参拾参
涼しくなるに連れ、段々と夜明けも遅くなる。源太郎が目覚めた時、まだ空は暗かった。
傍らの蘭丸は相変わらず眠りこけている。源太郎が頬を摘まんで引くと、整った寝顔の口元が撓み、緊張感のない顔つきになった。手を離すと、僅かに口を開けたまま寝付いた。
源太郎は昨夜のことを思い出した。
仕事を終えて帰っても、蘭丸は眠っていた。一度も目覚めてないと聞いて、不安になって叩いて起こすと、目を開けた。気怠そうではあったが、顔色も良く、表情も穏やかだった。安心して風呂に入って戻ると、蘭丸は再び寝ていた。菊之助の腕の中で。
忘れられない。菊之助が蘭丸を慈しむように抱くさまは、とても画になった。くすんだ壁や古びた畳や襖が、隔たれた別の空間であるように、儚く現実離れしていた。蘭丸の寝顔はとても安らかだった。そして、菊之助の横顔は、限りなく悲しげであった。
独占欲が湧くまでに暫し時間がかかった。その後、小さな嫉妬が根を這った。だが、菊之助が漂わせる悲壮感に、言葉など出なかった。
結局、自分はあの頃とちっとも変わっていないのだろうか。信長に嫉妬して蘭丸を傷付け、菊之助に嫉妬して、また蘭丸を傷付けてしまうのだろうか。
「お蘭」
源太郎は耳元で名を呼ぶ。しかし、蘭丸は目覚めない。
「お蘭」
もう一度名を呼んで、耳を口に含んだ。軟骨が口の中でひしゃげる。歯を立てると、蘭丸の体がびくりと揺れた。
「ん…」
蘭丸は擽ったさに眉間に皺を寄せていた。源太郎がそっと太腿をさすると、蘭丸は股をしめた。眠りはそれ程深くない。柳腰を抱き寄せると、蘭丸はとうとう目を開けた。
「…嬉しい…」
蘭丸が甘えるように源太郎の胸に顔を埋めると、鼻先で擦られた地肌が擽ったく、源太郎は身を捩った。そんな源太郎を蘭丸は上目で見上げた。
「とても、怖い夢を見ました」
「どんなだ?」
「源太郎様が、眠っておられて、いくら声を掛けても目を閉じたままで…」
「それはお前だ」
「夢で良かった」
愛しさに、つい力を込めて抱き寄せると、蘭丸が腕の中で呻いた。互いの体に折れた腕が挟まれ圧迫されて痛んだのだ。
「すまない」
源太郎が身を離すと、蘭丸は笑顔で首を横に振った。身を起こそうと肩を浮かせると、源太郎が支えながら共に起き上がる。
「どうした?厠か?」
「はい」
蘭丸はゆっくり立ち上がった。弱々しい動きに、案じた源太郎は蘭丸をひょいと抱き上げた。
「連れて行くだ」
「申し訳ございません…」
蘭丸はどことなく辛そうに俯く。また軽くなった。殆ど薬草しか口にしてないから当然だろう。
「お蘭、飯、食べるか?」
「いいえ」
濡れ縁に下ろして草履を履かせて、抱き上げて離れの厠まで連れて行く。
「一人で出来るか?」
「はい」
源太郎は蘭丸が用を済ませている間に、井戸水で手拭いを濡らした。厠から出て来た蘭丸に手渡すと、蘭丸は神妙な顔で受け取る。
「お蘭、飯、食え」
濡れ縁で草履を脱がせながら、源太郎は言った。
「あまり、食欲がありません」
「駄目だ、こんなに痩せちまって。栄養だけでも、取れ」
「……」
「待ってろ。おらが作って来るだ」
「源太郎様…!」
源太郎は台所に向かった。源太郎の後ろ姿を見送ると、蘭丸は膝を折り畳んで顔を伏せた。
「……」
気を抜くと眠ってしまいそうだった。蘭丸は顔を上げて、徐々に明るくなる空を見た。
怪我を治す為なら、苦い薬を飲むのは仕方ない。しかし、この眠気は辛い。休みすぎて脳も体も確実に弱ってゆくのが手に取るように分かる。蘭丸は白い掌を見た。もう、どれくらい武具を手にしてないのだろうか。また、握れるだろうか。この先危険な目に遭って、源太郎と自分の身を守れるように。
「お蘭」
源太郎が盆を持ってやってきた。
「薬は、飲みたくありません」
「今飲まなくったっていいだよ」
盆には土瓶と湯飲みと、布巾を掛けられた皿が載っている。源太郎が布を取ると、大きな饅頭が三つのっていた。源太郎が饅頭を一つ手渡す。蘭丸は手の上の饅頭を無言で見下ろしていた。
「食べるだよ」
「あ、はい…」
蘭丸が饅頭を口に入れようとすると、源太郎は笑った。
「今、お蘭と会ったばっかの時のこと、思い出しただ。お蘭は、そんな風に、おらが作った粥を見てた」
「そうでしたか?」
「ああ。おらが嫌いか聞いたら泣き出しただ」
「あれから、三月経ったのですね」
「もう三月と半だ」
「とても、長く感じます。源太郎様と出会ってから、蘭の全てが変わりました」
「おらもだ。でも、あっとゆう間でもあっただ。お蘭と一緒にいて、幸せで、時間が幾らあっても足りないだ」
源太郎が蘭丸の肩を抱いた。蘭丸は源太郎と出会ってからのことを思い出した。たった三月共にしただけなのに、もう、源太郎なしの生は考えられない。
「源太郎様、今一度、お聞きします」
「何だ?」
「蘭をお側に置いて下さい。ずっと、ずっと…」
「当たり前だ。離さないだよ」
「蘭を置いて逝かないで下さい」
「ああ」
「蘭は、源太郎様なしでは生きていけません」
蘭丸は源太郎ににじり寄る。源太郎は抱いた肩を引き寄せる。
「おらはすぐに死んだりしないだ。だから、お蘭もおらを置いて逝くな」
「はい」
「お蘭はおらより若い。だから、死ぬのはきっと、おらが先だ。そうだよ、そうでなきゃ、いけねえ」
蘭丸は今にも泣きそうな顔をした。
「嫌です!もう、あんな気持ちは、蘭も、後を追います…!」
「おらも、妹が死んで、一人になった時辛かっただ。でも、生きてて良かった。お蘭に出会えたから。お蘭は違うか?」
「蘭も…」
「幸せなら、おらも幸せだ。だから、絶対に死んだら駄目だ」
「源太郎様…」
「ま、当分死なねえけど」
愛おしさが悲しい記憶を引き連れて、どうしようもない。蘭丸は腕を回して源太郎にしがみつく。
「宿命など、誰も分かりはしないのです」
掌と源太郎の腕の間にある饅頭が潰れた。餡がぼたぼたと落ちる。
「何してるだ、勿体ねえ」
源太郎はぺしゃんこになった饅頭を食べた。潰れた豆の味と、優しい甘さが口に広がる。
「旨い」
源太郎が蘭丸の手を取り、舌で舐め取ると、瑞々しい皮膚に甘味が重なる。優しく撫でても、蘭丸は顔を上げなかった。
「また、思い詰めて」
「…申し訳ありません」
源太郎は蘭丸の掌と自分の腕に付着した饅頭の欠片を拭き取った。
「変わらないな。お蘭はすぐに抱え込む」
「源太郎様も」
「おら、変わってないか?」
源太郎は不服そうな面持ちで、饅頭を差し出した。
「変わらないで下さい」
蘭丸は受け取って一口噛んだ。
「旨いか?」
「はい」
「おらは、この先どうなるか分かんねえけど、今を大事にしたい」
「…蘭は、この幸せを何時までも続けていけたらと思います」
「そうだな」
源太郎は蘭丸に額を擦り寄せた。蘭丸が顔を上げると、その口を貪った。
互いの甘い唇を合わせながら、手を重ね合わせる。
「あ…」
蘭丸が焦って顔を離す。重なった手と手から餡がはみ出た。
「またやっちまったな」
源太郎が笑いながらに蘭丸の体を倒した。
「…包帯は、汚してはいけませんよ」
「分かってる」
そう言いながら、源太郎が体を被せてきた。源太郎は蘭丸の口に小さな饅頭の欠片を入れて、自らの唇で塞いだ。苦しげに吐息を漏らすと解放し、見つめ合う。
「可愛いな」
源太郎は紅潮した頬を撫で、その手を股座に伸ばし、膝を開いて間から奥を弄った。反応し、起き上がっているのを確認する。
「出したいか?辛いなら、しない」
「辛くはありません…。でも、後にきっと眠ってしまうから…」
「寝たらいい」
源太郎は柔らかい袋で覆われた丸みを優しく揉み解す。
「ん…、朝、お見送りしたいです」
「可愛いこと言うだ」
源太郎は顔の位置をずらした。小さな膨らみに舌を往復させると、真っ直ぐ起った先端から露が零れた。物欲しげにひくつく後孔に伝い落ちる。
「綺麗だ。ふぐりも、ここも」
源太郎は舌を挿し込み、唾液で濡らす。蘭丸の肌はどこもかしこも瑞々しく清潔感があり、舌に味が残らない。こんなに寝ていれば、寝汗ぐらいかくだろうに。
(あいつ、こんなところまで…?)
患者の体を清潔に保つのも、世話をする菊之助の仕事だろう。咎める理由にはならない。
「…ん…!」
蘭丸が短い悲鳴を上げる。両足を支える手に力が入り、無意識に爪を立てていた。
「す、すまないだ」
苛立ちがこんな形で表立ってしまった。蘭丸の太腿に、小さな三日月型の爪痕が幾つか残った。しかし、蘭丸は顔を赤らめたままに、消えそうな声で囁いた。
「いえ…、続けて下さい…」
源太郎は蘭丸の反応に安堵し、窄まりにまた舌を添える。昨夜繋がったばかりなのに、堅く閉じていて、中に侵入された形跡はない。
十分湿らせて、舌を抜いて指を埋める。深く挿して中を広げる。
「ああ…、あっ!」
快楽に喘ぐ蘭丸の声。源太郎は指を抜き、下帯を解いた。蘭丸の背を支え、膝に座るように促した。ぎりぎりまで追い込まれた蘭丸は積極的に源太郎の膝に跨り、体を密着させた。源太郎の腹に逸物が当たる。
「出したかったら、おらの腹にかけてええから」
源太郎が言うと、蘭丸は一瞬困った顔をして頷き、左腕を源太郎の腕にまわした。源太郎は蘭丸の尻を両手で開き、先端を濡れそぼつ後孔に添えた。
「ん、ああっ…」
蘭丸は甘く喘ぎながら、源太郎を身に収めた。ゆっくりではあるが、苦痛の色は感じさせず、順調に。
蘭丸の中に入り込むと、源太郎は蘭丸の唇を塞いだ。何度も喰み、吐息ごと閉じ込めて舌を絞り取るように吸い上げる。唇を離すと、艶を帯びた目で見上げられた。
「駄目だ、おら、やっぱり我慢出来ねえ…」
今夜は優しく、蘭丸の体を労ってやりたかった。けれど、狭さと熱に追い込まれて余裕などなくなっていた。
「私も、同じです。どうかこの身を…」
源太郎は蘭丸の腰を支え、自分の体に押し付けた。奥をぐいぐい突くと、蘭丸は身悶えた。首を逸らし痙攣しながら熱を吐いた。生暖かい液は源太郎の腹から足を伝い流れ落ちる。
「…次はおらの番だ」
腕の中で蘭丸は頷き、前後に腰を揺すった。
「お蘭…、お蘭…」
快楽に身を任せながら、源太郎は名を呼んでくれた。
この幸せが特別なことなのは、蘭丸には痛い程分かっていた。腕の中で繋がって達しても、心に残る一角の闇が消えずにいた。
怖かった。先のあの夢。源太郎はこうして自分を抱いて、愛を囁いてくれるのに、何故に不安は消えないのだろうか。
「うっ…!」
中で源太郎がびくびくと震えだした。蘭丸がくっと腰を押し付けると、いつものようにたっぷりと熱を注がれる。
「駄目…」
満ちると意識が遠退きそうになる。引き寄せようと頭を振ると、源太郎が頬を支えて止めた。
「いいだ、眠っても」
「嫌です」
源太郎は前のめりに倒れて蘭丸を寝かすと、力の抜けたものを引き抜いた。どろりとした白濁液が零れる。
源太郎は東の空を見ながら言った。
「もう夜が明ける」
「朝は嫌いです」
「なしてだ」
「一人になってしまうから…」
「側にいるだよ?」
「目覚めると、蘭は一人です」
「じゃあ、今日はずっと側にいる」
「それはなりません。我儘を言って、申し訳ございません」
蘭丸が顔を向けて空を見た。
「共に迎えられて、とても嬉しいです」
「うん、おらも」
蘭丸はゆっくり目を閉じた。源太郎は汗の浮いた額を撫でる。誰にも触れさせたくないと、源太郎は眠りにつく蘭丸の肌に、自身の痕跡を残した。
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