拾漆
源太郎が頬に痛みを感じて目覚めると、眼前で志津が見下ろしていた。
「寝るなら布団に入りな」
「志津…?今、おらを叩いただか?何するだ?」
頭と瞼が酷く重い。窓から月が煌々と光る。寝ぼけ眼でのそのそと起き上がり、目を擦った。
「まだ、夜だど」
「あたしね、あんたをあの子から奪ってやろうとした。でも、止めてあげる。可愛いあの子に免じて」
「どうゆうことだ?」
「云ったら、あんたはあたしを赦さないかも」
「は?」
源太郎は傍らで寝転ぶ蘭丸に気付いた。
「源太郎、あたし、あんたに会えて良かったよ。蘭ちゃんにもね。すっごく良かった」
「お蘭に何かしただか!?」
「あたしは娼婦だよ?分かりきったこと聞かないで。でも、驚いた。あんたがまさか、男色に走ってるだなんて」
志津は長い髪をかきあげ、妖艶に笑った。
「お蘭」
源太郎は蘭丸の肩に手を当てる。帯が解かれ、手首に結んだ跡が残っていた。
「お前っ…!」
源太郎が立ち上がり、手を振り上げた。志津は真っ直ぐ源太郎を見詰める。源太郎は静かに腕を下ろした。
「どうしたの?殴らないの?」
源太郎は振り返り、蘭丸を抱き上げた。志津が後ろから声をかけるが、源太郎は返答せず、蘭丸を抱える。
「殴れば良いじゃない、あたしは、それだけのことをしたのよ?」
志津は憎まれ口を叩く。
「おらが悪い。お前に、お蘭にこんなことさせちまった、おらが」
「あんた、おかしいんじゃない?どう考えても、悪いのはあたしじゃない」
「守れなかっただ」
源太郎が蘭丸の頬に触れた。
「今まで散々傷つけられたのに」
「でも、その子はあんたの傍にいれるじゃない。あんたが慰めてやれば」
「お志津…」
「あたしだって、傷ついたことぐらいあるわよ。でも、仕方ない。仕事なんだから」
志津は捨て台詞を吐いて部屋を出た。源太郎がきつく抱き締めると、手の中の蘭丸が反応した。
「源太郎様…」
「お蘭、大丈夫か?」
「源太郎様、蘭は、志津殿に…。申し訳ありません、源太郎様…」
「お蘭は悪くない、どうして謝るだ?」
蘭丸は源太郎にしがみついた。初めて女を知った。痛み、自失による恐怖、そして快楽を得た。しなやかな線や豊かな弾力、粘膜の滑りがまだ残っている。
「私は、志津殿の、感触が、離れないのです…」
「そりゃあ、お蘭だって男だ、仕方ねえ。嘆かんでええ。おらが忘れさせてやるだ」
源太郎は抱えた蘭丸ごと、布団に潜り込んだ。
「蘭は、男ではありません」
蘭丸は源太郎の腕を制した。股間を弄り、下帯を解き、源太郎を咥え込んだ。
「お蘭…、何、するだ」
蘭丸は何も言わない。必死に源太郎に快楽を与えんと、舌を這わせる。
「おらが…っああっ…!」
源太郎は間もなくそそり立ち、先端に先走りを垂らしている。蘭丸はそれを一舐めし、源太郎に口付ける。源太郎の唇を吸いながら跨った。
「お蘭、まだ、傷が…」
蘭丸の体を案じていても、下腹部に蘭丸の中心の熱が伝わり、込み上げてくるものを抑えることが出来ない。
蘭丸の唾液と自身の体液を受け取り、源太郎は静かに横たえられる。
「蘭は、無理などしません」
蘭丸は自ら小振りな尻肉を広げ、源太郎を蕾にあてがい、腰を下ろした。張り裂けそうな痛みが走り、肩が小刻みに震えだした。
「お蘭、痛いだな?いけん」
「嫌だ、止めませんっ…」
源太郎を呑み込みながら、蘭丸は身を前後に揺らした。
「源太郎様、気持ち良いですか?蘭の中は」
「ああ、おら、すぐ出ちまう…」
「出して下さい、どうか…、蘭は、源太郎様の…」
女になりたい。
あんなに柔らかくて、温かければ、こんな気持ちにならずに済んだのに。あの女の魅力を、知らしめされることはなかったのに。所詮自分は男で、男の源太郎に愛されるのには不完全な肉体が、悔しかった。劣等感。何不自由なく育ち、愛され、慈しまれた蘭丸が、初めて抱いた気持ちだった。
源太郎に目尻を拭われ、涙を浮かべていたことに気付く。
「お、蘭、何故、泣くだ…。痛いか?」
「痛くなど、ない…」
蘭丸は痛みを認めては、自分が源太郎の相手に相応しくないようで嫌だった。大きく、逞しい源太郎を受け止め、快楽を与えあいたい、いつでも。
「綺麗だ…」
この形で繋がり、蘭丸を見上げたのは初めてだった。長い髪は汗に濡れた素肌に張り付き、円らな瞳を切なげに濡らす。源太郎は、達してしまいそうな自分を何とか堪えさせ、傷ついてるとも知らずに蘭丸の敏感な二つの突起を指先で摘んだ。
「ひあっ…!」
蘭丸は痛みで体を反らしてしまい、源太郎に支えられた。志津に散々痛めつけられたそこから血が滲む。
源太郎が上体を起こし、蘭丸の背中に腕を回し、抱き寄せた。
「お蘭、しっかり、捕まってるだ」
「は、はいっ」
蘭丸は源太郎の首に腕を巻き付けると、源太郎は蘭丸の尻と太腿を支え、繋がったままゆっくり立ち上がった。そして、膝を曲げた状態で、蘭丸を深く穿つ。
「あっ…、ああっん!」
蘭丸が初めて喘いだ。源太郎は蘭丸を刺激するように、体を上下に揺する。蘭丸の体の重みと、源太郎の突き上げた動きのせいで、今までにないほどの深く激しい交わり。
「どうだ、気持ちいいか、お蘭?」
「凄い、とっても、源太郎様…!」
蘭丸の中を源太郎が強く擦る。蘭丸は無意識のうちに源太郎の広い背中に爪をたてていた。
「お蘭、おら、出ちまう、体、離すど!」
「嫌、中に出して、源太郎…、様あ!」
蘭丸の嬌声での返答と共に、源太郎は出した。蘭丸の細身な体に、源太郎の熱が駆け巡る。源太郎は背中に腕を回し、蘭丸を下に横たえ、一仕事終えた自身を引き抜いた。蕾から僅かな鮮血と、白濁がどくどくと流れ落ちる。
「お蘭、すまねえ、調子にのっちまっただ」
蘭丸は顔を横に振った。源太郎の力強さに言葉が出ず、結合に体が歓んだことに感動していた。もう、罪悪感や劣等感など失っていた。
表情で満ち足りているのは一目瞭然だが、まだ放ってはいない。
源太郎のざらついた掌で、先走りを滴らせた蘭丸を被った。蘭丸の嬌声が一際高くなる。長い指で膨らみを撫でた。固い部分をこりこりと押し、柔らかい皮を引っ張り、包み込んで揉みほぐす。
「ん、んんー!」
快楽に、蘭丸ははしたなく足を大きく広げていた。男の子の証も、蕾も無防備に晒され、源太郎は骨の浮き上がった鼠蹊部を線に沿って舐める。
「そ、そこはぁ!!」
「弱いのか?ここ、気持ちええだな?」
「だ、だめっだめえ!」
蘭丸は艶めかしい太腿で源太郎の顔を挟んだ。凄まじい力に、源太郎は慌てて顔を離す。
代わりに、白濁を垂らした窄まりに指を埋め、指先に感じる快楽のつぼを押した。舌は高く立ち上がる中心へ移動した。挟まれないように片手で太腿を制する。裏側を下から舐め、甘く熟れた果実のような先端へ。
「あ、ああー!」
時間差のせいで量は少ないものの、濃く熱いものが、源太郎の咽頭を目掛けた。源太郎はごくりと飲み込んで、蘭丸を抱き寄せ、半開きの唇に舌をなぞらせてそのまま口内へ忍ばせた。互いの唇を啄み合いながら、二人は確認しあった。蘭丸が源太郎の背中に腕を回し、汗ばんだ肌を押し付ける。目は恍惚と潤んでいて、譫言のように言葉を紡ぐ。
「蘭は、あのようにされたのは、初めてです…」
「おらも、初めてだ」
「あんなに、源太郎様を感じたのも、初めて…」
「お蘭があんなに叫んだの、初めて聞いただ」
「また、して下さい、沢山、気持ち良くなって、私達…」
「え?」
いくら源太郎が若くとも、あの体制で二回もいけるだろうか。源太郎が返答を考えていると、蘭丸は嬉しそうに目を細め、落ちてしまった。
言葉の続きが気にはなるが、安らかな寝顔に源太郎は安堵した。
源太郎は手拭いで、蘭丸の汗を拭き取った。出血した乳首を舐めると、独特な苦味を感じた。
「これは…」
知っている味だった。蕾をそっと拭き取ると源太郎の体液の他に、胸板と同じようにつんとした匂いを感じる。源太郎は、志津が置いていった陶の入れ物に気付いた。見覚えがあるそれを、指で掬って腫れた結合部に丁寧に擦り込んだ。
物音が聞こえなくなると、志津は扉から耳を離した。
成し遂げたのに。尊厳を奪い、溺れさせることが出来たのに。不器用な源太郎が、自分の手管を上回ることはないと思っていた。あの少年は、自分の肉体を忘れられずに、頭の片隅に自分を置いて、源太郎に抱かれるのかと思っていた。しかし、それは源太郎によって覆された。あの甲高い快楽の歓声を聞けば分かる。きっと、あの少年の中にもう自分はいない。
志津は悔しさで爪を噛んだ。蘭丸に噛まれ、手当てした指が視界に入る。指の傷はまだじんじんと疼いていた。
志津は乱れた蘭丸を思い出した。しっとりとした柔肌、泣き顔、華奢な体には持て余す逸物。場数はこなしてきたが、あんなに美しい少年は初めてだった。
「やだ、あたし…」
中心が疼き、濡れてゆくのが判った。体の火照りを抑える為に、志津は表に出た。
ひんやりとした秋風が気持ちいい。着物の襟を広げ、白いうなじや肩に夜風を浴びせる。
志津は二人の部屋の辺りに目をやる。源太郎が今、あの美しい少年を抱いて寝ているのかと思うと、妬ましかった。ただ、この嫉妬がどちらに向けられているのかが分からない。
志津は、塀に手をついて、前屈みになって着物の裾から手を入れて中心に指を埋めた。潤い、容易に指が埋め込まれる。出っ張りを突いて刺激すると、更に蜜が溢れた。
「んっ…」
志津は息を漏らし、指を抜いた。指先にとろりとした透明な粘液が、月明かりに光る。もう一度、二人の部屋に目を向けると、明かりが消えていた。
虚しい。志津は、濡れた手を握った。
「どうかなさいましたか、お嬢さん」
背後から、男の声がして、振り返った。通りすがりだろう。清潔感漂う青年がこちらに近付いてくる。年の頃は自分と同じだろうか。
「少し、気分が」
一連の行動を見られたかも知れない。
「いえ、ほんとは…」
志津は男の肩にもたれた。濡れた指で男の襟を掴むと、嫌がることなく大きな手が受け止めてくれた。志津は豊かな膨らみを押し当てるように、男に寄り添った。
広げた襟の間の深い谷間に釘付けになった男の喉仏がごくりと動いた。
「あの…」
志津は艶やかな声音で、男にこちらを向かせた。上目遣いで見詰め、視線を絡ませあってから、志津は目を閉じる。顎を上げて、ふっくらした唇を僅かに尖らせた。
(魅了させてみせるわ、あたしは娼婦なんだから)
今夜の温もりを見つけた志津は、押し当てられた唇をそっと噛んだ。
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