いつかね?



いつもの様に遊びにきたオニオンくん。オニオンくんが来るのは夕方から夜にかけて、雨の日には昼からくることもある。幽霊の行動時間と一致している。

私の部屋にぬるっと現れるゲンガー。オニオンくんのゲンガーなのだけれど、正直、初めは凄く驚いた。ゲンガーは楽しそうだったけれど、椅子から転げ落ちたからね。側にいたガーディもゲンガーに驚いた私の悲鳴に驚いて転げていた。ごめんね、凄いビックリしたんだよ。裏口に行くと座って待っているオニオンくん。



「毎回、すみません…勝手に、行ってしまって」
「大丈夫大丈夫、オニオンくん外で待たせちゃうから呼びに来てもらった方が助かりますし」


項垂れているオニオンくんの頭を撫でると何だか雰囲気が和らいだ感じがした。
いつもならこれで部屋に案内するのだが、オニオンくんが動こうとしない。どうしたのだろう?



「なまえさん、ジムに、来てくれませんか……?」
「勧誘ですか?」
「いえ、今回は違い、ます……」


まあ、今日は早めにオニオンくんが来てまだ夕方だし時間的にも余裕はある。
見上げてくるオニオンくんに頷いて外に出る準備をするので少しだけ待っていて欲しいと伝えると頷いてゲンガーと外に出ていく。



「なんだろ、ガーディもきてくれる?」
「ガゥ!」


オニオンくんが待っているので、必要最低限の物をバックに詰めて、お菓子を持って家を出ていく。

黄昏時、街灯の影に立つ姿がなんとも様になっているオニオンくん。他の人が見たら色んな意味で驚くんだろうな。



「お待たせしました」
「大丈夫、です…」


行きましょうか、と声をかけるがオニオンくんはその場に固まったままだった。

今日は固まることが多いな…何か言いたいのか、または何かしたいのか…いくら年食ってるお姉さんだと言ってもわからない。

首を傾げていると隣に並んで、はい。と歩き出す。え、なんだったんだろう……。

オニオンくんと話すようになってまず、最初に渡されたのがトレーナーカード。そこで彼がゴーストタイプの幽霊が見えるのを知った。そして、滅多に人前に出てこないという事も。


出て…こない、って書いてあったけど、めちゃくちゃ私の所にきてない?でも、近所の人に聞いてもオニオンくんが出掛けてるのなんて見たことないって言うんだよね。

たまに本当の幽霊が頑張って現界してるんじゃないかと思う事がある。




「なまえさん?」
「あ、ごめんね」


目の前にはラテラルジム。私の家は深く考え事をする暇もなくジムに着いてしまう距離にある。この距離ならオニオンくんも誰にも見つからずに家に来ることも可能なのかもしれない。
ジムの近くにお店があれば観戦までの間に飲み物食べ物を販売しやすいですからね。

受付にいるスタッフさんに家のクッキーを渡すと、ニッコリ笑って、「ここのお店、甘さ控えめで美味しいのよね」と言ってもらえた。よしよし、ご年配の方の胃袋を掴めたなら他所でもなかなか評判がいいはずだ。



「珍しいですね、ジムリーダーのお知り合い?」
「そうですね、お友達です」
「…………ぇ…」
「あ、なんか違うみたいです。知り合いです」


オニオンくんの雰囲気が一瞬にして暗くなったのですぐに言い直す。すみません。
まだお面の下も見せてないのに友達だと思うなって事かな。ごめんね、最近よく話してくれる様になったから勝手にお友達だと思ってた。



「そうですか、後でお茶を持っていきますね」
「あ、いえ、御構い無く…」


スタッフさんの横を通りすぎて奥の通路へ歩いていくオニオンくんに倣って後ろに着いていく。
普段はあまり来ないしましてやジムの奥なんて関係者の方とかチャレンジャーとかしか入れないのに、私なんて入ってもいいのかと少し身が縮んでしまう。




「…オニオンくん?」
「こっち、です……」


目線を下にずらしているとひやりとした感触が人差し指に伝う。手元を見ると前を向いたまま、私の指を控えめに掴むオニオンくん。遠慮してたのに気がついてくれたのかな。年下に気を使わせてしまうとは情けない。
指を掴まれたまま、私はトレーニングルームというところまで手を引いてもらった。

え、待って、トレーニング?私はポケモン勝負は出来ないぞ?

中に入ろうとすると床からぬっと冷たい小さな手が出てきて私の足を掴む。



「っっっっ!?!?」
「こら、ゲンガー…ダメだよ」


びっっくりした…完全に油断してた。心臓止まるかと思った。きゅうりに驚くニャビーの如く跳び跳ねてしまって、壁に張り付いてへたりこんでしまう。

ゲンガーに驚かされたのは何度目だろう。姿が見当たらないなとは思ってたんですよ。覚えておいてくださいね。終始黙って私の事を冷ややかに見てくるガーディ。ガーディも知ってたなら教えてよ。



「…………かわい…」
「え、なんですか?」
「いえ、ゲンガーが…みんなに話したみたいで」


バクバクなっている心臓を落ち着かせようと深呼吸をしていると、オニオンくんが何かを呟いたみたい。けど、ごめん、それどころじゃなかったんです。

あと、みんなって誰だろ何を話したんだと思っていると服の裾をクイっと引っ張られる。



「シャンデラ?」
「他の子が、なまえさんに会いたいって…」


あ、手持ちの子たちの事だったんですね。いつの間にかシャンデラだけでなくサニゴーンやミミッキュも集まって来ていた。


「こんばんは、なまえです」
「ゴーン?」
「ッキュ」

オニオンくんのポケモンに屈んで挨拶をすると一歩先まで近寄ってきた。
鞄に入っていたきのみクッキーを思いだし、取り出してあげると私の手のひらからゆっくり取っていった。サクサクと食べ終わったミミッキュが足元にすり寄ってきたのでピカチュウの頭っぽいところを撫でてあげる。可愛い。
ふふ、と笑いが溢れてしまう。可愛いなぁ、と思っていたと背中に、よく感じるヒヤリとした何かを感じた。


「あ、サニゴーン…」
「え、あ……………」

体が金縛りにあったかの様に動かなくなる。ゲンガー?また、君か?でも、ゲンガーは私の目の前にいるし……


「サニゴーン、君は、触っちゃダメだよ」
「ゴーン…」

ごめん、ゲンガーじゃなかったね。そうか、サニゴーンのあのふよふよした所に触ると体が動かなくなるって聞いた事がある。
1度、触ってしまえばこっちのものと言わんばかりに私の手のひらに顔をこすり着けてきた。可愛い、可愛いだけど、動きたい…。


「ごめんなさい、なまえさん…」

オニオンくんが近寄ってくるとサニゴーンは下がって目の前にオニオンくんがくる。
屈んだままの腰と膝がそろそろ痛いんだけれど…。


「なまえさん、すぐ、動けるようになる、と、思う」

いつもは控えめに掴んでくる手をそろりと両手で包み込んでくる。どうしたんだろう?


「なまえさん…」

私の名前を呟いたかと思うとお面のおでこあたりを私の手につけて1度だけ横にふる。
それがさっきのサニゴーンみたいで……ああ、そうか。
糸が切れた様に体の緊張がとれて、体が動かせる様になる。


「オニオンくん」
「っ…す、すみま、せん……」

ぱっとあげた頭にゆっくりと手を乗せる。


「…………」
「遠慮なんてしなくて大丈夫ですよ」
「……でも、」
「たまになら、こうやって遊びにもきます」
「………」
「オニオンくんさえ良ければ、もう私たちはお友達なんですから」
「…とも、だち………」

おっと、また下を向いてしまった…やっぱりこの年の差でお友達は嫌なのかな…。
どうしようかと考えていると捕まれていた手を引っ張られる。その手はオニオンくんの胸あたりに抱き締められていて、私とオニオンくんの距離がグッと縮まる。


「ボクは、毎日がいい……」
「え、」
「ともだちじゃ、たりない…」


ズキュンと胸に矢が刺さった。今までそんな漫画みたいな事あるのかとバカにしていたけれど、実感した。別にフェミニストとかじゃないんですよ、これはそう、ワンパチのしゅんとした姿。


「じゃ、じゃあ、連絡先を交換しよ?」
「連絡、先?」
「そしたら、スマホロトムでお話もできるよ」
「……うん」


可愛いなぁ、こんなに懐かれているとは思わなかった。まるで弟が出来た気分。


「いまは……これで、」
「ん?」


お面の鼻の下あたりをコツンと手の甲にくっつけてきたオニオンくん。お面の奥にみえた滅紫色の瞳がギラギラとしていて、少しだけ背筋にゾワリと違和感が走った。


「いつか…気がついて、下さい、ね……」
「う、うん?」