心配していた野球グラウンドのナイターのライトは21時過ぎ頃に消えた。そうすると途端に夜の暗さが増し、見える星の数が増える。
ライトが消えてから2時間以上が経つ。そろそろ活動が始まるかもしれない。カメラにつなげたレリーズを右手で握り直す。
レリーズを押してから、つまりシャッターを切ってから30秒間の光の動きが撮影できるように設定済みだ。流星が流れるタイミングに合わせられれば、流れた光をそのまま撮影できる。流星群は撮影するよりもただ眺めているほうが好きなんだけど、東京初めての観測記念に撮っておこうと決めていた。
今日最初のシャッターをきる。少しでもブレないようにするため、すぐにレリーズから手を離す。
1つ、光が流れるのを見た。ここでも観測できることがわかって、安心した。
「よかった」
1人そう呟くと、左後ろから小さく「おっ」と、男の人の声が聞こえた。
すぐに振り向くと、振り向いた先には1人男の人が立っていた。右手に野球のバットを持ち、こちらを見ている。
東京は危ないところだって、気をつけなさいってお母さんも言っていた。慌てて起き上がって、お父さんが勝手にスマホショルダーに付けた防犯ブザーを左手で探す。
「あ、いや、俺」
焦ったように違う違うと手を振っている。ぱっと見は怖そうに見えるけれど、その声の様子は普通の男の子のものだった。私とそう年齢も変わらないかもしれない。
「ちょっと前に通ったときも今もずっと倒れてて、生きてるか心配になったから覗いて見ようかと」
野球のバット。若い男の子。近くの野球のグラウンド。
怖くはないかもしれないと思い、防犯ブザーから手を放した。その手をそのまま北東の空に向ける。
「星を、見てて」
男の子は釣られて指差す方向を見た。瞬間、また星が流れる。続けて2回、こっちとあっちと。
「いっ!」
「え」
「いま!見えました?!今2個、しかもあんな近くに!」
今日の流星群は月明かりなく、条件は良いけれど、数多く流れる流星群ではない。1時間に30個見れれば十分というところ、2個同時に流れるのはテンションが上がる。その勢いそのままに、空を見上げた状態で問いかけた。
とはいえ。
「あ・・・」
倒れてるのかと思って心配して声を掛けてくれただけの人に、勝手に盛り上がってしまった。ふと我に返り、もう1度彼の方を振り返る。
ぽかん、と口を開けてる彼と目が合って、またやってしまったと後悔が襲う。
しかしその人はヒャハハと笑って、また空を見た。
「見えた見えた、流れ星だろ?」
「あ、はい、あの・・・今日はペルセウス座流星群の極大日で」
「ペルセウス、え、何?」
「流れ星がたくさん流れる日です」
「へぇ。そういう日があんだ」
すげえ、と楽しそうに見ながら、私の横までゆっくり歩いてきた。
倒れているんじゃないかと確認してくれようとする人だ。きっといい人なんだろう。後悔で跳ねた心臓を落ち着かせながら、星を見るふりをして横目でその人を確認する。
白いTシャツはところどころ汚れていて、半分以上は汗で色が変わっているようにみえる。身体も、身体に担いだバットも、擦り傷だらけだ。
空を見直すと、また星が流れる。日が変わるころが極大となる時間とは聞いていたけれど、ここまでたくさん動くなんて思ってもみなかった。
「これ見てたのに、勘違いして邪魔して悪かったな」
「いえ、邪魔なんてとんでもない。心配させてしまってすみません」
「ま、ここ普段あんま人いねえから、気をつけてっつーことで」
「はい、ありがとうございます」
「んじゃ俺はこれで」
ひらり、と振った手のひらに、たくさんの傷のようなものもあった。きっとたくさん頑張っている人なんだろう、と思った。
「ありがとうございました」
立ち上がり、去っていく後ろ姿に向かって頭を下げた。東京は危ないところだって、怖い人がいっぱいいるって聞いていたけれど、そんなことないな。流れ星もキレイに見えるし、東京に来て最初に会った人は優しい人だったし。
ここで頑張れるといいな。そう思いながら、また北東に目を向けた。
きらり、と長く流星が夜空に線を引いた。