妄想、愉悦。


弐拾捌


   


 肩を揺さぶられ、蘭丸は顔を上げた。

「こんなとこで寝たら、風邪引くよ」

 菊之助が蘭丸の隣に座る。

「菊殿…?いつの間に?」

「今」

 蘭丸は寝てなどいない。昂りを抑えようと、身を抱いていただけだ。

「どうしたの?」

「いえ…。随分、お早いですね」

「してないよ」

「…私が、邪魔をしてしまったから?」

「違うよ」

 菊之助は真っ赤に染まった庭を眺めながら覇気のない声で言った。

「あの人、おれの大事な人に少し似てて…、でも、やっぱり違うから」

 菊之助は口角だけを上げて、悲しい目をしたまま笑った。

「似ているとどうしても求めちゃう。でも、違いに気付くと無性に悲しくなるんだ。惨めじゃん」

「菊殿…」

 蘭丸は菊之助の温かい手を握った。菊之助は蘭丸の手を握り返した。

「ねえ、乱太郎さんは源太郎さんが初めて?」

「いいえ」

「やっぱりね」

「何故、そう思うのです?」

「分かるよ。乱太郎さん、どっかの大名のお小姓さんだったんでしょ?源太郎さんは普通のお百姓さんって感じだし」

「……」

 蘭丸は何も言えなかった。天下統一間近に果てた織田信長に仕えていた、と言った所で、誰が信じるだろうか。

「だんまりってことは、図星?」

「菊殿こそ、言葉遣いで誤魔化して、仕草や物腰に、気品が漂っておられる。名家の出ではありませんか?」

「違うよ」

 菊之助は一瞬瞳を伏せた。

「ねえ、冷えてきたね。中、入ろうよ」

 菊之助は話を誤魔化した。触れてはいけないのだろうと気付いた蘭丸は、首を横に振る。

「此処で、源太郎様を待っています」

「健気だね」

「…!」

「体、冷えてるね」

 菊之助は蘭丸の肩を抱き寄せる。触れられた箇所が温かい。

「菊殿、止めて下さい」

「止めない。源太郎さんが来るまで、おれがあっためてあげる」

 菊之助は顔をぐいと引き寄せてきた。間近で見ても、菊之助の顔は完璧に整っている。瞳の色が自分と違うことに気付く。青みがかかった銀色の双眸が、蘭丸を捕らえた。

「菊殿の目、不思議な色をしています」

「おれ、拾われたんだ。生まれは分からないけど、異国の血が流れてるかも知れない。この目が嫌いだった」

「そんなに、綺麗な色なのに…」

「乱太郎さんの目も綺麗だよ。吸い込まれそう」

「っ…」

 菊之助の不思議な色に見入っていると、唇を奪われた。一瞬触れ合っただけで、すぐ離された。

「ごめん」

 菊之助は蘭丸から体を離した。今にも泣き出しそうな顔をしている。不意を突かれたにも関わらず、蘭丸の心情は怒りとは真逆のものだった。

「おれ、どうしてこうなんだろう…」

「そんなに、自分を卑下なさってはいけません」

「だって、乱太郎さんには大切な人がいるのに…。おれのこと、淫乱だと思うでしょ?」

「菊殿は、他の方を通して、前の主を見ておられる。私も、源太郎様が現れなかったら…」

 蘭丸は言葉の続きを止めた。源太郎がいながら、信長を求めた事がある。そして、幻想に縋った。

「どうしたの?」

 菊之助は蘭丸を心配そうに見詰めた。

「…とても、失礼ですけど、私達、似ています。何だか、菊殿を励ますのは、自分を庇っているような気持ちになって…」

「そんな顔、しないで。おれ、自分を蔑むの、止めるから」

 菊之助は蘭丸の体を抱き寄せる。腕の中に包み込まれたまま、唇を触れ合わされる。

(ああ、分かった…。源太郎様の気持ちが…)

 志津を想う余りに、源太郎は抱いても良いと言った。情や義理で体を許すことなど、蘭丸には信じ難いことだった。
 源太郎や信長、家族や仲間とも異なるが、菊之助は蘭丸の大事な部分に入り込んでいることに気付いた。恋慕とは違うけれど、自分が出来ることなら何でもしてあげたくなる、人を想う気持ち。

「拒まないの?」

 菊之助は静かに受け入れてる蘭丸の唇を解放し、気持ちを確かめるように見つめた。蘭丸は顔を上げる。

「私の最愛の方は源太郎様、それは変わりません。ですが、菊殿が私を慰み物にして、気が済むなら」

「本当に、後悔しない?」

「すると思います。源太郎様への裏切り行為には変わりありません」

「じゃあ、気が変わらないうちに」

「菊殿、私は、貴方の大事な方ではありません。私なんかが、身代わりになれるでしょうか?」

「大事さ。とってもね。それに、そんなこと、気にしなくていい。おれが今求めてるのは、乱太郎さんなんだから…、ね?」

 菊之助は再度蘭丸に口付けた。唾液を送り込み、舌を挿し入れて歯列を舐める。蘭丸が瞳を閉じると、互いの長い睫が重なった。
 菊之助は動きの一つ一つが丁寧で、身を任せた蘭丸の口内を隈無く愛撫した。
 菊之助は唇を離し、口付けだけで脱力させた蘭丸の帷子を左右に広げた。昼間、たっぷり可愛がった突起に指先で触れた。

「あ!」

 蘭丸は体を仰け反らせた。

「感じるでしょ。もっと、気持ち良くさせてあげる」

 菊之助は背中の包帯に手を添えて蘭丸の体をそっと倒した。

「背中、痛くない?」

 蘭丸は頷く。患部を菊之助の手が守ってくれている。
 菊之助は蘭丸の突起を口に含んだ。舐めて、つついて、やんわり噛んで強く吸い立てる。もう一方は指先で摘まんで引っ張り、押し潰してぐいぐいと回した。交互に口で、指で弄ぶ。
 快楽の波が攻め寄せると、次第に蘭丸は怖くなっていた。体はあげてもいい。だが、その手管に溺れたくなかった。源太郎より他に快楽を得たくない。なのに、菊之助は蘭丸のそれを優しく、確実に引き出した。

「菊殿、私…!」

 蘭丸が声を荒げる。焦りの色が混じっている。

「源太郎さんを裏切れない?」

「はい…」

「源太郎さんは、乱太郎さんを裏切って、おれを抱いたよ?」

「それだけでは、私は…、怖いのです、自分が、自分でなくなりそうで…、うっ…」

 菊之助は蘭丸の体の上に覆い被さり、火照った頬を舐めた。胸への攻めは止めて、盛り上がった急所に手を乗せる。

「…おれ、そんなこと言われたら、思い上がっちゃうよ?」

「私の覚悟が至らないせいで…」

「分かった。じゃあ、ご奉仕して?」

「……」

「して、くれないの?」

 菊之助は蘭丸の口に人差し指を挿し入れた。

「んっ…」

 蘭丸の舌の上に指をのせ、舌を撫でるように指を動かした。

「小さな口だね。よく、源太郎さんのものが入るね」

 見たような口振りだった。蘭丸は、昨夜の戯れを見られたのかと気になった。
 菊之助は噛み合わせを撫で、更に舌を捲るように裏側へと指を挿した。

「っ…!」

「舐めて?ほら、許して欲しいんでしょ?上手に出来たら、解放してあげる」

 蘭丸は迷いながら、菊之助の指を舐り、菊之助の指を包み込んだ。蘭丸の小さな舌の上に、菊之助の細い指がぴったり嵌った。

「んっ…、く」

「やったことない?指はね、神経が集まってて敏感なんだ。力、もっと抜いて?」

 蘭丸はどうすれば良いのか分からず、第二関節を甘噛みし、上顎と舌を密着させ、音を立てながら吸引した。

「舌を、左右に動かして」

 蘭丸は従いながらも、混乱していた。数分前の、憐憫な表情とは全く違う。年下の少年とは思えない程妖艶な、高貴な表情だった。

「良く、出来ました」

 菊之助は唾液を纏った指を抜いた。解放されたと蘭丸が体を起こそうとすると、背中の帷子を掴まれ制される。

「菊殿…、約束が」

 菊之助はにこりと笑って、濡れた指を下へずらした。

「其処は、汚いです!」

 菊之助は蘭丸の会陰を撫で、後孔を指で刺激した。蘭丸は膝で山を作り、艶めかしい脚を剥き出しにした。

「汚くなんかないよ。おれが綺麗に拭いたから」

「駄目です、菊殿!」

 快楽に耐える蘭丸の姿を眺めながら、菊之助は自分の唇をぺろりと舐めた。

「大丈夫、指だけだから」

菊之助は二本指で小さな窄まりを広げ、濡れた指を第一関節まで埋めた。

「菊…」

「まだ、堅いね。入れるよ?」

「あ…!」

「こうやって少しずつ馴らさないと、源太郎さんとも出来ないよ?」

「痛…あ!」

 指を根元まで埋め込む。狭い口が指をぎちぎちに締め付けた。菊之助は肉壁をそっと撫でる。些細な動きで蘭丸の体は大袈裟にびくりと跳ね上がり、菊之助を楽しませた。

「したかったんでしょ?源太郎さんと。でも、言えないから、お口で我慢したんだよね?」

 蘭丸が羞恥で目を見開いた。

「やはり、見ていたのですか?」

「うん。あんなところでしちゃうんだもん。可憐な顔してやるよね、乱太郎さん」

「ああっ!」

 口を動かしながらも、菊之助は指の動きを止めない。蘭丸は、襲ってくる快楽から胸を激しく上下させた。

「痛い?もう、痛くないよね?」

「もう、止めて下さい!」

 蘭丸は左手で菊之助の襟を掴んだ。抵抗を示し引っ張ると、絹のような素肌が露わになる。

「……!」

 菊之助の肢体は、直視するのを躊躇ってしまう程、妖しい艶を放っている。それが、同性であっても。肌理細かい柔肌は眩しい程に白く、筋肉からか脂肪からか、胸板は発達して僅かに盛り上がり、その中心には色鮮やかな紅の突起が飾られている。

「乱太郎さん、本当に綺麗だよ。妬ましいくらいに」

 菊之助は冷たく微笑んだ。何て綺麗なかんばせだろう。こんな状況なのに、蘭丸は目が離せなかった。こんなに美しく、技もある菊之助が、自分に劣等感を抱くことなどあるのだろうか。

「…何を言っておられるのですか?」

「可愛さあまって…、て奴かな」

 菊之助は腸内の指を曲げて、腹側のおのこの秘所に触れた。蘭丸の中心を覆った帷子の、押し上げられ膨らんだ部分が濡れ始めていた。

「素直になりなよ」

「あっ!ああっ…!」

菊之助が顔を寄せて来た。唇を守る為に、蘭丸は顔を背ける。

「止めて下さい!後生ですから!」

菊之助は顔を上げ、後孔の指を抜いた。蘭丸の体を抱き起こす。

「菊殿」

 途端に引いた菊之助の行動に、蘭丸は拍子抜けした。

「ごめん、本当に、もう、しないから」

菊之助は蘭丸の帷子を整え、裾を直し、体を起こした。

 一尺程の間を置いて菊之助は隣に座る。蘭丸は菊之助の綺麗な横顔を眺めながら、自分の浅はかさを恥じた。半端な同情で菊之助を傷付けてしまった。そして、昂った体はまだ放熱しきれない。
 蘭丸はゆっくりと呼吸を整えた。胸の傷が再び疼く。

「無理させたね」

 菊之助が蘭丸の肩を抱き、傷にそっと柔らかい掌を被せた。

「ゆっくり、吸って」

 蘭丸は言われた通りに息を深く吸い込む。

「吐いて」

 呼吸が落ち着くと、菊之助は労るように蘭丸の肩を支えた。

「菊殿…、怒らないのですか?」

「何で?」

「私は、菊殿にとても失礼なことをしましたのに」

「あ」

 菊之助が庭先に顔を向けた。

「源太郎さんだ」

「え?」

 蘭丸も同じ方向に目を向けるが、源太郎の姿はない。菊之助はよいしょと立ち上がった。

「今日は、素直に言うんだよ?して欲しいこと」

「して、欲しいこと?」

「これのこと」

 菊之助は元に戻らないでいる、蘭丸の中心に手を置いた。

「き、菊殿…!」

 慌てふためいた蘭丸の姿を見て、菊之助は笑った。

「じゃあね。夕飯前には、終わらせてね」

 菊之助は奥に戻っていった。それと同時に、草履を突っかける足音が聞こえた。
 源太郎が帰ってきた。源太郎は、縁側の蘭丸に気付くと、笑顔で手を振った。

「ふう」

 源太郎は蘭丸の隣に座り、優しい視線を送った。蘭丸は笑顔を作る。

「お帰りなさいませ」

「ただいま」

 源太郎は顎を掴んで蘭丸に口付ける。小さな唇を優しく包み込んで、甘く噛んだ。

(さっき、菊殿としたばかりなのに…)

 罪の意識が、余計に胸を痛ませる。けれど、痛くなってもいい。言わなければ、してほしいことを。

「どうした?元気がないだ」

 蘭丸は源太郎の体に密着して、顔を埋めた。源太郎は蘭丸の頭を撫で、髪を指で梳いた。

「お蘭、髪洗っただな」

「菊殿が…」

「手入れ、上手いな。おら汗臭いし、泥だらけだから離れるだ」

「構いません。蘭の帰する場なのですから」

「可愛いことを言うだ」

 源太郎は蘭丸を引き寄せ、抱き締めた。蘭丸の股の盛り上がりが当たった。

「お蘭…」

 源太郎の頭にかっと血が上る。蘭丸は顔を染めながら俯いた。

「おらが出してやるか?」

 蘭丸は首を横に振る。

「源太郎様が…、欲しいです」

「だが、傷に…」

 蘭丸は潤んだ瞳で源太郎を見上げた。

「源太郎様が下さらなければ…」

「……」

 源太郎は、体内が熱く滾るのを感じた。自分だって触れたい。この弱々しくなった体に、思う存分、熱を注ぎたい。けれど。

「駄目だ!まだ、目、覚めて二日だど?吃驚して、心臓がひっくり返りでもしたらどうする?」

「分かりました…」

 蘭丸は源太郎に背を向けた。源太郎は優しい。なのに、それに傷ついている自分が情けなかった。

「源太郎様、少しだけ、蘭を一人にさせて下さいますか?とても、合わせる顔が御座いません」

「お蘭…、おらが出してやるから」

「そんなことをされては、余計に求めてしまいます故…。欲深い蘭を、どうかお許し下さい」

 蘭丸は源太郎から身を離した。

「……」

 源太郎は華奢な背中を見詰めながら、考えた。自分が求めているように、相手も求めている。気付いたら、源太郎は手を伸ばしていた。

「…源太郎様…」

 源太郎は蘭丸を抱き上げる。

「一人にはさせないだ」

 蘭丸は瞳を濡らしたまま、源太郎の服を握って源太郎にもたれかかった。






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