妄想、愉悦。


肆拾玖


  


「おい!」

 雨の中、男の声が混ざった。
 蘭丸が凍えながら顔を上げると、傘を差した男が血相を変えて駆け寄って来た。

「大丈夫か!」

 男は、傘を蘭丸に差し出し、しゃがんだ。蘭丸が見上げると、男ははっと息を飲んで、微かに笑みを浮かべ、口元を手で隠した。さっきの男たちとは違う、身なりのいい見知らぬ男だった。

「お前が蘭か」

 男は傘を置いて、濡れてしまうのも構わず震える蘭丸を抱き上げた。

「可哀相にな、もう大丈夫だ」

 男は蘭丸を抱えながら草履を脱ぎ捨て縁側へ上がり、蘭丸を廊下へ下ろした。

「待ってろ、今、拭くもの持ってきてやる」

「わ、私よりも、菊殿を…」

「あ?ああ、大丈夫だ、心配するな」

 男は蘭丸を宥めて、奥へ入っていった。あの男は菊之助を知っていたのだろうか。本当に無事なのだろうか。蘭丸は這うように部屋へ進む。蘭丸の体から続く水たまりが広がった。

「おい、無理するな」

 男は大きな布を持ってすぐに戻って来た。蘭丸の頭に布を被せて、髪や肌の雫を拭き取った。

「菊なら大丈夫だから」

「ほ、本当に?」

「ああ」

 男はもう一枚の乾いた布で蘭丸の体を包んだ。治療部屋の寝台の敷布だった。

「すぐにあっためてやる」

 男は自分の服を脱ぎ始めた。蘭丸はその動作をぼんやり見ていた。優しい態度を取っておきながら、また菊之助を盾にして辱めるのだろうか。男の意図が分からない。けれど、体の自由が効かないのだから、抵抗しても無駄だと蘭丸は諦めていた。
 男は下帯を残して裸になると、敷布を開いて蘭丸を両手で包み込んだ。人肌の温もりが温かく、体の力が抜けた蘭丸は、男の胸に寄りかかるような体制になっている。冷たい唇が、男の胸の傷跡に当たった。
 徐々に体が温まり、震えが止まった頃、男は蘭丸の顎を持ち上げた。小さな唇を指先でなぞる。

「吸ってもいいか?」

 蘭丸に拒む権利はあるのだろうか。蘭丸は答えられず、否定もできず、意思表示に唇を噛んだ。男は、其処を熱い舌でなぞる。蘭丸は歯を閉じていた。

「逆らうつもりか?」

 男の目の色と、この一言で分かった。同じだ。この男も、さっきの男たちと同じ目的なのだ。菊之助の悲鳴が生々しく蘇り、哀しくて怖くて涙が出てくる。

「き、菊殿に、もう乱暴しないで…」

「蘭は優しいな。菊はもう大丈夫だ。お前にも、乱暴はしない」

 男は、蘭丸に唇を押し当てた。蘭丸の力の抜けた口内にゆっくりと舌を挿し入れ、内側を舐め、唾液を啜る。優しく丁寧な動作に、蘭丸は戸惑う。口を吸われながら、固い床の敷布の上に、体を倒される。

「首、絞められたのか。可哀相に」

 温かい唇が頬から首筋に移動する。男は、蘭丸の至る所に口付けし、跡を残した。不覚にも、源太郎の愛撫を思い出してしまった。けれど、蘭丸の体にはもう源太郎の跡はない。そして、別の男が幾つも新たに刻んでゆく。
 今すぐにでも源太郎を探しに行きたいのに。

「どうした」

 蘭丸のすすり泣く声に、男は顔を上げた。

「本当に嫌なら、そんな顔はしない方がいい。それとも、心では喜んでいるのか?」

 男の指先が、臍から下をなぞっていく。反応している分身に軽く触れる。

「少なからず体は喜んでいるみたいだな」

 からかいで蘭丸の頬がかっと赤くなると、男は吹き出した。

「本当に可愛いな、お前」

 男は蘭丸の片足を持ち上げて、結合箇所を晒した。まだ閉じきらずに息づいて、開く度に桃色の内部を見せていた。
 早く終わるように祈りながら、蘭丸は目を閉じた。

「はっ…!」

 下から熱い杭が打たれる。内からの衝撃で、蘭丸は閉じたばかりの瞼を開いてしまった。

「ううっ…」

 惨めさに目を背けると、その先にの相手の腹が白く汚れていた。何時の間にか蘭丸自身が吐き出していた。もう何度目だろうか。それなのに、急所を中から圧迫されて、またこみ上げてくる。

「あっ…!」

 突き上げられる。もう何度も達したのに、蘭丸の熱は治まることがなかった。男は、優しい仕草で蘭丸の首に口づけた。嫌悪が快楽で打ち消されそうになる。蘭丸は、今までと違う恐怖を感じていた。

「や、ひっ…」

 男は、腰を揺すりながら泣き喘ぐ蘭丸を見つめた。悲しくありながら、悦んでいるような淫らな表情。

「男の喜ばせ方、よく知ってんな。それとも、無意識でやってんのか?」

 男の声は蘭丸の耳には届かず、小刻みに悲鳴をあげていた。男は蘭丸の体を倒した。

「ああーっ」

 中に熱を送ると、媚肉が震えた。絞り出すように締め付けられ、出し切るも、蘭丸の中はまだひくついて、空洞から白濁液が滴っていた。

「次、何をしなきゃいけないか分かるか?」

 男は自分のものを濡れた布で拭いていた。

「ん?」

 蘭丸が起きあがろうとすると、察した男に肩を抱かれ、引き寄せられた。蘭丸は男の股座に手を伸ばす。

「いい子だな、蘭は」

 まだ冷たい指先に、男の熱いものが触れる。先端を掌で包んで撫で回すと、熱が増してくる。

「口も使ってくれねえか?」

 蘭丸は無言で屈んで口に含んだ。この男は先の者とは違い、無理に押し込んだり、頭を押さえつけたりはしない。ただ、温かい手を添えていた。

「もういいぜ」

 蘭丸は顔を上げた。口から離れたものは熱く、上を向き、唇と透明な糸を繋いでいた。

「蘭は痛いのが好きらしいが、それは俺の性に合わないんだ」

 蘭丸は左右に首を振った。

「好きじゃないっ…」

「そうか。なら、優しくしてやるからな」

 男は敷布を被せるように蘭丸の体を包む。そのまま蘭丸は横向きに寝かされ、後ろから抱き寄せながら押し入れられた。

「くっ…うあっ」

「さっきまで入ってたのに、狭いな」

 片足を担がれながら腰を打ち付けられる。内側から圧迫され、片手が前に伸びて敷布の上から弄られる。乳首を布越しに指の腹で転がされる。蘭丸の体は反射的に、男に心地良い締め付けと微かな振動を与えていた。
 男は一旦抜いて、蘭丸を仰向けにして前から再度挿入した。

「ううっ」

 蘭丸は敷布を握る。男は蘭丸の顔を見ながら笑った。そして、動きを加速させる。

「また、中に出すぞ」

 中に熱が満たされるのを、蘭丸は唇を噛んで耐えていた。
 男は用を終えると、服を着て身を整える。裸の蘭丸を敷布でくるんで、せわしなく呼吸を繰り返す赤い唇を塞いだ。

「き…」

「ん?」

「菊殿…」

「お前はどこまで本気なんだ?」

 男が意味の分からない問い掛けをしてきた。

「まあ、どっちでもいいか。菊なら大丈夫だってことだけ伝えとく」

 蘭丸は、大きくゆっくり息を吐いた。

「何故、知って…」

「じゃあ、達者でな」

 蘭丸の疑問を聞かずに、男は草履を履いて、傘を差して帰ってしまった。
 終わった。自己嫌悪に浸っている暇はない。早く、菊之助の無事を確かめなければ。蘭丸は敷布を被ったまま、這って部屋へ向かう。体が寒さとは別の震えで、特に何度も突かれたせいで足腰に力が入らなかった。
 部屋へ近付く度に鼓動が早まった。微動だにしなかった菊之助の生白い脚を思い出す。蘭丸は頭を振る。負の感情に乗っ取られては、前へ進むことが出来なくなってしまう。蘭丸にはしなければならないことが沢山ある。

「くっ…」

 破壊された障子の枠に手を掛け、体を引き寄せる。感覚が徐々に戻り、一番自由の利く左手がぴりぴりした。
 体液の匂い。目の前に、大人の男の足があった。見上げると、見覚えのある男が蘭丸を見下ろしていた。心の底を見透かすような深い目。

「お前は…」

 この部屋で菊之助とまぐわい、蘭丸に乱暴しようとしていたあの男だった。

「また会ったな」

「あぅっ」

 男は蘭丸の体を引きずり入れて、仰向けに転がした。肩を強く抑えつけられて、蘭丸は捲れた敷布を戻すことも出来ずにいた。

「今日は抵抗しないのか?」

「き、菊殿は何処へ…」

「何処にいると思う?」

「知っているのか?」

「ああ」

「無事なのか?」

「今はな」

「どういう…!」

 男が蘭丸の左胸の塞がった矢傷に触れた。痛みと似た痺れでびくりと体が揺れる。

「お前次第ってことだな」

 指が僅かに移動した。指先で小さな突起を弾かれる。蘭丸は息が乱れるのを堪える為に、まだ赤いままの唇を噛んだ。

「抵抗しないんだな?」

「し、しないから、もう菊殿を傷つけるようなことは…」

「いい心掛けだな」

 男が蘭丸の顎を乱暴に掴む。開口させようと頬骨に長い指を押し付けた。

「舌を出せ」

 蘭丸は従い、舌を伸ばした。

「…っ!」

 舌を包むように吸われた。男の甘い唾液が舌に絡む。菊之助に飲まされた蜜の味だ。
 間近で視線が合う。やはり、目つきが信長と似ていて、錯覚しそうで怖くなって、蘭丸は目をぎゅっと閉じた。
 男は首筋や脇をじっくり執拗に舐め、吸い付いてくる。蘭丸は必死で声を殺した。けれど、耐えれば何処かでこぼれてしまう。無意識に擦り合わせた膝に手が伸び、乱暴に開かれる。堅くなった部分も、小さな双球も、白糸を垂らす息づく蕾も、吐息が当たる程顔を近付けられながら視姦された。

「うっ…」

 熱いものが押し当てられ、ゆっくり中に入ってくる。

「やっと入れたよ。お前の中に。おい、何故目を閉じているんだ」

「見たくない…」

「何をだ?」

「……」

「何を見たくないんだ?」

「あっ」

 まだ新しい傷跡に爪を立てられた。

「顔、見たくない…!」

「この顔は嫌いか?あいつは好きだと言った。それから」

「っ…」

 男は蘭丸の耳元で囁いた。愛おしい記憶が甦る音色に、蘭丸は息を飲む。

「この声も。知ってるか?お前の中は、とても熱く、どくどく脈打ってる。俺が話せば、その間中、強く早く俺を打ち付けてるんだ」

「そんなこと…」

 蘭丸が否定しようとしても、男は語ることを止めない。蘭丸は耳を塞ぎたくなった。どうして、こんな男が信長と似ているのだろうか。不幸な偶然を呪いたくなる。蘭丸にとって、知らない誰かにただ乱暴されるよりも辛いことだった。

「うああっ!」

 腰を強く掴まれ、乱暴に突かれた。ぶつかり合う肌が痛むのに、大きな快感が押し寄せて来た。

「気持ちよさそうな可愛い声だ。それに、顔も」

 小さくも、低くよく通る艶を帯びた声が蘭丸を追い詰める。

「や、やだ!もう…!」

「俺は好きだ、お前の顔と声が」

「止めて、喋らないで、見ないで…!」

 惑わさないで。言いかけて、蘭丸は歯を食いしばる。心の中で必死に救いを求めた。

(助けて、信長様、源太郎様…!)

 その時、熱いものが顔に降ってきた。瞼を開くと、血走った男の目が蘭丸を見据えていた。笑っていた口元が虚ろに開き、首から血を吹き出しながら、蘭丸の体に凭れてくる。力なく、ずしりと重い。

「……!?」

 血の花を咲かせながら、目の前の男が倒れた。体は繋がったまま蘭丸の中に吐き出していた。死体に犯される恐怖心に、蘭丸は自由の利かない体を震わせた。

「乱太郎さん!」

 覇気のある高い声に蘭丸ははっと息を飲む。大きな肩の向こうに、血を浴びた菊之助が立っていた。





- 49 -

*前次#


ページ: