伍拾
菊之助も外に連れられたのか、ずぶ濡れで裸のままだった。菊之助は蘭丸に被さった死体を乱雑にどかして蘭丸を抱きしめた。血液が雨粒で流れ落ち、冷たい肌が密着する。
「良かった、菊殿…」
「うん」
菊之助は蘭丸に口付けを施す。舌が触れ、蘭丸は侵入を拒むためにぐっと歯を噛んだ。
「嫌?」
「ごめんなさい…。私、もう…」
「もうしたくない?沢山犯されたから。それとも、おれのことが嫌?」
「そんなことありません」
「嬉しいよ。おれの為に、痛いのも怖いのも我慢してくれたんでしょ?」
「けれど、菊殿も、私の為に…」
菊之助は笑った。そんなに見当違いなことを言ってしまったのだろうか。
「乱太郎さんがそう思うならそれでもいいよ。でもさ、だったら余計に乱太郎さんはおれのものになるべきだと思うんだ」
蘭丸は首を左右に振った。
「私、もう行かなければ」
「行かせないよ。第一、体、動かせないでしょう?」
菊之助は蘭丸の額に口付け、血濡れた頬を舌でなぞっていく。
「ほんとはね、おれがあの男たちに従ったのは自分の為だよ。殺されたくないし、するのも嫌いじゃない。あんな男たちを喜ばせるのは癪だけどね。でもね、乱太郎さんには気持ち良くさせてあげたいって思ってるよ」
首筋に吸い尽く。反応したくないのに、条件反射のように体が揺れる。
「止めて下さい…」
「大丈夫、痛くしないから」
「うぅっ…」
腫れた乳首を柔らかな唇で包まれる。涙が出て来た。さっきから、気持ちとは裏腹に体が火照って、抑えても溢れてしまう。
「どうして泣くの?痛くないでしょ?それとも気持ち良くてたまらない?」
「違っ…!」
菊之助が蘭丸の下腹部の屹立を掴んだ。冷たく柔らかい手の感触が、熱を煽る。
「違うの?なら、そんな顔しちゃ駄目だよ。みんな勘違いしちゃう。もっと気持ち良くさせてあげたいって」
菊之助が手を上下に擦り、蘭丸の熱を集めた。
「菊殿、もう止めて、私…!」
「いきそう?まだ駄目」
菊之助は笑いながら手を離し、今度は腰に跨ってきた。
「菊…」
菊之助は蘭丸の腰を抑えつけて、後ろ手で猛りを掴むと、腰をゆっくり落とした。
「いくなら、おれの中でだ」
「だ、駄目です!それはっ」
抵抗しようとしても、力が出ず、膝で腰を固定され、動けない。先端に滑りを帯びた皮膚が当たる。
「あっ」
さして抵抗もなく埋まった。菊之助の中は瑞々しく、一方的な言動とは相反して優しく蘭丸を包んでいく。総てが包まれて、ぺたんと柔らかい尻が密着した。
菊之助は蘭丸を見下ろしながら、血に染まった唇を舐めていた。
「思った通りだ、硬くて熱い」
「菊殿、抜いてく…」
言葉の途中、菊之助はわざと内側を締め付けた。蘭丸は言葉を中断させて悶えた。
「ねえ、こっちも悪くないと思わない?おれの中で、どんどん熱くなってるよ」
菊之助は、前屈みになって自ら腰を上げ、抜き挿しを始めた。薄まった血の雫が蘭丸の顔や胸に降り注ぐ。根元が空気に触れ、また瑞々しい粘膜に包まれ、繰り返された。
「それとも、もう知ってた?」
菊之助が綺麗な顔で見下ろしていた。瞳は潤んで、頬が紅潮している。
直視出来なくて、蘭丸は顔を背けた。
「…!」
虚ろな表情をした男と目が合う。既に信長の面影は見えなくなっていた。しかし、胸につかえるような違和感が生まれる。
「こっち見てよ」
菊之助が蘭丸の顎を掴んで上に向けた。蘭丸は混乱して、菊之助の口付けを拒むことも出来ない。呼び戻す為に、菊之助は乳首に指先で触れた。
「ああっ!」
電流が駆け巡り、熱が出口へ向かう。菊之助の体内目掛けて吐き出された。もう何回もしたのに、まだ止まらない。菊之助も、出してはいないが中を震わせながら、蘭丸に残酷な快楽を与え続けていた。
互いに鎮まった頃合に、菊之助は立ち上がる。蘭丸の体液が後口から太腿を伝い流れ落ちた。
「いっぱい出したね。御馳走様」
菊之助は敷布の白い部分で体を拭いて服を着始めた。蘭丸は相変わらず体に力が入らず、菊之助の髪をかきあげる優美な仕草を眺めていた。今までのことはなかったように、落ち着いた表情をしている。
分からない。菊之助が何を考えているのか。
「分からないって顔してるね」
「……」
「ね、もう一度する?」
「しません!」
「どうして?気持ちよかったでしょう?」
菊之助は腰の帯を結んで、蘭丸の前に膝を抱えてしゃがんだ。まるで、自由な体を見せ付けるみたいに。
「こんなの、辱めるのと同じです」
「そうかもね。でもさ、仕方ないじゃない。あなたは好きな人とするのが好きだけど、相手はもういないし」
「いいえ、源太郎様は、何処かで生きています」
「まだ幻想に縋ってるの?」
「違います。あのご遺体を確かめたら、源太郎様とは違う方でした。直ぐに探しに行かなくては」
「その必要はないよ。源太郎さんは、死んだんだ」
「菊殿、信じて下さい、あの方は…」
「うん。確かに、あの人は源太郎さんじゃないよ。源太郎さんみたいに優しくもないし、下劣などうしようもない奴だったよ」
「菊…」
何故、源太郎でなかったことを知っているのか。何故、その者がどんな人間だったのか知っているのか。疑問が頭の中に幾つも生まれ、巡る。
「何故、源太郎様に見立てた遺体だと…」
「必要だったから」
まだ疑問ばかりが浮かび上がって、しかし脳は考えることを拒んでいた。答えを導くのが恐ろしくて、疑問を投げかけることが出来ない。菊之助は構わず続けた。
「体格も頭の形も似てたし、騙されてくれると思ったんだけどなあ」
何故、何故、何故…。
「ほんとはさ、本物の源太郎さんを届けようと思ったんだけど、駄目だった。壊れすぎちゃって、原型留めてなかったんだもん」
表情を変えない菊之助を見詰める。こんな時でさえ、菊之助の瞳は綺麗で、その無垢な輝きに縋りたくなった。
「な、何故、かようなことを、知って…」
やっと口にした問い掛けに、菊之助は吹き出した。落としきれなかった赤い汚れがこびりついた手を顔に当てて笑っている。
「とぼけてるの?それともまた現実逃避?」
手を下ろすと、菊之助はもう笑っていなかった。冷たい青が光る。
「おれが源太郎さんを殺したんだよ」
「嘘……」
今度は蘭丸が笑った。つまらない冗談。だって、源太郎の訃報で、菊之助だって泣いていた。それなのに、蘭丸を気遣ってくれた。泣いてる蘭丸の傍にずっといてくれた。しかし、笑ったつもりでも、口が歪んだだけでうまく出来なかった。笑わなきゃ。だって、菊之助が出鱈目を言っている。
「どうして嘘だと思うの?」
「だって、菊殿が、源太郎様を殺す理由なんて…」
「そうかな?仲がいいの見せつけられて、おれは辛かったよ」
「けれど、源太郎様は、菊殿のことも…」
「うん。源太郎さん、おれにもすごく優しくしてくれたし、おれ自身、源太郎さんのこと好きだったから多少心は痛んだよ。でもね、源太郎さんがいい人であればある程、優しければ優しい程、恨めしくなるんだ。やっぱりあなたの大切な人だから、おれが殺さなきゃならないんだ」
菊之助の言葉の意味が理解出来ず、返事が出来ない。
「まだ分からない?」
「あうっ…!」
菊之助が蘭丸の髪を乱暴に掴んで顔をあげさせた。
「これ見てよ」
菊之助は隣の死体を乱暴に足で転がした。
「くっ…」
虚ろな死に顔が間近に来る。
「分かんない?それとも忘れちゃった?」
「い、痛い!」
「答えろよ!」
菊之助は蘭丸の髪を引きずり、脇腹を蹴った。
「あんたのそういうとこ、苛つくんだよね。簡単に騙されてくれたのは良いんだけどさ、それ以上に腹が立つんだよ」
腹を踏みつけられる。呼吸がままならない。
「ね、あんた、本当にあの信長の小姓だったの?信長は実力主義者で家臣にも厳しいって聞いてたけど」
菊之助の口から、思いも寄らない名前が出て来た。
「おれさ、あんたの鈍感さには何度も驚かされたよ。森蘭丸は有能だって何度も聞かされたから。まあ、偽物の死体を見抜けたってことは馬鹿じゃないんだろうね。だから、余計に吃驚してる」
菊之助はまたしゃがんで、残酷な笑顔を近付けた。
「ね、裏切られたって傷ついてる?でもね、違うんだよ。簡単に騙される方が悪いんだ。戦乱の世に関わってたなら分かるよね?それとも、あんた自身がずっと、ずうっと家族や信長や源太郎に当たり前のように愛して可愛がって貰ったから、裏切りとか、そんな経験すらなかったのかな?」
蘭丸は、動揺しながらやっと顔を上げた。目の前の死体が向きを変えている。首に刺さっているのは簪。見覚えのある飾りがきらきら光る。蘭丸は息を飲んだ。
この胸に通らずにいたのは既視感だった。この男に似ていたのは、信長ではなかったのだ。鬼河原の城でのおぞましい一連の出来事が、頭の中をぐるぐる回る。
「やっと気付いた?気付くの遅いよ。わざわざ似た人をおんなじように殺したのに。ほんっと、やりがいないよなあ」
「大切な人は籐四郎殿では…」
蘭丸が討ったこの男と似たあの男は、商人の子息ではない。
「違うよ」
菊之助は死体の首に刺さった簪を抜いた。その尖った先端を蘭丸の首に押し当てると、柔らかい皮膚がへこんだ。
「おれの大切な人はあなたが殺したでしょう?」
菊之助の目が悲しく歪んだ。
「あの男は、信長様の振りをして、蘭を……。それだけじゃない、源太郎様を盾にして…」
「うん。あの人、あんたを欲しがってたから。あんたを手に入れた時嬉しそうにしてたよ。おれが惨めになるくらいにね。でもまさか、殺されるなんてね」
「どうしてそんな男が…?」
「おれに生き方を示してくれたから。愛されるのが当たり前のあんたには分からないよね。でも、おれには源太郎を殺す権利があった。それは分かったでしょう?悲惨な姿をちゃんと見せたかったけど、ついやりすぎちゃってさ、残念だったよ。あの人の亡骸を見た時のおれの気持ち、分かって欲しかったんだけどなあ」
菊之助は蘭丸の首筋を簪でなぞる。
源太郎の笑顔が不意に過ぎる。あんなに近くに居たのに、今はこんなにも儚い。
「うああああ!」
蘭丸は菊之助の体を突き飛ばした。仰向けに倒れた菊之助に覆い被さり、簪を奪う。それを菊之助の肩に突き刺した。菊之助は歯を食いしばる。
「よく、動けるね…あんなに飲ませたのに」
「よくも、よくも源太郎様を!!」
蘭丸は何度も菊之助の右肩に簪を突き刺した。菊之助は笑っていた。殺意が消え、憂いを湛えた目を光らせて。
「……!」
蘭丸の手の中の簪が零れ、菊之助の血の水たまりに落ちた。
「…どうしたの?体が動くうちに殺しなよ。あんたにはおれを殺す権利がある」
「……」
蘭丸は動けなくなった。涙が菊之助の顔に降る。
「嘘だったのですか?あの涙も、優しさも…」
「この期に及んでお目出度い人だね。嘘に決まってる。あんたに近付いて、一番傷付く方法で陥れる為にしたことだよ」
「籐四郎殿のことも…?」
「…そうだよ?」
菊之助は血濡れた簪を拾い、蘭丸の手に握らせると、素手で蘭丸の首に触れた。
「ねえ、殺してよ。あの人を殺した人に殺されるなら、悔いはないから。あの人を殺したみたいにさ、ほら、此処を突けばいいんだ」
うなじに指を当てる。蘭丸が固まっていると、菊之助は上体を起こして簪ごと蘭丸の手を握り、蘭丸の背を抱き寄せながら鋭利な先端を自らの其処へ導いた。
蘭丸が手を引こうとすると、菊之助はぎゅっと手を握る。
「おれはもう、目的を果たした」
蘭丸は手を振り解いた。簪が壁に当たり、赤く汚れる。
「出来ないの?源太郎を殺したおれを殺せない?」
蘭丸は菊之助の体の上で震えながら泣いた。色んな感情が巡って、一番大きな悲しみに蝕まれて、体は再び自由を失ってしまった。
「いくじなし」
菊之助は力の抜けた蘭丸の体を突き飛ばした。痩せた体が床に転がる。菊之助は腰の帯を解いて、蘭丸の両手首を掴みあげた。右腕が軋むように痛む。その体制のまま、腕を縛り上げられた。
「気が変わったから、復讐の続きをしよう。死ぬよりも辛い目に遭わせてあげる」
菊之助は隣の部屋から小鉢を持ってきた。指で蜂蜜を掬い、蘭丸の後孔に突き立てる。ぐちゅっと中に出された白濁液が飛び散る。
「ひっ!」
びくりと蘭丸の体が揺れた。
「すごい、いっぱい出されたんだね。お尻、熱いでしょ?ひくついてる」
「や、…やっ」
「嫌がっても、締め付けてるよ?気付いてた?これね、媚薬が入ってるの。お陰で下手くそ相手でも気持ちよかったでしょ?」
指が深く埋まってくる。息が上がる。
「ほんと、いい反応するよね。気持ち良さそう。でも、それだけじゃないよ」
菊之助が耳打ちする。
「もっと深い闇に突き落としてあげるから」
囁いて顔を上げた。言葉とは裏腹に、菊之助の表情は菩薩のように優しかった。
「あんたは意地っ張りな上誇りが高いからね。どれたけ自分が淫らで卑しいか分からせてあげる。本当の自分を受け止められるかな?どんな顔を見せてくれるんだろうね?」
菊之助の血濡れた華奢な手は鉈を握っていた。
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