ハラキリショーと未来人

「とざいと〜ざいさぁさぁお立ち会い」から始まる山田座長の前説。サーカス場を埋める満員の客が皆、唾を飲み込んでいる。カンカンカン…拍子木の音と共についに舞台の幕が上がった。

軽業師の長吉が桶を重ねた上で曲持を成功させ、鯉登が傘を回しながら一本竹上乗芸を披露する。開始早々、会場が震えるほどの拍手が鳴り響いた。鯉登が客席に投げキスをしてから、女性客から歓喜の金切り声が止まらない。

「鯉登さんは軍人より演者やスターの方が向いてそうですね。」

私は裏側でベル係の人とペアを組んで、ひたすら演目に合わせた演奏をする。裏方なので目立つことは一切しない。谷垣と月島がヒラヒラ可愛らしい服を着て少女団と出てきた時は、思わず手が止まりそうになったが、笑いを堪えながら必死に指を動かし続けた。

舞台も終盤に差し掛かり、私達の出番は鯉登の坂綱と杉元のハラキリで終わる予定だ。しかし、坂綱だけの予定の鯉登が、そのまま崩梯子上乗り芸、紙渡り、自転車、馬乗り、ロシア式飛びなどを次々と成功してしまった。観客は最高潮に盛り上がり、割れんばかりの拍手が鳴り響く。大きな歓声と拍手に会場は揺れ、驚くほどの熱気に包まれていた。

裏で焦る杉元だったが、時間は止まらない。少女団の2度目の踊りが終わるとついに大トリのハラキリショーが始まろうとしていた。

「…これ、杉元さんより鯉登さんが話題になるじゃないですか…っ。何やってるんだあの人はっ!」

音楽の担当が終わり、太鼓隊とバトンタッチした私は鯉登を追って舞台裏へと走った。何やら月島と鯉登が何やら話し込んでいる。

「どう考えても鯉登少尉の方が目立ってしまいますから。まっとうにやればこの公演はまったく意味のないものになる。私が手を汚せば丸く収まるという目論見でしたが裏目に出てしまいました。」

鯉登の手には2枚の鶴見中尉の写真が握られていた。本番中に鶴見の写真を見れば動揺した鯉登が失敗し、杉元が目立つという月島の作戦だったようだ。アシリパを探す為にやってくれた事だが、月島も鯉登も何をしてくれてるんだ。杉元が新聞に載るという計画が崩れ落ちそうで私は頭を抱えた。

月島の話を聞いていた鯉登が横で焦り出す。そして、眉を顰めながら衝撃の告白をした。

「まずい…仕返しに手品の刀の刀身を私の軍刀とすり替えた…。」

「…はっ!?」

「何を考えてるんですかっ!?杉元さんを殺す気ですか!?」

もう杉元は刀を持って舞台に立ってしまっている。私は鯉登の尻を近くにあった棒で思い切りはたくと、鯉登が代えたという手品用の刀身を握って舞台袖まで走った。

「キャーー!」

観客の悲鳴が聞こえる。杉元は既に真剣で腕を切ってしまっていた。すぐに中止だ。私は舞台袖から必死に合図する。手と足から血を流し、冷や汗を流す杉元と目が合った。手品用の刀身を持って舞台に出ようとすると、杉元から首を横に振られて止められる。本気でこのままやる気らしい。遅れてやってきた月島と鯉登に縋りついた。

「どうしよう…!杉元さん、このままやる気です…ッ!真剣で切腹してしまう…!!」

月島と鯉登は無言で杉元も見つめている。アシリパに存在を知らせる為だとしても、その為に命を賭けるなんて有り得ない。目頭が熱くなる。舞台がお釈迦になろうがどうでもいいじゃないか。命あっての物種だ。覚悟を決めて止めに入ろうと駆け出した。

「杉元自身がやめないと言うことは何か策があるのかもしれん…!見守れ!」

「…っ!やめて!離してください!本当に死んじゃいます!!」

後ろから鯉登と月島に取り押さえられてしまう。離して欲しいのに、力が強すぎて解けない。暴れている間にも、杉元は腹に剣先を突き立てようとしている。どうしようも出来ない私は、これ以上見ていられなくて、手で顔を覆った。

「なんだあのロシア人。」

杉元が腹を切ろうとしたその時、ロシア人の男3人が乱入してきた。杉元に銃を向けた男を彼は真剣で腕ごと切り落とす。鳴る予定のなかった銃声が鳴り響き、指の隙間から思わず杉元を見る。杉元は拳銃の弾を避けながら剣を投げ、もう一人のロシア人の心臓を突き殺してしまった。逃げようとした残りの一人を舞台裏にいた月島が殴る。私が呆然としている間に少女団が舞台挨拶と死体回収を終わらせていた。観客は手品だと思っているようで大きな歓声が鳴り止まない。こうしてヤマダ曲馬団の樺太公演の幕は閉じた。

「…っ!杉元さんっ!アシリパさんの為だからって…腹を切るのはやめて下さい…っ!」

ホッとしたと同時に我慢していた涙腺が決壊した私は、舞台袖に戻ってきた杉元に駆け寄って胸元を叩いた。杉元はごめん、と謝りながら袖口で私の顔を拭う。

「…だけど、一番悪いのは刀身を入れ替えた鯉登少尉だろ?」

「そうですけど!!…それでも!公演の成功よりも、杉元さんの命ですッ!いくら不死身でも大事な身体なんですから…ッ自ら傷つけるような真似はしないでッ…!」

杉元に拭われても溢れ出る涙を無視して、彼の腕と足の手当てに入った。血を拭き取り、塗り薬を塗って洗い直した手拭いで縛る。

「仰々しいな。杉元佐一なら唾をつけておけば治るだろう。」

「五月蝿いッ!人の痛みを貴方が決めつけないでください…!」

大袈裟だと言う鯉登の襟元を掴む。鯉登に何が分かるというのだ。血が流れれば痛い。どれだけ生命力が強かろうが、同じ傷には変わりがないのに。古傷に魘されている杉元を知っていたので許せなかった私は鯉登を睨みながら杉元の服の乱れをなおした。

「少尉殿、ここは謝っておくべきです。勘違いとはいえ、仕返しが行き過ぎました。」
  
「……すまない。…私が悪かった。」

月島が鯉登の後ろに立ち、謝罪の催促をする。すると、鯉登が杉元に向かって小さく頭を下げた。

「…まあ、死ななかったし…別にいいよ。」

本当に謝ると思っていなかった杉元は居心地悪そうにポリポリと頬をかいている。一人で荒ぶって申し訳ない気持ちになった私は、「怒鳴ってごめんなさい」と皆に告げて、真っ赤にはらした目を冷やしに行った。

顔を洗って戻ってきた頃には捕まえたロシア人を囲んで皆が話し合っていた。ロシアでスパイ活動していた座長が狙われていたが、ハラキリショーに出る奴と伝わっていたため入れ替わった杉元が狙われたらしい。ロシア人は少女団のふみえ先生が拳銃を二発撃ち込みトドメを指した。彼女は死体の証拠隠滅を指示し、この場所も明朝には空き地になることを告げた。

翌朝、新聞を確認すると山田一座の樺太公演の記事が大きく出ていた。鯉登の活躍は見出しとなり、本文も長々とかかれている。杉元のことはたった二行だけ。予想通り、鯉登の活躍のせいで作戦失敗だ。

「…でも字が間違ってても、小さくでも名前が乗ってよかったですね。」

杉元は同意するような頷いて笑った。賢いアシリパさんなら気づいてくれる。そう信じて新聞を折った。

山田一座にも別れを告げる。キロランケと関係するパルチザンの情報を探ると、座長が心当たりを話してくれた。豊原から北へ530キロ行ったロシアの港町にある樺太最大のアレクサンドロフスカヤ監獄、そこに解放運動で捕まった極東の少数民族が数年前に移送されてきたらしい。有力な情報が手に入ったと安堵した私達は、目的地に向けて豊原を旅立った。

「鯉登音之進くん、七瀬結城くん、貴方達の腕は演芸会の宝だ。日の目には当たらないのは世界の損失だよ。今は無理でも、ヤマダ一座はいつでも貴方達を待っています。もし、私の団じゃなくても、いずれ世界にその名を轟かせて下さいよ。」

山田座長に強く握手をされてしまった私と鯉登だが、苦笑いをし、頭を下げて手を振った。冷たい風が吹き、高く遠く澄み切った青空が広がっていた。

ーーーー

豊原から北に45キロ。落合の近くのコタンで休ませて貰っていた。道中に撃ち獲ったエゾシカの毛皮は村への手土産にし、肉は村の人と自分達が食べる以外は樺太犬とリュウに食べさせる。

「ありがとな。俺の為に怒ってくれて。」

コタンの近くの小川でシカの毛皮を鞣していると側で手伝ってくれていた杉元が口を開いた。先日の樺太公演の事だろう。

「いえ、勝手にしゃしゃり出てしまってごめんなさい。ロシアの殺し屋を倒せたのも、新聞に名前が載ったのも真剣でもハラキリを続けると判断した杉元さんのお陰ですから。鯉登さんに対して私が怒るのもお門違いでしたしね。」

私は目を伏せながらナイフで鹿皮の脂肪や肉片を取り除いていく。

「いや…正直、嬉しかったよ。あんなに俺のことを想ってくれてるとは思ってなかったから。」

「…大事な仲間として、想ってるだけです。」

横でジャブジャブと皮を洗う杉元は目尻を下げている。私は暗に仲間以上の感情はないと伝えているのに、何で彼はこんなに嬉しそうなんだ。めげなさすぎるだろう。

「ごめんね、夕張で泣かせないって白石と一緒に約束したのに。結城さんの世界を壊しちゃうとこだった。」

「そうですね。夕張といい、網走といい、豊原といい、こんなに怖い思いはもうしたくありません。お願いだから、死なないでくださいね。」

杉元がフフッと笑いながら、冷たい水に手を突っ込む。手も鼻も耳も赤いのに、幸せそうだ。

「結城さん、今後は絶対に泣かせないし、心配もさせない。結城さんを守れる良い男になるからさ。見放さないでくれる?」

「……見放すも何も……。」

杉元はいつも守ってくれているし、見た目も性格も良い。判断力があるし、戦闘に関しては頭もまわる。既にカッコいい男だ。ただ私には、自分自身の存在も含めて懸念材料が多すぎる。

「…杉元さんほどのいい男にはアシリパさんほどのいい女じゃないとダメです。」

「はあ?あの子はまだ子供だぞ。」

笑っていた杉元が一転、戸惑うように眉根を寄せた。それでも私は言葉を続ける。

「でも女です。もう2,3年も経てば身体も女になります。結婚できるし子供も作れる。」

「やめてくれ。アシリパさんは俺の大事な相棒であり、幼くて尊い守るべき存在だ。」

不快感を露わにする杉元。アシリパに対してそういった目を向けたくも、向けられたくもないんだろう。意識したくなくても、絶対にその日は来るのに。

「そもそも俺と結城さんの話に違う誰かの名前を出すな。あくまで二人の問題だろ。」

腕を掴まれ、真剣な目で射抜かれる。有無を言わせないその迫力に私は何も言えなくなってしまった。

「………。」

和やかな空気から、一気に緊張してしまったこの場からすぐに離れたい。私がそう思ったのを察したのか、杉元が戯けるように真っ赤に霜焼けになった手を見せてきた。急いで温めようと水を拭き取り、私の手で包むと、クシャッと杉元が笑う。裏すきと洗いが終わった毛皮を持ち上げると、満足げの彼の手を引いてコタンへと戻った。空はすっかり青みをおび、月が登り始めていた。

ーーーー

捌いたシカを豊原で買った今村弥のカレー粉でシカカレーにすると、匂いを嗅ぎつけたのかコタンの皆が集まってきた。飛ぶように売れ、自分達も何度もおかわりをする。食べ終わり片付けが終わった頃には、月は真上にきており、外は真っ暗になっていた。

「食った、食った!札幌で食ったライスカレーも美味かったが、デカい鹿肉や野菜がゴロゴロ入った手作りカレーは最高だな!」

「寒いからこそより美味しく感じるな。豊原で材料を買っていたとは…七瀬、良くやった!」

膨らんだお腹を抑えながら杉元と鯉登が上機嫌で私に微笑む。チカパシとエノノカは初めて食べたようでとても興奮していた。月島は無表情だったが、一人で五合ほどペロリと食べていたので好きだったのだろう。ご満悦のみんなを見て安心した私は、歯磨きをしようとバックパックに手を突っ込んだ。

「はー…食べましたね。遅くなっちゃったから寝る準備しなくちゃ…。」

鯉登も同じように荷物をゴソゴソと漁り始めた。手には竹製の歯ブラシと磁器の丸い入れ物を持っている。中身が気になって声をかけた。

「その白い入れ物は歯磨き粉ですか?」

「ああ、そうだ。これまでの荒い粉じゃなく練りものだから使いやすく、磨いた後もスッキリする。使ってみるか?」

そう言うと鯉登は入れ物をこちらに渡してくれた。磁器のパッケージを見ると東京本舗資生堂謹製と書かれている。

「え…資生堂?資生堂の歯磨き粉!?」

化粧品で馴染み深い名前に私が声を上げて驚くと、鯉登は自慢げに鼻をならした。

「ほう、知っているのか。料理が出来て流行り物に敏感とは意外と女らしい所もある。…これも羨ましいんじゃないか?アイスクリームパーラーで貰った資生堂の化粧水、オイデルミンだ。」

「鯉登少尉、そんな高級品を何で樺太まで持ってきてるんですか。しかも婦人用でしょう。」

月島が呆れたように鯉登に声をかけた。鯉登は「旗手を目指す以上、常に身なりは気を使わねばならんのだ」と言いながらバシャバシャと顔に塗りたくっている。

「…遠い世界に来たと思ってたましたが、馴染みある名前を見ると安心しますね。」

生まれ育った現代と繋がっている事を実感し、嬉しくなった私は思わずポロッと口に出した。遠くに座っていた杉元が焦ったように目を見開き、首を横に振る。

「ほう?詳しく聞かせてもらおうか。」

やってしまった、と思った時にはもう既に遅い。月島が私を取り押さえ、南部式自動拳銃を頭に突きつけた。

「何をするんだ!!月島軍曹!!」

「杉元は動くな!!引き金を引くぞ!!」

突然の事に谷垣やエノノカ達は唖然としている。鯉登も驚いてあわあわしていると、月島が鯉登に指示が飛ぶ。

「鯉登少尉!七瀬結城の荷物を全部出してください。」

「しかし……。」

「いいから早く!!」

鯉登が躊躇いながらも私のバックパックに手をつける。どうしよう、私の正体がバレる。鶴見中尉に利用されてしまう。必死で杉元に向かって叫んだ。

「杉元さん!鯉登さんから荷物を奪って捨ててください!!燃やしても川に流しても良いです!!渡さないでください!!私の事はどうなっても良いです!!死んでもいいから…お願いします…ッ!!」

「杉元、俺は本気だ。一歩でも動けば七瀬は死ぬぞ。最悪、お前がいなくてもアシリパは谷垣で事足りる。荷物の確認を許すか、血を流すか、どっちを選ぶ。」

月島の言葉に杉元が迷っている。荷物を奪われないのと引き換えに私が死ぬからだ。彼が悲痛な顔でこちらを見る。

「お願いします…!!利用されたくはないんです…!!歴史が変わるのも嫌なんです…!!私の命よりも日本や平和の方が大事だからッ…!荷物を消して!!!」

「あるかどうかも分からない未来の平和より結城さんの方が大切に決まってるだろうが!!」

私が泣き叫ぶが、杉元は拳を握りしめたまま動かない。インカラマッを抑えられている谷垣も動けない。私は悔し涙を流しながら、荷物が暴かれていくのを虚な目でただ見守っていた。

着替えなどには触れないが、手回しライトやライター、太陽光パネルとモバイルバッテリーにスマートフォン、テントや寝袋、ライフルや拳銃のマガジン、コンパスに行動食にカトラリー、ロープと常備薬とポーチ類、そして財布とパスポート。他に小樽や北見、豊原で買ったモノなど全てをチェックされた。

「七瀬結城の顔写真が載った免許証という札の受付が令和3年、そして2024年令和6年まで有効となっている。今は西暦1907年の末だから、100年以上違うな。」

鯉登が財布の中から身分証を見つけて月島に見せた。パスポートの西暦も確認されている。

「この菊の紋が入った日本国旅券にも発行と有効期限に2021と2031いう数字が入っているから間違いないだろう。七瀬結城は未来からきた女という事になる。」

「やはりそうでしたか。幽霊や妖怪ではなく、未来人であれば血を流し、痛みを感じるのも納得です。」

月島が組み伏せたまま、唇から血を滲ませる私を見下ろして言った。

「もういいだろ…。荷物の確認だけと言ったはずだ。…これ以上何かするつもりなら、全部ぶっ壊すぞ。」

杉元が全身の毛を逆立てて、殺気を放っている。既に手から血が滲んでいて、釧路のコタンで見た姿よりも恐ろしい。まるで人の形をした怪物のようだ。

「月島軍曹、銃を下げて拘束をとけ。七瀬の身元が分かったのだからもう用は済んだろう。私達の目的はアシリパの奪取だ。」

月島は不服そうだが鯉登の命令に従い、私を押さえつけていた手を緩めた。私は切れた唇の血を拭うと鯉登に支えられながら、身体を起こす。拘束が解かれたものの、杉元の怒りはおさまらずに目を吊り上げながらこちらに近付いてきた。

「…急に結城さんに銃をむけやがって…。月島軍曹…一発ぶん殴らせてもらうぞ。」

「殴りたいなら上官の俺を殴れ。月島は正しい判断をした。樺太先遣隊として同行するのだから、怪しい芽は摘まないといけない。本来の目的の邪魔になっては困るからな。…そもそも、隠していたお前達が悪いんだぞ?」

荒れている杉元に対して鯉登が月島を庇うように前に出る。月島は「おやめください」と鯉登を止めようとするが、その前に杉元が鯉登の顔を真っ直ぐに殴った。一発だけでなく、何発も鯉登を殴るもんだから、鯉登も怒って杉元を殴り返し、乱闘が始まってしまった。

「油断した私が悪かったんです!杉元さん!もういいですから!」

「二人ともやめろ!もう終わったんだろ!?」

谷垣と二人がかりで止める。杉元と鯉登はフンッと鼻血を出すと、睨み合いながらもゆっくりと離れた。鯉登は荷物を返すように月島に指示を出す。

「しかし…これはどれも貴重な未来の資料ですよ。大人しく返すのは鶴見中尉や第七師団にとっての損失です。」

「七瀬にとっても貴重なものだろう。脅して奪うものじゃない。正体が分かっただけでも上々だ。仲違いして本来の目的を遂行出来ないのが一番困る。我々が求めるのは金塊だからな。」

鯉登に促されて月島は嫌々ながらも荷物を返してくれた。月島へ持ち始めていた好感が粉々に砕け散った私は、サッと荷物を隠すように背を向ける。敵に対して心を許しすぎてしまっていた自分が悔しかった。いざという時に死ねなかった自分にも。次からは爆弾を懐に入れておこう。キロランケに会ったら爆弾を作って貰わないといけない。そんな頼めるわけがない事を考えながら、私はチセの端で寝っ転がった。慰めるように杉元が寄り添ってくれる。

「結城さんの望む通りにしてあげられなくてごめん…。結城さんが俺に死んで欲しくないって思うのと同じくらい、俺は結城さんに生きてて欲しい…。」

「………。」

杉元の言葉に返事はしなかった。横になったものの眠れない私は、腕に付けた麻紐をボーッと触りながら夜を過ごしていた。同じ腕紐をつけた、白石、アシリパ、キロランケ、尾形を想いながら。


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