― 骸骨 ―
「ナマエおねーちゃん! とりーく ぅあ とりっと!」
友達と遊んで帰ってきた家の前、後ろから聞こえた舌足らずの可愛い声。
振り向けば予想通り、年の離れた幼馴染の杏寿郎くんが真っ白な大きなタオルを被って立っていて、少し離れた後ろに杏寿郎くんのお母さんが私に小さく手を振ってきた。
しゃがんで目を合わせるとアーモンド型の大きな瞳が私をじっと見てくる。
「杏寿郎くんこんにちは」
「こんにちは! でもおれはきょうじゅろうじゃないぞ! おばけだからおかしくれないといたずらしてもいいってははうえがいってた!」
「なるほどおばけかー。でも困ったなー。今お菓子がないんだ」
「じゃあいたずらか!?」
「でもいたずらされちゃうのは怖いから代わりにコレあげる」
もったいぶるようにポケットから出したのは遊んでいるときに見つけたガチャガチャ。特に欲しくなかったけどガチャガチャを回したくて、そのときにゲットしたものを杏寿郎くんの目の前で揺らした。
「なんだこれは? ほねだ。がいこつ?」
「これね、こうすると。杏寿ろ……おばけさんこっち来て。この手の中覗いてみて」
骸骨のキーホルダーを自分の手の中に閉じ込めて暗闇を作り杏寿郎くんに見せる。蓄光の骸骨キーホルダーは暗い手の中で黄色の蛍光色に光って、それを覗き込む杏寿郎くんのテンションが目に見えて上がった。
「すごい! ひかってる! おれのかみとおなじいろ!」
「お昼にたーくさんお日様に当ててあげるとこうして暗いところで光ってくれるよ。お菓子の代わりにこれでいたずらするのは許してもらえるかな?」
「ゆるす!」
「あはは、ありがとう。私も赤に光るの持ってるよ」
「ナマエおねえちゃんとおそろい?」
「そう、お揃いだから大事にしてね」
「ずっとだいじにする! ありがとう!」
光る骸骨キーホルダーよりも目をキラキラ輝かせながらお母さんと手をつなぎ帰っていく杏寿郎くんを見送ったあの日から10年ちょっと。
自分の職場であるキメツ学園で授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「今日はここまでー。宿題のプリントちゃんとやってねー」
「先生今日ハロウィンだよー。トリックオアトリート」
「今日の宿題のプリントを放課後までに持ってきたら飴あげる。持ってこないでお菓子だけ強請ってきたらプリントは倍になりまーす」
いつもよりちょっと多めの問題を詰め込んだ宿題のプリントに、「げー」なんて声が教室中から聞こえてくる。
宿題の提出は次回の授業だから今日の放課後までにやろうなんて子はいないだろう。
教材をまとめて廊下に出ると生徒であり年下の幼馴染である彼が他の生徒数人に囲まれていた。
「煉獄くんトリックオアトリート!」
「よし、これをやろう!」
彼が何かくれると分かったのか次から次へと他の子――主に女の子が集まり始める。
彼は背も伸びて私より高くなって、逆に声は低くなった。あんな天使みたいに可愛かった面影はどこへやら。
変わらないのはあの元気さと人懐こい笑顔か。お菓子をあげるときの笑顔はしっかりと昔からの面影が残っている。
それにしても――。
「よくモテることで」
完全に独り言のつもりだったのに後ろから同調するような声が降ってきた。
「俺さまも菓子持ってきてんだけどなー」
「宇髄くん。いつも貰っているイメージだけど今日はあげる側なの?」
「あげるし貰う。祭りだからな。余すことなく楽しむぜ、ってことでナマエせんせー俺とトリックオアトリートしない?」
「残念ですが生徒とそういったことはしません」
「堅いねー」
キメツ学園に新任教師として赴任して2年。生徒と年が近い分親しまれやすいけど慣れあうのは慎重にならなければ。
宇髄くんは棒付き飴を取り出して舐めながら視線を最初に戻す。
「年の離れた幼馴染が気になる感じ?」
「え、幼馴染って知ってるの?」
「煉獄本人から聞いた」
「それあまり言わないでね。やりづらくなるから」
「ほーん?」
興味なさそうに返事する宇髄くんにこれ以上何かを言ったら変に誤解されそう。
そう思って教材を抱え直し、ハロウィンを楽しむ生徒たちの横を抜けて職員室に戻った。
放課後、自分の担当する科目の教務室。他の先生は出張やら会議でおらず一人黙々と授業の資料をまとめていたら扉をノックする音が響く。
「空いてますよー」
扉を開けて礼儀正しく「失礼します」と言いながら入ってきた生徒は真っ直ぐ私のところへ向かってきた。
「煉獄くん? どうしたの? 他の先生だったら見ての通り今は留守です」
「だから来たんだ。ナマエ先生、トリックオアトリート」
「何? 急にどうしたの?」
「今日はハロウィンですよ」
「宿題のプリントは?」
「俺のクラスは今日授業がなかったので出てないです」
「そうでした……」
自分のところにお菓子を貰いに来る生徒がいるなんて思わなかったから何も用意してない。
「うーん、煉獄くん休み時間にたくさんあげてたみたいだし、先生じゃなくてクラスの子や友達に貰えばいいんじゃない?」
「いたずらされるのは煩わしいから菓子をあげたが俺からは誰にも言っていないです」
この敬語が変に混じる喋り方はお互いの微妙な距離を表している。私は実家を出て一人暮らしをして久しいし、実家を出るとき煉獄くん――杏寿郎くんはまだランドセルを背負っていた。
「菓子がないならあれがまた欲しい」
「あれって何?」
「これだ。覚えているか?」
そう言って私の目の前にぶら下がるのは年月が経って薄っすら黒くなっている蓄光の骸骨キーホルダー。キーホルダーの放つ光よりも顔を輝かせて嬉しそうにしていた杏寿郎くんをよく覚えている。
「覚えてる……まだ持ってたんだね」
「俺の一番の宝物だ」
ずっと持ってくれているなんて。教師ではなく幼馴染としての心が私の体を動かした。
引き出しを開けてロッカーの鍵を取り出し、そこに付けていたキーホルダーを外す。
「しょうがない。いたずらされるのは怖いからこれをあげよう」
教師になる前、実家に帰ったときに偶然見つけた遠い昔の思い出。
「持っていたのか!?」
「実家に帰ったときに見つけたの。光るから引き出しの中で見つけやすい」
赤く光る蓄光の骸骨キーホルダーを揺らしながら渡すと彼はあの頃と変わらず目に見えてテンションを上げた。
そんな懐かしい姿に一度緩めた心はそう簡単に戻らず、思いついたままを口にする。
「じゃあ私もやろうかな。はい、トリックオアトリート!」
「む? 生徒とはやらないんじゃないのか?」
「聞いてたの?」
「宇髄になにかあげるのか気になったからな。しかし困った。もう菓子がない」
そこでようやく我に返った。ここは学校で、彼は生徒だ。
姿勢を正して帰宅を促そうとすると彼は手を顎に当てて考え込みながら私との距離を詰めてくる。
「俺にいたずらしますか? ――ナマエ先生が」
「っ――」
背が伸びて、私を見下ろす眼差しは少しだけ獣のようにも感じる。その眼から逃げるように視線を下げれば主張してくる喉仏の形に私の喉が鳴り、微動だにできずにいると小さく笑う声が聞こえた。
「俺も菓子がないから代わりにこれを」
ギュッと強めに握られてすぐに離れた手。だけど私の手に残るものがあった。
「これ……」
「俺は新しい宝物を貰ったからな!」
私から離れる彼は満足気にさっき渡したキーホルダーを指に掛けくるくる回している。
「これで少しは意識してもらえただろうか?」
「……先生をからかうんじゃありません」
「俺にとってはずっと変わらない存在だ。来年か、遅くとも再来年にはナマエおねえちゃんとか、教師生徒ではなくいたずらしてらえるように精進する! 失礼します。さようなら!」
「え? ぁ、さようなら」
捲し立てるように言いたいことだけ言って去っていった年下の幼馴染。
陽も落ちて暗くなり始める教務室で手のひらの骸骨のキーホルダーが仄かに黄色く光って、まるで、そう――。
「いやいやいや、彼は生徒。生徒だ」
灯り始めた気持ちを閉じ込めるようにキーホルダーを両手で隠した。
2023/11/01:Twitter初出
2024/01/04:サイト用に修正