― 悪戯されるのは俺からだけにしておけ ―
現パロ/現代キサツ
今のご時世SNSの拡散力っていうのは甘く見れないもので、最近よくトレンドに入るのが「鬼」とか「キサツ隊」。
なんでも夜になると鬼が出て、それを討伐しているのが「キサツ隊」らしい。
らしいなんて言うのはこれだけスマホのカメラ機能もあがっているのにSNSには全く写真が投稿されてこないから。言葉だけの“鬼が出た、見た”“キサツ隊カッコヨ”なんてどこまでが本当か分かったもんじゃない。写真はないけど見たのはコレです、なんてイラスト見せられてもはぁ、って感じ。
「そう思わない?」
「はあ……」
「いやなんであんたがその台詞を言うのよ?」
大学の午前のコマが終わって、昼休みに最近思ったことを言えばすっとぼけた声で返事をする彼氏の後藤。
後藤は既に弁当は綺麗に平らげ、デザートに買ったかぼちゃプリンの蓋をペリペリめくっているのを見ていたら思い出した。
「後藤!」
「おわっ!? なんだよ?」
「月末のご予定いかがすか?」
「月末? なんかあったか?」
「そのかぼちゃプリンで思い出したんだけどね、月末ってハロウィンじゃん? ハロウィンの仮装イベントあるから行こうよ」
「仮装かあ……」
お腹が満たされたのか、若干のんびり口調の後藤だけど気にせずスマホで保存してる画像を見せる。
「私はもう決めてあってね。コレ!」
見せた画像はありきたりなオレンジと黒の布で構成された魔女の衣装。こういうときでもないと着る機会がないし折角ならと思ったのに後藤はこれでもかと言うほど眉間にシワを寄せていた。
「似合わんからやめとけやめとけ」
「何で二回言ったし?」
「大事なことだからだよ!」
「もう決めたの。ってか買った」
「マジかよ」
「マジだ」
「まあ買っちまったならいいけど……冷えるからちゃんと上着持ってこいよ」
大事なことだからやめとけって二回も言う割にはちゃんと心配してくれるあたりなんだかんだ優しいんだ後藤は。「うーん」なんて照れ隠しでかぼちゃプリンを奪って口に入れればカップの底に溜まってるほろ苦いカラメルが美味しい。
「家から着ていくのか?」
「会場混みそうだしそうするつもり」
「ん、じゃあ迎えに行く」
「ありがとう。後藤はどんな仮装がいいかなー」
「俺は着ないぞ」
「あ、いたいた。後藤さーん!」
スマホで後藤に似合うのはどんなのだろうって探していたら教室の入口で元気に後藤を呼ぶ声が聞こえた。
出た! 毎度私と後藤のお喋りタイムに図ったかのように来る一学年下の子。竈門炭治郎ときどき我妻善逸に嘴平伊之助。どうやら今日は竈門くん一人らしい。後藤は「それ最後の一口は残しておけよ」なんて言いながら竈門くんの方へ歩いていってしまう。
学年も学部も違う二人のどこに共通点があるんだろうなんて思うくらいしょっちゅう来る彼ら。後藤が彼のところに行っちゃうと当分戻ってこないから昼休みの後藤とのお喋りはこれでおしまいかな。
とりあえず私の方の話も終わってるしいっか。後藤の衣装はゆっくり探してまたプレゼンしよう。
優しい私はかぼちゃプリンを二口分だけ残してあげた。
ハロウィン当日、着替えも上着の準備も終わって待っているとスマホが鳴る。メッセージ受信、送り主は“後藤”――。
タイミング的に嫌な予感しかしない。
《悪い、今日駄目になった》
《どっか調子悪いの?》
《今度穴埋めすっから》
《じゃなくて、具合悪いのかって聞いてんの》
《元気だけど急用》
またこれだ。こんな感じでドタキャンやデートが途中でお終いなんてことが結構ある。理由を聞いても“急用”で済まされて、最初こそ実家に呼び出されたとかあるのかとも思ったけどこれだけ回数重なると怪しさしかない。
前もって予定押さえてるのに流石にそろそろ我慢の限界だ。
《分かった》
《後で電話する》
《いいよ別に電話しなくて》
《今日のイベント行くなよ》
そこでもう面倒くさくなってスマホの通知をオフにした。
なんでドタキャンされた挙げ句楽しみにしていたイベントにも行くななんて言われなきゃならんのだ。
もしかして別な子と行くから遭遇しないため? いや、後藤の性格からしてそれはない……ない、よね?
メッセージ受信のバッジの数字が増えていくのを眺めながら考えるの止める。楽しみにしてたんだから後藤がいようがいまいが楽しんでやる。友達も行くって言っていたから会場着いたら連絡しよう。
後藤用に準備した私とお揃いの魔女の衣装を部屋に置いて勇み足で家を出た。
イベント会場に向かいながら友達と連絡が取れて待ち合わせ場所に向かう。
「近道近道、っと……」
道を一本裏に入れば人が全然いない暗い路地で、通るのを少し躊躇ったけど人の波を縫っていくよりは早く着くはず。小さく鼻歌を口ずさんで急ぎ足で歩いていたら誰かが呻きながら蹲っているのが見えた。
えー、こんなところでもう酔っ払いが寝転ぶのか。まだイベント始まったばかりなのになんて後ろをこっそり通り過ぎようとしたら急にこっちを向いたから足が思わず止まる。
「え? な、に?」
目が合った人らしきソレは毛むくじゃらの着ぐるみ着てるんだけど妙に生々しい。
「す、凄いリアルな仮装です、ね?」
口を大きく開けてくる目の前のモノはそこから涎をダラリと垂らして、やっぱりそれ着ぐるみじゃないですよねーって言いたいのに喉がカラカラしてしてきた。
多分これ鬼だ。じゃなかったら変質者の域を超えてる目の前のモノに説明がつかない。
尻もちついて後ずさっても向こうも同じように距離を詰めてきて遊ばれてる感じがする。獲物が弱るのを愉しむとか最低な根性だなこいつ。
「っひ!」
私の足に鬼の涎が落ちてきていよいよヤバイ状況になってきた。
「ゃだ、ごとっ……」
目を瞑った瞬間頭に浮かぶのは後藤の顔で、彼の言う通りイベントに来るんじゃなかった。喧嘩したままじゃん。一方的に私が怒ってるだけだけど。せめてメッセージは全部読んでおけばよかったな。あと、電話して声とか聞きたかったな。いや、私後藤のこと大好きじゃん。
一瞬のうちに色んな思いが駆け巡って目を瞑ってせめてもと腕で頭を抱えたけど何も起きない。
そろっと片目を開くと私とその怪物みたいのの間に誰か立っている。テレビとか漫画でよく見る刀を持ってて「キン」と高い音を立ててその刀を閉まった。
これってSNSでよくみる「キサツ隊」ってやつ? 本当に存在したの? いや、もう腰が抜けちゃって立てない。これは確かにスマホで写真撮る余裕ないわなんて他人事みたいに思っていたらその人が私の方に振り向いてしゃがんできた。
「大丈夫ですか? ってあれ? 後藤さんの……」
「え? かまっ、おぉぉお?」
よく見る顔に驚いていたら突然の出来事に変な声が出る。竈門君って言おうとした言葉は後ろから私を抱えて走り出した人物によって阻まれてしまった。今度は何!?
「やいやいやいやい!」
「え? わ!? 何? 後藤!?」
「落ちたくなかったらちゃんと掴まれ!」
目まぐるしく変わる状況にパニックになっていたらこれまたよく聞く声と口調が耳に届く。私を抱えて走っているのは後藤だ。「おら!」と急かされて慌てて首に腕を巻き付ければぐっと抱える力が強くなって不覚にもトキメイてしまう。
私をお姫様抱っこで抱えたまますごい速さで走るから本当に後藤なのか?
暫くそうやって抱えられて移動して気付けば人気のない公園にいた。ベンチに座らされてポカンとしていると頭を上から掴まれる。
「お前今日は行くなっつったろ!」
「後藤は来てるじゃん、しかも何その格好!」
後藤は真っ黒なマウンテンパーカーに真っ黒なキャップ、マスクも黒でかろうじて垂れ気味の目だけ見えて、肩からはサバゲーとか釣りで使うような小さなポケットが着いたボディバッグを背負っている。
暗くて分かりづらいけど片耳にインカムみたいなのまでつけていて諜報員みたいだ。
「メッセージも既読にならねえし!」
「ハロウィン楽しみたかったんだもん」
「だもんってお前」
「後藤と……こういうイベントあんまり行かないから……」
言うこと聞かなくてごめん、勝手に絶交とか思ってごめん、メッセージも未読でごめん――。
謝ることはたくさんあるけどたった三文字が私の口から出ない。ここで怖くて震えたりすれば可愛げもあるのに、私の心臓は割と頑丈にできているっぽくて鳥肌すら立たない。
「なあ」
頭をポンポン叩かれるけど上を向かないでいたら逆に後藤がしゃがんで私を見上げてきた。
「おい、無視すんな」
「……」
「おい、トリック・オア・トリート」
「……は?」
「やっと顔上げたな。今日ハロウィンだろ。トリック・オア・トリート」
そう言って手を出す後藤だけどさっきのどさくさで私のお菓子袋はどこかに行ってしまって手元には何もない。
「ないのか? じゃあイタズラな」
ボディバッグの中から後藤に似つかわしくない花柄の小さな巾着が出てきた。それ、私のお菓子袋。
文句を言おうとしたら後藤はマスクをズラして素早く飴を自分の口に放り込んで、そのまま顔が近付いてきてキスされる。
「んむ!?」
何も言われずに唇が重なって手で顔を掴まれ上を向かされた。後藤の口から飴が押し出されて二人の唇の熱で飴がゆっくり溶ける感覚。甘い味に薄く口を開いたら飴とともに後藤の舌も入ってくる。
後藤が言葉通り私の口の中で飴を転がしてイタズラをしてくるからなすがままに服を掴んだ。
一頻り口の中で飴と後藤の舌で遊ばれて、一度顔を離す後藤にインカムが外れそうなのが見える。
「ったく、鬼にイタズラされそうになってんなよ」
後藤の垂れ目が更に下がって心配そうに私を見るから、もっとって強請るようにボディバッグを引っ張って引き寄せると外れそうになっていたインカムから音が漏れ聞こえてきた。
「後藤さん彼女とお楽しみ中のところすみません! 事後処理全部終わったので解散です! 彼女へのイタズラは破廉恥なので外では控えてください!」
「……」
「……ねえ、インカムのマイク入ってんの?」
後藤は無言でスイッチを確認すると「了解」って小さく言ったあと電源を落としたっぽい。
「おら立て! 帰るぞ!」
立ち上がるとズカズカ公園の外へ向かう後藤に引っ張られる。
「お前全然怖がらないんだな」
「うーん、怖かったけど後藤が来てくれたから怖さ飛んだっぽい」
「素質あんのかもな……」
「なんてー?」
二人手を繋いで歩きながら、後藤も今の格好は仮装っぽいから本来の目的のハロウィンデートはできたってことにしよう。そう前向きに捉えて口の中に残る飴を楽しんだ。
「何これ?」
数日後、後藤から渡されたのはハロウィンで後藤が着ていたのによく似た真っ黒い服一式。ご丁寧にスニーカーまで準備されてグレーも混ざっているけど黒い。
「お前は今日から隠事後処理特殊班に配属になりました」
「聞いてないし」
「今言った」
「なんで?」
「正体、見たろ?」
「ああ、竈門くん格好良かったね。鬼をズバーっと斬っちゃって。ってか、鬼とかキサツ隊って本当に居たんだね」
喉元過ぎればなんとやら。怖い思いしたのにそれよりも噂は本当だったってことと、偶然とはいえ後藤が来てくれたことの方が私には重要だった。
「SNSにはアップしていないみたいだな」
「写真もないのにアップしたところで誰も信じないでしょ」
「まあ妥当な判断だな」
「そういえば後藤もキサツ隊なの?」
「俺は隠」
「カクシ?」
「炭治郎は鬼殺実行実働班、いわゆる前線。俺は裏方、隠事後処理特殊班」
「ちょっと漢字が多くて追いつかない」
「俺の急用の理由」
「機密情報じゃないの? 私に言っちゃって後藤消されたりしない?」
「安心しろ」
「何を?」
「今日から俺直々にみっちり鍛えてやっから」
正体を知ると入隊する決まりなのかとか、意外とそういう人は身近にいるもんなんだなとか思うけど珍しくにっこり笑う後藤に流される。
「私もトレンドに入ってしまう日が来るのかー」
SNSを騒がせる日が来てしまうという呑気に考える私は、あの日の飴の甘さから程遠い現実が待ってるなんて知る由もなかったのだけれども。
初出:2021/10/10 kmt夢webオンリー【悠久の月に輝く君へ】無料DL配布