お洒落がしたい酔っ払い

犯人が分かり、谷垣の冤罪もとけ、ヒグマの収穫もあった釧路のコタンで、お祝いをする事になった。熊送りの儀式を見た後、村の方々に酒やご飯を振る舞ってもらう。

「杉元ニシパ!お前強いなッ!俺は喧嘩で負けたのはお前が初めてだ。娘を嫁にいらねぇか?」

杉元がぶっ飛ばした男から口説かれていた。私は谷垣と一緒にキラウシというアイヌの男からドンドン酒を注がれる。馬鈴薯で作られた醸造酒だ。どぶろくの様に濾されていない濁酒は初めて飲むので新鮮で何杯もおかわりしてしまう。馬鈴薯は米より糖分が少ないからか、アルコール度数も低い様でジュースの様にスルスルと入った。飲むのが遅い谷垣はキラウシから無理やり口に入れられて愉快だ。

私と谷垣がお酒を飲む横で、蛇を触ってしまったアシリパは皆に手のにおいを嗅がせている。嫌いな蛇を触ったのが相当ショックだった様だ。

「尾形、おまえ誰も傷つけずに谷垣を逃したそうだな。杉元はすごく疑ってたし私もちょっと不安だったけど…見直したぞ。」

アシリパが尾形に手の匂いを嗅がせた後、声をかけた。杉元は尾形が褒められるのが面白くなさそうだ。尾形はニヤッと笑いながら答える。

「谷垣源次郎は戦友だからな。」

「いや何で嘘つくんですか。素直じゃないですね。全員ぶっ殺して皆の顔が歪むのを見たかったけど、アシリパさんに褒めて欲しかったから我慢したって言えばいいじゃないですか。」

酔っ払った私がそう尾形に笑いかけながら肩に手をまわすと尾形に指を噛まれた。違ったらしい。

その後、谷垣が小樽からアシリパを追ってきた理由を話し出した。インカラマッの占いの後、フチはアシリパと二度と会えなくなる夢を見たらしい。アイヌとって夢はとても強く信じられていて、特にアシリパの母も同じ事があったからより強く信じていて体調を壊してるようだった。

「アシリパさん…一度帰ろうか?一度顔を見せりゃ『孫娘とは二度と会えない』ってフチが見た予言は無効だろ?元気になるさ。我慢しなくって良いんだよ?」

杉元が優しい声でアシリパに問いかける。皆がアシリパの気持ちを尊重するつもりなので視線が彼女に集まった。

「子供扱いするな杉元!!私にはどうしても知りたいことがある。知るべきことを知って自分の未来の為に前に進むんだ!!」

強く言い切るアシリパは誰よりも輝いてた。そしてそれを見た杉元も胸を動かされたのだろう。微かに口角をあげた。隣に座る尾形の目は変わらず死んでいたので、空いた酒器に酒を注いでおいた。

「酒くさいから近寄るな。」

「ええ〜…尾形さんも飲みましょうよ。キラウシさんも潰れちゃうし…まだまだこれからなのに…。」

尾形に邪険にされ落ち込んでいると、アシリパが横に座ってきてお互いの盃になみなみの酒を注いで乾杯してきた。そして彼女は溢れそうな酒をクイっと一気に飲み干すと私の頭を撫でる。

「ほどほどにしておけよ?私は先に寝る。」

「え……好き……。」

駄々を捏ねる私と乾杯して窘めたあと、颯爽と寝床につくアシリパがかっこよすぎて惚れてしまいそうだった。

「アシリパさんと結婚したい…。」

「どうやって子供作るんだよ。」

尾形に呆れた顔で見られる。私は顔を紅くしながら古い!と彼に抗議した。

「子供がいなくたって愛があれば大丈夫です。未来では男同士でも女同士でも結婚出来ます。つまり愛が全てなんです…!あ、動物とは動物愛護の問題でダメですけどね…。」

酒を流し込みながら私はフニャフニャと続けた。

「でもアシリパさんには幸せになって欲しいんですよ…。家庭的で理解がある男にデロデロに甘やかされながら笑っていて欲しい…。」

そう思いませんかぁ!?と声を荒げて谷垣を見たが、谷垣は既に酔い潰れていた。いつのまにこんなに飲ませてしまっていたのだろう。

「結城さん、もう水飲んで寝な。明日がしんどくなるよ。」

お母さんみたいな台詞と共に水を飲ませようとしてくる杉元。私はイヤだイヤだと手をブンブンと振り回した。

「白石さんは?白石さんなら一緒に飲んでくれるのに…!しらいしーっ!!」

「白石はいません!ほら酒器から手を離して!メッ!」

酒を取り上げられてしまった私は頬を膨らまして、杉元の膝の上に寝転がった。

「杉元さんの意地悪!じゃあもう責任とって寝かせてください。子守唄歌って!」

「え…?…うーん、じゃあ、ゴホン…『子守りは楽なよでしてみりゃつらい〜雨風吹いても、家の外〜いやだおっかさん他人の飯は〜米はどこよと目に涙〜…。』」

私が酔っ払った勢いで我儘をいうと、杉元は戸惑いながらも低い声で子守唄を歌ってくれた。

「…なんですか、その悲しい歌詞。眠れないです。」

杉元の低い声の子守唄と歌詞があまりにもシュールで一瞬酔いが覚める。私と杉元のやりとりを見ていた尾形がジトッとした目をしながらボソッとつぶやいた。

「普通はねんねんかんかんだろ。」

「いや、ねんねんころりよでしょ?二人ともどこ生まれなんですか。」

杉元が「神奈川」、尾形が「茨城」と答えた。関東生まれの都会っ子じゃないか。この時代は関東でも田舎なのだろうか。地域の癖が強くて笑ってしまう。

「へー…北海道からは遠いですねぇ…。無事に金塊を見つけたら、船と鉄道を使って二人が育った場所にも行ってみたいです。そして、ご当地のつまみと酒を…。」

また酒が飲みたくなった私は杉元の膝の上で横になりながら酒器と銚子に手を伸ばそうとするが、サッと移動させられてしまった。もう一滴も飲ませてくれないらしい。不貞腐れていつまでも寝ない私の髪をサラサラと杉元が触る。

「出会って半年か…髪も伸びたな。」

「そろそろ結えますかねぇー…下ろし髪の和人っていないから目立つんですよね…。」

「ひと昔は洗い髪が流行ったらしいが、やっぱりはしたないからな。日露戦争の影響で懐古主義に戻っている今は余計だろ。」

尾形が私の伸びた髪を指差しながら言った。そういえば尾形は出会った時から髪の毛がおかしいとか、先日も格好がありえないとか、この時代の常識を振り回してくる奴だった。ツーブロックにオールバックという未来的な髪型をしてる癖に、案外硬い男である。

「うーん…結い上げたり束髪にしたところで、髪の毛の先が茶色や金色に近い時点で目立つけどね。」

私の髪の毛をくるくる弄る杉元の膝でだんだん眠くなってきた。その後も杉元と尾形が私について何か話していたようだが、私は涎を垂らしながら寝てしまっていた。

ーーーー

頭がガンガン痛い。

水が飲みたい。

パッと目が覚めて体を起こすと、谷垣の横にいた。丁寧に寝袋までかけられているので杉元が移動させて寝かしてくれていたのだろう。水を飲もうと立ち上がると、既に起きていたのは尾形が一人で茶を沸かして飲んでいた。

「…私も一杯いいですか?」

頷いて湯呑みに茶を入れて私に渡してくる尾形。

「ありがとうございます。…スギナ茶ですか。二日酔いに沁みますね。」

そこら辺で摘んできたあろうスギナの野草味ある香りが肺に入っていく。ホッと一息をついていると尾形の手が横から伸びてきて思い切り鼻を摘まれる。

「…っ!?いたっいたたたたッ!?」

指の力が強すぎて鼻が取れそうなくらい痛い。あまりの痛さに涙が滲んできた。

「酒は禁止な。」

「え…!?杉元さんに言われるのは分かりますが…尾形さんには迷惑かけてないですよね?」

「存在が迷惑だ。」

なんとも失礼な物言いである。多分、以前と同じ理由で嫉妬しているのだ。私が杉元を抱きしめて慰めているのを見た時も尾形は怒っていた。人の愛情が羨ましい寂しい奴なのだろう。歩み寄ってやるかと思って尾形の膝に頭をのっける。

「これでいいですか?」

遠慮なく叩き落とされた。後頭部を板に打ち付けて痛い。ハァ?とアホを見る目で尾形から見下ろされた。これも違ったらしい。何に怒っていて何を求めているのかが分からなくて難しすぎる。

「…じゃあ、こっちですか?はい、膝枕。」

私が正座をして膝を差し出すと、尾形は眉を顰めながら大きいため息を吐いたあと、私の膝に頭を乗せた。コッチだったのか。

「顎、今も痛みます?」

「勝手に触るな。」

傷跡をなぞると不快だったらしく、尾形に手を払いのけられた。めげずに髪の毛を少しだけ撫でつけると、それは何も言われない。優しく、ゆっくり撫でながら、小さい声で子守唄を歌った。

「ねんねこねんねこ ねんねこや
 ねんねがお山の 白犬コ
 一匹吠えれば みな吠える」

外から流れてきた風が私達を優しく包む。尾形の顔を伺うと微かに寝息が聞こえてきた。杉元や白石の整った顔とは違い、少し個性的だがモテそうな顔をしている。黙っていたら良い男なのに勿体ない…と思いながら寝てる間に勝手に髭を触った。

尾形の目的は一体なんだろう。鶴見中尉を裏切っている以上、第七師団主導の軍事政権反対派なのは間違いない。しかし、土方についてるからと言って土方を崇拝している様にも見えない。ただの脱走兵ではなく一緒に金塊を探している以上、その金塊を使って何かしようとはしているんだろうけど、何も見えてこなかった。

「…願わくば目的と道が重なるといいんだけど。」

一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、そう思わずにはいられなかった。

皆がまだ深い眠りに着いている中、私は鼻歌を歌いながら尾形の背中を撫でている。気配に気付いたのか、向かいで寝ていた杉元の目がうっすらと開いた。私と尾形に気付いて口をあけようとしていたが、口に指を当ててしーっと合図すると苦笑いしながら杉元はふたたび眠りについた。

薄暗いチセに朝の光が少しずつ差し込んでくる。皆は大量に酒を飲んでいた事もありまだまだいびきをかいて寝ているが、尾形は急に気付いたようにバッと起き上がった。

「おはようございます。」

「…寝てたか?」

尾形は膝枕で寝るつもりはなかったようで、眠ってしまった自分に驚きながら私に尋ねる。

「ええ。寝顔は可愛いですね。」

私がそう笑うと髪を撫で付けていた尾形は目を見開いた後、不快な顔をした。そのまま眉を寄せ、顔を顰めて去ってしまう。

「聞くだけ聞いて一言もなしですか…。」

私は落胆しながら、チセを出る尾形の後ろ姿を見送る。ただ、よく見ると彼の耳が紅く染まっていた。

「……っ!」

初めて見たそんな尾形の姿にこちらの頬が思わず紅くなってしまう。人間らしさのカケラもない男だと思っていたが、照れや恥の概念があったらしい。

見てはいけないものを見てしまった気がして、私は火照る顔を冷やすように顔をパタパタと仰いだ。スギナ茶を一気に飲み干して、顔を拭いて一人で先に出かける準備を始めた。


太陽が登ってチセの中も明るくなり、鳥の声がコタンに響き始めると皆が続々と起きてきた。コタンを出る為にのそのそと荷物の整理を始めるアシリパと杉元と谷垣。谷垣は二日酔いで頭を抑えている。早めに終わっていた私は三十年式とSIGM400を弄りながら皆を眺めていた。杉元は三十式歩兵銃の槓桿を外して薬室やカートリッジなど中を確認している。

「銃身に水が入った状態で撃つとはな…軍隊で何を教わってきたのか。」

壊れた銃を触る杉元を煽る尾形。フンッと鼻を鳴らす尾形に杉元はいつものようにキレだした。

「その最新式の小銃、俺が気球に乗る時に第七師団から奪い取ったやつじゃん。返せよ。」

杉元は眉間に皺を寄せながら、怒気を含んだ声で手を出した。

「これは三八式歩兵銃だ。この表尺をみろ、2400米まで目盛りがあるな?お前の三十年式は2000米まで…。この銃から採用された尖頭を弾の三八式実包なら2400米先にまで弾が届く…。」

「だから何だよ。」

「お前が使っても豚に真珠ってことだ。」

そう見下す尾形に杉元は青筋立てていた。私は二人を見てつい笑ってしまう。苛立った杉元が私に振り返った。

「…結城さん、何で笑ってるの?俺が豚って言いたいの?」

「いえいえ、私も少し触らせて貰ったんですが、三十八式は三十式よりも反動や衝撃が小さいのと、引き金の時にガク引きがなりにくいので小柄の方に良いんですよ。つまり適材適所ですね。」

慌てて杉元をフォローすると、今度は杉元が尾形を見下し始めた。

「俺は優しいから小さい尾形に譲ってやる。」

ニヤニヤと尾形の低い身長を煽る杉元。今度は尾形がキレそうだ。喧嘩が始まりそうな二人を止めようと私は自分の話を切り出した。

「どちらかと言うと私の持ってるSIGM400。これは弾も早いし、連射性能も殺傷能力も抜群なんですが、私は遠くから弾をケチりながら使ってるので完全に豚に真珠なんですよね。」

「じゃあ俺に寄越せ。」

私が自虐しながらそう話すと間髪いれずに尾形が私のライフルをねだり出した。水に落ちてもどちらも平気な未来の武器である。

「え、いやですよ。これを扱うなら前線で戦う杉元さんのほうが良いでしょ。」

「じゃあ、その自動拳銃。」

尾形は口を尖らせながら私の胸ポケットを指差す。杉元は自分が名指しされて嬉しそうだ。

「近距離戦が弱い私にはこの拳銃がないと身が守れません。尾形さんは三十八式と狙撃の腕があるから良いじゃないですか。」

「俺だって近距離には弱い。拳銃買ってくれ。」

そう言って手を出してくる尾形。白石やヒモ男みたいにねだるのが慣れている。確かに夕張で近距離でやられていたから買ってあげた方がいいのかも知れない。

「ええ〜…じゃあ次の街であればですよ?何がいいんですか?」

「コルトのポケット自動拳銃かナガンの回転式拳銃。」
 
「リボルバーならスミス&ウェッソンとか格好良くないですか?」

即答で答える尾形に別の銃も薦めてみた。スミス&ウェットソンは坂本龍馬も持っていたしロマンがある。

「あれは口径が小さすぎて威力が低い。白石ですら殺せんぞ。」

「ロシアのナガンやアメリカのコルトより国産の二十六年式拳銃や南部式自動拳銃の方が手に入りやすいんじゃないですか?」

ロマンよりも威力と言うことで S&W は却下されてしまった。補給の問題や口径が統一されている点では国産の方が良いはずなので帝国陸軍で使われている拳銃も上げてみる。

「二十六年式の威力が低いのは至近距離で二発撃たれてもピンピンしてる杉元で実証済みだろ。南部式も自動拳銃で高い癖に殺傷力がない。」

尾形は護身用というよりとにかく至近距離でも殺せる銃が欲しいようだ。頭が人を殺す事に特化しており、流石優秀な兵士である。

その後も銃談義で盛りあがる私と尾形を、杉元は微妙な顔をしながら見ていた。準備ができた私達はヒグマのオハウを勧めてくるキラウシの誘いを断って出発した。

ーーーー

釧路町に着いた私と尾形は皆と別れてさっそくある場所に向かった。賭場である。

「…拳銃買うんじゃねぇのかよ。」

「買うにもまず軍資金が必要でしょう。おいちょかぶやったことあります?」

胴元と挨拶を済ませた私は座布団に座ってお金を点棒に変換していく。花札をめくって親を決めながら尾形に尋ねた。私の点棒を掴んだ尾形は髪を撫でながら口角を上げる。

「数字が九に近ければ良いんだろ。」

尾形の顔を見て私も同じように口角を上げた。クッピン、クダリなど役と配当を確認し終えた私達はさっそく博打を始める。確率と勘と経験でガンガン荒らし出した。

ある程度の所で出禁を言い渡されて賭場を追い出されては、次の賭場を回って荒稼ぎをする。本来なら勝ち逃げは許されないが、27聯隊の軍服を着た尾形がいてくれたお陰で刃傷沙汰にはならずに済んだ。三件ほど回った所で、30円が175円になったのでホクホクな顔をして賭場を後にした。

「…拳銃は30円もあれば買えたぞ?弾込みでも40円から50円で足りる。…とんだ鉄火打ちだな。」

尾形が金を数えながら呆れるように私に言った。尾形は勝って負けての半々だったが最後はガッツリ賭けて30円ほどの大金を手に入れていたので、尾形もなかなかの賭博師である。

「稼げる時に稼いどかなきゃ、長い道中で白石さんがアシリパさんの財布に手を出しますからね。」

お金を手に入れたその足で調味料や生活用品を買い足しながら鉄砲店へと向かう。二人で並んで歩いているとキラキラと光る装飾店を見つけた。大金に浮かれていた私は誘われるように中に入る。指輪やネックレスなどの装飾品が並んでいた。高すぎて買う気にはならないがダイヤモンドもある。

「金の指輪か。欲しいのか?」

私が金のシンプルなリングを見ていると尾形が覗いてきた。私は肯定するように頷いた。

「はい、指輪やピアスなどアクセサリーが好きなので以前なら買ってましたね。ただ、指輪は銃持つのに邪魔になるので今はいらないです。」

「…懐中時計なら邪魔にならんし、装飾品としても実用的にも使える。」

私が名残惜しそうに指輪を見ていると尾形が懐中時計を指差した。

「防水の時計をもうすでにつけてますからね。尾形さんは持ってます?」

私の問いに尾形は頷くと懐から精工舎のタイムキーパーというチェーンなしの懐中時計を見せてくれた。彼が持つSEIKOのアンティーク時計に感動していると、店員から話しかけられて色んな商品を勧められた。ネックレスやブレスレッドやロケット、カメオや宝石など、私達がお金を持っていると判断したらしい。勧められると買う気がなくなる私達は見せてもらったお礼だけ言って外に出た。

「フン…結局、何も買わないのか。」

「惹かれますけど、装飾品に合わせる服も、見せる場も、見せる相手もいないですからね〜…。」

ワンピースやドレスだけでなく、華やかな着物すら持っていないのにアクセサリーだけ買っても意味がない。街中を歩く着物姿の可愛らしい女の子達が少し羨ましかった。大通りを歩いていると、小袖にハットを被る洒落た夫婦や花の綺麗な簪が揺れる女の子につい目を奪われる。尾形のことも忘れて周りばかり見ていたら、後ろから肩をたたかれた。

「まずはみっともないその髪を纏めろ。」

振り返ると尾形の手に紺色のリボン紐が握られている。私がぼーっと街を見ている間に露店で買っていたみたいだった。思いがけないプレゼントに咄嗟に言葉が出ずに戸惑ってしまう。

「座れ。」

「あっ…はい。」

道端の大きな石に腰掛けさせられ、勝手に髪の毛をいじられる。ゴム製じゃない紐でちゃんと纏められるのかと不安になったが、尾形は手先が器用らしくまだ肩下ぐらいしか無い髪をうまく編み込んでいきながら、束ねて小さいお団子を作った。

「一緒に歩くのが恥ずかしいからな。これで多少ましだろ。服も買えよ。」

「…いっ…ありがとうございます…。」

終わった合図に何故か耳を引っ張られる。いつものように憎まれ口を叩くものの、優しさが隠せていない尾形に対して居心地の悪さと妙な気恥ずかしさが私を襲った。嬉しいけど、むず痒い、複雑な感情になって顔も顰めっ面のような変な表情をしてしまっている。尾形の顔を直視できないまま、杉元達の元へと戻った。


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