― いいタイツの日 ―
鬼殺軸 11/2いいタイツの日
一一〇二午前某時刻――。
「なんだそれは!」
任務に向かう前に蝶屋敷に寄り、携帯薬を貰って外に出ると後ろからビリビリと空気が震える声が響いた。驚いて振り向けば鬼殺隊士になって久しい蜜璃ちゃんと、その蜜璃ちゃんを鍛えていた煉獄さんが居る。
蜜璃ちゃんとは何度か任務が一緒になり、年も同じだというのもあって仲良くなるのはあっという間だった。そんな蜜璃ちゃんを介して煉獄さんとも顔見知りになる。ほんと、顔見知りというか会ったら挨拶とちょっと立ち話をする程度。最初の言葉は私に向けられた言葉なのだろうかと周りを見渡したけど、私しか居ないから私への言葉だったんだろう。
「蜜璃ちゃんやっほー」
「きゃー可愛いわぁその隊服! どうしたの? 可愛い!」
蜜璃ちゃんは私の挨拶なんて聞こえていないのか駆け寄ってくると手を握ってくる。
「この前の任務で隊服が駄目になっちゃってね、折角なら新しく仕立てましょうってなったの」
私の隊服は今までの袴ではなくスカートに変わった。丈は蜜璃ちゃんほど短くないけど膝が見える長さ。流石にこれは防御性能がないって異議を唱えたら後日届いたのがこれ――黒タイツと言うらしい。
意外と伸縮性のあるこれは割と気に入っている。
唯一の難点はブーツになって足が少し蒸れるくらい。縫製係の人に頼んで蜜璃ちゃんみたいに草履履けるようにしてもらおうかな。
「えー! よく似合ってるわぁ! 師範もそう思いません!?」
そう言って蜜璃ちゃんが後ろを向くと最初の言葉以来沈黙している煉獄さんは腕組みしたまま難しい顔をしながら歩いてきた。
「薄布が肌にくっついていて寒くないのか?」
「隊服の袴で風が通るより寒くないんですよこれ」
膝上あたりでタイツを摘んで見せたら煉獄さんの目が丸くなる。
「そ、そんなに薄いのに引っ張ってしまったら破れてしまうのではないか!?」
「え? 伸縮性もあって意外と破れにくいんです。この前転んだときも破れなかったし」
「隊服ですものね。女の子の肌をちゃんと守ってくれて偉いわ」
蜜璃ちゃんも黒タイツを触りながら肌触りや、確かに伸びると感想を言ってくれた。
「流石に刀とかで攻撃されたら破れるだろうけどねー」
刀なんかで攻撃されたらタイツどころが私の足までバッサリいくだろう。
「傷が付かないのはいいのだが……むぅ」
「どうしました?」
「甘露寺もそうだが、鬼殺をやっているから仕方なしと、女性が傷が付く前提で物事を考えてほしくはない」
「師範っ!」
「そうですね、気を付けます」
鬼殺隊士である以上男も女も関係ないのだけれど、それでも私も蜜璃ちゃんも年頃だ。そうやって気遣うような言葉は素直に嬉しい。蜜璃ちゃんは感動して今にも泣き出しそう。
そんな新しい隊服や心構えのようなことについて話をしているのだけど……、それよりもさっきから気になるのが煉獄さんの視線だ。
いつもどこを見ているか分からないような視線は真っ直ぐ足に向けられている。
「あの、煉獄さん……。そんなにこの黒タイツが気になりますか?」
「む?」
「さっきから見られているような気がして……」
「っ、すまないっ! 女性を食い入るように見てしまうなど不甲斐なし!」
あからさまに動揺する様子に煉獄さんもこんな取り乱すようなことあるんだ、というか、食い入るように見ていたのか……。
「柔らかそうだと思ってな!」
「や、やわらかっ……?」
煉獄さんの口から俗っぽい言葉が出てくるとは思わなかったからオウム返しをしてしまった。きっといい脚力しているんだろうとかそんな意味のはずだよね?
「いや、その! 好みという意味でだな!」
勘違いしそうになる言葉を頭の中で変換しようとしても、煉獄さん本人の口から追い打ちをかけるようにそういった意味の発言が出てくる。
自分で口にしたあとに気付いたのか口に手を当てて恥ずかしそうにするから釣られて私も恥ずかしくなってきた。
「その……すまない。に、似合っていると思ったんだ」
恥ずかしさが止まらなくて蜜璃ちゃん助けてよ、と顔を向けたら煉獄さんと同じように手を口に当てている。
なんか違う感情を抱いているっぽい。両手を握って感極まったように目を潤ませているから何を考えているか分かってしまった。
「いや、今の会話のどこにも素敵に思う要素なかったからね?」
「そんなことないわ! 師範が今まで見たことない表情しているんですもの!」
そうだった。蜜璃ちゃんはどんな些細なことでも“素敵”に昇華できる才能の持ち主だ。
こういった隊服が物珍しいのと、単なる世辞だと思うんだけど。
「蜜璃ちゃんの脚の方がよっぽど柔らかそうですけど……」
私の話題から逸らそうと、安易に蜜璃ちゃんを引き合いに出した言葉は呆気なく失敗に終わった。
「甘露寺はそういった俗物的な対象ではないな!」
え? その言い方からすると私が俗物的な対象になるんですけど?
「師範ってば包み隠さずに言うなんて男らしくて素敵だわ!」
蜜璃ちゃんそこは怒るところだし、煉獄さんは蜜璃ちゃんの師匠だからそう言うのだろうけどもう少し言葉を選ぶべきだと思う。
ちょっと突っ込み不在のこの場は良くない。煉獄さんの真意も見えない中で、私が何を言っても蜜璃ちゃんの“素敵発言”で全部そっち方面の内容になるから、早いとこ場を去りたい。
あ、そうだ。私これから任務じゃん。ここは解散するのが一番無難だ。
「私これから任務なので失礼します!」
二人にお辞儀をして元気に挨拶すると私は逃げるように走り出した。
蝶屋敷の敷地を抜けて走ったままふとさっきのことを思い出す。蜜璃ちゃんのあの脚に反応せずにタイツに反応していたから煉獄さんはそういう嗜好なのだろうか?
最初これを履いたときは隠の裁縫係はとんでもない集団なんだと思ったけど、煉獄さんの意外な一面を見れたからまあいいか。
人の性癖にとやかくいうつもりもないし、こんなこと話の種にもできないななんて思っていたら直ぐ後ろに今考えていた人の気配がした。
「待ってくれ!」
「え? 煉獄さん!?」
暫く走っていたけど追いかけてきたの? 蜜璃ちゃんは?
「どうしたんですか? 私なにか忘れ物でもしていました?」
「いや、忘れ物などはしていない。任務頑張ってくれ!」
「はい、ありがとうございます!」
「……」
「……」
立ち止まってどうしたのかと聞いたら激励の言葉だけ言われて、そのあとの沈黙に居心地の悪さを感じる。それだけを言いに来たわけじゃないだろう煉獄さんは、予想通り言うか言うまいかを悩んでいるみたい。
次の言葉をどうしようか考えていたら私の鎹鴉が飛んでくるのが見えて、任務に早く行けと催促してきた。
「私もう任務に行きますね。煉獄さんもお気を付けて」
無難な言葉を選んでさっきと同じようにこの場から逃げようとしたら肩を掴まれる。
「いいか? 絶対にそのタ、タイツが破けるような無茶をしないでくれ!」
ここまで追いかけて来て言うなんて煉獄さん相当この黒タイツが気に入ったんだな。確かに好きなものが傷付けられたら悲しいもんね。
「頑張ります! この黒タイツ、絶対に破かせません!」
「む? いや、違……」
私はぐっと拳を握って煉獄さんを見やり、今度こそ「それでは行ってきます!」と踵を返した。
鬼を狩る。そして脚だけは死守して黒タイツを守る。
個人的に課せられた任務に俄然やる気が出た私は任務地に向けてとにかく走った。
初出:2021/11/26
こんなむっつり青い煉獄さんがいてもいいと思う