― 今日はなんの日 ―
現パロ/社会人
「要は粗末にしなければいい」
「んん?」
「ちゃんと咥えるんだぞ」
そう言って杏寿郎は一本のお菓子のクッキー側を口に咥えると、チョコでコーティングされた方を私の口に押し付けてきた。
細いそれは私の唇を割って歯に当たり、それを感触で分かったのか杏寿郎は小さく、ゆっくりと食べ始める。
私と杏寿郎の口を繋ぐ一本のお菓子。真っ直ぐ私を見据える眼力に圧倒されて口が離せず、かといって食べ進めることも出来ずに固まる私。そんな私を気にすることもなく、杏寿郎は向かってくる様子とは裏腹に控えめな咀嚼音を立てた。
段々と近付いていくる杏寿郎の顔に心臓の音が聴こえちゃうんじゃないかと思うくらいにドキドキしてくる。
私の視界には杏寿郎の目しか入っていない。
なんでこんなことになったんだっけ? きっかけが全然思い出せない。心を落ち着かせようと別なことを考えていたら鼻先がちょこんと触れて現実に戻され、いよいよ恥ずかしくなってきた。
彼が瞼を伏せたからキスされる――そう思ってギュッと目を瞑っても何も起きなくて、代わりに静かに息を吐いて笑う音が聞こえる。
そっと片目を開けてみれば案の定にっこり笑っている杏寿郎が居て、同時にポキっと咥えていたものが折られた。
「何か期待したか?」
「……」
口の中に溜めていたいたものを飲み込み終わると杏寿郎が笑いながら言ってくるから、私は無視して口から少しだけ出ているお菓子を態とらしく音を立てて食べる。
自分から食べ進められなくてずっと咥えていたまんまだから唇に溶けたチョコがくっついていた。
「ん、」
手で拭くのも気が引けるし、ちょっと行儀悪いけど舐めちゃおうかな。
「……うまそうだな」
何が? という言葉を発すると同時にさっきより杏寿郎の顔が近付いて、そのまま私の唇を舐める。舌で舐められたと思ったら啄むように唇にまだ残っているだろうチョコを食べられた。
なんか今日の杏寿郎は甘い。お菓子で遊ぶなんてしなさそうなのにおかしい。
「ぁっ……」
杏寿郎の袖を弱く掴んでなすがままになっていたら満足したのか、最後に上唇を甘噛みされて熱が離れた。
「うん、うまい!」
「それは……良かったね」
もっとちゃんとしたキスがしたいと思ったけど、言ってしまえば杏寿郎の思う壺のような気がしてありきたりな感想を返す。
「そ、そもそも何でやる話になったんだっけ?」
「よもやもう忘れたのか? 君がコレを買ってきてやりたいと言い出したんだぞ?」
「えー、そうだっけ?」
本当に何も覚えていない。部屋で二人ダラダラしていたような、していなかったような。気付いたらこのポッ○ーゲームが始まっていた。
うーん、疲れているのかな。明日も仕事だしゆっくりお風呂に入ってしっかり温まろう。
今キスを強請ったらきっとそれだけじゃ終わらない。ちょっとだけそんな気分にさせた杏寿郎を恨めしく思いながら立ち上がると腕を掴まれた。
「勃ってしまった!」
「……はい?」
「勃起した!」
「聞こえてるから! そんな堂々と二回も言わないで!」
「すまん!」
「何で? 今のやり取りでそこまで興奮する要素あった?」
「沢山あった!」
子どもみたいに簡潔質素な感想を言っているけど、身体は立派な成人男性だ。その証拠に掴んだ私の腕を簡単に引っ張って自分の腕の中に閉じ込める。
「明日平日だよね?」
「寝るにはまだ早い時間だな!」
「私そろそろお風呂に入りたいな……」
「折角なら一緒に入るか!」
「えーと、酔っ払っていらっしゃる?」
「酔っていたらそもそも勃たん!」
杏寿郎の腕の中にいるから元気なモノが私に主張してくる。確かに寝るには早いけど……明日も仕事だし……でも明日金曜日だから一日くらいなら頑張れるかも? なんて脳内で理性と欲望がせめぎ合いを始めた。
いや、駄目だ。今日の欲に負けて明日ぐったりして寝てしまう方が勿体ない。
「今日は駄目! 明日金曜だからゆっくりしよう! ね?」
明日ならゆっくり次の日の時間も気にせずに過ごせる。そう結論付けて言ったら押し倒された。
「ポッキーゲームで勃起した!」
は? 杏寿郎は何言ってんの? 酔っ払ってもいないのにこんなこと言う?
強引にコトを進めることもあるけどこれは違う。こんな相手の意見を尊重しないで押し倒すような人じゃない。
いそいそと裾に手を掛けて捲ろうとする杏寿郎の肩を押して私は思いっ切り叫んだ。
「杏寿郎はそんなこと言わないっ!」
――私の耳に入ってくるのはくぐもった音で目覚ましに設定している曲。
「……どういうこと?」
目を開けたら天井が見えた。そりゃそうだ、押し倒されたんだから。でも私はベッドで布団を被っている。
未だ鳴っているスマホの目覚ましを止めて画面を見れば、11月12日午前6時50分。昨日――11月11日は家に杏寿郎は来ていない。
え? なに? もしかして夢??
「マジかぁ〜〜……」
なんて酷い夢を見たんだと頭を抱えて唸った。
朝からどっと疲れたけれど、ノロノロと準備して通勤電車でまた夢のことを思い出す。
やけにリアルな内容だったけど、どおりでポッ○ーゲームを始めた経緯が分からないはずだと思った。
不意に最後の方の「ポッ○ーゲームで勃起した」発言を思い出してニヤつきそうな顔を必死で抑える。夢だからなんでもありかもしれないけど、あの下ネタ駄洒落は流石に酷い。
ごめんね杏寿郎。
夢は願望の表れだとよく言うけれど私はそれを棚にあげて杏寿郎に心の中だけで謝り、今週最後の仕事を終わらせるべく会社へ向かった。
多少残業はしたけど仕事を持ち帰らない金曜日は最高だ! 意気揚々と杏寿郎との待ち合わせ場所に向かう。
お互い一人暮らしだから週末は大体どちらかの家で過ごしていて、今日は私が杏寿郎の家に行くことになっている日。
「お邪魔します」
定食屋に寄って一緒に夕食を食べ杏寿郎の家に着くと、部屋のローテーブルの上に見覚えのあるお菓子のロゴが見えた。
「あれ? どうしたのこれ?」
パッケージは夢で見たお菓子と同じもので、違うところは味がプレーンではなくサツマイモ味なくらい。滅多にお菓子買わない彼が買うなんて、とも思ったけど大好きなサツマイモ味に釣られて買ったのかな? と思って手に取る。
「コンビニのレジ横で大量に積まれててな、美味しそうだったから一緒に食べようと思って」
一緒に――。その言葉にドキッとした。
私が遊びに来るから準備してくれた嬉しさもあるけど問題はそのお菓子だ。それは忘れかけていた今日見た夢を鮮明に思い出させる。
「職場の人から聞いたんだが昨日はポッ○ーの日だったそうだな」
また心臓が早くなった。これは、もしかして――。
「恋人なら一度はやってみるといいと言われたんだ」
やっぱり。夢と今がごっちゃになりそう。
「杏寿郎は食べ物で……遊ぶのは好きじゃないでしょ?」
そうだ。夢でも思った疑問があった。取り繕うように慌ててその疑問を投げたら杏寿郎は私が持っていた箱を奪う。
「ふーむ。そうなんだが……」
そう言いながらもパッケージを着々と開けていく杏寿郎はどう言い含めようか考えているようにも見えた。
「折角ならやってみたい……。要は落とさなければいい話だ」
「んん?」
あれ? デジャブ? やってみたいと言う杏寿郎が可愛いと思ったら今日の夢と同じ台詞を言う彼に、私ってば杏寿郎の解像度高くない? なんてぼんやり考える。
「ちゃんと咥えるんだぞ」
可愛い杏寿郎はもういなくて、その代わりに愉しそうに笑う杏寿郎が目の前に迫ってきた。
ってことはこの後って――。
今日は金曜日。夢と違ってポッ○ーの日ではないけど折角甘い雰囲気を作ってくれるきっかけがあるなら乗ってみようかな。
それと、私の夢がどこまで現実と同じになるのか。それも確認しよう。とりあえず仕掛けたのは私ではなく杏寿郎だったのが分かった。
そう思いながら彼がコーティングされていない方を咥えるのを見て、私は密かに唇を湿らせた。
初出:2021/11/11 ポッ○ーの日