― いいニーハイの日 ―

鬼殺軸 11/28いいニーハイの日

一一二八午後某時刻――。

 私は今とある藤の家紋の家の一室で正座している。目の前には新しく支給された隊服。先日の任務で懲りずに隊服を駄目にしてしまったので新しいのが届いたのだ。
 さて着替えようと隊服を広げたところで私はそのまま隊服を床に置く。
 着なくても分かるスカート丈の短さ。タイツに至っては蜜璃ちゃんと同じように太腿あたりまでの長さしかなくて、これはタイツじゃなくて靴下の類になるのかなんてどうでもいいことを考えてしまう。

「蜜璃ちゃんのと間違えられてない?」

 でも上着は胸元が開いているわけでもなく、身頃は私のっぽいし、なにより同封されていた文にはしっかり私の名前が書かれていた。
【少し手直ししました】という不穏な一文付きで。

「着てから考えるか」

 着てみて不都合があればまた異議を唱えればいいと思って私は浴衣の帯を解いた。

* * *

「うーん……」

 スカートの裾を少し捲れば直ぐにタイツに覆われていない太腿が見える。これは無しだな。厠は楽そうだけど前のに戻してもらおう。というか、袴でこのタイツ履けば二重に守れるし、暖かいしこれからの季節に丁度いいんじゃない?
 縫製係にそうやって指示を出そうと考えつつ、スカートの裾から手を離して靴下を脱ごうと手をかけていたら部屋の襖が開いた。

「っ! あられもないな!」
「奇遇ですね! 私もそう思ったところです!」

 着替えようとしていたところで部屋の襖が開くとか羞恥でしかない。しかも開けた人がこの屋敷の人や女性ではなく、よりによって煉獄さん。
 なんでここに煉獄さんがいるのとか、蜜璃ちゃんは今日いないのとか疑問は後回しだ。

「煉獄さん何で今勝手に襖開けたんですか!?」
「ここが俺の部屋だと言って通されたんだ!」

 確かに後ろに屋敷の人が居て慌てているから嘘は言ってなさそう。間違えたのならしょうがないとして、早く襖を閉めてくれないだろうか。中途半端に下がっている片方の靴下もそのままだし、煉獄さんの言うとおりこのあられもない感じの状態から脱したい。

「取り敢えず着替えの最中なので閉めてもらえると助かります」
「むっ! 気が動転していた! すまない!」

 ――パシン、と音がしてやっと閉めてもらえたとほっとしたら部屋内で畳を踏む音がした。

「な……、なんで襖閉めたのに煉獄さんがまだ居るんですか!?」
「そのような姿を屋敷の者に見られるのは駄目だと思ってな!」
「私はできれば煉獄さんにも見られたくないし早く着替えたいのですが!!」

 落ちている浴衣を拾って足とか見られないように隠しても、煉獄さんは部屋を出ていくどころか私に近寄ってくる。

「何故隊服の形状が変わっているのだろうか?」

 あ、やば……。この前任務に行く前に「黒タイツは破かせません」って大見栄切ったのにやらかしているんだった。なにか言い含められる言葉を探しても見つからないからここは正直に謝ろう。

「すみません、黒タイツを守ると言ったのにこの前の任務で駄目にしちゃいまし、ってえええ!?」

 隊服が再支給された理由を口にした途端、畳二枚分くらいの距離にいたはずの煉獄さんが目の前にいたから驚いて浴衣を落としてしまった。

「怪我をしたのか!?」
「し、していないです! 隊服が守ってくれたのでどこも!」

 怖い怖い怖い怖いっ!
 目の前の煉獄さんから逃げるように後ずさっていたら背中に壁が当たる。後ろに逃げられなくて横に移動しようすれば煉獄さんの腕によって退路を塞がれてしまった。
 その先回りの速さは流石だと感心してしまう。
 煉獄さんは私を上から下まで確認するように観察すると、とある場所で視線の動きを止めた。
 脱ぎ途中だった靴下に指をかけられて、煉獄さんの爪が私の肌を掠める。煉獄さんはそのまま靴下と肌の間に指を入れるとゆるく引っ張った。

「……これは?」

 目敏く指摘されたそこは鬼の斬撃で負った傷のあるところ。

「ちょっと掠っただけで……っん、」

 薬さえ塗っておけば一週間とかからずに無くなる切り傷を撫でられて、肌が粟立つのと同時に変な声が出てしまった。
 咄嗟に手で口を押さえてももう遅い。至近距離で目を合わせたまま二人とも動きが止まる。

「変な声出して……すみません」

 暫くそのままでいたけれど、いたたまれない空気に私が根負けして謝罪すれば、やっと煉獄さんにも時間が流れ出したみたいだ。

「……君の肌はとても目に毒だ」

 煉獄さんは深い溜め息をつきながら傷をなぞるから恥ずかしさで顔が赤くなってくる。

「こうして触れたくなる」
「触れたくなるって言いながら進行形で触れられているのですが……」

 言動の伴っていない煉獄さんに頭が追いつかなくて、押し返すことも出来ないでいた。
 撫でる指は未だに離れなくて、刀を毎日振るう手の皮膚の硬さが自分とはまるで違うから変な気持ちになる。
 黒タイツじゃないから怒っているのかと思ったのに何か違う。この前煉獄さんの黒タイツの嗜好の話をした時はもっと初心で慎ましかったはず。
 部屋の隅で煉獄さんに詰められて、相変わらず変な声は出そうになるし心臓がそろそろ持たない。

「は! もしや煉獄さん変な血鬼術とかにかかっていますか!?」
「む? かかってなどいないが?」
「じゃあ、なんでこんなこ、恋仲みたいな破廉恥なこと……」
「ふむ……」

 いや、ふむじゃなくて。
 煉獄さんは一瞬なにか考えたあとまた距離を詰めてきた。
 近い! 後ろが壁で逃げ場がないからもう頭が沸騰して爆発しそう。せめてもと思って顔を逸らしたら、耳元に息が掛かってまた小さく変な声が出てしまった。

「君が肌を晒すのは生涯唯一と決めた男の前だけにしてくれ」
「そそそそそうします! むしろ任務以外ではそう決めているので早く離れてください!」
「誓えるだろうか?」
「誓います! 誓いますからっ!」

 今の状況から逃れられるならなんだって誓うし、私だって簡単に男性に肌を晒すつもりなんてない。声を大きくしてそう言えば引っ張られていた靴下から手が離されて、その衝撃にビクリと体が震えた。

「よし!」

 気配が離れたと同時に煉獄さんも物理的に私から離れてほっとする。

「一先ず君の隊服は以前の袴に戻してくれ。再支給されるまでに任務が来るようであれば俺が預かる」
「隊服は作り直してもらうつもりですが……、任務に関しては断ります」
「たった今肌を晒さないと誓ったのにか?」
「任務以外でと言いました」
「……確かに」

 隊服が恥ずかしいから任務に就けないなんてそんな馬鹿げたことを言いたくない。

「相分かった! 俺は急用ができたので一度失礼する!」
「一度?」
「今日の夜か遅くても明日の早いうちにまた来る!」

 聞き捨てならない言葉を拾ったら、煉獄さんは簡潔にまた来ることだけ言ってあっという間に部屋から出ていってしまった。
 再度襖が閉められ部屋に残された私は壁によりかかりながらズルズルと床に尻をつく。

「嵐だった……」

 煉獄さんが次いつ来るか分からないな。私は急いで立ち上がると過去最速で浴衣に着替え直した。

* * *

 結局夜に煉獄さんが部屋に来ることはなく翌日、今度は急に部屋に入ってくることもせず来室を告げる言葉とともにやってくる。

「隊服が新しくなるまでこれを着るといい」
「これは?」
「俺が着ていた隊服だ! もう小さくて着れないのでな。俺のお下がりで申し訳ない!」
「え? 煉獄さんの着ていた隊服!? なんで? どうしたんですか!?」
「言っただろう、君の肌を晒したくないと。昨日家に取りに戻ったんだ。案外見つからなくて日を跨いでしまった」

 煉獄さんはそう言いながら持ってきた隊服を広げると、確かに今の煉獄さんより一回り小さそうな身頃だ。
 そこまでして私の肌を――というか傷付くのを気にしてくる煉獄さんに勘違いしそうになる。

「俺は君の唯一になれるように努力するのでそのつもりでいてくれ!」
「は?」

 突然の宣言に知恵熱でも出たかと思うくらい顔と頭が熱くなった。
 この前蝶屋敷の前で会ったときのやり取りも含めて考えても勘違いでは済まされない好意の言葉。

「黒タイツが好きだったわけではないんですね……」
「あれはあれで良かった!」

 ん? やっぱり黒タイツ目当て?

「押し付けているのは十分承知しているが、できればこれを……着てくれるだろうか?」

 今まで割と強引に進めてきたのにここでそんな伺いを立てるような、弱い最後のひと押しの言葉を言う煉獄さんに、私の手が自然と隊服へ伸びた。

「大切なものありがとうございます。大事に着させていただきますね」
「……ありがとう」

 煉獄さんの今まで見たことのない笑顔と優しい声音にまた私の顔が熱くなる。
 照れ隠しに受け取った隊服をぎゅっと握れば煉獄さんの匂いがした。

* * *

「煉獄さん! 煉獄さんの昔の隊服でもやっぱり私には大きいですよ! ほら!」
「よもや!」

 肩幅が合わず、だらりと袖の落ちた自分には大きい隊服を腕まくりしながら見せれば、煉獄さんは何故か顔を赤くしている。
 ……煉獄さんの嗜好はたくさんありそうだ。

 何が一番好みなのか、これからゆっくり教えてくださいね、煉獄さん。

初出:2021/02/25
彼隊服.........