― ちるちる□ちる ―

鬼殺軸/恋仲

 少し昔の話をしようか。
 あれはいつだったか――お互い任務帰りで偶々鉢合わせた街で朝顔市が催されていたな。
 顔に返り血が付いていて店主が怖がっていたのも気付かず、色とりどりに咲いている朝顔に君自身の顔にも花が咲いていたのをよく覚えている。
 きれいに咲いた朝顔の鉢を買いあぐねているからどうしたと問うてみれば、任務で家を空けることが多い故生物は家に置けないと言っていた。そこでそうだ、俺が提案したんだ。「煉獄家で預かろう」と。弟の千寿郎や家の世話人もいるから花が枯れることもないし、いつでも朝顔を見に来ていい。俺としては上策だったはずなんだが君は顔を縦には振ってくれなかったな。
 自分で育てるからこそ愛情も湧くのだと――。

* * *

 珍しく私と煉獄さんで共同任務となって、任務後藤の家紋の家で報告の文を鎹鴉に託せば三日程のいとまを出される。
 すると煉獄さんは藤の家紋の家主に泊まるための部屋は一つでいいと言うから後ろに居た私は驚いた。恋仲になって随分と経つが、仮に任務が重なってこうした所で休む時も部屋は別だったから。
 家主は一瞬だけ間があいたけれど、詮索することもなく是の言葉だけを残して部屋の準備を整えてくれた。

「鴉に非番を伝えられたから鬼殺隊は暫し休憩だ!」

 公私混同などしない煉獄さんが珍しいと思ったけれどそれを聞く隙もなく家の中へ入っていく彼に、私は遅れないように付いて行く。

 食事も風呂も済ませ部屋に行けば布団が二組隙間なく敷かれていて、鬼殺隊同士ではなく恋人として夜を過ごすのだと視覚からも認識した。
 先に風呂から上がっていた煉獄さんは部屋際の窓を開け月を肴に酒を呑んでいて、彼の足元には徳利が二本転がっている。
 おいでと手招きをされて傍に寄って座ってみれば、月は思いの外近く大きく満ちていた。見事な月は確かに酒が進むと思い、私も一杯酒を貰う。
 夜はこうして月を眺めながら酒を嗜むのがきっと“普通”なのだろう。でも私たち鬼殺隊の“普通”は夜が主な活動時間になる。早く鬼に怯えることのない世が来ればいいのに。その為にもっと強くならなくてはと意を決していれば、煉獄さんは昔の話を始めた。

「煉獄さん、何で急にそんな話を?」
「この屋敷の家主から先刻聞いたんだ。昨日からこの街で朝顔市が催されていると。それで少し昔を思い出した」

 手酌をしようとする煉獄さんに断りを入れて徳利を渡してもらい、彼の大きな手に似つかわしくない小さな猪口に酒を注ぐ。猪口に注がれた酒には見事な月が映り込み、それを眺めながら煉獄さんはまた言葉を紡いだ。

「あのときは大して気にしなかったが……確かに自分で育てたものには情が湧くものだと思った」
「恋柱の甘露寺さまのことですか?」
「いや、君のことだ」

 煉獄さんは注いだばかりの酒を一口で飲み切り、空いた猪口を床に置くとするりと私の頬に手をすべらせる。

「情は一つだけではないだろう?」
「育てた、とは……?」
「すまない、言葉が足りなすぎたな。君と居て育った愛情に対して情が湧く日が来るとは思わなかった」

 睦言染みた言葉を回りくどく発する煉獄さんからは、風呂上がりの石鹸の匂いよりも酒の匂いを強く感じた。徳利は二本だけだったがその前にもっと呑んでいたのだろうか?

「自己愛などという類は持ち合わせていないと思っていたんだがな。君がそうさせたのだと思えば存外悪くない」

 月の光に照らされて朧気に見える煉獄さんはとても儚く見えて、私の頬に触れる手を取って存在を確かめる。温もりのある手に安堵の息をついた。

「どうした?」
「あ、いえ……。煉獄さんの手、温かいなって……」

 儚くて心配になりましたなんて言えなくて、他に思ったことを口にしてやり過ごす。

「朝顔市は明後日までやっているそうだ。昨年は折が合わずだったが明日早起きして観に行こう」

 私が掴んだ手をそのまま引き寄せ、鼻先がくっついてしまうのではないかという距離で無邪気に言う煉獄さんからはもう儚さなど感じない。

「楽しみです」

 やっぱり私の気の所為だったとまた安堵の息をついて煉獄さんからの誘いに答えれば彼もうむ、と満足そうに笑う。
 それでもやはり心の何処かで引っかかっていた私は「手を繋いで寝てください」と童子のように煉獄さんにせがんで床に入った。

* * *

 明くる日、鳥のさえずりが本格的になってきて目を覚ませば煉獄さんはもう起きていて慌てて起き上がる。

「すみません! 上官より寝入ってしまって!」
「今は鬼殺隊ではなく恋人だ。謝ることなどない」

 寝起きの乱れた髪を撫でるように頭に手を置き「鬼殺隊だったとしても謝るようなことではない」と付け加えてくれた。

「さあ! 起きたなら準備して朝顔市に行こう! この時間ならまだ咲いているだろう!」

 煉獄さんの号令じみた声に「はい!」と返事をして支度を整える。
 藤の家紋の家で用意された握り飯を風呂敷に包み持ち、朝顔市が催されているという場所に来れば、道の両脇に並ぶ朝顔の数々は正に圧倒される程に堂々と咲き誇っていた。

「今年も見事に咲いていますね」
「これだけ並んでいると圧倒されるな!」

 時たま観光相手用にと出店があるので二人で冷きゅうりを買って齧りながら、幾種類もある朝顔に思い思いの感想を言いながら練り歩く。
 市を一通り見終わると互いの手には特に何も荷物は増えていない。

「今年も買わず終いか?」
「私たち鬼殺隊の本願――鬼舞辻無惨を倒して、鬼に怯える人が居ない世が来たら買います」
「ならば早急に悲願を果たさねばな!」

 こうして日常を謳歌するには何よりも果たさなくてはならないことがある。それを口にすれば煉獄さんは私の返事が分かっていたような調子で返してきた。

「しかし折角立ち寄ったんだ。何か買って帰ろう」

 来た道を少し戻ると一軒の店先で何やら購入し、直ぐに戻ってきて私に一つの包みを渡してくる。

「朝顔の種だ。鬼の居ない世になったらこれを二人で蒔こう」

 両手に余る大きさの巾着を渡されて中を覗けば数え切れないほどの朝顔の種が入っていた。願掛けにも似たその言葉は昨夜の儚さを連想してしまい、巾着を握る手に力が入る。

「む? どうした?」
「来年も……一緒に回りましょうね」
「嗚呼! 勿論だ!」

 お互い豆だらけの硬い手のひらを重ねて、暫しの恋人の逢瀬を楽しんだ。

 * * *

 今日は開いた地獄の釜の蓋が閉じてしまう日――盂蘭盆会。日も暮れて各々の家先には茄子が置かれ始めることだろう。
 私は自分に与えられた家の庭の端にしゃがみ込み、立派に育った朝顔の横に足の付いた茄子を置いた。

「“来年も一緒に”って言ってたのにな……」

 ねえ煉獄さん、鬼殺隊の大願成就したんですよ。額に痣を持つ竈門隊士がみんなの――貴方の想いを繋いでくれました。貴方の鍔も一緒に無惨に立ち向かったんですよ。私も怪我はしましたが蝶屋敷で回復に努めて今は元気があり余っています。一緒に蒔こうって言ってた種、待ちきれなくて私一人で蒔いちゃいました。愛情込めて水もやったのであっという間に成長して今日も赤い花を目一杯に咲かせていましたよ。貴方の焔とはまた違う赤は一見の価値ありです。

「よもやよもやですよ煉獄さん……」

 本当は送り火など焚かずに此処に踏みとどまってほしいと願うけれど、そうしたら極楽浄土ではなく地獄へ送られてしまう。
 おがらに火をつけゆらりゆらりとゆらめく炎を眺めていれば私の方へ流れてくる煙。煙は私の顔をそっと掠めるとそのまま静かに空へ溶けて消えていく。
 過去の思い出話じゃなく未来の話をもっとしたかったな。

「“来年”ではなく“来世”になりそうですね」

 頬を伝う涙はきっと煙のせい――。

初出:2021/08/13 赤い朝顔の花言葉は「はかない情熱的な愛」