#15
「実家の離れのことなんだがな……」
「離れって、改装中のですか?」
「実はナマエと暮らす将来を見据えた改装をしているんだ」
「……え?」
なに? 杏寿郎さんの言葉は理解できるんだけど一周回って間の抜けた返答をしてしまう。
「あれ? 離れの改装って結婚の話も出ていなかった頃から始まっていましたよね?」
「……うむ」
「……」
「……」
取り敢えず杏寿郎さんと結婚できたときの住む場所が判明した。情報としては簡潔だけど濃い内容に次の言葉は大事だぞって緊急脳内会議が始まる。
気まずい沈黙を長引かせたくないのになかなか脳内会議の決着がつかないから何も言葉が出ない。
「呆れと引かれるのを承知で言わせてくれ。離れの改装が終わったらナマエと結婚出来るんだと、自分に対しての願掛けをしているんだ」
「……」
「勝手に話を進めている自覚はある! 本当はもっと早く話したかったんだが、タイミングを逸してこんな年の瀬間際になってしまって……すまない」
いじらしいと言うには規模が大き過ぎるけど、杏寿郎さんが相手の意見も聞かずに話を進めるなんて数ヶ月前の私に言っても絶対に信じない。それこそ付き合いたての頃だったらそれは別人だとまで言いそう。
こんな杏寿郎さんの一面を私はずっと見えていなかったし、杏寿郎さんも見せないようにしてたのかな。
杏寿郎さんはいつも余裕があるように笑っていて頼もしくてそれが格好良くて、何でもできるなんて思っていたこと自体間違いだ。見えないところで努力した結果が自信や頼もしさに繋がっているだけ。
結婚っていう節目を考えたとたときにいいところだけを見る、見せるだけじゃ駄目なんだと隠さず
バツが悪そうに、だけど正直に話してくれる杏寿郎さんの頬を包んで安心を与えるように笑顔を浮かべた。
「話してくれてありがとうございます。でも次からはちゃんと私に相談してくださいね、巻き込むって約束したんですから」
「引かないのか? 勝手に住む場所まで決めて作って……」
「驚きましたけど引くかって聞かれたらまだ理解が追いついていないのが正直な感想です。あとはまあ……、今はやっぱり嬉しさが勝ります」
「やっぱり?」
「今の私は杏寿郎さんが大好き止まらないタイムセール中なので、杏寿郎さんが私と結婚したいんだって気持ちが十分伝わってきて嬉しいです!」
「……本当にナマエは」
「え? ぅわっ!?」
「よもやよもやだ……」
場を和ませようとネーミングセンス最悪なことを言ったら頬を包んでいた手が取られ、そのまま引っ張られて抱き締められた。勢い余って杏寿郎さんを押し倒す感じになって、退こうとしたら背中に回る腕が駄目だと拘束を強める。
「好きが止まらない――ナマエが言った言葉を俺もそっくりそのまま返す」
「あはは、止める必要がないですね!」
私の言葉で杏寿郎さんが喜んでくれる、嬉しくなってくれる事実に口角が上がるのが止まらない。
抱き締めあって啄むキスを交わしてまた隙間なく抱き締めながら可笑しいこともないのに笑って、今ここに幸せがあるって分かる。
ねえ杏寿郎さん、私今とても嬉しくて幸せなんです。でもきっとこの先にもっともっと幸せな出来事があるって信じてるから今はまだ口にしないでおきます。
早く仕事も一人前になって杏寿郎さんとこんなやり取りを毎日できるように頑張るから。別れちゃうかもなんて考えが二度とよぎらないように、離さないように強く強く杏寿郎さんを抱き締めた。
そんなやり取りをしたのが昨日の夜。
年内最後の出勤日、社員全員が広い会議室に集まって各部署の成績発表を聞いている。
年内の売上については目標達成となりましたがその分残業が――利益は――
実質的な仕事納めは昨日だった。一昨日、休みだった分の残務処理が今日の午前中にこぼれてしまったけど、それでも年末進行の忙しい中で休みが取れて、かつそのこぼれたのが午前中で片付いたのは奇跡に近い。
リーダーが相当根回しをしてくれたことに感謝しつつ、赤いピアスを撫でながら昨日の杏寿郎さんとのやり取りを思い出す。
昨日の夜も家で会ったし、クリスマスからこんなに毎日会っているのは初めてかもしれない。流石に連日は申し訳ないと言って昨日は泊まらずに杏寿郎さんは自分の家に帰ってしまったけど。
今日は定時よりも早くあがれるから杏寿郎さんの実家でご飯を食べようって話になった。久しぶりに瑠火さんに会えるし、槇寿郎さんには瑠火さんの病室で一度会ったけど千寿郎くんとは杏寿郎さんがお見合いした日に目が合ったっきりで言葉すら交わしていない。
早く煉獄家のみんなに会いたいなって考えていたらようやく社長のありがたーい締めに入る。
「みなさん今年もお疲れさまでした。来期に向けて新しい経営構想を実現すべく現在水面下で動いています――」
そんな社長の言葉は私には関係ないというか、会社の流れに従うだけだしなんて、どこか他人事で聞いていた。
社長の号令で一本締めをすると本当に今年の仕事は全て終わり。
景気よく手を鳴らして自分の部署に戻って足早に帰る支度を終わらせる。すれ違う人たちに挨拶をしながらタイムカードを翳して外に出て駅に向かおうとしたらリーダーも丁度帰るところらしく、駅まで一緒に歩くことになった。
「今年もお疲れさん」
「お疲れさまです。リーダーの根回しのお陰で最終日なのに仕事せずに帰れます!」
「今回の案件は結構でかかったからなー。パイプもできたし会社的には協力せざるを得ないだろ」
「結構大きめのところですもんね」
「……社長が言ってた水面下で動いてるってやつ、来年はお前も蚊帳の外じゃいられないからな」
「昇進期待しちゃっていいですか?」
「さー、俺も噂しか聞いてないから何がどうなるか全然。あ、噂と言えば来年部長異動になるらしいぞ。良かったな!」
「え!? な、何がですか?」
「部長と相性極悪だったもんなー」
人の話を聞かない、自分の体面を守ることには全力投球、手柄は自分のもので責任は誰かに取らせてしまえ。朝令暮改は当たり前、理不尽な精神論を展開して余計な仕事を増やす……。あげだしたらキリがない部長とは本当に相性が悪い。
何をするにしても難癖をつけられて終電、休日も仕事をするのが当たり前になったのは部長に起因するところが大きいけど、相性の悪い人間っていうのはどこにだっている。反発するよりどうやり過ごすか考えたほうが建設的だと学ぶこともできた。
私も負けたくないからなんでもかんでも仕事を振られる分こなしてやったし、そのお陰で知識も技術も強制的に付いた。それだけは唯一感謝できるかもしれない。
「否定はしないですけど……、異動じゃなかったときの落胆が怖いので噂程度に留めておきます」
「それもそうだ」
年を跨いでまで仕事で胃をキリキリさせたくない。噂ならそもそもなかったことになる可能性もあるし、過度な期待は止めておこう。
そのあとは無難な話をしながら乗る路線の違うリーダーと駅で別れる。
浮足立ちながら電車に乗るのは仕事のある日なのに夕方の時間に電車に乗れるからなのか、このあとのことを考えてなのか。多分両方だななんて思いながら杏寿郎さんにこれから向かうとメッセージを送った。
杏寿郎さんと駅前で合流して、差し入れのお菓子とつまみを買ってから煉獄家に行くといつも最初に出迎えてくれる千寿郎くんではなく――。
「瑠火さん! こんばんは! お久しぶりです! 退院おめでとうございます! 言うのが遅くなってしまってすみません」
「はい、久しぶりです。入院中は見舞いに来てくれてありがとうございました。元気にしていましたか?」
「おかげさまでとても元気です!」
瑠火さんが! 着物姿で! 笑顔を私に向けて! 出迎えてくれている!
その事実だけで風邪を引いていようが骨が折れていようが治る気がする。
「さあ、外は寒かったでしょう。夕食ももうできていますから上がってください。今日は腕によりをかけました」
杏寿郎さんと廊下を歩きながらも緩む頬が戻らなくて、イエーイってハイタッチしそうな程テンションが上がる。
「楽しそうだな」
「瑠火さんの元気な姿がこの目で見れたし、久しぶりに煉獄家のみんなに会えるの楽しみにしていましたから!」
「はは、それは良かった」
この上がったテンションをどうにか発散したいけど、杏寿郎さんに急にハイタッチしたら驚くよね。居間に着くまでに落ち着くかななんて思っていたら千寿郎くんが部屋から出てきた。
「千くん! 久しぶり!」
「お久しぶりで――っえ!?」
「イエーイ!」
もう勢いだ。だって千寿郎くんも笑顔を私に向けてくれるんだもん、仕方ない。
隣の杏寿郎さんも驚いているし千寿郎くんもポカンとしながら私に釣られて手を上げてハイタッチされてくれる。
ちょっとした
「槇寿郎さんこんばんは。お久しぶりです!」
「ん……、元気そうでなによりだ」
多分廊下でのやり取り聞こえていただろうなと分かるほどに槇寿郎さんが身構えている。これは……槇寿郎さんともハイタッチしていい流れかな?
アドレナリンが出ているのか判断力の低下している私が一歩踏み出すと後ろから両手で肩を掴まれた。
「落ち着け。流石に父上とハイタッチは後でナマエが後悔という穴に入りそうだ」
「え……、あ、そうですね。すみません……」
「いや……大丈夫だ」
杏寿郎さんに止められて槇寿郎さんを見るとほっとしているし、横から入ってきた千寿郎くんは苦笑いをしている。
杏寿郎さんもう手遅れです。全然大丈夫じゃなさそうな槇寿郎さんを見て今すぐ穴に入りたくなる。
久しぶりの煉獄家だからって舞い上がりすぎた自分の頬を叩いて、私は瑠火さんの手伝いをするべく台所へ逃げた。
瑠火さんの言葉どおり、夕食は和食をメインに洋食も織り交ぜられて食べ切れないんじゃないかというぐらいの量が出てくる。
それでも煉獄兄弟の胃にまたたく間に吸い込まれていって綺麗サッパリ完食され、最後は私の大好きな優しい味のお吸い物が出てきた。
瑠火さんに料理を習うきっかけにもなったお吸い物も飲み終わって片付けを一緒にするべく台所に並び立つ。
「沢山ごちそうさまです。どれもおいしくてお腹いっぱいです」
「杏寿郎から貴女を家に連れてくると聞いて千寿郎と張り切りました。少し取り分けてあるのでタッパーに詰めて帰りに貴女と杏寿郎に渡しますね」
「え!? いいんですか!? ありがとうございます!」
瑠火さんの気遣いに思いっきり食いついてしまった。だって瑠火さんの手料理が自分の家でも食べられるなら遠慮なんかしていられない。
明日も瑠火さんのご飯が食べられるーなんて独り言を呟いている私に瑠火さんは微笑うと蛇口を捻って水を止める。
「あの日から貴女からの連絡が来なくて心配でしたが今日元気な姿を見ることが出来てほっとしました」
あの日っていうのは、瑠火さんのお見舞いに行ったらお見合い相手と出くわした日のことだ。あれから仕事が忙しいを言い訳にして、私は杏寿郎さんだけでなく瑠火さんからも逃げてしまっていた。
「仕事にかまけて何も連絡せずにすみません」
「謝らないでください。見合いの件もありましたし連絡しづらい状況を作ってしまったのはこちらです。ありがとうございます」
「そんな、お礼を言われるようなことは私は何も……」
「杏寿郎のこと、よろしくお願いします」
瑠火さんが私を正面から真っ直ぐ見てくるから目を逸らすなんて出来ない。色々な想いを含んでいるであろう瑠火さんの言い方に「こちらこそ」と返事が小さくなってしまった。
「私の方こそこれからもよろしくお願いします」
もう一度ちゃんと返事をしたタイミングで千寿郎くんが台所の入り口に顔を覗かせる。
「母上、父上が早くお酒を飲みたがっているようです」
どうやら片付けを始めてからずいぶん二人で台所に籠もっていたみたい。千寿郎くんの言葉に瑠火さんは今までの真面目な雰囲気を潜めて、少し呆れを含ませながら柔らかく微笑う。
「一昨日槇寿郎さんと出掛けた際にいいお酒が買えたのが待ちきれないみたいですね。千寿郎、グラスを持っていくのを手伝ってください」
「はい」
「今度またゆっくり、二人でお喋りしましょうね」
「っはい!」
喜んで! どこかの居酒屋みたいに元気よく返事をして、瑠火さんや千寿郎くんに続いて晩酌の準備を手伝った。
槇寿郎さんは瑠火さんから御酌してもらって嬉しそう。
いいお酒って言ってたし、本当に美味しそうにお酒を飲む槇寿郎さんを見て私も飲みたくなるけどもう少し我慢だ。今日は大事な話もしたくて来たんだから。
隣に座る杏寿郎さんをチラリと見てタイミングを伺うと静かに頷くからいよいよだと気合を入れた。
「――父上、母上。お話があります。千寿郎も聞いてくれるか?」
杏寿郎さんの正座に合わせて私も居住まいを正す。
そんな私たちに合わせて槇寿郎さんは飲みかけのお酒を置き、瑠火さんと千寿郎くんも姿勢を正してくれた。
「改めてになりますが彼女と結婚を前提に付き合っています。俺自身の勝手な判断から始めた見合いですが、見合い相手ではなく、俺が彼女と結婚したい気持ちに変わりはありません。時間がかかり不甲斐ないですが、見合いの件に関してはきちんと話を終わらせます」
杏寿郎さんはそう宣言すると槇寿郎さんと瑠火さんはそれに一度頷く。
「そんな見合い話も決着がついていない状態ですが、彼女と同棲を考えています」
千寿郎くんは顔を緊張させていたけど、同棲の言葉に驚きと少しの興奮を滲ませるように目を丸くした。槇寿郎さんと瑠火さんは相変わらず黙ったまま話の続きを促してくる。
「仕事のすれ違いや考えの行き違いで俺たちの関係が簡単に崩れることを痛感しました。解決が早いに越したことはないし、少しでも考えのズレを埋めようと彼女と話しています」
「あの、私からもご挨拶させてください。……煉獄家の大切なご長男――杏寿郎さんとの将来を真剣に考えています。その上で――」
杏寿郎さんが場を整えてくれたんだ。しっかりしなくちゃ。それなのにプレゼンよりも緊張して自分の声が震えているって分かった瞬間、言葉が詰まって頭の中で考えていた挨拶が飛んだ。次の言葉を思い出そうと脳みそをフル回転させても空回りするだけで何も思い出せない。
自分の情けなさに視線を揺らすと瑠火さんと槇寿郎さん、その隣にいる千寿郎くんが変わらず真っ直ぐ私を見ていたから手に力を入れる。
そうだ、これは仕事じゃない。ネットで拾ってきた綺麗な言葉の繋ぎ合わせじゃなくて自分の言葉で伝えよう。取り繕わない素の自分を全部見せて、その上で信頼関係を築きたい。今、目の前にいるこの人たちはきっと受け入れてくれる。大丈夫だと自分に言い聞かせて息を深く吸った。
「正直に言うと家柄の違いはとても不安です。一緒に暮らして、いいところも悪いところも全部見られるのも怖いです。でも杏寿郎さんはそれでいいし大丈夫だって……一つ一つ丁寧に返してくれました」
「……」
「……」
「まだ仕事も決して一人前とは言えません。しっかりと仕事で地に足をつけられるようになってからでも遅くないと言われるかもしれませんが二人で生活して、杏寿郎さんに助けられたり、逆に助けられるようになって将来の想いをより確固にしたいです。……なので、えっと……頑張るので杏寿郎さんとの同棲を認めてください!」
結局何を言いたいのか収集がつかなくなってきて、とにかく大事なことだけは言わないと。無理やり話をまとめて頭を下げる。
「……顔を上げてくれ」
黙って聞いていた槇寿郎さんの静かに発せられた声に促されて顔を上げると大きく息を吐かれて肩が跳ねた。
「いや、すまない。仰々しく来るから結婚の挨拶かと俺が勘違いしただけだ」
「堅苦しくせず籍を入れて既成事実を作ってしまってもいいのに。煉獄家は旧家になりますが、しきたりを重んじる必要はありません。時代ととともに柔軟に変わって然るべきです」
最初にため息を吐かれて反対されるのかと思ったけど違うみたいで安心する。だけど瑠火さんから割と軽いノリで入籍を勧められて驚いた。槇寿郎さんも瑠火さんの隣でうんうんと頷きながら同意してるし。
「煉獄家がどうよりも杏寿郎が結婚したいと思える相手ができた事実の方が大切だ」
「ええ、私たちはその心を尊重したいです」
杏寿郎さんの言ってたとおり、家の名前よりも個人として尊重する姿勢を見せてくれる槇寿郎さんと瑠火さんにもう一度頭を下げる。
「ありがとうございます」
杏寿郎さんと揃ってお礼をすると、結婚の話じゃないならこの話はおしまいとばかりに槇寿郎さんはテーブルに置いたお酒をまた飲み始めた。
「千寿郎? どうしました?」
「いえ、あの……良かったです。本当に……」
瑠火さん声を掛けると心底安心したように胸を撫で下ろす千寿郎くんに私以外の三人が首を傾げる。杏寿郎さんのお見合いを私がうっかり目撃してるのを知ってるのは千寿郎くんだけだ。杏寿郎さんの様子からしてもずっと誰にも言わずに一人で秘密を守ってくれたんだと思うと申し訳無さと口の硬さに感謝が湧く。
「千くんにもたくさん心配かけちゃったね。ありがとう」
千寿郎くんと二人だけの秘密を共有するように笑って、山を一つ越えてふう、と息をつくと槇寿郎さんが口を開いた。
「離れを改装している理由は杏寿郎から聞いているか?」
「はい、聞きました」
「同棲するならそこでもいいんじゃないか?」
「いえ、そこはいつか杏寿郎さんが結婚したらその方と住む場所なのでそれは出来ないです」
まるで杏寿郎さんが私以外の誰かと結婚するみたいな言い回しに、自分で言っててテンションが落ちそうになると杏寿郎さんがテーブルの下で私の手をギュッと握ってくる。
卑屈になったら駄目だ。せっかく未来に向けた話をしたんだから前向きにいこう。
「その相手が私になるように頑張ります!」
「段取りをしっかり踏むと彼女に約束したので結婚や離れで暮らす件についてはいずれまたします!」
握ってくれた杏寿郎さんの手を握り返して自分の希望を宣言すると杏寿郎さんも続いた。
「槇寿郎さん、二人ともいい大人なんですから杏寿郎たちの判断に任せましょう」
「そうだな、口を出しすぎた」
「義姉上と呼べる日を楽しみにしていますね」
「なっ!?」
急にとんでもないことを言う千寿郎くんに驚く私をよそに言いたいことを言って満足したのか千寿郎くんはジュースで喉を潤し始める。
さっきハイタッチして驚かせた意趣返しでもされたのかと焦ったけど、杏寿郎さんと付き合う前にも同じような言葉を言われたっけ。
「ふふ、私も千寿郎と同じ気持ちですよ。貴女を娘と呼べる日を楽しみにしています」
「なっっっっ!?」
顔の火照りを鎮めようと、我慢していたお酒を飲んで赤くなる顔を誤魔化そうとしたのに瑠火さんの言葉で飲んだお酒を吹き出しそうになった。
そうだ。杏寿郎さんと結婚するってことは煉獄家に仲間入りするわけで、つまり瑠火さんの義理の娘になるわけで――。
あれ、もし結婚して離れに住んだら瑠火さんと同じ敷地内に24時間365日いられるってこと?
私もしや前世で徳を積みまくったりした? 考えただけでドキドキしていると杏寿郎さんが面白くなさそうに私の肩を叩く。
「千寿郎の義姉や母上の娘になる前に俺の嫁になるのを忘れないでくれ」
「……はい」
なんなの、この煉獄家総出の集中羞恥口撃は。結婚もしようって言ってるだけでいつになるかもまだ分からないのに。
槇寿郎さんがここに便乗してこないのがせめてもの救いだと、乾き始めた喉を潤すためにまたお酒を煽った。
夜も遅くなってきた頃にお開きとなって、杏寿郎さんと私はお
「今日はおいしいご飯ご馳走様でした。また年が明けたら書道教室や料理教室もお願いします」
「はい、待っていますね」
槇寿郎さんと千寿郎くんにも挨拶すると「気を付けて」と言われながら、瑠火さんから台所で話していた夕食のおかずをまとめたものをありがたく受け取る。
「瑠火さんのご飯食べると元気になれるし頑張れるので嬉しいです。ありがとうございます」
「……頑張るのも大事ですが、頑張らずにいられる関係を築くことも大事ですよ」
「はい。頑張り、ます?」
頑張らなくてもって言われたそばから頑張りますって言ったら瑠火さんに苦笑いされてしまった。
「杏寿郎、貴方は気合いを入れて頑張りなさい」
「はい!」
私と反対に頑張れと檄を飛ばす瑠火さんとそれに元気に答える杏寿郎さん。私には見えない親子の会話をしているみたいでちょっと羨ましい。
いいな、私も瑠火さんと目と目で会話してみたい。
そんな煩悩を隠して杏寿郎さんと私は煉獄家をあとにした。
望む未来へ少し進めたという気持ちが私と杏寿郎さんのテンションを上げる。
煉獄家を出て暫くしてから繋いだ手はお酒も入って暖かい。歩いていると思ったらどっちかが小走りで急に駆け出したり、たまに大きく前後に振って引っ張ったり、二人で子どもみたいにはしゃぎながら帰った。
2023/03/17:初出