(倉持視点)
自分のバッティングの状態があまり良くないことは自分で1番よくわかっていて、1人静かに素振りをしようとランニングがてら寮から離れた。
新チームが始動してもう2週間以上経つのに、まだきちんと動き始めていないような気がしている。テレビを見ればあと一歩届かなかった夢の世界で戦う同年代たちの姿があって、まだ消化しきれていない悔しさと、春に向けて何とかやらなきゃいけないという焦りと、どうおさめたらいいのかわからない。
まだ夜も暑さが残る8月の半ば。誰よりもバットを振っていた先輩たちの姿はもうない。
素振りのノルマを終えて帰る途中、女が1人道から少し外れた場所で寝ているのを見つけた。
来るときもいた。そのときは別に気にしていなかったけど、これだけ時間が経ったあとに同じ姿勢のまま寝ているというのは少し心配になる。
生きているかだけ確認しよう。
そう思ったのは何も特別な感情ではなかった。女だし、ちゃんと生きていて万一変なやつだったとしても逃げられるだろう。そういった心の緩みもあった。
歩みのスピードのまま近づく。この距離までくれば目が開いてるかどうかわかるかもしれない。そう覗き込もうとしたとき、
「よかった」
とその女から発せられたであろう声が聞こえた。死んでるんじゃないかと疑っている人が喋ったから少し驚く。
俺の存在に気づいたのか寝たまま振り向いたその女は、目が合った瞬間に飛び起きて、手をバタバタとさせた。
あー、冷静に考えたら俺、バット担いで見下ろして、怖くね?
「あ、いや、俺」
死んでたら厄介だと思って確認したかっただけなのに、俺が不審者だと疑われて大事になったらそのほうが厄介だ。チームに影響してしまう。
「ちょっと前に通ったときも今もずっと倒れてて、生きてるか心配になったから覗いて見ようかと」
女は怯えた顔で、俺の顔とバットとを交互に見ていた。バットを持っているのは野球部だからだとか、こんな時間にいたのは自主トレしていたからだとか、言い訳をもう少し続けようか。そう思い口を開きかけたとき、女は右手で上を指差した。
「星を、見てて」
つられて見上げた夜空に、流れ星が光った。すげえ、と思わず声にならない感動が漏れる。
「いっ!」
裏返ったような女の声は、静かな夜によく響いた。夜空を見続けるその目は先ほどの怯えた目とは全然違う、純粋なというべきか、俺以上に感動しているような、光のある目だった。
「え」
「いま!見えました?!今2個、しかもあんな近くに!」
ああ、嬉しかったんだろうな。なんだ全然声かける必要なかった。一安心だと思ったのも束の間、今度は心配そうな目でこちらを振り返った。いたずらが見つかったガキみたいに口を開けている。
なんだその感情の起伏。手に取るようにわかって思わず笑ってしまう。
「見えた見えた、流れ星だろ?」
「あ、はい、あの・・・今日はペルセウス座流星群の極大日で」
今度は叱られたような不安な顔。どんどんと小さくなる声。さっきの嬉しそうにしていた人と同一人物だとは信じられないほど。
「ペルセウス、え、何?」
「流れ星がたくさん流れる日です」
「へぇ。そういう日があんだ」
流れ星っていつ流れるとかわかるもんなのか。そういえば流れ星と言葉で聞いたりアニメで見たりしたことはあっても、実際みるのって初めてじゃね?それでこの人ほど感動するとかではないけれど、久しぶりに見上げた気がする空はやたら広く果てしなく思えた。
広い空に、また1つ流れ星が走る。
最近視野が狭くなっていたのはあるかもな。眼の前の現実があまりにも難しくて、深く息を吸っていなかった。そう気づけたんだから話しかけて良かった。
「これ見てたのに、勘違いして邪魔して悪かったな」
「いえ、邪魔なんてとんでもない。心配させてしまってすみません」
もう少し空を見ていたいという気持ちはあったけど、知らないやつと一緒に見ているのは気まずいし、何よりこの女が怯えて落ち着かないようだ。
まずは寮に戻ろう。もしかしなくてもまだ練習しているだろう沢村の様子でも見に行ってやろう。
「ま、ここ普段あんま人いねえから、気をつけてっつーことで」
「はい、ありがとうございます」
「んじゃ俺はこれで」
後ろから必死な声のありがとうございましたが聞こえた。時間にしたら2、3分話をしただけのやつなのに、どんな顔をしているか簡単に想像できた。
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それから3日後、今度はグラウンドの横を歩くその人の姿を見つけた。全体練習が終わるくらいのまだ明るい時間。まだ星の1つも見えない空を見上げたままトボトボ歩いていた。
そして次の日も同じくらいの時間に、同じような姿の彼女が歩いていた。
グラウンドから寮に戻る途中、話をした夜くらいの距離まで近づいたのにこちらに気づく様子もなかった。まあそれはいい。暗くてこっちの顔はわからないかもしれない。
チームメイトは周りにいなかった。今日も気をつけろよ、くらいこっちから声をかけることだってできた。
だけど空を見上げる目があまりに空っぽで、何も言うことができなかった。
(「いま!見えました?!今2個、しかもあんな近くに!」
)
あの日と同じ人だとは思えないほど、その女はどこも見ていないような目で空を見ていた。
そんな日が何日か続いた。だから何となく気になって、また話しかけた。
「毎日いるんすね」
振り返った顔には驚いた、と書いてある。
良かった、となぜか安心した。