― 優しい人 ―

kmtwebオンリー【うたかたにて4】参加お題

「次の任務が終わったら蒸気機関車に乗りに行こうか」
「蒸気機関車ですか?」
「ああ。あまり遠出をすることもなかったからまだナマエと乗ったことがないと思ったんだ」
「確かに路面電車とかはありますけど蒸気機関車はまだ乗ったことないですね」

 晴れた陽気の日、障子を開けてそよ風の入る部屋には私と、私の膝に頭を乗せた杏寿郎さまの二人だけ。ぽつりぽつりと会話をしながら体の力を緩める杏寿郎さまは口元を緩めながら目を閉じている。

「……優しいな」
「なにを急に。どうしました?」
「俺の髪を梳いてくれる君の手つきが優しくて好きなんだ」

 手を休めると目を開けた杏寿郎さまはゆるりと私の手を掬う。私に顔を向ける杏寿郎さまは掬った手指を絡めて割れ物を扱うように包みこんだ。

「まあ、手に限らずいつだってどんなときだって君は優しくて好きなんだがな!」
「ふふ、ありがとうございます。でも私なんかより杏寿郎さまの方がよほど優しいですよ。あなたほど優しい人を私は知りません」
「俺がか?」

 煉獄家の教えとしてなのか杏寿郎さまが弱みと取られる部分を外に見せることは早々ない。たまに会う鬼殺隊の方々も口を揃えて「炎柱さまは強く、そして優しい」と言う。
 私も最初そう思っていた。
 だけどきっと知らないだけなのだ。感情の出し方を。自分さえ耐えればという考えは微塵もなく、周りを安心させる笑みを浮かべ、人に優しくすることで知らない内に自分を保っていた部分もあるのだろう。
 本当に強くて、だからこそとても優しくて、でも寂しがり屋。任務もなく鍛錬もしないと決めた日はこうして自室に二人籠もろうとするのがいい証拠。

「でもたまには怒ってほしいです」
「なぜだ?」
「私が料理など失敗してもいつも笑って赦してくれるので信用されてないのかと勘ぐってしまいます」
「そんなことはない。俺は君を十分信頼している」
「知っていますとも」
「む?」

 とびきりの情を惜しみなく私にくれる杏寿郎さんに、できる限りの力を込めて握り返した手に想いを乗せる。

「ですからちゃんと苦しみも怒りも悲しみも、内に秘めずに全部出してくださいね」
「……善処しよう」

 少しずつでいい。今みたいに膝枕から決して体勢を変えようとしない甘えを見せてくれるみたいに、少しずつ色々な顔を見せてくれれば。
 外から吹く風が部屋の中を駆け抜け、私と杏寿郎さまの髪を優しく撫ぜた。

* * *

 一緒に乗ろうと話した蒸気機関車。二人掛けの座席を一人で使い、膝の上にはきっと彼ならこれを選ぶと思い買った牛鍋弁当と手紙の入った封筒。
 凶報とともに渡された封筒の中身を開け、真白い紙に書かれた一行だけの文を指でなぞる。




君の行く道がいつまでも優しい光に包まれていることを願う





「あなたより優しい光なんてどこを探したっていないのに」

 動き出した列車の中、彼が命を賭して守った世界は涙で滲んでなにも見えなかった。

2024/05/19:Twitter初出
2024/05/24:サイト用に修正