#3

 日曜だからといつもより遅めの朝ごはんは、杏寿郎さんが昨日学校の帰りに贔屓にしているパン屋さん『かまどベーカリー』で買ってきたパン。
 杏寿郎さんにはコーヒーを、自分にはホットミルクを作って手を合わせていただきます。
「ここのパンいつも美味しいですね」
 冷めているから少しだけオーブンで焼いたパンは、香ばしさを取り戻して胃の中を幸せにしてくれる。
「そろそろサツマイモの季節だから芋系のパンも増えると昨日言っていた。今から楽しみなんだ」
 ニコニコしながらパンを頬張る杏寿郎さんは本当に楽しみで仕方がないって感じだ。

 ゆっくり準備をしながらお昼ご飯の時間に合わせ出発して、電車を乗り継いでショッピングモールに行けば休日だから人が多い。
 「はぐれないように」と言って始まった手繋ぎは、逸れる心配のないときでも自然と指が絡まる。
 今日も例にもれず手を繋いで、ウインドウショッピングを繰り返しながら目的の店に向かった。

* * *

「いいのがあって良かったな」
「そうですね。使うのが楽しみです」
 買い物しながら分かったけど、私だけではなく杏寿郎さんも枕にこだわりがないらしい。
 だから好みの枕というよりは、“私の”、“杏寿郎さんの”枕を買ったことに二人でニコニコする。
 あっという間に目的の買い物も終わって、またウィンドウショッピングをしつつ歩いていたら、とある貼り紙の前で足が止まった。
「1LDK、2K……駅徒歩……うーん……」
「どうしたんだ? 部屋の広告なんか見て」
 不動産屋の窓に貼られていた賃貸部屋の広告を見てブツブツ言っていたら、横から杏寿郎さんが覗き込んでくる。
「うーん、引っ越そうかどうしようか迷っていまして」
「なに!?」
「今の部屋がもうすぐ契約終わるんですよ」
「そうなのか?」
「もうすぐって言っても半年近く先なんですけど、引っ越しシーズンに入る前にいいところがあれば先に引っ越してもいいかなって」
 相場感も掴みたくてざっと見ていたら握られた手に力を入れられた。
「それならば――「「「あ」」」」
「ん?」
 杏寿郎さんが何か言いかけたと同時に、私たちに向けた声が後ろから聞こえて、振り返れば男の子たちと目が合う。
「む? 竈門、我妻、嘴平か」
 杏寿郎さんが名前を呼ぶってことはもしかして生徒さんかな。
 何度か杏寿郎さんと街に出てるけどこうして会うのは初めてだ。
 私どうやって接したらいいの? どこかに立ち去ったほうが良い?
 少し離れたところに行こうとしたら何処にも行くなと言うように手をギュッと握られた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
 髪の黒い子は私に笑顔を向けて挨拶してきたので慌てて挨拶を返す。
 教師の杏寿郎さんの隣に立つ大人としてしっかりしなければ!
「君たちは買物か?」
「伊之助が英語のノート切れたっていうから買いに来たんですよ。煉獄先生はー……」
 杏寿郎さんの質問に今度は黄色い髪の子が答えたあと、私をちらりと見てきた。
「なんだ? つがいか?」
「バッカ伊之助! どストレートに言うんじゃないよ!」
「あ、俺も聞いたことあるぞ! 確か土曜日のコンビニフライデー!」
「炭治郎もちょっと黙って! 本人の前で言う馬鹿がどこにいるの! って此処にいたよ!」
「すまない!」
 漫才でも始まったのかというくらい、テンポよく三人の会話が進み始める。
 つがいって彼女ってこと? それなら恥ずかしながら「そうです」って言えるけど“土曜日のコンビニフライデー”って何?
 土曜日なの? 金曜日なの? 私の知らない内に英語訳って変わったの?
 青っぽい髪の毛の子と最初に挨拶してくれた子にすごい勢いでツッコミをしている黄色い髪の子は忙しそうだ。
「確か宇髄からそんな風に言われているって聞いたな」
「あんたも知ってたんですか!?」
 黄色い髪の子は他の二人への延長線上で、杏寿郎さんにもツッコミなのか分からない返しをしていた。
 ねえ何? さっきからはてなマークが止まらない私を他所に話が進んで状況把握が追いつかない。
「あ、あの?」
「ああ、すまない。この三人はうちの生徒だ」
「竈門です」
「我妻善逸です!」
「嘴平伊之助様だ!!」
「で、こちらが君たちの言うフライデーの相手、俺の大切な人だ」
 三者三様の自己紹介に微笑ましくなっていたら“大切な人”と言われて赤くなる。
「ハジメマシテ」
 片言になりながら私も自己紹介すると、横で杏寿郎さんはうんうんと頷いて満足そうだ。
「……うん? かまど?」
「ああ、竈門の家はパン屋だ!」
「あ! 今朝食べたかまどベーカリー!」
 聞き馴染みのある名字に首を傾げたら、杏寿郎さんがすかさず教えてくれた。
「え? 今日買いに来てくれたんですか?」
「いや、昨日俺が買って帰ったのを朝二人で食べたんだ。竈門の家のパンはいつ食べてもうまい!」
「いつも贔屓にしていただきありがとうございます!」
「きの、う……けさ……」
 黄色い髪の子――あがつまくんが顔を赤くして口に手を当てソワソワしている。
「っ!」
 その意味に気付いて、釣られて私も赤くなってしまった。暗に朝から一緒に過ごしていますって、つまり昨日の夜から一緒なんですって言っているみたいで、これは高校生の教育上よろしくない。
「え、っと。違くて……」
 何が違うんだ、って自分へのツッコミが凄まじいがそれしか言葉が出てこない。
 赤くなっているのは私とあがつまくんだけで、二人でワタワタしている。
「善逸? 顔赤いけど熱いのか? 風邪か?」
「何をそんなに慌てているんだ?」
 かまどくんはあがつまくんに、杏寿郎さんは私にどうしたんだって不思議そうに見てくるし。
 そうですよね、変ですよね。
 考え過ぎだと、邪な考えを飛ばすためにゴホンと咳払いして仕事で鍛えた笑顔を貼り付ける。
「きょ、煉獄先生からいつも話は聞いているので、今度私も買いに行かせてくださいね」
「是非! 水曜は定休日なのでその日以外いつでもお待ちしています!」
 なんとか取り繕えた……気がしないでもないけど、話題を変えることには成功した。
「おい早く行くぞ」
 はしびらくんは早くノートを買いに行きたいみたいで二人を置いて歩き始める。
「待て伊之助、ちゃんと挨拶するんだ。煉獄先生、彼女さんも、俺たちはこれで失礼します!」
「煉獄先生また明日ー」
「ああ、気を付けてな!」
 颯爽と去っていく三人を見送ってほっと息をつく。初めて遭遇した生徒さんにちゃんと対応……出来たような出来なかったような。
 とりあえず過ぎたことは後でまた振り返ろう。それよりも気になることがある。
「杏寿郎さん、土曜日のコンビニフライデーってなんですか?」
「ん? ああ、土曜にナマエを送るときにいつも行くコンビニがあるだろう? そこで度々生徒に目撃されていたみたいでな」
 なるほど、それで“土曜日のコンビニフライデー”……って納得している場合じゃなくて。
「目撃されていたんですか!?」
「そうらしいな」
 え? なんで杏寿郎さんそんなに普通なの? 恥ずかしくないの?
「見られて困るような関係ではないし、困るようなこともしていないしな!」
 私の疑問を感じ取った杏寿郎さんは握った手をぶんぶん振りながらそう言うけど若干照れていない?
 そんな態度取られると私も照れるんですけど。
 二人でテレテレしていたらウィーンと自動ドアの開く音がした。
「お部屋をお探しでしたら中でご案内しますよ?」
 そうだ。ここ不動産屋さんの前だ。
「いえ、大丈夫です。また今度改めます」
 引っ越すかどうかはまだ決めていないし、探し始めるにはまだ早い。
 私は杏寿郎さんの手を引っ張ってその場を後にした。

 夕食は外で食べて今日のデートは終わりになり、杏寿郎さんにマンションの前まで送ってもらう。
 送ってもらうのはいつも行くコンビニでも良かったんだけど、“コンビニフライデー”が頭から離れなくて、今日はコンビニに行くのを止めた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「枕、使うの楽しみですね」
 明日から平日だから、どちらかの家に泊まるのは早くても一週間後。
「……」
「どうしました?」
「あ、いやなんでもない。おやすみ」
 杏寿郎さんの含みのある言い方が気になるけど、彼は必要なときにちゃんと話してくれる。
 だから杏寿郎さんから話してくれるまでちゃんと待とう。
 彼が角を曲がって見えなくなって、私もマンションへ入った。

* * *

 彼女をマンションの前まで送り届けて、自分の家に帰りながら昼の会話を思い出す。
 家の更新期限があるから部屋を探すようなことを言っていた。
 更新するのか新しい部屋を探すのか迷っているようだったから思わず出かけた言葉がある。

 ――一緒に暮らさないか。

 一緒に暮らせば、明日平日だからと別の部屋に帰ることもない。
 実家や今暮らしている家の玄関を開けたとき、彼女の「おかえりなさい」があんなにも心温まるのかと驚いた。
 それが毎日続けばいいのにと考えたところで頭を振る。
「仕事もまだ一人前とは言えんしな……」
 彼女の生活に、欲を言えば人生に踏み込みたいがまだ環境が整っていない。
 実家の離れに関してもそうだ。彼女との将来を考えて改築を始めてしまったことを知ったら彼女は引かないだろうか。
 昨日父上が喋りそうだったときは焦ってしまった。
 今度、家族に離れの件は彼女には話さないでくれと言っておかないと。
 そう考えていると折よく電話がメッセージを受信した。送信者は母上。
《話があるので明日仕事の後家に来てください。そのまま泊まっても構いません》
 丁度いい。今しがた考えていたことも明日伝えよう。
《了解しました。学校を出るときまた連絡します》
 俺は了承の返事を送って淡く輝く星空の下、帰路についた。