― 紡いで、切れて、結んで、ひらく ―

煉獄さんハピバ2023

「煉獄さま任務お疲れさまです! お慕いしています!」
「ナマエか! 今日も腹からしっかり声が出せていて元気だな!」
「ありがとうございます! それでは事後処理に入りますので失礼します。煉獄さまは次の任務まで近くの藤の家紋の家で休まれてください」
「うむ! すまないが後はよろしく頼む!」

 隠の私と炎柱である煉獄杏寿郎さまとのこのやり取りは今日に始まったことではなく幾度も繰り返されてきた。
 私たちの大きな声に初めて見る人は驚いているし、何度か見ている人は一瞬だけこちらを見てまたかといった感じで自分の仕事に戻っていく。
 時間さえあれば煉獄さまの怪我の様子を聞いて手当をしたり最近の出来事なんかを一方的に話したりするけど今日はその時間がない。
 煉獄さまは次の任務があるから少しでも長く休息に努めてほしい。だから伝えたいことだけ伝えた私はそそくさと自分の仕事に戻る。
 滅多に遭遇することのない煉獄さまに会えた私は機嫌よく事後処理を終え、別な場所で処理をしている隠が来るまでと、仲間と少し言葉を交わして近くの木の根に腰を下ろした。

 見上げる空に夜明けはもう近いと分かる。
 ふう、と息を吐いて自分の荷物袋から取り出したのは誠意制作中の煉獄さまへ贈ろうと思っている物。

 素早く、丁寧に、想いを込めるのを忘れずに――。
 一本なら心もとなく切れてしまいそうな赤い糸の細さを補うように縒り合わせ編み紡ぐ。
 上品な色の金糸を差し色として混ぜると迫力というか力強さが強調されて、金糸は少し値が張ったけどその価値は十分にある。

「お前最近時間ができると何か作ってんな」
「うわっ!? 後藤さん! いつからいたんですか?」
「今だよ」
「お疲れさまでーす」
「おー。で、それ何?」
「髪紐です!」
「かみひも?」
「もうすぐ煉獄さまが産まれた日だという情報を得たので贈り物を作っているんです」

 別な場所で事後処理をしていた後藤さんがいつの間にかそばに来ていたことに気付かないほど紐を編むのに夢中になってしまっていた。
 後藤さんがここにいるってことは事後処理が全部終わったのかな。
 もうすぐ完成しそうな髪紐を後藤さんの目の前に伸ばして見せると朝陽を反射して金糸が光る。
 後藤さんはそれをちらりと見て、一瞬視線を横に流したけどすぐに戻した。

「……ふーん、お前もよくやるよな。任務の事後処理とかで何度か会っただけだろ?」
「ひと目見たときにこれは運命だって思いましたね。後藤さん聞いてくれます? 煉獄さまが私の名前覚えてくれたみたいでこの前呼んでくれたんですよ! さっきも私だって気付いたら名前呼んでくれて――」
「有無を言わさず喋り始めんなよ。おら、次の伝令が来てんだからとっとと行くぞ」
「じゃあ向かいながら聞いてください」
「残念だな。お前は別な場所だ。あーざんねんだーざんねんだー」
「全然残念そうじゃない!」

 後藤さんが背中を向けて走り出すから髪紐を腰に下げてる荷物袋に仕舞う。
 次にいつ煉獄さまに会えるかも分からないけど、目標としている日には間に合いそうだと思いながらさっさと進む後藤さんを慌てて追いかけた。

* * *

「今日は後藤さん最初から一緒なんですね。やったー」
「俺と一緒で嬉しいとか可愛い事言うじゃねーか」
「後藤さんがいると色々運良くコトが運ぶので楽なんですよ」
「……全っ然可愛くなかったわ」

 あれから数日、鴉から事後処理に向かってくれと伝令を受けて後藤さんと合流する。
 移動時間を考えれば明日の夜明け前後には着く計算になるから、任務地に行く前に少しばかり薬を調達しようと話になり蝶屋敷に向かうと何やら庭が賑々しい。

「なんだあの人だかり?」

 後藤さんの言葉に釣られて視線をやると、庭には蝶屋敷の人や剣士が集まっていた。

「騒ぎの中心は炎柱だな」
「……今日なんです」
「あ?」
「煉獄さまの産まれた日。ついでに後藤さんの日でもあります」
「俺の日?」
「五月一〇日でゴトーです」
「語呂合わせかよ」

 私たちに気付いて大きく手を振る煉獄さまにお辞儀だけの挨拶を返す。

「あれ? お前行かねーの?」
「私今煉獄さまに近付けないので」
「なんか粗相でもしたのか?」
「今の私、縁起が悪いから近付かない方がいいんです」
「何言ってんだ? 日本語喋れ?」
「辛辣! 後藤さんの日だから甘味でも奢ろうかと思ったけど止めますよ!」
「間に合ってるからいいよ。それよりなんで縁起が悪いのかちゃんと言え」
「実はこの前完成したばかりの髪紐が切れちゃって。なんの前触れもなく切れてしまったので何か悪い前兆のようで……」
「あー……それは残念だったな」

 理由を聞いた後藤さんはバツが悪そうにする。
 本当はいつもみたいに想いを伝えに行きたい。
 だけどそれに対して否の言葉が出てくるかもなんて、切れた髪紐に勝手な想像ばかりが膨らんでしまう。
 後藤さんは私が庭に行くことをそれ以上勧めることもなく本来の目的に戻り、私は煉獄さまを中心とした人だかりを横目に蝶屋敷を後にした。

* * *

「後藤さん甘味は何がいいですか? 最近出来立てのカステラを出す茶屋ができたのでそこに行きたいです」
「俺の希望聞く気ゼロだな。それにしてもカステラってなんであんなに旨いんだろーな」

 さっきは間に合ってるからいらないなんて言ってた後藤さんだけどカステラの誘惑に満更でもなさそうな返事をしてくる。
 任務地に行く前に甘味を食べる時間くらいあるだろう。カステラを提供してくれる茶屋を目指して歩いていると急に後藤さんの足が止まった。

「……あ、蝶屋敷に忘れ物した。カステラはお前に奢られるとその次の見返りが怖いからやっぱりいらねーわ。後からすぐ追いつくから先行ってろ」
「後藤さんが忘れ物なんて珍しいですね。了解でーす」

 ものすごい速さで戻っていく後藤さんを見送り、一人で食べに行くのも味気ないし茶屋はまた今度。
 煉獄さまはカステラ好きかな。
 髪紐に代わる新しい贈り物は甘味処に誘ってみようかなんて考えながら任務地へ向かった。

* * *

 あれから後藤さんは言葉どおりすぐに追いついて、他の隠とも合流しつつ予定より早く任務地に着く。
 鬼殺任務自体は昨日のうちに終わっているらしいから戦闘跡の証拠隠滅が今日の目的。

 地形の確認や情報隠匿の方法を話し合っていると隠の一人が突然音もなく倒れた。
 何事だと顔を見合わせ、倒れた人に近付こうとすると少し離れた後方から聞こえる物音に心臓が大きく鳴る。
 倒れた人ではなく物音のした方に振り返るとそこには殲滅したと報告のあった鬼がいた。
 え? なに? 殲滅したのと違う鬼? ……え?

「走れっ!」

 いち早く状況を理解した後藤さんの声にみんな一斉に走り出す。

「鬼がまだいるなんて聞いてないーーー!」
「俺も聞いてねーよ!」
「わ!? わわわっ!」

 追ってくる鬼から逃げている間に他の隠が散り散りになって、みんな無事だといいんだけど……。
 風を切る音が聞こえても振り返る余裕なんてない。
 逃げて後ろからぶっすりやられるよりも正面で動きを見て避けた方がいいはず。
 そう思って足を止めて体を反転させた。

「おいっ! 何してんだ!?」
「ここは私が食い止めるので後藤さんは剣士を探してください!」
「なっ!? んなこと――、くそ! いいか!? どんなに怪我して瀕死になってもいいから死ぬなよ!」
「むずっ!」

 後藤さんのいつものやり取りにほんの少しだけ冷静さを取り戻す。
 切れた髪紐が暗示してたのってこのことかな? 贈ろうと思っていた相手ではなく私に災難が降り掛かってよかったような。でもこんなことはやっぱり御免被りたかった。
 後藤さんの気配が遠ざかったのを確認して改めて鬼を見る。私よりも二回り大きい体に腕は地面に付きそうなほど長くて、避けきれる自信なんてないし怖いものは怖い。
 だけど――。

「隠である前に私だって鬼殺隊なんだから!」

 日輪刀は持っていませんけど!
 言葉なんて通用しそうにない鬼に悪態を吐く。
 向かってくる鬼の攻撃はよくよく見れば単調でしっかり見ていれば避けることができた。それでも体力無尽蔵な鬼と比べれば確実にこっちの体力は削られている。
 どうにか打開策を探さないと。
 伸びてくる鬼の手に蹴りを入れたら私が反撃したのに驚いたのかたじろいだ。
 時間は稼いだし踵を返してまた鬼から逃げようとしたらなんか……鬼の様子が……。
 遊ぶのを止めたように鬼は攻撃の速度を上げてくる。
 当たらないぎりぎりを狙っているのか私の避け方がいいのか鬼の攻撃を寸前で避け、単調だった動きは不規則な攻撃に変わって一瞬も目が離せない。

「いたぶる趣味があるとか変態鬼じゃん!」

 もう何に向かって悪態ついているのか分からなくなってきた。
 理解不能な雄叫びをあげながらなにかを一気に飛ばしてくる鬼にもう駄目だと目を瞑る。

「ナマエっ!」
「ぐぇっ――……ぇ?」

 一瞬のことで聞き取りづらかったけど名前が呼ばれると同時に浮遊感が私を襲って内蔵が圧迫された。
 痛みはないのに内臓の苦しさに目を開けると視界に広がる白い布。独特な布の切れ端には羽織を纏う本人の呼吸を象徴する炎が描かれている。

「れ、煉獄さま!?」
「遅くなってすまない!」

 内臓が圧迫されているのは小脇に抱えられて私の鳩尾に煉獄さまの腕が回り込んでいるからか。
 鬼から距離を取って私を下ろすといつもと違った真剣な表情の煉獄さまと目が合った。

「要――俺の鴉から火急の連絡が来たんだ。剣士に鬼殺の要請をするはずが隠に事後処理の要請がいってしまったと」
「じゃあ他の剣士は?」
「まだだ!」

 私の前から姿を消したと思えば一瞬で鬼の目の前にいる煉獄さま。
 刃を振るう軌道に合わせて見える炎が目に焼き付いてその場から微動だに出来なくなる。
 その太刀さばきに遅れて聞こえる鈍い音は鬼の頸が地面に落ちた音だと気付いたのは、煉獄さまが再び私の前に現れてからだった。

「怪我は?」
「なんとか躱せていたのでどこも……」
「もう安心していい。鬼は退治した」
「助けていただいてありがとうございます」
「報告は要に任せたから他の剣士が来るまで少しここで休もう」
「いえ、他の剣士が来たらこちらで対処するので煉獄さまは――」

 口角は上がっているのに眼が真剣なままの煉獄さまに、私のそばにいると縁起が良くないから離れてくれという言葉が出なくなる。

「遠回しに聞いても時間がもったいないな」
「はい?」
「俺のためにナマエが編み上げたという髪紐はまだ持っているのだろうか?」
「なんで知って……?」

 私の疑問に答えることなく話だけ進め、にこりと笑いながらにじり寄って来る煉獄さまに慌てて腰に巻いた荷物袋に手を当てた。
 切れても未練がましく持っていた髪紐を出すと煉獄さまは両方を手に取る。

「突然切れてしまって……。多分、剣士より先に鬼に遭遇するのを暗示していたのではないかと……」
「ならば感謝しなければな。髪紐が切れたのは降りかかる厄災を全てはいかずとも代わりに受けてくれたのだろう。現に俺はナマエを助けることができた。結んで元の長さにしてもいいのだがせっかくならこうしよう」
「え?」
「ほら、髪紐には短いがこうして手首の飾りに丁度いい」

 片方の髪紐を私の手首に手早く巻いてしっかりと堅結びをする煉獄さまをぽかんと眺める私をよそに、煉獄さまはもう片方を自身の手首に巻き始めた。

「む? ん? むむ……ん?」
「どうしましたか?」
「すまないが結んでもらっていいだろうか?」

 目の前に差し出された煉獄さまの手首からだらりと下がる紐の端を取る。言われるままに結んで手を離すと煉獄さまは自分の手首を回しながら満足気に頷いた。

「結んでくれてありがとう」
「後ろ手に髪を結ぶ方が難しくないですか?」
「慣れだろうな。ふむ、蝶結びか……」
「何か希望の結び方があるなら結び直します!」
ほどけたらまたナマエに結び直してもらうから大丈夫だ。よし、次は言葉を貰おう!」
「言葉? ……あ! ご生誕おめでとうございます」
「ありがとう!」
「贈り物がこんな形で渡すことになってすみません」
「ナマエが想いを込めて編み上げたんだ。俺は貰えて嬉しい」
「喜んでいただけて良かったです! ありがとうございます!」
「……」
「……え?」

 まだなにか言い足りてない言葉でもあるのかな。
 煉獄さまが私の前から退いてくれなくて自分から後ろに下がろうとすると一定の距離を保って迫ってくる。

「他にもあるだろう? いつも言ってくれている言葉が」
「え!? 今言うんですか!?」
「何を躊躇う必要があるんだ!?」

 いつもと違う調子に言いづらさしかないのだけれど、今さっきのやり取りでこれは言うまで解放されないやつだ。
 観念していつも伝えている想いを顔を伏せながら紡ぐ。

「……お、お慕い、して……います……」
「うむ! 後藤殿! すまないが明日……明後日までナマエを俺に預からせてくれ!」
「どうぞー、炎柱のご随意にー」
「後藤さんどこにいるんですか!? ああああの! 煉獄さま!? 手っ! 手ぇっ!」

 いつも言ってる言葉は聞き流されるはずなのに。
 返事と取っていいのか分からない相槌とともに手を握られ、あまつさえなにか私の今後数日の予定を押さえられた。
 しかも剣士を探しに行ったはずの後藤さんがいるらしく、声の通り方からして割と近い。
 というか、後藤さん普段そんな畏まった言い方しないのに!

「贈り物の礼をさせてくれ」
「私が勝手にしたことなので」
「まずはカステラの旨い茶屋に行こう。その後は考えていないがまあ行き当たりばったりでいいだろう」

 なんであれもこれも知っているのかと疑問が尽きない。髪紐が切れて良くないことが起こるかと思っていたのに予想の斜め上のとんでもないことになっている。
 握られている私と握っている煉獄さまの手首には赤と金の糸で紡いだ紐が揺れていてまるで――。

「図らずも揃いになったな」

 考えていたことを言葉として出されると余計に意識して顔が赤くなるのが分かる。
 顔にかかる布でも隠しきれていない私の動揺に煉獄さまは企むような笑顔を見せた。

「なぜ知っているのか。その面布の下の赤い顔を見ながらゆっくり話すとしよう」
「お、お手柔らかに」

 紐が切れるのは縁起が悪いなんてただの迷信――いや、捉え方次第なのかもしれない。
 だって互いの紐の端が揺れて時折交差するのを見て、まるで縁を結んでくれたみたいだなんて思ったんだもの。



* 後 藤 の コ ソ コ ソ 話 *

 どうも皆さんこんにちは。後藤です。
 鬼殺隊の隠をやっています。最近なんだか妙に色惚けしているやつを目にする機会が増えました。
 我妻善逸とか今俺の隣を歩いている同じ隠のこいつとか。まあその二人しか知らんけど。

 今日も少しだけ喋れたなんてそれだけで舞い上がって報告してくるから面倒くさいし、炎柱のこいつを見る目が日に日に穏やかになっていることに当の本人だけが気付いていない。

 他の場所で事後処理を終えて戻れば一人せっせと何かを作っているのを最近よく見る。
 聞いてみれば炎柱への贈り物だとか。聞くんじゃなかったと後悔しながら、“贈り物”の言葉に近くの気配がざわついたのになんでこいつは気付かないんだ。今絶対居ただろ、こいつが贈り物をしようとしている相手が。阿呆なのか?

 暫く日が経って、頭からこいつと任務に当たってみれば一緒で嬉しいなんて人たらし発言をした直後もそうだ。
 蝶屋敷で炎柱にお辞儀だけして去るこいつに俺の身にもなれよと言いたくなる。
 俺がお前を炎柱のところに行かせないようにしたみたいじゃねえかふざけんな。
 ほら、案の定すんげー目でこっちを……というか俺を見ていらっしゃった。
 俺の日だって言うのにカステラ食うのも我慢して一度蝶屋敷に戻り、まだ滞在していた炎柱にあいつがさっき炎柱の元に行かなかったことを弁明じみて伝える。

 任務に行く前から疲れたと思ってたら今度は鬼がこんにちはしてきやがるしとことんツイてない。
 あいつの必死で考え抜いた殿しんがり宣言に、剣士はどこだと探していたら目の前に昨日も会ったお方が来た。状況を端的に伝えて対峙しているのがあいつだと伝えきる前には俺の前から姿を消している。

 とりあえず柱が到着したなら安心……はまだできない。あいつが鬼にやられていたらもう遅い。
 俺も急いで来た道を戻ると鬼は塵になりきっていてようやく肩の力が抜けたのにその場にいる二人はこの場にそぐわない空気を出していて声を掛けづらい。

 でもまあ、目当ての贈り物も渡せて炎柱もだいぶ含みをもたせた言い方だけど阿呆なあいつにも伝わったようだ。
 だけど目の前でやられる俺の身にもなってくれねーかな。
 ほら、炎柱の鴉も割って入っていいのか分からず上で旋回してるじゃねーか。

 色惚けした知り合いが二人から三人に増えそうだな。炎柱はうまく隠しそうだけど。



「あー……、俺も空飛びてえな」

2023/05/29:ツイッター初出
2023/06/06:サイト用に修正