると察した私達は急いでヒグマとウコチャヌプコロしようとする姉畑を追うことになった。

ーーーー

一日目は何の収穫もないまま終わった。夜、火を囲みながらカムイと人との関係性について杉元とアシリパが話している。どんな民話も動物は人の姿になって人と結婚するということだった。カムイはカムイ、人間は人間とウコチャヌプコロしなきゃいけないんだ、というアシリパの結論だ。

「たしかに。変な病気を貰いますからね。未来で流行っている不治の病の一つに、人がチンパンジーとウコチャヌプコロしたから生まれた説があります。」

私がエイズの話をするとアシリパと杉元はとても怖がっていた。

「カムイと人間が良くない方法でウコチャヌプコロしようとすると罰を受けると言うことだな。」

そう納得したアシリパは誰よりも早く眠りについた。うなされて何度もウコチャヌプコロと寝言を言っている。その横で杉元が複雑な顔をしていた。眠れない私は唐突に彼に質問を投げかける。

「そういえば、杉元さんは普段どうやって処理してるんですか?白石さんは行く先々の街で女性を買ってるみたいですけど。」

「えっ…急に何!?俺が動物とウコチャヌプコロしてないか心配なの?」

彼は動揺しながら答える。尾形に襲われそうになった件があってから、男達と旅している意識が芽生えた私は色々と不安になっていた。

「いえ、男性は3日に1度は出さないと前立腺がんになりやすいと聞いたもので大丈夫かな…と。」

「ええ…!?3日に1回!?…ええ…。」

杉元は驚いて目を見開いた後、眉を顰めて肩を下げて落ち込んだ。こんな雑学が言いたいのではなく、こちらに性欲の矢印を向けられたくないことをやんわり言えないだろうか。

「…私とアシリパさんがいるから、ずいぶん気を遣わせているでしょう?もしお金がいる時はこっそり渡すので言ってくださいね。あ、病気だけは貰わないようにお気をつけて。」

悩んだ私がそっと15円ほど渡すと、すごく複雑な顔をして返された。

「…いや、大丈夫だから気にしないで。日露戦争で女っ気ない集団行動に慣れてるからさ。…あとこの話は白石や尾形には絶対するなよ?白石はどんどんお金を取っていくだろうし、尾形には襲われるぞ。」

「…え?…あ、うん…分かりました…。」

マムシを食べた尾形に既に襲われそうになった私は動揺してしまった。杉元の注意喚起に思わず神妙な顔をする私を見て彼は冷や汗を流しながら焦り出した。

「もしかしてもうヤッちゃったの?え?大雪山で鹿の中で寝た次の日、結城さんの首に歯形ついてたよね?鹿の中で?え!??」

「いやいや違う違う!あれは尾形さんを怒らせて噛まれただけ!猫と同じです!!そもそもシカの中でするわけないでしょう…?」

誤解する杉元に私は首と手をぶんぶんと振って全力で否定した。あまりに酷い誤解に困惑してしまう。

「まあそうか…吹雪の大雪山でシカの中ではしないよね…。でもさ…その後も離れて二人だけで寝てた時なかった?…もしかして尾形とはデキてんの…?」

なんとか誤解は解けたと思ったら、今度は尾形との間柄を疑われている。杉元は目の奥を揺らし顔に手を当てて不安そうな顔をしていた。

「いや…あんな意地の悪い男と付き合うとかないでしょう…。もっと優しくて包容力のある男がいいですよ…。」

私が口をへの字に曲げて心の底から不快感を露わにすると、杉元はホッとしたように表情を緩めた。

「そっか…良かった。」

嬉しそうにへへっと笑う杉元は無邪気そのものだ。まるで少女漫画の天然系ヒロインに見えてくる。

「…杉元さんも注意してくださいね。誰にでもそんなに好意を全開にして振りまくと、いつか女の人に刺されますよ。」

「誰にでも振り撒くわけないだろ。アシリパさんと結城さんだけだ。」

堂々とキリッという杉元に対して、無自覚天然タラシの波動を感じた私はイラッときて思わず背を向けた。これはアシリパが苦労する。
 
「…ちょっと結城さん?なんで怒った顔してんのぉ?俺、良いこと言ったくない?結城さんのことすごく大事に思ってるよ?」

「ハイハイ、ありがとうございますー。」

適当にあしらって寝ようとするが、私の周りをナンデナンデとうろちょろするので杉元の手を掴んで横に寝かせた。

ーーーー

二日目も何も収穫がなく、ついに三日目の最終日になった。何の手探りもなく肩を落とす私達の前に現れたのはアイヌ犬のリュウだった。匂いだけで小樽からついてきたリュウに感激した私達は姉畑の痕跡をリュウに嗅がせて探すことにした。

「…アシリパさん。もし俺が谷垣みたいな状況になったら尾形にだけは託さないでくれよ?出来たら結城さんにしてくれ。」

杉元が尾形に対する不信感を出しながらアシリパにそう告げるとアシリパはキリッと眉を上げて口を開いた。

「杉元になにかあったら私が必ず助ける。」

強い意志ではっきりと言い切るアシリパはカッコ良すぎた。思わず隣にいた私が胸キュンしてしまう。アシリパを見つめると、アシリパは私の背中を撫でながら微笑んだ。

「もちろん結城もだ。信じろ杉元、何があろうと私は…。」

イケメン過ぎるアシリパの言葉の最後を聞くよりも先にリュウが動き出した。これはアシリパから杉元への告白だったんじゃないかと思ったが、その後もアシリパは続きを言う事はなかったので勘違いかと流す事にした。さっきまでイケメンだったアシリパさんは一転変わってウンコに興奮している。杉元もウンコに喜んでいるようで微笑ましい。

「おそらく今日の朝のものだ!誰か人間がウンコの上で暴れまわっている跡がある!」

「姉畑支遁しかいねえだろそんなの!!犯人は近いぞリュウ!!」

馬の首も一撃でへし折る、夏の強いヒグマとヤる気満々の姉畑支遁を守るため、私達はリュウの後ろを急いだ。

リュウが吠えた先には姉畑がいた。リュウは姉畑に飛びかかり村田銃をもぎ取ろうとする。アシリパがリュウに当てないようヒグマに毒矢を放とうとしたが、抵抗する姉畑の弾がアシリパを掠って矢は上にそれてしまった。

私は急いでヒグマの心臓を狙ってトリガーを引く。しかし、姉畑のせいでヒグマが暴れてしまいヒグマの右足を貫通するだけにとどまった。悔しい。

怒ったヒグマが全速力でこちらに向かってくる。アシリパは足を滑らせ池へと落ちてしまった。アシリパを助けようとした杉元も。その杉元の腰を掴み助けようとした私も池に頭から突っ込んだ。

「ぶはッ!!深いぞこの池!!」

「ごめッ!!私ッ!!泳げな…ッ!!」

こちらに向かってくるヒグマに杉元が銃を向けたが、暴発してしまった。水に落としてしまったからだろう。鶴の舞をしたり、必死でヒグマと戦う杉元。どんどん沈みゆく私の首根っこをアシリパが掴んでくれて池の端へと誘ってくれる。

「この草木を掴んでろ!離したらまた溺れるからな!」

「…ゴホッ…ハァっ!…うっ…ゴボゴボ…っ…。」

肩にかけたライフルを杉元に渡さなければと思いながらも、溺れないように草を掴みながら息継ぎをするので精一杯だった。パニックで余計に身体が硬く、重くなっていく。アシリパは大嫌いな蛇を叫びながら掴んで投げているのに情けない。

「やりやがった!まじかよあの野郎ッ!!やりやがったっ!!!姉畑支遁すげえッ!!」

杉元が驚き、興奮している声が聞こえる。姉畑とヒグマがひとつになった事を察した。アシリパの悲鳴が聞こえる。わたしは必死に足をもがき、草を掴み、池から這い出した。水をゲホッゲホッと吐き出す。顔を上げると既に杉元がヒグマに走り出していた。援護しなければ。

「杉元何やってる!ヤチマナコに飛び込めッ!」

「俺は不死身だぜ!!」

杉元はそう叫ぶとアシリパが放った毒矢をヒグマに突き刺した。急いで杉元はまた池に飛び込む。ヒグマは毒でフラフラしながらも最後の抵抗をしようと獲物を探していた。ライフルを支えに立ち上がった私にヒグマが近寄ってくる。毒で死ぬ前に力を振り絞って腕を振り上げたヒグマの心臓と腹にむけて二発、続けて弾を放った。

「姉畑さんを止められなくてごめんね…。」

ドンッ…ドンッ…鈍い音と共にヒグマは目の前で崩れ落ちた。

ヒグマはアイヌの男達に任せて、私達は姉畑のもとに立った。彼の死因は極度な興奮による腹上死だった。下半身裸の姉畑を見ながらアシリパと杉元は普通に話していたが、初めてみる男の陰部に嫌悪感が強かった私は彼のソレにそっとハンカチをかけた。

「決死の思いも恋は成就せず…だったってわけか。」

「おい杉元!この男を哀れむのか?やめろ!」

目を細める杉元を見てアシリパは怒った。

「姉畑支遁が本当に動物を愛していたならどうして最後に殺すんだ?姉畑もどこかで動物とウコチャヌプコロするのが良くないことだと分かっていたんだ。あとになってその存在ごと無かったことにしようとするなんて…自分勝手だ。」

私もアシリパに賛同して大いに頷いた。ただの生き物への冒涜である。

「どうしてウコチャヌプコロする前によく考えなかったのか…そうすれば殺さずに済んだのに…なあ杉元!!そう思わないか?」

杉元は言葉を飲み込んだ。いつのまにか背後に立っていた尾形が口を開いた。

「男ってのは出すもん出すとそうなんのよ。」

「オイやめろッ!」

アシリパに聞かせたくない杉元は尾形を止める。

「男でも女でも人間である以上、理性を持ってるんだからその言い訳はただの甘えですよ。」

納得がいかない私は頬を膨らませながら言った。尾形は私の膨らんだ頬を突きながらちょっかいをかけてくるので、イラッとして尾形の指を噛んだ。

「お前も動物じゃねえか。」


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