― なつのおわり ―
寝起きのまどろみも布団を被って二人だけの世界は何度でも書く
昨晩脱がされたときのまま畳の上に転がっている肌着に対して、枕元の隊服は乱れることなくきちんと畳まれ、シャツや羽織は衣紋掛けに皺一つなく掛かっていた。
障子から透けて見える外の色は青藍で、夜が明けるにはもう少し時間が掛かりそう。その証拠に日の出前と夕方にしか聞けないひぐらしの鳴き声が微かに耳に届く。
首だけを動かし衣類の状況の違いを確認しながら、胸元に収まる自分以外の頭を撫でているともぞりと動く気配がした。
触れる肌の面積を少しでも多くなるようお互い寝間着の浴衣は帯を結ぶこともなく前は開いたまま。
胸元から顔を上げる杏寿郎さまの瞳はいつもより覇気がなく朧げで、夢うつつの様子でゆるりと体をずらし私と目線を合わせる。
「……む。日の出前か……陽が昇るのが遅くなってきたみたいだな」
「もうすぐ夏も終わってしまいますね」
私の旦那さま――杏寿郎さまの耳にもひぐらしの泣き声が届いたらしく今のおおよその時間を把握したみたいだ。
夜の時間が長くなることはつまりその分鬼の活動時間も長くなる。これから寒さと鬼殺の任務が厳しくなるなと考えていると私の頬を杏寿郎さまの指先が撫でた。
毎日刀を振るう手のひらはもちろん、指の皮膚も硬い。それなのに私に触れる指先はとても柔らかく感じるから気持ちよさに目を細める。
「今日は非番だ。秋が始まる前に川遊びでもしに行くか」
「急にどうしたんですか?」
「今年の夏は任務が立て込んでナマエとあまり一緒に過ごせなかったからな」
「それで川遊びなんて……もうそんなはしゃぐ年でもありませんよ」
「はは、でも好きだろう?」
「……嫌いではありません」
夏は夜でも外に出る人間が多くなるのに合わせて鬼の出没も多いらしい。杏寿郎さまは任務のない日も情報を集め人々の安寧に努めていた。
私も共に闘えたなら彼の助けになれるだろうか――そこまで考えて思考を止める。
誰もが安心して寝られる夜を守るのだと、だからこの家を守り元気に出迎えてくれと言われたのだ。
彼の帰る場所を守るのが私の務め。
「そうしたら今日は川遊びで、秋が来たら紅葉狩りに行きましょう」
「気が早いな」
「先の楽しみはいくつあってもいいじゃないですか。千寿郎さんも一緒に行ってお二人と同じ色の葉を沢山集めましょう。葉で杏寿郎さまを隠して探す遊びも楽しそうですね」
「随分幼い遊びを考えるな」
「でも杏寿郎さま、嫌いではないでしょう?」
「ああ、好きだ」
――好きだ。
果たして何に対しての好意の言葉なのか。慈しみの顔を向ける彼に私も目を頬sめ、二人静かな声音で先の楽しみを想像しながら笑い合う。
次の約束をして、その約束が果たされたらまた次の約束をして。沢山の季節と思い出を杏寿郎さまと重ね紡いでいきたい。
「俺を隠すほどの葉を集めるのも大変そうだが、俺を隠してしまったらナマエも早々見つけられないんじゃないか」
「そんなことないです。私は絶対すぐに見つけます」
「即答か。すごい自信だな」
「当たり前です。私の旦那さまなんですから」
「それは頼もしいし楽しみだな。だが見つけてもらうまで一人は……少し寂しいな」
「あら、存外寂しがり屋の杏寿郎さま。ならば私と一緒に隠れましょう」
私の頬に乗せられた指に自分の指を重ねると杏寿郎さまは身じろぎをしながら頭二つ分ほど空いていた距離を縮めてきた。
「そうだな、ナマエとなら寂しくない」
「どこまでも杏寿郎さまのお傍に居ますから寂しくありませんよ」
「それで千寿郎に探してもらうか」
「二人で落ち葉に隠れるくらい目一杯集めましょうね」
「ああ、だから予行練習として……」
夏の終わり、肌寒さを感じる朝を追い払うように杏寿郎さまは布団を頭まで掛けると私たちを世界から切り離す。
「陽が昇りきるまで一緒に隠れてくれ」
次に目が覚めたときは元気な声で挨拶を交わそう。
川遊びに行くためにおにぎりを沢山作って、きっと二人ともはしゃぎすぎて水浸しになってしまうから着替えも準備したほうがいいかもしれない。
目を閉じて自分以外の心音に耳を澄ます。
ひぐらしの鳴き声はもう聞こえなくなっていた。
2023/09/05:Twitter初出
2023/09/17:サイト用に修正初出