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次の日パートに出かけるお母さんに一緒に家を出ると言うと、お母さんがぴくりと身構えたように見えた。

「おでかけなんて珍しいじゃない?」
「郵便局。願書、出しに行ってくる」

高校の卒業と同じ学力があると証明する試験。これに合格すれば大学の受験資格が得られる。

私が高校に行けなくなったとき、お母さんもお父さんも学校に行けとは言わなかった。けれど将来は心配していて、行きたい大学があるんだからそれに向かって進めばいいと、その試験のことを教えてくれた。

あれからずっと大学に行きたいなんていう気持ちもない。学校、という場所が怖い。

ただ何となく今日は、願書を出しておこうって思えた。試験は11月だ。

お母さんは驚きと安心が混ざった顔で微笑んだ。





日曜日、夕方の西の空を見るために早めにいつもの場所に向かい、カメラを立てた。

月と金星が最接近する。特に今回は細い三日月のタイミング。宵の明星である金星の目立つ光と、薄く消えそうな上弦の月がたった2度の距離に並ぶなんて、幻想的だと思う。

あまりに空の低いところだから見えるか心配だったけれど、今日も東京の空は裏切らないでいてくれた。

「今日は景色でも撮ってたのか?」

片付けずに放置していたカメラを見ながら、素振りを終えた倉持くんが言った。確かに、この角度のカメラで空を撮っていたとは思えないかもしれない。

「ううん、今日はあのあたりの星が撮りたくて」
「どれ?」
「もう見えないです。朝か夕方にしか見えない星で。宵の明星とか言ったりします」
「あー・・・聞いたことある気がすんな?」
「中学でやると思います」
「そーだっけ」

あれから会う日には今日は何の星が見えているのかを話すようになった。夏の大三角はわかるようになったけど、どれが何の星かはわからないらしい。もっと天の川がはっきり見えるところなら七夕の話を絡めて伝えられるんだけど、残念ながら天の川は一度も見えない。

そして星の話のお返しのように、倉持くんは野球の話をしてくれるようになった。

「昨日、秋大の抽選があったんだ」
「あきたい・・・秋の大会?」
「おう、勝てば春に甲子園に行ける」

気合いが入っているのだろうか。今日も座ったままバットの握りを確認している。

「いつから?大会」
「来週の日曜」
「がんばって、ください?」
「何で疑問形なんだよ」
「もうこんなに毎日頑張っている倉持くんにがんばっては、なんか違うような気がして。でも他に言葉も見つからず」
「ヒャハハ、もっと頑張るわ」

9月の間は毎週日曜日に試合があって、それに3つ勝つと本戦トーナメントに出られるという。本戦の決勝が10月の終わり。それまでずっと勝たなければ甲子園には行けない。

甲子園はなかなか出られるものではないって私でもイメージはあったけど、いくつも勝ち上がっていかなければいけないんだ。

こうやって当たり前に話すようになっているけれど、本来は別世界の人だなって、少し思った。