妄想、愉悦。


弐拾壱


   


 痛い。体が、熱い。
 蘭丸は暗闇に横たわっていた。

「っ…、ここは…?」

 ゆっくり立ち上がり、辺りを見回した。見渡す限りの闇。目をこらすと、微かに暖かな光りが見えた。蘭丸は、其処を目指して歩き出した。不思議と、光に近付くと体の熱は遠退いていった。

「あれは…」

 光は燃え盛る炎。忌まわしい記憶が蘇り、蘭丸の足が竦んだ。

「あっ…!」

 炎は広がり、蘭丸の足に巻き付いた。
 逃げようとするも、恐怖から無様に転んでしまった。炎は蘭丸の腕や肩に絡まった。

「た、助け―…」

 蘭丸は、不自然なことに気付いた。ちっとも熱くない。肌を焦がさない。寧ろ、この炎は優しい温もりで自分を抱いてくれた。

「な、何故…?」

 蘭丸が綺麗なままの自分の掌を凝視していると、目の前に誰かが立っていることに気付いた。見上げると、無表情な男が自分を見下ろしている。蘭丸は目を疑った。  
「信長様、ご無事だったのですね…!」

 唯一無二の存在。無事を、何度夢見たことだろう。蘭丸は、起き上がり跪いた。
 信長は、無言のまま大きな手で蘭丸の腕を掴んで立たせた。

「信長様、ここは、一体…」

 蘭丸は炎の中で辺りを見回す。何処までも闇が続いていた。
 ああ、そうか。ここが何処であるかなど、自分の身に起こったことと、この不自然すぎる状況で、直ぐに答えは導き出される。

「ここは、地獄…」

 蘭丸は、優しい炎に包まれた信長を見上げた。頬に、つうと涙が伝う。
 信長の長い指が、涙を拭った。

「も、申し訳ございません、ら、蘭は、悲しいのです。地獄に堕ちたことではございません、信長様の正義を信じ、蘭は従いました。それで地獄に堕ちるならば、本望でございます」

 どうして、こんなとんでもないことを口走っているのだろうか。しかし、蘭丸は言葉を紡ぎ続けた。

「でも、もう会えない、大切な方がいるのです。その方が地獄に堕ちることなど、有りはしないのですから」

 源太郎の笑顔が、浮かんだ。

「申し訳ありません、信長様…。不肖な蘭を、お許し下さい…」

 蘭丸は、信長に感情の揺らぎの涙を見せたことはなかった。人前で泣くことなど、武人の恥。本能寺の変で、武将、森蘭丸は信長と共に散った。そして、窮地を救ってくれた百姓に仕えた。守り、守られ、愛し、愛され、蘭丸は心を裸にした。涙は何度も見せた。嬉しい時も、辛い時も、受け止めて貰いながら。

「蘭は、もう、信長様のお側にいる資格など…。んっ…」

 信長は、蘭丸の頤を掴んで引き寄せ、唇を吸った。

「ん…、んむ…。ん…」

 信長は小さな唇を貪りながら、蘭丸の着物を開き、柔らかい肌に手を伸ばす。

「あ…」

 蘭丸が呼吸をしようと逃れようとしても、信長は口吸いを止めない。蘭丸は、抵抗するのを止めて、信長に体を預けた。
 蘭丸は手首を後ろ手に縛られた。信長の手は自分の顎と肩を支えている。誰がこの手を拘束したのかと、視線を落とした。

「え…?」

 炎が縄となって細い手首を結んでいた。蘭丸はその不可思議な様子を凝視した。すると、炎が手首から腕や腰に広がり、蘭丸を包み込んだ。

「わあっ」

 炎は蘭丸の服を焦がし、全身へ燃え広がる。しかし、全く熱くはない。蘭丸は、衣服が灰になる様を怯えながら見下ろしていた。灰は散り、素肌になると、炎は再び手首の縄へと収まった。
 炎は下帯や足袋さえ残さず焼いてしまい、蘭丸は頬を紅潮させた。手が後ろに回されては隠しようもなく、堪えられずに俯き、固く目を閉じた。

「あっ」

 信長は羞恥で体を震わす蘭丸の、胸板を吸った。舌をじらしながら触れさせると、小さな突起が丸く起った。信長はもう片方を指先で弾いて、球体をじっくりといたぶった。

「あ、うん…」

 この動き、信長様…。
 信長のざらついた舌は、蘭丸の意識を遠退かせた。蘭丸は剥き出しの下半身を大きな体に押し付けていた。
 信長は、蘭丸の体を横たえ、念入りに乳首を嬲り続けた。片方だけ舐りながら、手を蘭丸の下半身に伸ばした。縛られた手首を体に敷いて、腰が幾らか高く上げられている。すべらかな太腿を強引に開き、窄まりに指をずいっと埋めた。

「きゃあっ」

 蘭丸が女のように悲鳴をあげた。突然の出来事で、その箇所が引き裂かれそうな程に痛む。しかし、温かい口内粘膜に引き出される快楽で、混乱していた。

「あ、はああ、うっ」

 蘭丸は太腿で信長の腕をぎっちり挟んでいた。信長は乳首を強めに噛んだ。

「痛…!」

 指がどんどん入り込んで、敏感な箇所をじっくり攻められる。そして、信長に教わった快楽のつぼを擦られた。

「ああ、あー!」

 蘭丸は、妖艶に吠えてから、体をがくがく震わせた。信長は胸板から唇を離し、蘭丸の両足を広げ、持ち上げた。

「あっ…、ふぁ…」

 蘭丸は浅く激しい呼吸を繰り返し、薄目で見上げた。股座から役目を果たし、白濁を滴らせた自身と、信長が見えた。信長もいつの間にか、一糸纏わぬ姿でいた。信長の一物は、風格をそのまま表したように立派で、先走りで黒光り、既に蘭丸を狙っていた。
 蘭丸はごくりと唾を飲んだ。初めて夜を過ごした時、その大きさに怖じ気づいたことを思い出していた。

 蘭丸は、信長が初めての相手だった。蘭丸の数々の急所も、信長によって導き出され、蘭丸が持つ技も、信長の為に磨いて得たものだった。尤も、体を重ねれば殆どの場合、蘭丸が先に果ててしまって、それが活かされることも滅多になかったが。目覚めると、大概信長の腕の中にいた。体は温かく、満たされたが、幾らかの焦燥感を抱いていたのも、また事実だった。

(やはり、大きい…)

 蘭丸は眉間に皺を寄せ、信長を待った。

「あ、あっ」

 鰓の張った大きな先端が、小さな穴に埋まると、そのまま一気に押し込まれた。

「は、ぐうっ…」

 大きな振子が、蘭丸の会陰を打つ。
 信長は、挿入したまま蘭丸の尻を掴んで、対面した体制で抱き上げた。

「あー…」

 両手を拘束された蘭丸は、しがみつくことが出来ない。逞しい腕で力強く支えられ、それ以上強く体を穿たれた。

(こ、これは…)

 表情を乱さずに突き続ける信長の顔を見詰めてから、揺すられながら広い肩に顔をうずめた。

(駄目だ、もう、力が入らない…)

 蘭丸は目を閉じた。
 信長に体を預けながらも、視界を遮断すると瞼の裏に源太郎を描いてしまう。昨夜、こんな風に源太郎と繋がったばかりだ。

「あ、熱いぃ…」

 罪悪感を抱きながら信長の熱を受け取った。それでも、勢いよく叩き込まれる奔流が、蘭丸の意識を遠退かせる。
 しかし、信長はそんなに生易しい男ではない。放ち終えると、蘭丸を体から剥がし、顔を股間に引き寄せた。

「あ、あの…」

 萎びた状態でも十分な大きさを誇っている。蘭丸は結ばれた両手首に目を向けてから、信長を見上げた。解いて欲しいと訴えても、信長はただ冷たい目で、蘭丸を見下ろした。
 こんなに大きいのに、口だけで収まるか不安になった。しかし、ここで引く訳にはいかない。

 蘭丸は、表面に小さな舌を這わす。何度か上下を往復し、片方の袋をぱくりと口に含んだ。中を舌で転がしても、皮を引っ張っても、噛んでも反応がない。もう片方を同じようにしても変化はなかった。今度は首の角度を精一杯かえて、裏側を舐めようとした。大きな袋が邪魔をして舌は届かず、諦めて先端に狙いを定めた。出口や括れた部分を舐め、ぎりぎりまで口に含む。信長に変化はない。蘭丸は大きな音を立てて吸い込んだ。
 美しいかんばせで口淫され、潤んだ瞳で見詰められれば、大概の男なら、やすやすと放ってしまう状況だろう。しかし、水音は蘭丸の唾液のみ。形を変えない信長自身と、その冷たい目は蘭丸の心を砕いた。

(泣いたらいけない、余計に、惨めだ)

 主君に快楽を与える技の一つもない小姓など、意味がない。蘭丸は、必死に口を使い続けた。

「あ…」

 ぽろりと、含んでいた信長が口から零れた。

「も、申し訳ありません…」

 蘭丸が俯いて謝ると、炎の縄が手首から伸びてきた。

「あ、何…?」

 縄は首を通り、交差し、胸や腹、背中に伸びては交差を繰り返し、亀の甲羅のように結ばれた。

「あ、あぐっ」

 縄に引っ張られるように、炎柱に高く結びつけられた。蘭丸は自由な足をぶらぶら揺すった。

「どうなって…、はあう!」

 縄が、蘭丸の細い体を締め付け、肉付きの薄い胸が縄の圧迫で盛り上がってきた。信長は、その僅かな膨らみに手を伸ばし、起った乳首を噛んだ。

「あ、あうう!」

 それだけで、蘭丸はやすやすと下肢を膨らませた。
 腰を締め付ける縄が、今度は下半身に伸びた。

「おやめください、どうか!」

 縄により膝を曲げ、両足を開かされた。息づく総てを晒され、蘭丸は羞恥で顔を真っ赤に染めた。
 縄は蘭丸の中心まで伸びて、両端の小さな膨らみを根元から結び、交差しそのまま根をぐるぐると巻いた。そして、ここにも締め付けを与える。下半身への締め付けは、上半身よりも優しく、適度な刺激となった。

「あ、やだ、もう、出てしまう…」

 蘭丸は、大きな瞳と、先端から涙を流していた。下から零れた涙は、ゆっくりと流れ落ち、会陰を通り、剥き出しの後孔に垂れた。後孔は激しく息づき、僅かに自分の先走りを飲み込んだようだった。

「信長様、何か仰って下さい、どうか」

 信長は蘭丸に直面し、濡れた蕾にいつの間にか大きくなっている自身をあてがった。

「あ、ああっ」

 太い鰓までが埋め込まれた。それ以上は侵入して来ない。
 まさか、ここを自分の意志で調節出来るのだろうか。蘭丸は、結合部を見詰めた。
「!」

 縄が、細い紐となって伸びた。その紐が、蘭丸の先走りの出口に侵入しようとしている。

「其処は駄目っ、あふうっ」

 深く入って来て、狭い狭い空洞を炎はくまなくすり立てる。

「そんな奥まで!ああー!痛い!痛いー、止めてっ。やめてえええ」

 蘭丸は、信長とは色んなまぐわいを楽しんだ。しかし、通り道を攻め立てられるのは嫌いだった。快楽に辿り着く前に、痛みで気を失ってしまう。悲鳴が掠れだした頃、信長が腰を突いた。

「はぅっ、あん…」

 もう、痛いのか気持ち良いのか分からない。自己が崩壊してしまう恐怖に、蘭丸は叫び続けた。

「ああー!あー…、あ、あん、ん、ん、う…ん…」

 涙が止め処なく溢れた、霞んだ視界で信長の口角が上がっているように見えた。

「う、ううっ」

 炎の糸が、蘭丸の白濁と共に飛び出した。

「信長様、何故、このようなことを…」

 蘭丸は、震えながらやっとのことで言葉にした。

「我を、刻まんとする為」

 そう言うと、信長は熱を放出した。 炎の縄が蘭丸を解放し、信長がその体を抱き上げ、膝にのせた。白い肌には痛々しくも美しい縄化粧が施された。

「信長様、ずっと、蘭を見ていて下さったのですか?」

 初めの交わりの体制は、源太郎を彷彿させた。戒めのように与えられた快楽は、独占欲から来るものなのかも知れない、と蘭丸は思った。
 信長は何も答えず、蘭丸の涙の跡を舐めていた。

「信長様…」

 信長は喋らない。しかし、それでいい。さっきのあの、低くよく通る声は、間違いなく本人のものだった。

「んっ……」

 信長は小さな唇に、自身の唇を重ねた。静かに唇を啄み続ける。
 恐ろしい人。あんなに、恐怖と快楽を与え、貶めながらも、最後の口付けはこんなにも優しい。
 信長は、どう思っているのだろう。他の人間に仕えた自分を。そして、自分は信長の元でどう変わってゆくのだろう。
 蘭丸は、白い指先で信長の唇を制した。

「信長様、蘭は、以前の蘭ではありません…。本当は、こんなに優しくして頂く資格など、ないのです」

 蘭丸は、源太郎によって、独占することや、快楽を与える歓びを知った。源太郎は、いつでも返してくれた。言葉で、表情で、態度で。そして、蘭丸の体にも快楽を与えようと、不器用ながら甲斐甲斐しく尽くしてくれた。

「蘭は、その方を忘れることは出来ない、信長様がこうして触れて下さっても、どうしても…」

 信長は、蘭丸を抱き寄せ、肩に顔を押し付けた。
 他人のことで泣いてしまう自分を許してくれたのだろう、蘭丸はその肩に顔を伏せて、しがみついて泣き崩れた。

「ご、ごめんなさい、信長様、源太郎様…!」

 信長は、蘭丸を抱き上げ、歩き出した。

「泣かずとも、良い」

 信長が二言目の言葉を発した。驚いた蘭丸は顔を離した。

「あ、か、体がっ」

 炎の砦から抜け出すと、蘭丸の体は熱くなった。上気したと言う以上の熱で、同時に激しい痛みが蘇った。

「の、信長様…」

 信長は、再度、唇を蘭丸に落とした。ただ、唇と唇を重ねるだけの、優しい口付け。

「別れの時よ」

 唇を離すと、信長は笑っていた。優しく、限りなく切なげに。
 その笑みは、痛み以上に蘭丸の心を締め付けた。

「嫌だ、だって、折角、お会い出来たのに…」

 信長が立ち止まった。腕の中で蘭丸が見下ろすと、眼前は、深い、深い奈落。
 信長は、蘭丸を体を其処に放り投げた。

「の、ぶなが…様っ…!」

 蘭丸は、穴に吸い込まれて行った。主君の顔を瞳に焼き付けながら。信長の唇が動いた。蘭丸は読みとろうと凝視した。

「信長様…!」

 もう、主の姿は見えない。ただ、深い闇に吸い込まれ続けた。







 我の、宝。

(信長様…!?)

 耳元で声が聞こえた。蘭丸は目を開けた。奈落にも、果てがあるのか。自分が仰向けに横たわっていることに気付く。

「…、っ…」

 出したくても、声にならない。蘭丸は何度も瞬きをして、ぼやける視界を取り戻した。

 くすんだ見覚えのない天井。天井には、幾つかの染みがある。首を回して明るい方を見てみると、蝋燭の灯りがゆらゆら揺れている。自分の体を起こそうとすると、上体に激しい痛みが走った。
 着せられた帷子をゆっくりはだけると、体に包帯が巻かれていて、汗で張り付いている。

(そうだ、あの時、弓で射抜かれて…。志津殿は、ご無事だろうか…)

 蘭丸は忌まわしい記憶を取り戻しながら、特別不快感が残る下半身を弄る。

「…!」

 下帯は着けておらず、どろりとした粘液が手に付着した。帷子を汚してしまったらしい。
 夢幻の名残り。

(信長様…、蘭を、助けて下さったのですね…)

 主の優しさに、涙が零れた。あの声は信長に違いない。他の者に仕えても、まだ自分を宝と賞してくれた。蘭丸は右腕で涙を拭った。信長は今でも見守ってくれている。あの優しい炎に包まれながら。

 ふと、襖一枚隔てた隣の部屋で物音が聞こえた。床が軋み、若い女の声がした。

「げんさん」

(げんさん…。源太郎様?其処に、いるのですか?)

 蘭丸は汚れた手を帷子で拭い、痛い体を引き摺って、布団からはみ出しながら襖に手を伸ばし、ゆっくり開けた。

「!!」

 僅か二寸程の隙間から、二人の人間が重なっているのが見えた。
 逆立つ短髪、広い背中に、引き締まった大きな体、長い手足。紛れもない源太郎。源太郎が、女に被さり、首を吸っていた。

「あ、ん、げんさん、げんさん…」

 女は志津ではない。幾らか若く、体もより豊かだった。そのむっちりとして艶やかな手足を源太郎に巻き付けて、愛らしい声で鳴いている。

「げんさん、して、ねえ…」

 源太郎は、喘ぐ唇を塞ぎ吸い込んだ。

(そんな、源太郎様…)

 蘭丸は、静かに襖を閉めて、布団に潜り込んだ。
 体が震えるのは、痛みのせいだ、きっと。涙が枕に伝い落ちる。

「あん!げんさああん、げんさん…!」

 甲高い嬌声。嫌だ、聞きたくない。蘭丸は、体を引き摺って、その場から離れた。

 廊下に出て、戸板を開ける。この敷地の庭のようだ。草木が茂り、欠けた月が光っていた。蘭丸は熱い体を冷やそうと、右腕で外まで這い歩く。

「あがっ…!」

 蘭丸は、縁台から転げ落ち、右肘と傷を強かに打った。

「う、ううっ…」

 この涙も、痛みのせいだ。傷が痛いから。分かっている。蘭丸は、顔を草花に押し付けて、泣き続けた。




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