― こうして毎日が続いていく ―
20220828webイベント企画のお題:夏
たまたま学校で会って、たまたま一緒に帰ることになった高校最後の夏休み。一歩前を歩く彼が揺らめいて見えたの。
思わず伸ばした手は彼の背負っている鞄をしっかりと掴んだ。
鞄を掴まれた彼は足を止めて私を見ると「どうした?」なんて笑うから“いなくなりそうだった”なんて言えなくて、その代わり口から出た言葉は――。
* * *
ジリジリ、ギラギラ、ヒリヒリ、カンカン……。
コンビニの帰り道、色んな擬音を考えながらミンミンで考えるのを一度止める。
ミンミンは違うか。これは七日間を目一杯生きる命の鳴き声だ。
近場だからと帽子も日傘も置いてきてしまった私に降り注ぐ容赦ない陽射しは、頭の中を溶かし思考能力を低下させていた。
これは由々しき事態だと、道の往来にも関わらずコンビニ袋からアイスを取り出す。
手に取ったアイスはほんの数分前まで誇らしげに冷気を放っていたのに、この暑さに降参を示してもう溶け始めていた。
アイスよ、私より根性がないんじゃない?
「ん〜〜、冷たい」
私より根性ないなんて嘘。まだ全然冷たいよ。アイスに悪態をついた手のひらをあっという間に返し、口に広がる冷たさと甘さに重かった足取りは少しだけステップを踏む。
食べ歩きがバレたら呆れられちゃうな。言い訳用にちょうど通りがかった小さな公園のベンチに座って、改めてアイスを食べた。
当たりくじ付の棒アイスを食べながら視線を先に向けると、私の視界はアスファルトから発せられる熱でゆらゆら揺らめいている。
――あの日もこんな風に暑くて向こうの景色がぼんやりしていた。予定にない言葉を口にした私にほんの少しだけ間を置いて返してきた彼の言葉を思い出す。
公園に茂る木々から聞こえる命を繋ぐための合唱をBGMにして感慨に耽っていると、アイスが溶けて私の手に伝ってきた。
溶けきる前に早く食べて涼しい場所へ帰ろう。
未だ揺らめく景色を見ながら口を開くと揺れる景色の一歩手前、公園の入口に見知った人が立っている。
「ここに居たか」
「あれ、本物だ」
暑さで見える幻かと思った人は私に向かって歩いてくると頭にボフ、と何かを被せた。
「帽子ありがとう」
「途中でアイス食べてくるだろうと予想したがよもや本当に食べているとはな」
「へへ、ごめん、我慢できなかった」
連絡の一つも入れずにいた私を心配してくれたのか、ため息をつきながら隣に座る彼――杏寿郎に彼の分のアイスを渡す。
アイスの包装袋から水滴が落ちて、足元の色を変えたけど直ぐに乾き元の色を取り戻した。
視線を上げて見えた杏寿郎の首筋に浮かぶ汗に訳もなく体温が上がって慌ててアイスを齧る。
暑いせいか遊ぶ子どもも居なくて私たち二人だけしか居ない公園は、蝉の鳴き声と時折吹く風で葉擦れの音が聞こえるだけだ。
「暑さで向こうの道路が揺らめいているねー」
「……陽炎か」
「そうそう、かげろう」
「知っているか? 陽炎は春の季語らしいぞ」
「へー、知らなかった」
幻が見えるのは蜃気楼? そもそもの仕組みが違うんだっけ? なんて別なことを考えながら杏寿郎の言葉になんとなく相槌を打っていると微笑う気配がした。
「どうしたの?」
「少し思い出したんだ。ナマエに告白された日もこんな暑い日で陽炎が見えていたなと」
――それ、さっきまで私も思い出してたよ。
お互い高校生だったあの頃から数年経って、こうしてずっと私の隣に杏寿郎がいる。
同じ日のことを思い出す杏寿郎に嬉しい気持ちもあるけど、なんだか胸や息が苦しくなった。
苦しいのはきっと暑さのせいで、陽炎みたいに近付いたら消えるなんてしない。
棒にしがみつくのを諦めて地面に落ちたアイスと反対に、手を伸ばして外気に負けない熱を放つ杏寿郎に触れる。
「……」
「どうした?」
しがみついて何も言わない私を覗き込む杏寿郎はあの日と変わらない笑みを向けてくれるから、蝉の声も葉擦れの音も遠くに聞こえて自分の声だけがクリアに頭の中に響いた。
「好き」
「ああ、俺も好きだぞ!」
あの日と同じ言葉を紡ぐ私に、杏寿郎もあの日と全く同じ返しをするから胸の苦しさなんて一瞬で消えて逆に笑ってしまう。
「あはは、変わらないね杏寿郎は」
「ナマエも――いや、少しだけ変わるか」
「少しどころじゃないけどね」
触れた手がなんとなく繋がると会話もなくなり沈黙が続いた。
私たちの座るベンチに風が弱く吹いて、木々の隙間から光を差したと思えば影が落ちる。
「……ここは影ろふ場所だな」
「ん? 向こうから見たらここも揺らめいて見えるってこと?」
「か・げ・ろ・ふ、だ」
「……かげろ、ふ?」
最後の“ふ”を強調する杏寿郎は微笑いながらアイスの残りを食べ切ると、残った棒には私のアイスの棒には無かった文字が見えた。
「杏寿郎のアイス当たってる! コンビニ戻って新しいの貰おう!」
「交換するの以外にアイスはもう買わないぞ?」
言外に増えるアイスは一つだけだと言う杏寿郎の手を掴んでベンチから立ち上がる。
「そしたら家で二人で一口ずつ齧りながら半分こしようよ」
「そうするか! 日陰でも汗をかいたから新しいアイスはシャワーを浴びてからだな!」
「お風呂上がりのアイスいいねー」
木の陰から抜ける私たちにまた強く降り注ぐ陽の光。
空に向けた左手の薬指には未来を誓った約束の証が陽射しを反射させ、誇らしげに存在を主張していた。
「色々あったし、これからも色々あると思うけど……よろしくね」
「先に言われてしまったな。……大丈夫だ、この気持ちは陽炎のように歪むことなどない」
揺らめく陽炎に向かって二人仲良く手を繋いで歩き出した、もうすぐ私の姓が変わるとある夏の日――。
ジリジリ、ギラギラ、ヒリヒリ、カンカン……。
コンビニの帰り道、色んな擬音を考えながらミンミンで考えるのを一度止める。
ミンミンは違うか。これは七日間を目一杯生きる命の鳴き声だ。
近場だからと帽子も日傘も置いてきてしまった私に降り注ぐ容赦ない陽射しは、頭の中を溶かし思考能力を低下させていた。
これは由々しき事態だと、道の往来にも関わらずコンビニ袋からアイスを取り出す。
手に取ったアイスはほんの数分前まで誇らしげに冷気を放っていたのに、この暑さに降参を示してもう溶け始めていた。
アイスよ、私より根性がないんじゃない?
「ん〜〜、冷たい」
私より根性ないなんて嘘。まだ全然冷たいよ。アイスに悪態をついた手のひらをあっという間に返し、口に広がる冷たさと甘さに重かった足取りは少しだけステップを踏む。
食べ歩きがバレたら呆れられちゃうな。言い訳用にちょうど通りがかった小さな公園のベンチに座って、改めてアイスを食べた。
当たりくじ付の棒アイスを食べながら視線を先に向けると、私の視界はアスファルトから発せられる熱でゆらゆら揺らめいている。
――あの日もこんな風に暑くて向こうの景色がぼんやりしていた。予定にない言葉を口にした私にほんの少しだけ間を置いて返してきた彼の言葉を思い出す。
公園に茂る木々から聞こえる命を繋ぐための合唱をBGMにして感慨に耽っていると、アイスが溶けて私の手に伝ってきた。
溶けきる前に早く食べて涼しい場所へ帰ろう。
未だ揺らめく景色を見ながら口を開くと揺れる景色の一歩手前、公園の入口に見知った人が立っている。
「ここに居たか」
「あれ、本物だ」
暑さで見える幻かと思った人は私に向かって歩いてくると頭にボフ、と何かを被せた。
「帽子ありがとう」
「途中でアイス食べてくるだろうと予想したがよもや本当に食べているとはな」
「へへ、ごめん、我慢できなかった」
連絡の一つも入れずにいた私を心配してくれたのか、ため息をつきながら隣に座る彼――杏寿郎に彼の分のアイスを渡す。
アイスの包装袋から水滴が落ちて、足元の色を変えたけど直ぐに乾き元の色を取り戻した。
視線を上げて見えた杏寿郎の首筋に浮かぶ汗に訳もなく体温が上がって慌ててアイスを齧る。
暑いせいか遊ぶ子どもも居なくて私たち二人だけしか居ない公園は、蝉の鳴き声と時折吹く風で葉擦れの音が聞こえるだけだ。
「暑さで向こうの道路が揺らめいているねー」
「……陽炎か」
「そうそう、かげろう」
「知っているか? 陽炎は春の季語らしいぞ」
「へー、知らなかった」
幻が見えるのは蜃気楼? そもそもの仕組みが違うんだっけ? なんて別なことを考えながら杏寿郎の言葉になんとなく相槌を打っていると微笑う気配がした。
「どうしたの?」
「少し思い出したんだ。ナマエに告白された日もこんな暑い日で陽炎が見えていたなと」
――それ、さっきまで私も思い出してたよ。
お互い高校生だったあの頃から数年経って、こうしてずっと私の隣に杏寿郎がいる。
同じ日のことを思い出す杏寿郎に嬉しい気持ちもあるけど、なんだか胸や息が苦しくなった。
苦しいのはきっと暑さのせいで、陽炎みたいに近付いたら消えるなんてしない。
棒にしがみつくのを諦めて地面に落ちたアイスと反対に、手を伸ばして外気に負けない熱を放つ杏寿郎に触れる。
「……」
「どうした?」
しがみついて何も言わない私を覗き込む杏寿郎はあの日と変わらない笑みを向けてくれるから、蝉の声も葉擦れの音も遠くに聞こえて自分の声だけがクリアに頭の中に響いた。
「好き」
「ああ、俺も好きだぞ!」
あの日と同じ言葉を紡ぐ私に、杏寿郎もあの日と全く同じ返しをするから胸の苦しさなんて一瞬で消えて逆に笑ってしまう。
「あはは、変わらないね杏寿郎は」
「ナマエも――いや、少しだけ変わるか」
「少しどころじゃないけどね」
触れた手がなんとなく繋がると会話もなくなり沈黙が続いた。
私たちの座るベンチに風が弱く吹いて、木々の隙間から光を差したと思えば影が落ちる。
「……ここは影ろふ場所だな」
「ん? 向こうから見たらここも揺らめいて見えるってこと?」
「か・げ・ろ・ふ、だ」
「……かげろ、ふ?」
最後の“ふ”を強調する杏寿郎は微笑いながらアイスの残りを食べ切ると、残った棒には私のアイスの棒には無かった文字が見えた。
「杏寿郎のアイス当たってる! コンビニ戻って新しいの貰おう!」
「交換するの以外にアイスはもう買わないぞ?」
言外に増えるアイスは一つだけだと言う杏寿郎の手を掴んでベンチから立ち上がる。
「そしたら家で二人で一口ずつ齧りながら半分こしようよ」
「そうするか! 日陰でも汗をかいたから新しいアイスはシャワーを浴びてからだな!」
「お風呂上がりのアイスいいねー」
木の陰から抜ける私たちにまた強く降り注ぐ陽の光。
空に向けた左手の薬指には未来を誓った約束の証が陽射しを反射させ、誇らしげに存在を主張していた。
「色々あったし、これからも色々あると思うけど……よろしくね」
「先に言われてしまったな。……大丈夫だ、この気持ちは陽炎のように歪むことなどない」
揺らめく陽炎に向かって二人仲良く手を繋いで歩き出した、もうすぐ私の姓が変わるとある夏の日――。
* * *
「好き」
「っ!」
思わず口から出た言葉にはっとして、掴んだ鞄から手を離して逃げようしたら彼は私にくるりと向き直る。
「ああ! 俺もナマエが好きだ!」
「声でかっ! ……って、え?」
「ははは! これからよろしく頼む!」
離した手を取られ握手をしてきた彼の手は夏の暑さに負けないほど熱かった。
「好き」
「っ!」
思わず口から出た言葉にはっとして、掴んだ鞄から手を離して逃げようしたら彼は私にくるりと向き直る。
「ああ! 俺もナマエが好きだ!」
「声でかっ! ……って、え?」
「ははは! これからよろしく頼む!」
離した手を取られ握手をしてきた彼の手は夏の暑さに負けないほど熱かった。
初出:2022/08/28