拾捌
蘭丸は浅い意識の中で、源太郎に肌を弄られているのに気付いた。胸板にこそばゆい感覚が走るが、それ以上に体がだるく、反応する力が湧かない。すると、体を横向に抱えられた。浴衣の裾を捲られ、剥き出しにされた尻に触れられる。静かに割れ目を開かれ、指を添えられた。
また、昨夜のように激しく打たれるのだろうか…。蘭丸は遠退く意識の中で、昨夜の激しいまぐあいを思い出していた。
しかし、源太郎は裾を直し、蘭丸の体を布団に戻した。掛け布団を肩まで覆い、前髪をそっと撫で、部屋を出て行った。
「また、君に会いに来るよ」
男は志津の頬に触れて、花弁のような唇に、自らの唇を押し当てた。
「約束よ」
離すと、志津は照れたようにやや伏し目にした。長い睫が影を落とし、志津の美しさをより引き立たせる。そして、上目遣いで見上げる。
「じゃあね」
志津は手を振り、にこやかに男を見送った。男は手を振り返してから背を向けた。志津は見えなくなるまで手を振ってから、かったるそうに肩を落とした。
「どうしたの?疲れた?」
庭掃除をしていた同年の朋輩に声をかけられた。志津は塵取りを拾い、かがんだ。
「いや、ちょっとね」
「さっきのお客さん、酷いの?いい男だったけど」
「ううん。上客よ、優しいしね。ただ…」
「なあに?」
「…何でもない」
男は優しかった。志津を、まるで恋人のように、優しく扱ってくれた。
ただ、その前に無理矢理犯した少年の痴態が強烈に頭に残っていた。少女のような顔を苦痛に歪ませ、快楽に溺れまいと耐えていた姿、放った後はただ傷付いて泣くばかりだった。たまらなく愛らしかった。思い出すだけで心臓が高鳴ってしまう程に。
「志津ちゃん、あれ、あんたのお客さんじゃなあい?」
朋輩が指した方向に源太郎がいた。浴衣は着崩れ、髪は寝癖で逆立っている。志津を見つけた源太郎が、不格好ながに股で、歩み寄る。
「お志津、話があるだ。来い」
源太郎が幾らか強引に志津の腕を掴んで引っ張ると、志津は井戸端へ促した。
井戸端からは、あの部屋が見える。志津はわざと声を張る。
「何よ、あたしに相手して欲しいなら夜にしてよね」
「違う、そんなことじゃねぇだ」
志津は源太郎の肩の向こうの窓を覗いた。くすんだ天井しか見えない。
「これ、返すだ」
源太郎が陶の小さい入れ物を志津の掌にのせた。
「ありがとう」
「その匂い、おとぎり草か?」
「そうよ。どんな傷にも効く万能薬。お父ちゃんの形見」
志津は入れ物を握り締めた。
「ああ、おらも昔、その塗り薬に散々世話になっただ。だけど、おとぎり草はそんな万能じゃないだろ?」
後孔の粘膜も、胸の薄い皮膚も、傷が綺麗に治っていた。
「まあねー、普通に煎じただけの代物とは違うもの」
「おめえ、それ、作れるのか?」
「うん。借金だらけのお父ちゃんが残してくれたものって、それぐらいしかないもの」
「昨日の眠り薬もか?じゃあ、咳止めも、熱冷ましも、痛み止めも作れるか?」
「多分ね」
源太郎の瞳が輝く。意図が解らない志津は、素っ気なく答えた。
「なら、薬屋になれるだ。町医者にでも売れば、金になるし、ここで働かなくたって、済むんじゃねえか?」
源太郎が志津の肩を掴んだ。
「それは無理。安全の保証がないからね」
「でも、お蘭は平気だった。おらも」
「人間はね、人によって体質にあわないものがあるのよ。下手すると死んじゃったりするの。そんなの、沢山の患者を相手にする医者に売れっこないわよ。それに、薬の安全を保証するにはすっごくお金がかかるのよ?」
「それで、親父さんは借金を…?」
「そうよ。あたしはそんなの御免だわ」
「だが、おめえ、身売り、止めたいんだろう?」
「そうね。だけど、甘んじてるとこもある。あたしは自分より気の毒な子を見てるからね。この世は女ひとりで生きていける程、生易しいものじゃない」
「そげん…」
源太郎は志津の肩から手を下ろした。悄然の表情で、志津を見詰めた。
「おらに出来ること、ねえのか?」
「…なくは、ない」
「なんだ?」
「蘭ちゃんを、あたしに貸してくれない?」
「駄目だ!絶対に、駄目だ!」
「そう。じゃあ、いいわよ」
源太郎がまくし立てると、志津は背を向け、歩き出した。
「志津、お蘭以外だったら…」
志津は立ち止まった。
「あんた、あたしが抱いてほしいって言ったら抱いてくれる訳?」
少し間を空けて、源太郎は返答した。
「…ああ」
「本気で言ってるの?」
「それがお前の為になるんなら」
再び間があく。
「でも、あたし、あんたの体には用はないの」
志津が言い放つと、源太郎は残念そうに、だがそれ以上に安心したような表情を浮かべる。志津は源太郎の無骨な手を握る。
「あんた、随分逞しくなったね。じゃあさ、抱く代わりに守ってよ」
「どうすれば、お前を守れる?」
「そんな、大層なお守りじゃないよ」
志津はくすりと笑った。無邪気な笑顔がまるで少女のようだ。源太郎は懐かしくなった。
「お前、まだそんな風に笑えるんだな」
「当たり前よ」
志津は源太郎の手を離した。
「明日、山へ薬草を採りに行くから、付いてきてよ。彼処はいい薬草がいっばいあるのに、山賊が出るからね」
源太郎は、こくりと頷いた。
「じゃあ、明朝、夜明け前に玄関に来て。約束よ。さあ。もうすぐ朝餉よ。部屋に運ばせるから、蘭ちゃんを起こして来な」
志津は源太郎を部屋に戻るように言うと、掃除を再開した。
源太郎は部屋に足を運びながら、蘭丸にどう言い繕うか考えていた。
分厚い戸を引くと、横たわる蘭丸がいる。源太郎は寝顔を覗き込んだ。
「お蘭、もうすぐ朝飯だ」
軽く肩を揺すってみるが、起きる気配はない。
「仕方ねえ…」
源太郎は頭を掻いた。薬入りの酒を飲み、あんなに激しく絡み合ったのだから、無理もない。半分程度しか飲んでいない自分ですら、未だに疲労感は消えない。やはり、あの体制が堪えたのだろうか。
(まあ、いいか…。お蘭が悦んでくれただ)
源太郎は隣に横たわり、蘭丸を抱き寄せた。目覚めた後で、またたっぷり可愛がってやろう。源太郎は柔らかな前髪に顔を引っ付けた。朝餉のことなどすっかり忘れた源太郎は目を閉じた。
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