― シスター(神父) ―

 化け物の目撃が相次いでいるという異人が多く住む街。
 俺が情報収集する場所として指定されたのは街の片隅にある信仰深い人たちが多く集まる場所だった。
 司祭見習いとして潜り込むため鬼殺隊の隊服に似た立襟の祭服に腕を通し、長い丈に合わせるように多くあるボタンを留めていく。
 滅多に履かない洋靴は若干の窮屈さを感じるが足元が固定され存外歩きやすかった。
 祈りを捧げる集会場に移動するがあいにく誰もおらず、足音を遠く反響する高い天井を見上げると冬を迎え始め乾いた空は大きなガラス窓から更に高く、遠く見える。

 背筋を伸ばし淡く陽光が差すのを眺めていたら後ろで俺以外の足音が響いた。

「こんにちは。あなたがここの神父さまですか? あれ、日本語わかるかしら?」
「こんにちは! 今日から見習いとして暫く世話になる者だ。名は煉獄と言う。日本語は話せるぞ、というか生粋の日本人だ!」

 女学校の制服を着た少女に挨拶しながら日本人だと伝えると安心したのか祭壇の前に立つ俺にゆっくり近付いていくる。
 見習いという設定で着ているこの祭服で判断したのだろうが、それにしてもなぜ日本語が通じるかを疑問に思ったのだろうか?

「ごめんなさい。髪色がとても綺麗な金色こんじきだったので勘違いしてしまいました」

 なるほど。確かに日本人にはあまりいない髪色だ。謝る少女――と呼べる頃は過ぎただろう彼女に問題ないと伝える。
 彼女が祭壇の前で手を組み祈りを捧げ始めると、少しの物音も高い天井に吸い込まれるように静寂が広がった。
 座禅している時にも似た緊張を帯びた静けさ。
 祈る神や言語が違っても精神を統一し祈るための静寂は心地良く、一心に何かを願う彼女の横顔を見ていたら祈りが終わったのか目を開く。

「君はここによく来るのか?」
「初めてです。ここら辺の神社やお寺にはもうお願いし尽くしたから」
「なにかあったのか?」
「神父さまは……最近ここらへんで化け物が出る話を知っていますか?」
「……俺も噂でしか聞いていないが最近この街で頻出しているらしいな。しかしそんな化け物、本当にいるのだろうか?」

 思わぬところから舞い込む情報。任務に就いて早々手がかりが入るのはありがたい。噂だけの伝聞かどうかを見極めるため曖昧に答えると、彼女の表情の変化に別の緊張が走り背筋が伸びた。

「私も噂だけだと思ってたんです。でもこの前、両親が出かけた帰りにその化け物に襲われて。お父さまはお母さまを守ってそのまま……。助かったお母さまも心労でずっと床に伏せっているの」
「そうなのか」

 彼女の母が見たという化け物の特徴からするにほぼ鬼で間違いないだろう。
 今日からでも見廻りを始めたほうがいいと判断しながら彼女を励ますように目線を合わせ肩を軽く叩く。
 肉親が床に伏せる姿を見る辛さは俺自身も十分身に染みていた。

「君の母上が早く良くなるよう俺も祈ろう。今日はもう日が暮れてきた。暗い夜は危ないから早いうちに帰りなさい」
「はい。また明日、ここに祈りに来てもいいですか?」
「ああ、ここは誰にも開けた場所だ。いつでも来るといい!」
「ありがとうございます! 私ナマエって言います。煉獄さま、また明日!」

 礼儀正しくお辞儀をして帰るナマエを見送り、それから数日かけて夜の見廻りや他の来訪者から情報を集めていく。
 なかなか鬼の尻尾を掴めないまま日にちだけが過ぎていく中、一番初めに会ったナマエは女学校の帰りにほぼ毎日来て、祈りを捧げたあと他愛もない話をするのが日課のようになっていた。

「今度学校の近くに洋食屋ができるらしくて、友達と今から何を食べようか話しててとても楽しみなの」
「洋食か。以前巣蜜をふんだんに使ったパンケーキを食べたが美味かった記憶があるぞ」
「巣蜜! 聞いただけで美味しそう。煉獄さま、今度そのお店を教えてください」
「店ではないが作った人物を紹介できるから伝えておこう」
「ありがとうございます!」

 街に異人が多いのも相まってハイカラな服装が好きだが家柄的にあまり着れないのだと不服そうに話す。
 学業では裁縫が苦手なこと、じっとしているよりも体を動かすことの方が好きなこと。街の情報と同時にナマエのことや時折母親の病状具合を聞いたりしていた。

「そうだ煉獄さま、“きさつたい”って知っています?」
「鬼殺隊?」
「今日学校で聞いたんですけど警察とは別に化け物を倒している人たちがいるらしいの!」
「なんと、そんな人たちがいるのか」

 この年頃の女性は話題が尽きることはないのだろうが、鬼の情報収集時以外で鬼殺隊の名前が出てくるなんて思わなかった。

「だから私今日お願いしたの。そのきさつたいに引き合わせてくれって。私もそこに入って化け物を倒す!」
「ナマエのように女学校に通っているなら然るべき相手と縁談があるんじゃないのか?」
「もう、煉獄さまもそんな風に言うのね。誰かに退治してもらうのを待つのなんて性に合わない。お父さまの仇は自分で討つわ」
「はは、随分と勇ましいな」
「それに……その化け物を倒せばお母さまも持ち直してくれるはずでしょ」

 少し肩を落とすナマエの――平和に暮らす人々のこんな顔を一日でも早く無くせるようにしなくては。
 俺は改めて自身の責務を胸に刻み直した。

* * *

 日も落ち、司祭としての務めも終えた俺は祭服から隊服に着替え、炎柱たるを象徴する羽織を纏い月の出ていない暗闇に足を踏み出す。
 ナマエを始め、祈りに来る人たちから得た情報だと出現範囲は広くないようで、周辺は街灯もなく暗い道は鬼にとってうってつけの場所だろう。
 それでもなかなか正体を見せない鬼に、今日見たナマエのあの表情が頭に残る俺はいつもより長めに巡回に当たった。
 辺りを伺いながら歩いていると枯れ枝を踏む音が耳に届くより前に体が反応して反転しながら刀を抜く。

「っ!?」
「お、どろいた……って煉獄さま?」
「……ナマエ」
「こんばんは。あれ、いつもと洋服が違いますね」
「なぜここに?」
「化け物も今日話したきさつたいも夜になると姿を現すと聞いたから探していたの」
「こんな夜に出歩くなんて危ないことはやめるんだ。送るから今日は……すまない! 顔に傷をつけてしまった」
「え? あ、気付かなかったしこれくらいなら大丈夫ですよ」
「駄目だ。明るいところで直ぐに手当てを……――っ!」
「っ!?」

 寸前で止めたつもりの刀だったがナマエの頬を僅かに掠めてしまったようだ。
 薄っすらと横に短く入る朱い線に携帯用の布を押し当てようと近付くと同時に一瞬で濃くなった鬼の気配。
 手当てもままならぬままナマエを抱き上げ立っていた場所から離れると、耳まで届きそうな口端を歪つに開きこちらを見る鬼がいた。

「ようやく姿を見せたか」
「な……に……? なに? あれ……」
「ニオう。ォナじ血のニオイ。このマエ喰ったニンゲンとオナじニオィ。ぅまかったニヲイ」
 
 俺の襟元を強く掴む彼女の頬に伝う血に反応したということはナマエは稀血の持ち主なのか。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
 冷えた手先を握りながらナマエを地面に下ろす。夕方よりも不安げな表情をするナマエに極力顔を和らげゆっくり話しかけた。

「いいか、俺の後ろから絶対に動いてはいけない。大丈夫だ。ナマエは俺が守る」
「煉獄さま……」

 ナマエを背中に隠し、涎を垂らす鬼に向かい柄に手をかける。
 この程度の鬼なら一瞬で片が付く。呼吸を整え十分に力を溜めて地面を蹴れば鬼の間合いの中に入った。

「炎の呼吸 壱ノ型――っ不知火!」

 予想通り簡単に頸が斬れぼとりと落ち、息を吐き納刀していると後ろでナマエの悲鳴が響く。

「きゃあ!」
「くっ!」
「なに!?」

 またもや鬼の気配に気付かなかった。辺りに鬼の気配を気取られにくい結界のような血鬼術でも張っているのか。
 ナマエを後ろから羽交い締めする鬼に抜刀しながら向かうが間に合わないかもしれない。
 最悪の事態の想像を振り払いながら走っていると目の前で起きた光景に速度が緩む。

「いやっ! 離して!」

 あろうことかナマエは自分よりも大きい体躯の鬼の腕を取ると背負い投げをしたのだ。
 鬼も油断したのだろう。思いの外吹き飛ばされた鬼は体勢を立て直すためかそのまま茂みの中へ逃げ込んでいく。

「……よもや」
「なにあれ!? 逃げた!」

 投げた本人も何が起きたか理解が追いつかず混乱しているがどうやら怪我はしていない様子。鬼を追うか、しかしナマエが稀血であるなら一人にするわけにはいかない。
 いっそ抱き上げて連れていくか……。

「ナマエ、不躾は承知だが失礼するぞ」
「え? 煉獄さま?」

 ナマエを横抱きにしようと少ししゃがむと多くの足音がこちらに向かってくる。情報共有をしていた他の隊士や隠がようやく到着したからしゃがんだ姿勢をまっすぐ伸ばした。

「炎柱!」
「炎柱さま! 鬼は?」
「鬼は一体滅したがもう一体いたことに気付かなかったとは不甲斐なし! 俺は鬼を追う」
「はい!」
「君たちはナマエを――彼女のことを頼む。稀血の持ち主かもしれん」
「わかりました!」
「えんばしら? まれち?」

 俺の言葉に素早く対応を始める隠に囲まれ、ナマエが何か言いたげにこちらを見ているが鬼をこれ以上逃すわけにはいかない。
 ナマエと会うのはこれが最後かもしれないがあとは任せることにしよう。

「ぁ、煉獄さま!」
「安心しろ! ナマエのご両親の仇は炎柱たる煉獄杏寿郎が必ず斬る!」

 ここ数日で聞き慣れた声音が追いかけてくるのを振り切り、俺は鬼が逃げ隠れた茂みへ駆けた。

* * *

 それから数カ月後、任務で負った怪我の治療をするため蝶屋敷に来ると次から次へ薬の調合の指示を出している胡蝶は俺を見るなりどこぞへ鴉を飛ばす。

「煉獄さんが蝶屋敷に来るなんて珍しいですね」
「少々深めに傷を負ってしまった。それにしても相変わらずここは忙しそうだな」
「鬼殺をしている以上傷は避けられませんから仕方ありません」

 世間話をしつつも手際よく治療が終わり、隊服を直していると不意に胡蝶が笑った。

「それにしても煉獄さんも隅に置けませんね」
「なんの話だ?」

 意味が分からず首を傾げると廊下が騒がしくなり間髪入れずに診療室の扉が開く。

「煉獄さま! やっと会えました!」
「君は……」
「煉獄さんがいつぞやの任務で助けた子です。覚えていますか?」
「ああ、覚えている」

 屈託なく笑うナマエと話す時間は存外楽しかったものだったと、任務が終わってから暫く思い返していた。
 そのナマエがなぜここにいるのだろうか。

「ずっと探していたらここに辿り着いて、胡蝶さまが見つけたら教えてくれるって」

 胡蝶が飛ばした鴉の行方や不意に笑った意味をナマエの言葉で理解する。あのときは直ぐに隠が来たからナマエを任せてしまったきり去ってしまったな。

「ずっとお礼が言いたくて探していたんです。あのときは助けてくれてありがとうございました! お母さまも容態が安定して起き上がれるようになりました」
「そうか! それは良かったな!」
「それで私も煉獄さまのように化け物――鬼を退治します! 薙刀の扱いは誰よりも上手って褒められていました! だからお願いです。私を弟子にして鍛えてください!」
「ナマエが鬼を投げ飛ばした体術は凄かった! だがナマエが刀なんて振ったらお母上がせっかく元気になったのに卒倒してしまうんじゃないのか?」
「大丈夫です! 逆にむしろ褒めてくれました。お父さまの仇がまだいるのなら根こそぎ倒してこいと! 縁談は全て破談にしてきました!」

 女学校に通わせる娘の良縁よりも鬼殺隊に入るのを是としたことに俺はもちろん、横にいる胡蝶も目を丸くする。

「頷いてくれるまで引きません!」
「しかし……」
「……それなら。わ、私の顔に傷をつけた責任、と、ととと……取ってください!」
「あらまあ?」
「なっ……」

 渋られたり断られたときの切り札として準備していのであろう言葉をどもりながら言うナマエ。
 そしてナマエの傷は初耳だとこめかみに筋を浮かせる胡蝶に俺の言葉が詰まった。

 戦うことなど知らず無垢な表情でいられるならばずっとそのままでいてほしいと思うが、大義を背負ったからには向き不向きに関係なくその責務を全うしてほしい想いのほうが強くなる。
 まっすぐ俺に教えを請うてくる真剣さに、ならば俺はこう応えるしかないだろう。


「よし分かった! 俺がナマエを鍛えて立派な隊士にしてやろう!」

2023/12/03:Twitter初出
2024/01/04:サイト用に修正