夜明け前の少し空の色が変わり始めた頃、目醒めた私達はコタンに戻る前に海岸に向かった。
「…着物崩れてるぞ、ヘタクソ。」
朝起きて着付け直した筈だが、少し歩いただけで緩んできた着物をみて尾形がなおしてくれる。昨日の事には何も触れず、普段通りの尾形だったので安心した。帯をキツく絞められ、また歩き出す。海岸から煙が上がっていた。
煙の元にいくとアシリパが焚き火の前で一人、座っていた。私と尾形は何も言わずに焚き火を囲み、近くで拾った流木を焚き火の中に投入した。
「………。」
誰も口を割らない。それはアシリパが何か考え事をしているのが分かるからだ。私達はアシリパのそばにいるが決して口出さず、持っていた銃を整備し始めた。遊底分解器で分解し、豚毛のブラシで薬室を掃除していく。尾形の持つ三十八式よりも私の持つ三十年式のほうが遊底が覆われていないので粉塵が入って暴発しやすい。そのためこまめな手入れは欠かせなかった。
そうやって黙々と静かな時間を過ごしていると次々と人が集まってくる。インカラマッと谷垣は寄り添い合いながら、杉元と白石とキロランケは虚な目をしながから歩いてきた。皆アシリパを心配している。私は尻に敷いていた杉元の小袖をシャツとズボン姿の杉元に返した。
「キロランケニシパが私の父を殺したのか?」
これまで口を開かなかったアシリパが立ち上がり、キロランケに問い詰めた。ずっと黙って考えていたのはこの事だったのだろう。キロランケは驚いて困っている。それを見たインカラマッが説明を始めた。
「…証拠は馬券についた指紋です。」
インカラマッが苫小牧で指紋を取って、アシリパの父親が殺害された現場から出た指紋が一致した事を詳しく話す。私はこんな昔から鑑識があったのかと感心してしまった。しかし、インカラマッはどうやってその鑑識の技術を得たのだろう。警察でもなければ出来そうもないのに。
「おいおい、俺が犯人なら監獄にいるのっぺら坊は誰だよ。」
キロランケがインカラマッに問いただす。キロランケが金塊のためにアシリパの父親を殺すようには見えない。
「そうです。キロランケさんはアチャの親友だったんですよね?殺す理由もないですし、その鑑識が本当に正しい保証があるんですか?」
私はキロランケを庇うように前に出た。アシリパを娘のように思う人がそんな事をする筈がない。
「理由ならありますよ。キロランケは極東ロシアの独立資金の為にアイヌの金塊を持ち出そうとした。のっぺら坊はあなたのお仲間の誰かでは?」
新しい極東ロシアという言葉に頭が混乱する。キロランケは確かに樺太からやってきたと言っていた。極東ロシアが東シベリアを含むのか、どこからどこまでを指すのか分からないが、西のモスクワが首都のロシア連邦から独立したい東の勢力という事だろう。それだとキロランケは家族が北海道にいるのに、樺太や極東ロシアの為に北海道の家族を裏切っている事になる。必死に頭を回転させていると尾形が一歩前に出た。
「ちょっと待った。この女…鶴見中尉と通じてるぞ。」
尾形がインカラマッへと銃を構える。銃口が彼女に向けられた事で空気が先程以上に凍りついた。谷垣はすぐさま彼女を庇う。
「谷垣源次郎〜、色仕掛けで丸め込まれたか?殺害現場の遺留品を回収したのは鶴見中尉だ。つまり鶴見中尉だけが指紋の記録を持っている。」
尾形は嬉しそうにそう言った。彼の頭の回転と判断の早さに思わず拍手したくなる。少し尾形に毒され過ぎただろうか。
インカラマッは鶴見中尉を利用してると言うが、尾形に信じる気は一切ないようだ。一触即発の空気が流れる。尾形に銃を下ろすように言ったのはキロランケだった。
「俺の指紋と一致したなんて鶴見中尉の情報を信じるのか?殺し合えば鶴見中尉の思うツボだ。この状況がやつの狙いだろ?アシリパ…父親がのっぺらぼうじゃないと信じたい気持ちはよくわかる。でもあんな暗号を仕掛けられる男がこの世に何人もいるはずない。アシリパだってあの父親ならやりかねないと…そう思っているんだろ?」
キロランケの言葉にアシリパは唇を噛んで黙ってしまった。誰が真実を言ってるのか分からずに疑心暗鬼に包まれる。そもそものっぺら坊がアシリパの父親というのが本当かも怪しくなってきた。土方の手のひら上なのか、この金塊争奪戦を仕組んだのは極東ロシアなのか、アイヌなのか、それとも違う第三者か、私達は誰を信じたらいいか分からないまま、太陽がのぼった。
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海岸近くのコタンから釧路町に戻ったものの、キロランケとインカラマッの間の空気は最悪だった。白石が頬をボリボリと掻きながら口を開く。
「それで…どうすんだよ。みんな疑心暗鬼のままだぜ?」
「誰かに寝首をかかれるのは勘弁だな。」
白石の言葉に続いて尾形が皆を見渡しながら答えた。
「尾形さんは寝首を掻くほうでしょ。」
ついボソッと呟くと、すぐに背後を取られ尾形に首を絞められる。落とされそうになる私は必死で腕を振り解いた。
「行くしかねえだろ。のっぺら坊がアシリパさんの親父なのか、違う男なのか…会えば全部はっきりする。網走監獄へ行くってのは最初からずっと変わらねえ。インカラマッとキロランケ、旅の途中でもしどちらかが殺されたら…俺は自動的に残った方を殺す!!これでいいな!?」
なんてなと大笑いする杉元だが、これ以上ないくらい皆の顔が青くなり、空気も氷点下まで急落した。それでも網走へ行くしかないので私達は重い空気を背負ったまま進む。塘路湖そばのコタンで盲目の刺青持ちの囚人の情報を手に入れると、そのまま屈斜路湖まで北へ移動した。
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屈斜路湖近くのアシリパの親戚がいるコタンに着くとそれぞれが好きに動いていた。私と尾形はナガンM1985の試射をしに、湖畔へと向かう。
「…チッ…五十米から七〇米ぐらいまでしか使えんな。」
「拳銃で狙撃しようとしないで下さい。」
適当な松の木に的を作って感覚を確かめた後、キンクロハジロやカワアイサなどの鴨を目当てに湖に出た。的当てをしていた時も随分遠くから撃つなと思っていたが、拳銃で狙撃できないか試していたらしい。
「弾倉を左に振り出せないから装弾がやり難くて面倒だ。排莢、装填も遅いし撃ち合いじゃなく、一発で決める使い方になる。」
「…近接戦闘で撃ち合いが弱いのは致命的では?何でこれにしたんですか?」
三十年式で鴨を狙いながら尾形に尋ねた。
「命中精度の良さと殺傷能力の高さ、後はこのサプレッサーだな。試作品らしいが、発砲音が抑えられるから忍んで殺すには良い。」
「…スパイか暗殺者にでもなるつもりですか…。」
私は呆れながら引き金を引き、飛んでいたカワアイサを撃ち落とした。以前よりも遠くを正確に狙えるようになっている。大体200mだろうか。ただ、300m以内であれば正確に頭部を撃ち抜く尾形にはまだまだ届かなかった。尾形は三八式でたまに400〜500m先の獲物も撃ち落としており、その腕前が本当に恐ろしい。
「尾形さんがこんなに狙撃が上手いのは子供の頃から銃を触ってたんですか?谷垣さんみたいに親が猟師だったとか?」
「祖父から銃を教えられて子供の頃から鴨を打ちには行っていたが、親は猟師じゃない。元第七師団団長の花沢幸次郎中将だ。」
撃ち落とした鴨を回収しに歩きながら尋ねると、尾形は案外素直に教えてくれた。ただ、目に光はなく、親への呼び方も他人行儀だ。
「親が中将って…それまた凄いですね。確か、自刃したんですよね?」
「…杉元から聞いたか?」
聞き覚えのある名前に私が反応すると、知っているとは思わなかった尾形が少し眉をあげて私に聞き返した。
「いえ、谷垣さんが言ってました。…もしかして自刃じゃなくて、尾形さんが殺したんじゃないですか?」
実の親なのに冷たい声で話す尾形に、つい思ったことを言ってしまった。口に出した後で流石に酷すぎる言葉を吐いたことに気付き、慌てて顔を上げる。
「何でそう思った?」
尾形の目が変わった。怒っているというよりも、何か地雷原を踏んでしまった感覚だ。これはまずい。
「ごめんなさい。嘘です。冗談にしてはあまりにも失礼な発言でした。お父様のご冥福をお祈りいたします。」
とにかく謝ってその場から逃げようとするが、周りこまれて柏の木に身体を押しつけられる。
「俺は愛されなかった人間に見えるか?」
尾形の言葉に何と答えたらいいか分からない。正直に見えると言って良いのだろうか。捻くれている所や、杉元やアシリパとの仲を嫉妬したり、同じような事を希望してくる所は、愛に飢えているように思えた。
「祝福されなかったから欠けているとでも?」
返答に悩む私に詰め寄り、三八式の銃口を首に当ててきた。地雷を踏んでしまったとはいえ、あまりに物騒過ぎるだろう。
「…いや、親から愛されなかったとしても良いじゃないですか。欠けてたとしても何が悪いんですか?意地悪で捻くれてるとこもありますけど、尾形さんの根は優しくて良い人ですよ。」
尾形をフォローするが全く響いていないらしく、目は黒く死んだままだ。軽蔑の色さえ滲んでいる。
「ハッ…。優しい?良い人?何で判断している?」
「私たちが戦う時、的確に助けてくれるじゃないですか。無理やり襲ったりもしなければ、無駄に人を殺す事もしないです。私が持っていない常識も、銃の扱い方も、手入れの仕方も教えてくれます。」
苛立つ尾形の目を見つめて、はっきりと答える。
「じゃあ、今ここでお前を襲ったら俺は悪い奴か?」
着物を左肩から下され、完全にはだけてしまった。しかし、中にタンクトップを来ており、肌が露わにならずに済んだので変な格好になっている。
「悪いところもある、根は優しい尾形さんになるだけですね。」
「……殺すぞ。」
「…何でぇ?」
私が笑いながら言うと余計怒らせてしまったようで、銃口を強く顔に当てられた。食い込んで痛い。
「…今、杉元を撃ち殺して刺青人皮を全て奪い取ってもいいんだぜ?」
「……。…そもそも、尾形さんの目的って何ですか?」
私の言葉に緊張の糸がピンと張ったのが分かった。尾形が心を閉ざしていくのも感じる。
「…お前に言う必要が何処にある?そんな仲じゃないだろう、七瀬結城。」
「…確かにそうですね。でも同じ釜の飯を食った仲じゃダメなら、どんな仲になったら教えてくれるんですか?」
私が彼に問うと、尾形は気味が悪い作り笑いを浮かべて答えた。
「死んだら教えてやってもいい。」
尾形は私からそっと離れて、先にスタスタと歩いて行ってしまった。これ以上、突っ込んで聞くことも出来ず黙って彼の後ろをついって行った。
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私達が撃った鴨を持って帰ると杉元とアシリパもフクロウを捕まえて帰ってきた。
「おい!アシリパ!このカムイ目を撃たれてるじゃないかッ!知らねぇぞコレ!」
フチの13番目の妹の息子が叫ぶ。アシリパはすぐに杉元を指差して杉元がやったとバラした。
「何で目を撃っちゃダメなんですか?美味しいの?」
「目は食べん。コタンコロカムイの目を傷つけると失明した言い伝えがある。怒らせると目から光を失うんだ。」
首を傾ける私にアシリパが教えてくれた。尾形がまた杉元の銃の下手さを馬鹿にするように無言で見ている。杉元は何か言われた訳ではないが、その顔で見られるのが嫌らしく、また額に青筋を作っていた。谷垣がチタタプしたフクロウの肉をそれぞれ口に放り込まれる。ご飯を食べながらアシリパの親戚から話を聞くと、例の刺青の囚人である盲目の盗賊は、新月の夜にだけ現れてアイヌの村を襲うそうだ。新月まで待つより寝床を襲おうという話になり、近くの温泉旅館で聞き込みをする事になった。
アシリパと杉元があん摩を受けながら情報を集めている間、私は先に温泉につかる事にした。インカラマッも誘ったが、夜よりも景色の良い朝に入りたいとの事だった。夜と朝の2回つからないのか聞いたが、アイヌは普段から風呂に入らないから長湯ができないらしい。少し寂しかったが、また明日の朝は一緒に入れるということなので、夜は女湯を独り占めさせてもらう。温泉に浸かったのはこの時代にきて初めてじゃないだろうか。
「生き返る〜……。これは命の洗濯だわ…。」
温泉に浸かって恍惚と独り言を呟いてしまう。せっかくなので持ってきたタオルで垢擦りしたり、温泉と外に出て身体を冷やす交互浴をした。次、いつ温泉に来れるか分からないからだ。一時間半はたっただろうか完全防水の時計の針を確認する。そろそろ出ようかとお湯から上がった時だった。
ドンッ…パリンッ……!
銃声と共に何かが割れる音がした。私は急いで草陰に隠していた拳銃を手にする。女湯の灯りも壊されてしまったらしい。私は手探りで脱衣所まで戻るが、籠の中に何も入ってなかった。衣服だけじゃなく、アサルトライフルまで盗まれている。きっと男湯でも武器を盗まれた杉元達が困っているだろう。タオルを腰に強く巻いて銃声がする森の方に走り出した。
(急がないと…っ!)
なるべく足音を出さないように行くが、どうしても枝や葉を踏む音が出てしまう。同じように足音に誰かが近づいてきた。まだ味方か敵かも分からなかったが、仲間を撃ってしまうのは嫌なので恐る恐る声を出す。
「…杉元さん?…尾形さん?」
「…!…女?」
知らない男の声だった。トゲトゲの武器である袖絡が私に向けられタオルを剥いだ。そのまま回転され腰にトゲが刺さり肉を裂いて血が出るのを感じる。
「……ッ……痛っ……。」
私は痛みに耐えながら、左手で男の肩を掴み接近して拳銃の引き金を引いた。一発を胴体、もう一発を心臓があるであろう場所に撃ち込む。あまりに至近距離だったので、飛び散った血が身体にかかった。
銃声を出してしまった私は、急いでその場を離れる。タオルを拾ったり、死んだ男の着物を剥ぎ取りたかったが、そんな暇は無い。すぐに木の影に隠れると、何発かこちらの方面に銃弾が飛んだ。生い茂る木のお陰で一発も当たることはなかったが、音を辿って追ってくるかもしれない。暗闇の中で銃を構えながら、杉元や尾形を探した。残り装弾数は19発。
パァン……
しばらく歩くと一発、銃声が響いた。この音はきっと尾形だ。音がした方へ私は走り出した。きっと移動しているだろうから、移動経路を考えながら走っていく。そして、もう一発、銃声が鳴った頃、銃を構えたままの尾形の姿を見つけた。
「尾形さん…!皆さんは無事ですか?」
「…それぞれで逃げてる筈だ。…それより、お前が血だらけだぞ。」
尾形が眉を顰めながら私に言った。微かな光に照らされた自分の体を見ると、裸の体が血で真っ赤に染まっていた。絵面がまるで洋画のホラーである。身を隠せるものも、拭えるものも持ち合わせていなかった私は、開き直るしかなかった。
「返り血だから大丈夫です。」
自分の身体の大事な所が血に隠れて見られて無い事を祈るしかない。血がついてないお尻がモロ見えなのはもう仕方がないので、拳銃を手にしゃがんで身を縮めるしかなかった。
「…えっ!?…結城さんも襲われたの!?だ、だ、だ、だいじょうぶ!?」
「な!裸のまま来たのか!出血も酷いし、とりあえず私の上着を羽織れ!」
杉元とアシリパも合流してきた。杉元は裸の私に驚いて急いで手で目を覆いながらも隙間から覗いて心配している。アシリパが手ぬぐいでサッと血を拭いてから、上着を羽織らせてくれた。肉が抉られて出血している腰に気付いて紐でキツく締めてくれる。
「服と銃を奪われたので、杉元さん達も武器がなくて困ってるんじゃ無いかと思って急いで来ましたが、心配なかったみたいですね。」
「結城さんは拳銃があるのか、それは助かる。」
私と杉元達とで話していると尾形がこちらに目配せをした。
「都丹庵士と手下達が入った。アレが奴らのアジトだ。」
「銃を取りに戻っていたら逃げられる。このまま突入して一気にカタをつけよう。アシリパさんは外で待機しててくれ。結城さんはついて来れるか?」
杉元の判断に頷くと、尾形と三人で廃旅館へと、攻め入る事にした。
「暗いな…飛び込んで窓を開けるぞ。」
敵から奪った近接武器を持つ杉元とそれを守る銃を携えた尾形と私。合図をし旅館に入って、すぐに窓を開けようとするが、板が打ちつけられていてびくともしない。入口へ振り返ると、入ってきた扉さえ閉められて完全な闇に包まれた。
カン…
盗賊達の舌を撃つ音がした瞬間、尾形と共に音に向かって銃を放った。
「走れ!!」
尾形の声に押されて真っ暗闇の中を駆け出した。パン!パン!パン!高い銃声が何発も響く。都丹庵士の持つ拳銃の音だ。
「奥へ!!」
尾形の指示で狙われていた場所から逃げ出したものの、どの部屋も真っ暗で下手に動けない。右手に銃を持ち、左手で今いる場所を探っていると生温かいものを掴んだ。
「…やめろ。俺の陰茎だ。」
「…えっ…。」
尾形のチンポを掴んでしまった事に動揺していると、アシリパが杉元の尻を掴みながらどこからか入ってきた。アシリパが入ってきた所を探そうとするが、盗賊達が近づいてきた音を察知して止まった。カン…カン…と舌の音を使って私たちの位置を探っている。いくつもの気配とその舌の音に、どこを狙うべきか銃口の先が定まらない。
奥へと走ってもどこも真っ暗で、何も見なくなっている。下手に動けずに私達は一箇所に固まっていた。敵は私達を音を出さないように探している。
「ぐうううッ」
アシリパがいつの間にか塘路湖のペカンペを周りに撒いていたようで、敵がそれを踏んで思わず声を上げた。尾形がすかさず声を出した敵を小銃で撃ち抜く。
「あぐぅ!」
ペカンペを踏んだもう一人の方には杉元が袖絡で敵の服を絡めて吹っ飛ばした。
壁に飛ばされた男が起きあがって声を出したので、すぐさま私は拳銃で男の頭を吹き飛ばす。念のため心臓のある場所を狙ってもう1発放った。死んだ男の近くに行くと壁の隙間から光が漏れていたので、袖絡を拾い思い切り壁に叩きつける。
バンッバンッ…バキッ!!
3回ほど力の限りをぶつけると板が2枚ほど割れて光が部屋の中に入ってくる。その光で杉元を急いで探した。争っている音からして近くにいるはずだ。
「そのうちみさかいが無くなるさ。」
「わかるのかい?確かにあんたからは人殺しのニオイがぷんぷんするもんな。」
戦っている二人のやりとりが聞こえて二人の方に振り返る。盲目の都丹庵士が右手で銃を拾って杉元のこめかみへと当てた。
パンッ…!
私が放った弾は狙い通り、都丹庵士が持っていた自動拳銃のマガジン部分を貫いた。高い威力に都丹が持っていた拳銃ごと飛んでいく。杉元と都丹の動きが止まった。
「久しぶりだな都丹庵士。」
「その声…なんであなたがこんなところに…。」
声の主を見ると、そこには土方歳三が立っていた。牛山や永倉も入ってきてやっと廃旅館の中でも普通に目が見えるようになった。
「ありがとう、助かった……って…ぎゃー!!結城さん!ちゃんと隠して!アシリパさんの服じゃ小さすぎるよ!」
明るくなった場所で私を見た杉元が慌て出した。アシリパの羽織のおかげで胸は隠れていたものの、腰の紐では覆えなかった、下半身の大事な所が露わになっていた。尾形と杉元とアシリパの視線が自分に集中するのを感じて、私の顔が真っ赤になる。
「……ーーっ!!」
羽織を脱いで急いで胸と陰部を隠しながらうずくまる。動けなくて困っている私の上に、そっとジャケットが覆いかぶさった。
「顔をあげな、お嬢さん。俺の服を使うと良い。」
にこやかに微笑んでくれたのは牛山だった。アシリパは「チンポ先生…!」と感動している。ありがたく牛山の大きなジャケットを腰に巻いて、アシリパの上着をまた羽織りなおした。
「ありがとうございます、牛山さん。」
顔や肌についた血を拭いながら土方達と話をする。リュウのお陰でここが分かったらしい。都丹の処遇を預けて欲しいと言われた杉元は、アシリパの親戚の事を考えて殺す事を希望するも、アシリパに判断を委ねる。彼女は闇から抜け出せと都丹庵士に言って処遇を土方達に任せることにした。
外に出ると裸の男達が集まっていた。身包みを剥いででも大事な所を隠して欲しいのだが、男達は一切を隠すことなく堂々としている。
「結城ちゃぁあん!肌が出すぎ!童貞どもには刺激が強すぎるぜ!」
アシリパと牛山のお陰でギリギリ胸と下半身は隠せているが、お腹や脚が出ている私を見て白石が騒ぎ出した。え、童貞?チカパシ以外に誰が?とキョロキョロすると杉元が顔を赤くして白石の頭を叩いた。
「お前も素人童貞だろうが。」
答え合わせを自分でしてしまった杉元をキロランケが温かい目で見ていた。谷垣は尻を撃たれたらしくキロランケに支えられながら歩いている。
「犬より役にたっとらんぞ、谷垣一等卒。秋田に帰れ。」
谷垣の様を見て尾形が辛辣に口にした。谷垣は黙って俯いた後、血で汚れた手拭いを持つ私をみて目を見開く。
「結城も戦ったのか?」
「衣服とライフルは盗まれてましたが、拳銃は手元に置いていたので。」
私は手に握りしめていた自動拳銃を見せて肩をすくめた。谷垣はショックだったのか眉を震わせている。
「兵卒崩れのドジマタギよ、常に武器はそばに用意して戦える様にしておくんだな。」
谷垣は尾形の言葉に涙を浮かべながら悔しそうに拳を握りしめていた。