― どんなキスをしようか ―
キスの日だけど二人の中では日常風景
筒型の容器に入った均一の大きさをしている芋チップスは杏寿郎の最近お気に入りのおやつだ。
午後のまどろみをソファに深く座って芋チップス片手に堪能している杏寿郎は眠いのか端っこを咥えたままぼんやりしている。
そんな子どもみたいに可愛い無防備状態の杏寿郎にちょっとした出来心が私に芽生えた。
「ねえねえ杏寿郎、私も芋チップスちょっと貰っていい?」
「……ん? ああ、いいぞ」
隣に座ると瞬きを何度かして眠気を追い払った杏寿郎は芋チップスの入った筒口を私に向けてくれる。
あ、この味私も好きなやつ。
目当ての枚数を取ってそれを自分の口――ではなく杏寿郎の口に持っていく。
「自分で食べないのか?」
「あ、待って駄目、食べないでね。咥えてて」
「んん?」
口元に来た芋チップスを食べようとして大きく口を開ける杏寿郎に慌てて待ったをかけると、意味が分からないって感じだけど何も聞き返さず素直に咥えてくれた。
えっと、向きはこうで……。あれ? 逆かな?
何度か杏寿郎の口元を行ったり来たりさせてようやくしっくりくる形になる。
満足気な顔の私と反対に杏寿郎はどういうことだと小首を傾げた。
「ふふ、アヒル口の出来上がり。ダックリップって言うんだって。可愛い」
「んむ?」
「もうちょっと待ってね、そのまま」
「……」
芋チップスを咥えたままくぐもった声の杏寿郎に、私も芋チップスを咥えて杏寿郎が今どんな状態なのかを自分でもやって見せる。
二人とも芋チップスを咥えているから会話が出来ないけど、杏寿郎はようやく理解したみたい。目をこれでもかというくらい弓なりにして笑う杏寿郎に私も目で笑う。
幼く見える杏寿郎にそのまま近付いて芋チップスでできた唇に自分の咥えている芋チップスをちょんと合わせたら笑っていた目が今度は丸くなった。
もう一度だけ合わせて、目的を果たした私は咥えている芋チップスを手で取り食べる。
そんな私に合わせて杏寿郎も咥えていた芋チップスを口だけ使って器用に全部食べきった。
「どうしたんだ急に?」
「眠そうな杏寿郎見てたら思いついたの。へへ、これが本当のバードキスってやつ?」
「……」
「な、なーんちゃって……」
「ああ! ダックは鳥だからな!」
「わ……」
何も言わないなと思っていたら私の駄洒落とも言えないものを元気に解説する杏寿郎にスベった感というか羞恥心がものすごい。そこは分かっても口に出してほしくない。
ほんの今さっきまでほのぼのした雰囲気だったのにおかしいな。
「ナマエ?」
「夕食の買い物行ってくるね! 杏寿郎はお昼寝してていいから!」
急いで立ち上がって逃げるように財布の入ったバッグを掴んで玄関に向かう。
今日の買い物ちょっと遠回りしよう。ついでに杏寿郎の好きなもの多めに買って今の出来事を上書きして忘れてもらおう。
何を買おうか考えながら靴を履いていると後ろから杏寿郎の腕がお腹に回ってきた。
「慌てるな。俺も一緒に買い物に行く」
「眠いでしょ?」
「ギャグを言って恥ずかしがるナマエに眠気なんて飛んだ!」
「もう恥ずかしいから忘れて!」
「はっはっは! 無理だ!」
お腹に回る手を軽く叩いて抗議すると杏寿郎はあっさり腕を外してくれる。
恥ずかしさで熱くなる頬を押さえながら杏寿郎が靴を履くのを見ていると不意に顔が近付いて来た。
「ん!?」
「ん?」
軽く唇が触れ合って、何度か啄むように、態と音を立てて最後にちろりと舌で唇を舐められる。触れるお互いの唇からはちょっとだけ芋チップスの匂いと味がした。
離れた私の唇を親指でふにふにと触る杏寿郎はさっきの私みたいに満足気にしている。
「どうしたの?」
「ナマエとバードキスをしたくなっただけだ。今はこれだけにしておこう。続きはまた夜にな」
続きはきっとこんな軽いキスじゃすまないんだろうな。
芋チップス越しのキスをしたときみたいにアヒル口をして煽ってくる杏寿郎に、私も真似してアヒル口をしてやった。
2023/05/24:初出
2023/05/30:サイト用に修正