― チョコを貰うのだーれだ ―
バレンタインだけど善逸がキャンキャンしてるだけ2024
「なんでだよ!!!」
放課後、職員室に戻ると風紀委員の腕章をつけた我妻くんが担当の冨岡先生ではなく、後ろの宇随先生に向かって叫んでいた。
「なんでそんなにチョコ貰えんの!? ズルくない!?」
「何がズルいんだよ? それだけ俺様が魅力的だってことだろ」
会話の内容的に宇随先生の机に高く積まれたチョコに対して我妻くんの不満が爆発したみたい。
宇随先生は我妻くんの反応が面白いのか相手をしているけど他の先生たちはいつものことだともう我関せず。
私の席、宇随先生の隣なんだけど私もできる限り関わらないようにしよう。
会話をなるべく聞かないように自分の席に向かいながら、私の席がある島とは別の机の島にお目当ての人物がいることを確認する。
仕事が終わったら会う約束をしている煉獄先生は私と視線が絡むと小さく笑ってくれた。
家に帰るまで我慢できなくて煉獄先生に渡すチョコを持ってきちゃったから早く渡したいな。
目で会話しちゃったようなこそばゆさにニヤけそうになるのを我慢しながら自分の席に座ると、我妻くんはまだ宇随先生に食いかかっている。
「なんでみんな先生たちにばっかあげるのさ! 俺にもくれたっていいじゃん!」
「そんなに欲しけりゃコレやるよ」
「ばっっっかじゃないの!? たとえ義理だろうがあんたにあげたチョコを俺が貰うわけにいかないでしょ! あげた子の気持ち考えろよ! 何より俺が惨めだよ!」
言葉づかいはともかく、チョコをあげた子の立場になった正論を宇随先生に言ってたのに最後の一言が本音っぽい。
見直したと思ったのに――。なんてチラリと視線を二人に送ると宇随先生と目が合ってしまった。
さっき煉獄先生と目が合ったときはときは嬉しさしかなかったのに今はもう悪い予感しかしない。だって宇随先生、私の顔を見ながら面白いことを思いついたみたいな表情なんだもん。
「ほら我妻、お前の後ろにいるセンセーにチョコくださいって言えば貰えるかもしれねーぞ?」
「「え?」」
宇随先生の言葉に我妻くんの体が勢いよく私に向いた。
宇髄先生嘘でしょ。
義理チョコは人数分しか持ってきてないし配り終わったからあげられるものは手元にないし、こんなときに限って女性職員が今この場に私しかいない。
目をキラキラさせ始める我妻くんの後ろで宇随先生があとはよろしくってウインクしてくるのが憎たらしい。
「先生……、俺にチョコくれるの?」
「あいにく手元にチョコはないんだよねー」
「あるだろー。手づくりは愛がこもっててさぞ美味いんだろうなー」
「ちょ、ちょっと宇随先生! もーやだな、何を言い出すんですかー……」
「うそ! やだ先生の手づくりなの!? そんな本命みたいじゃ――、はっ! もしかして先生実は俺のことそんな風に……。俺には禰豆子ちゃんという心に決めた人が。いや、でも先生が本気なら教師と生徒という禁断の恋愛でも全然乗り越えてみせます!」
「あの、我妻くん、あのね――」
誤魔化そうとしたのに我妻くんはもう話を聞いていないし、この場をさっさと終わらせるなら我妻くんにチョコを渡しちゃおうかなんて思ってしまう。
材料はまだ家に残ってるから煉獄先生にチョコを渡すのはまた改めて――。
「ちょっと待った!」
チョコを入れている袖机の引き出しに手をかけながらもどうしようか考えていたら新たな登場人物がこの場に割って入ってきた。
その人は宇髄先生を押しのけて我妻くんの肩を掴んでいる。
「煉獄先生……」
「もしかして煉獄先生もチョコほしいの? でも煉獄先生だってたくさん貰ってるんだから俺が貰っても――」
「俺は今日誰からも貰っていない!」
「え? 煉獄先生チョコゼロなの? 俺側?」
「一番最初に貰うチョコは彼女からと決めている。それ以降なら貰うと言った!」
「なにそれただのカッコヨシオじゃん! 俺も一度でいいからそんなセリフ言ってみたいわ!」
煉獄先生は我妻くんの肩を掴んだまま私を見て、あの……目がちょっと怖いんですけど。
「君が持ってきている手づくりチョコは誰かに渡すつもりで作ったのだろう?」
「まあ……そうですけど」
もちろんあなた――煉獄先生に渡すつもりで。
手づくりチョコを持ってきていることはこれ以上隠せなさそう。仕方なく認めて袖机に仕舞っておいたチョコを出しながら肯定の返事をした。
「ふむ、ならばその相手は我妻なのか?」
「違います」
「ええ!? 違うの!? でももうこの際俺宛じゃなかったとしても手づくりチョコはほしい! 異性からほしい!」
「誰からでもいいだなんて駄目だ我妻! 誇りを持て!」
「モテる人には分からないでしょうけどね! チョコを貰えるなら誇りなんて手で払えるただのゴミだよ!」
「我妻くん……」
煉獄先生の生徒を諭す真っ当な言葉に我妻くんは自分の欲を正直に返す。
ちょっとだけ引いちゃったことを顔を出さないようにしていたら煉獄先生は我妻くんの肩を数回叩いた。
「さて問おう。君の手づくりチョコは誰に渡すつもりなんだ?」
「え、ええ? それをここで聞くんですか!?」
「よもやここでは言えない相手か?」
「言えなくは……ないですけど。言いたくないかなー、なんて」
「いいじゃねーか、我妻に現実を突きつけてやれー」
宇随先生は煽るように口笛を吹きながら椅子ごと後ろに下がり、完全に面白がっている。
他の先生は相変わらず我関せずなのに、意識だけは私たちのやり取りに全集中しているのが痛いほど伝わってきていた。
会話から外された我妻は自分の肩に置かれた手と私に視線を行ったり来たりさせている。
「なに? どういうこと?」
「……」
私が答えないでいると煉獄先生は我妻くんの肩を掴んだまま満面の笑みになって、笑っているのにそれがなんとも言えない怖さで肩が強張った。
「言えばいいじゃないか。俺宛てだと」
「っ!」
「はっっ!?」
我妻くんは大きな声を出したあと目も口も大きく開けたまま動かない。
授業中だと静まり返った直後、クラス全員笑う展開なのに職員室にいる全員が誰も何も喋らない。
「もしや違うのか?」
煉獄先生が満面の笑みから少しだけ不安げに首を傾げる。ポツリと小さく出た声でそんな風にされたら嘘で逃げることもできないじゃない。
「ち……違わない、です……けど……」
「ならばそのチョコ、今俺が貰ってもいいだろうか?」
「……え?」
煉獄先生は我妻くんから離れ私に一歩近付く。
なにこれ? 人生初、本命チョコの公開手渡しをする私の気持ちを作文用紙一枚にまとめよ。なんて思考放棄してもまた一歩私に近付いて手を差し出してくる煉獄先生は許してくれない。
みんなが見ている中、紙一枚になんか収まらない羞恥心を堪えて渡す私を褒めてほしい。
「……お納めください」
「ありがとう! というわけで我妻、すまないが彼女のチョコは俺が貰ったので君にやることはできん!」
煉獄先生の満足げな声でまた静かになる職員室。
だけど今度は沈黙は長くは続かず、我に返った我妻くんの叫びが職員室に響く。
「いーーーやぁーーーーー! ナニ? なにソレ? 先生たち付き合ってるの? みんな知ってるの?」
「職員はみんな知ってるな!」
「はっ!? はぁーーーー!? 結局チョコも貰えないしなんでこんな惚気を見せられなきゃなんないわけ!? 俺なにか悪いことした?」
「我妻が彼女からチョコを貰おうとするからだ」
「付き合ってるとかそんなの知らないし!」
私は巻き込まれ事故なんですけど。
そう思っても話を蒸し返したくないから何も喋らずにいるとまた新しい人物が私たちの間に入ってきた。
「我妻」
「はいはいはいはい冨岡先生なんでしょーか!?」
「書き直しだ」
「今このタイミングで言います? ここの先生みんな酷くない!? 鬼なの!?」
「節分なら終わったぞ」
「知ってますけど!? っていうか冨岡先生ほっぺにチョコが付いてるよ! チョコ貰いました自慢!? 貰ったチョコはちゃんと全部食べますよアピールですかそうですか! 俺はこれから一人寂しく禰豆子ちゃんが焼いてくれたチョコパンを食べながら書類の書き直しをしますよ! パンは炭治郎から渡されたけど!」
「あれも美味かった」
「もう食ったのかよ! かまどベーカリーで禰豆子ちゃんが焼いてくれたパンが不味いわけないでしょ!」
我妻くんは風紀委員の書類だと思われる書類を冨岡先生から奪うと、怒りながら逃げるように職員室から出ていった。
「……」
嵐が去った職員室。
我妻くんが出ていった扉を眺めていたら煉獄先生に肩をポンと叩かれる。
「さて、仕事に戻るか」
「あ、そうですね」
冨岡先生は何事もなかったように席に戻り、周りを見ればいつも通りに自分の仕事をしていた。
私も残っている仕事を片付けなくちゃ。
自分の椅子に座ろうとすると一瞬煉獄先生の手が私の手に重なる。
「……君とは後でゆっくり話をしよう」
「……はい」
おかしい。
職員室に戻って来たときはこのあとの予定に浮かれていたのに、たった10分くらいの間で楽しくなさそうな展開になってしまった。
とりあえず来年からは騒ぎの元凶になるようなものは学校に持ってくるのを止めよう。
それと、我妻くんの通知表に備考欄を書き込む機会があったら人の話を聞きましょうって書き込まないと。
ニヤニヤしてこっちを見てくるそもそもの発端者の宇随先生の視線は全無視して机の上の書類に手を付けた。
2024/02/20:Twitter初出
2024/05/24:サイト用に修正