― ひとりよがり ―

鬼殺軸
いく:行く逝く / なく:泣く哭く / すくう:救う掬う巣食う

――心を燃やして燃やし尽くした其れは何処へいくのでしょうか
――涙すら燃やし尽くした貴方の笑顔はいつもないているようでした

 此岸は涙で溢れています。此れは最期まで己が矜持を守り抜いた貴方が彼岸へ行けるように、彼岸へ渡る河が枯れないためのものです。
 なけなかった貴方の代わりに――と言ったら貴方はその滅多に下がることのない眉尻を下げるのでしょう。
 だから私は私の為になきます。貴方の居ないこの此岸を憂い、嘆き、恨みながら。
 それらの感情をこの涙で流すので彼岸へ渡る貴方の河に紛れてしまったとしても、その想いですら貴方は笑顔ですくうことでしょう。そう、それならそれで構いません。彼岸へ向かう貴方の心にすくってしまえばいい。

* * *

「あのっ!」

 蝶屋敷で携帯用の傷薬を貰い屋敷を出ようとすると、後ろから慌てたように入院着を来た少年が私に話しかけてきた。
 少年は私の姿を認めると戸惑いを見せるから私は眉根を寄せる。
「用がないなら私は「俺強くなります!」」
 腹の底から声を出した彼は体調がまだ万全ではないのか、宣言すると嘔吐くが私はそれをただ見ているだけだった。初見で名前も知らない怪我だらけの隊士に急に宣言されても「はいそうですか」としか返答のしようがないし、駆け寄って「大丈夫?」と言えるほど私はお人好しではない。
 彼ならきっとこんなことはせず直ぐそばに寄って背中をさすり、水を持っていればゆっくり飲ませただろうに。
 今は何をするにも彼ならばと考えてしまう自分になきたくなる。
 下唇を噛み、嘔吐く隊士に近寄り形だけの言葉を出せば、少年はゆっくり呼吸を整えながら謝ってきた。
「すみません」
「謝らなくていいよ」
「強く……なります」
「うん、頑張って」
「だから、前を向いてください」
 その言葉に彼の背中をする私の手が止まる。
「何を……」
「あの人の言葉です」
 知っている。君よりも私の方が知っている――そんな意味のない言葉を出しかけてこの子は何なんだと訝しんでいたら彼から決定打の言葉が出た。
「貴女から同じ……さんの匂いがしたから」
 彼は彼岸にいるというのに、此岸の私から同じ匂いがするという少年。
 ああ、君が――繋ぐのね。
「君が竈門隊士?」
「はい! 鬼殺隊士階級癸・竈門炭治郎です!」
 真っ直ぐな赤い瞳は彼の日輪を然と受け継いでいるようだ。
「そう……頑張ってね……」
「俺だけじゃ駄目です! 貴女も! 貴女こそ前を向いてください!」
 私の手を握り詰め寄る竈門隊士に一歩後ずさると、何度も刃を ふるって振るって硬く分厚くなっている彼の手が離れた。
「不躾に手を握ってしまいすみません!」
 顔を赤くしているのは普段異性に触れる機会が早々ないのだろう。
 目の前で彼を見届けてくれた年端のいかない子ですら必死になくのを堪え、もう前を向いている。
 立ち止まっている暇はない、か。大事なことを忘れていた。いつだって彼は優先順位が確立されていたじゃないか。
「そうだね。気合いを入れて頑張ろう!」
 そう彼の真似をして両手で拳を作れば竈門隊士は笑う。
 そうだ。彼もいつもこうして笑っていた。あのどこまでも透き通る日輪の色をときに燃やして、ときに艶を放って。
 忘れることが一番あってはならないことだ。

* * *

 竈門隊士と二、三言葉を交わして超屋敷を後にする。


 此岸の涙は枯れましたが無事に彼岸へ辿り着いたでしょうか?
 貴方が責務を全うしたしたように彼もまた彼の責務を全うするのでしょう。
 それを貴方の代わりに見届けます。そしていつか――貴方の元へいった際に話させてください。
 きっと本人や他の方からもたくさん聞くと思いますがそれでも私の口から言わせてください。
 私から貴方の香りがしたらしいですよ、って報告も忘れずにしますから。
 私にすくう貴方へ。彼岸でちゃんとすくってすくってくださいね。

 誰も死なせないと言った貴方が死んでどうするのだと、貴方はひとりよがりだと責めるから。
 私のこの想いこそひとりよがりだと笑ってその逞しい かいなで包んでください。

初出:2021/09/26