(倉持視点)
秋大予選1回戦。コールドで勝たなければいけない試合で9回まで戦った。勝ったのに喜びはなく、むしろ焦りが増すばかりだ。
強力青道打線。その打線の最初に立つ俺が球数投げさせることも塁に出ることもできねぇんじゃ話にならねー。1軍野手陣は俺以外も同じような気持ちを抱えているようで、それから夜の自主練はいつもより長く続いた。
夜の自主練。寮の移動。夜になると空を見上げる癖がついていた。
唯一覚えた三角形を探すたび、田中の話していたことを思い出す。
(「ほら夜ってなんだか落ち込むじゃないですか。考えちゃうというか。でもどんなときでも星は綺麗で。昼間は空が閉じているように感じるんですけど、夜は宇宙まで見えるから、むしろ昼より世界が広いんじゃないかって思えるんです。それが私の心の支えというか」)
(「流れ星に願ってでも救ってあげたいと思う倉持くんが近くにいるっていうことのほうが、きっとその人の力になると思います」)
(「人間関係、うまくやれなくて」)
あいつが何を抱えているかは言いたくなさそうだったから聞かなかった。あんな何も見ていないような目で空を見るくせに、話てみれば普通に話すし、星のことを話すときは少しだけ声も明るくなる。
でも俺はあいつの笑顔を知らない。
なんとなく今の焦った気持ちのままは会いたくない気がして、1回戦の日からいつもあいつがいる場所には行かなかった。月が丸いときは星が見にくいって言ってたこともあったけど、それでもきっと今日もいるんだろう。そう思っても行けなかった。
あの試合のあとから、沢村はブルペンに入るようになっていた。今日も遅くまで部屋に帰ってこねぇから見に来てみればゾノや小湊と一緒に遅くまで室内練習場でボールを投げ込んでいやがる。もうやめとけと声を掛けるか少し考えて、何も言わずに離れた。投げないと落ち着かないときなんだろう。
あいつのことより自分のこと、と今日の練習を頭の中で振り返りながら部屋に戻ろうと歩き出す。
見上げれば綺麗な丸い月が光っていた。
(「流れ星ってさ、これくらいしかないんですよ」)
眼の前に近づけられた指は細くて、暗いからわかんなかったけど多分つるんとしていて、俺が知る手とは違う何か特別なもののようだったことを思い出す。
あの指をまた見たい、と頭の中をよぎった思いを慌てて取り消す。心配なだけだ。あの空っぽな目で、細い指で、暗い夜の中ひとりであの場所にいることが。
沢村の様子を見に来たのと同じだ。断じて同じだ。
室内練習場から部屋に戻らず歩いてきてみれば、数日ぶりの田中はいつもの場所にいた。いつもと違うのは、田中の横に小さな台が置いてあって、そのうえには団子が乗っていたことだ。
「何だそれ」
「これ?お団子です」
「いや、まあ団子だろうな」
「今日は十五夜ですよ。お月見の日です」
こっちは少し感傷的になって来たっていうのに、月見で団子って。よくわかんねぇな、と思いながら台を挟んで隣に座る。つーか今日が十五夜だっていうことすら知らなかった。今日は17日じゃね?ああ、そういえば1年が月見バーガーを食べてぇだのなんだの騒いでいたな。
秋になると空気が澄んでいくと田中はよく言っていて、その感覚は正直よくわからなかったけど、今日の月をまじまじと見ればなんとなくわかる気がした。月ってこんな明るかったのか。月の表面にうさぎがいるとか正気じゃねぇと思っていたけど、確かにこうやってじっと見ていれば何か模様が見えてくるようだ。うさぎは見えないけど。
「食べますか?お団子」
「え、いーの?」
「一緒に食べましょ」
好きなのをどうぞと広げられた手のひらは、俺と違って傷ひとつない。ちょっと握ったら折れてしまいそうだ、と思ってまた慌てて取り消す。なんだよ握ったらって。握る必要ねぇし。
イベントはちゃんとやりたいかとか、好きな食べ物は何かとか、これまで話したことない話をした。これまた俺と違ってある程度余裕のある家で育ったんだろうなと想像できた。高そうなカメラを持っていたことからもなんとなくわかっていたことではある。
それでも「パックのお団子おいしいですよね」と食べながら月を見る田中の横顔を見ていた。
あの目をしていないか、心配なだけだ。