妄想、愉悦。


陸拾捌


  


 湯浴みを終えて、寝室の戸を開けた。帰宅後すぐに入浴を済ませた源太郎は、布団を敷いて待っていてくれた。

「源太郎様が炊き返して下さったので、いいお湯でした」

「そっか」

 蘭丸は、湯気の立つ体で源太郎の隣にしゃがんで、頭に巻いていた手拭いを解いて髪を拭き始めた。源太郎はすり寄って両手で蘭丸の体を包んだ。源太郎の体が幾らか冷たい。

「湯冷めしているじゃないですか。どうして布団に入らないのですか?」

「冷たくないだよ?お蘭の肌が熱いから、そう感じるだけだ」

 唇を耳たぶに当ててくる。蘭丸はぴくりと肌を揺らした。

「ほら、お蘭のここよりは熱い」

 囁かれる。源太郎はその体制のまま薄い浴衣越しに胸に触れ、蘭丸の早まる鼓動を確認している。

「まだ、髪を…」

「拭いてやる」

 両手で丁寧に髪の水気を取る。蘭丸は、途中で振り向いた。

「もう大丈夫です」

「ん?」

 蘭丸が源太郎の手首を握る。源太郎は手拭いを置いて蘭丸を胸に抱いた。そのまま布団に転がって、源太郎は蘭丸の浴衣の襟に手を掛けた。まずい、と蘭丸は自らの掌で遮った。

「あの、お話しが」

「ん?」

「こんな形でする話ではないですけれど、布団から出ては体も冷えてしまいますので」

「うん、いいだよ。何だ?」

「今日、先生と唐八殿に、これからのことを聞かれました」

「これから?おらたちがどうするかってことか?」

「はい。お二人とも、本当に親身になって下さって、このままここに留まることも提案してくれました」

「まあ、前にも言われたな」

「どうですか?」

「どうって、おらの気持ちは変わってないだよ。時期がきたら、一緒にここを出よう」

 源太郎の迷いのない言葉に、蘭丸は目を見開いた。

「良いのですか?」

「駄目なのか?」

 今度は源太郎が意外そうに目を見開く。

「いいえ。躊躇いがなかったもので、驚いてしまいました」

「だって、ないし」

「この地で得た新しいお仲間ともお別れになってしまいますよ?」

「うん。でも、仲間は新しい場所でもまた出来ると思う」

「それで宜しいのですか?」

「寂しいけど、仕方ないだよ。人と人は、ずうっと一緒にいることは出来ない。友達だって、家族だって、いつかは離れなきゃならない時がある」

「……」

「離れないでいられるのは、伴侶だけだ」

 源太郎は蘭丸の湿った髪に顔を埋めた。

「でも…」

「でも、何だ?」

「蘭のせいで、源太郎様は、また大切なものを手放すことになってしまいます」

「一番大切なものはここにある」

「お仲間だって大切です」

「うん。離れてたって、仲間は仲間のままだから。おら、ここ離れても、先生や唐八や孫六のこと、一生忘れない。お蘭もそうだろ?」

「それはそうです。けれど…」

「まだあるだか?」

「源太郎様にとって、此処は居心地が良いでしょう?」

「いいけどな、心ん中で、少し不安なこともある。此処は、安馬田の城が近すぎるし、やっぱし、お蘭がずっと身を隠すようにしてるのも嫌だし」

 蘭丸のせいで、源太郎は大切な存在を引き離すことになってしまう。

「んっ…」

 源太郎は蘭丸の開きかけた口を掌で抑えた。

「謝るのはなしな?おらは、おらがそうしたいから、そうする。お蘭には従って欲しい」

 源太郎は優しく微笑んだ。蘭丸が目を合わせたまま頷くと、源太郎は手を離して両腕で蘭丸を抱きしめた。

「新しい場所行ったら、お蘭にも仲間が増えると思う。今よりも沢山」

「何だか胸がいっぱいで…。蘭は、源太郎様がいて下さったら…」

「勿論、おらもいるだよ」

 蘭丸は起き上がり、戸の向こうに置いておいた地図を取り、正座をして源太郎に向き直った。源太郎の意志は確かなものだ。

「お蘭、布団から出たら冷えちまうだよ?」

「実は、先生が行き先を提案して下さいました」

「何だ、それ?」

「先生からお借りした地図です」

「地図?」

 源太郎も布団めくり、胡座をかいて蘭丸と向き合う。興味深そうに開いた地図を覗き込む。

「へえ、おら、こんな立派な地図って初めて見ただ」

「ここが安馬田です」

「な、安土って何処だ?」

「安土ですか?安土は、此処です」

「じゃあ、美濃は?」

「美濃は…」

 蘭丸が指を指し示すと、源太郎は嬉しそうに目を細めながら、『美濃』の文字や琵琶湖の付近を眺めていた。

「地図、楽しいですか?」

「うん。其処にお蘭が居たんだって思うとな」

 源太郎に釣られそうになるが、今は大事な話し合いをするのだ。蘭丸は気持ちを切り替える。蘭丸は指を『安馬田』に戻した。

「この安馬田から南へ向かった、この神賀井という地に、先生の弟君が切り盛りしている養生所があります」

「地図だとそげん遠くに見えねえけど、どんくらいだ?」

「蘭の目測ですと、三十里にも満たない距離です」

「えっと…」

「一日五里進んだら、六日程で着くと思われます」

「六日、か…。なら、冬になる前に着けるな」

「それで、蘭からも提案なのですけれど」

 源太郎はその気でいるが、次の案は受け入れて貰えるだろうか。蘭丸は地図を丸めて、畳んだ着替えの上に置いた。

「菊之助のお金を、旅の資金に当てようと思います」

「え?」

「勿論、お寺にも寄付します。その残りを」

「お蘭、嫌じゃないだか?」

「嫌です。けれど、先生は、蘭の状況を察して、行き先を提示して下さいました。しかも、大切な弟君の所へです。蘭が気を遣わないように、頼み事までして下さって。蘭は、お心遣いが嬉しくて嬉しくて…」

 昼の出来事を思い出すと、目頭が熱くなってしまう。

「先生のご好意はとても有難いのですが」

「そうだなあ。そんなにまでして貰って、金までは貰えねえな」

 蘭丸は頷く。

「安全な旅には、お金が必要です」

「うん…、神賀井って、どんな所なんだろうな」

「暖かく、海があるそうです」

「そういやあ、端っこにあっただな。おら、海、見たことねえから、楽しみだ……っへぐし!」

 源太郎がくしゃみを飛ばした。

「冷えてしまいましたね、早く中へ入りましょう」

「お蘭、あっためてくれるか?」

 源太郎はゆっくりと蘭丸の体を布団に倒した。蘭丸は頬を染めながら、にこりと微笑む。気付かぬうちに下瞼に溜めていた雫が耳へ落ちた。

「はい」

 源太郎は布団を肩に掛け、蘭丸に覆い被さった。

「なあ、お蘭はどうだったんだ?」

「どう、と言うのは?」

「なして、先生の提案を後に言っただか?」

「先に言ってしまったら、源太郎様が本心を仰って下さらないと思いまして。源太郎様は蘭のことを一番に考えて下さいます。それはとても嬉しいですけれど、そのせいで源太郎様が望まない選択をしてしまうのは嫌なのです」

「じゃあ、お蘭もおらとおなし考えだっただな」

「はい…。唐八殿や皆様と離れるのは寂しいですけれど、ここにいる限り、不安は拭いきれないと思います」

「うん」

 源太郎は蘭丸の涙の筋を指先で撫でた。

「お蘭はいっぱい泣いたな。辛かったり、悲しかったり」

「けれど、今泣いてしまったのは、先生の優しさが嬉しかったからです」

「うん。嬉しい時もいっぱい泣いてただな。これからは、そんな涙をいっぱい流して欲しい」

「蘭は、あまり泣きたくありません。男なのに、泣いてばかりでは情けないです」

 蘭丸は唇を尖らせる。源太郎は目を細め、笑った。

「可愛いな。もう、我慢しないだよ?」
 
「え?」

「いいだか?」

「は、はい…」

 源太郎の赤らんだ顔を見たら、蘭丸の頬も熱くなってしまう。源太郎は蘭丸の腰の帯を解き、襟を開いた。蘭丸は自ら浴衣の腕を抜いて、全裸になった。
 蘭丸の右腕は数日前添え木が取れたばかりで、比べるとまだ左腕よりも細い。源太郎は右の肘を握った。

「まだ痛いか?」

 一昨日、肌を重ねる前にも同じ質問をされた。

「もう痛くはないです。まだ少し痺れますけど」

「よくおらを担げたな」

「夢中でしたから」

 口付けて、吸い合いながら源太郎の手が蘭丸の胸に伸びてきた。乳首を指の腹で擦る。蘭丸はたまらず体を捩らせる。すると、起った小さな豆粒を摘ままれ、背筋に波が立ってびくりと体を揺すってしまった。

「あ…」

 源太郎は蘭丸の唇を解放すると、左胸の傷に唇を押し当てた。その箇所はまだ温度が高く、源太郎の舌が冷たく感じた。

「お蘭の、おらの腹に当たってる」

「え?」

「恥ずかしがんなくていいだよ?」

 源太郎は蘭丸の手を取り、自分の股間を寝間着越しに触れさせた。
 蘭丸は驚きと期待に目を大きくさせ、源太郎と目が合うと顔を背けてしまった。

「お蘭は変わらないだな。おら、お蘭の気持ちいい顔も喜ぶ顔も見れたら嬉しいのに、気付くといつも恥ずかしがって」

「そ、そんなことは…」

「恥ずかしがる顔も可愛い」

 源太郎は蘭丸の体に被さってまた口を吸った。源太郎の腹の下で、蘭丸の中心が小さな隙間を見つけて窮屈そうに持ち上がっていく。

「お蘭の、熱い」

「源太郎様のも…」

 源太郎の先端が押し当たる小さな袋が、きゅっと震えたのが自分でも分かった。源太郎が腰を上げると、互いの分身が勢い良く首を持ち上げ、雫を垂らした。源太郎は大きな手で自分と蘭丸のものを握り、密着させて腰を落とす。

「あっ」

 互いのものが二人の体に挟まれて、圧迫される。源太郎は体を上下に揺すり、擦りあわせた。蘭丸が喘ぐ。刺激で大きくなり、分泌された水気で摩擦が強くなり、昂っていく。極まったのか源太郎の勢いが弱まった。

「あ、駄目だ…」

 源太郎が下腹部に力を込めて腰を止めると、蘭丸は微笑んだ。

「良いですよ、出しても」

「汚れちまうし」

「蘭がまた洗います。それとも…」

 蘭丸が笑みを湛えたまま唇に指先を添えた。

「ここに、出しますか?」

 源太郎はすぐさま起き上がり、膝たちになり蘭丸の背を起こして頭を支えた。唇の感触を合図に抑えていた熱を放つ。

「っ!」

 蘭丸は驚いて頭を揺らしながら、その勢いを受け止めた。

「ふ…」

 放出すると、源太郎は腰を落とした。蘭丸は口を手で抑えながら、まだ残っているものをゆっくり飲み込む。飲みづらいだけに、長く舌に留まり、愛おしい味を堪能した。

「大丈夫か?」

「はい。とても濃くて…」

「お蘭は旨そうに飲むな」

「源太郎様のですから…」

 蘭丸が答えると、源太郎が持ち上がったままの蘭丸の中心を掴んだ。

「なら、お蘭のをくれ」

「あっ」

 源太郎は蘭丸の腰に顔を埋め、一気に頬張った。

「んあっ」

 源太郎は喉奥まで迎え入れ、蘭丸の腰をがっしり掴んだまま、顔を前後に動かした。

「や、あっ…、源太郎様っ」

 温かい口内粘膜に締め付けられて、すぐに蘭丸も源太郎の中で果てた。源太郎は通り道に残ったものも啜り、味を確かめながら飲み込む。

「甘い」

「そ、そんな訳…」

「本当だよ?余計にお蘭が欲しくなった」

 源太郎は帯を解いて、寝間着を脱いで、蘭丸を抱き締めた。汗ばんでいて、熱い。

「布団の中に入らないと、冷えてしまいますよ」

「大丈夫、すぐあったまる」

 源太郎は枕元の灯りの傍にある、小さな容器に指を入れた。きらきら光る指先を源太郎の腕の中で蘭丸は見つめた。

「油ですか?」

「うん、少しだけ台所から持ってきただ。ほら、腰、少し上げて」

「いつの間に…わっ」

 濡れた指を蘭丸の後口に添え、表面にたっぷりなすりつけてから、ゆっくり埋めた。難なくたどり着いた弱点で指が止まる。

「やっぱ、精よりもこっちの方が早いな」

「つ、強く押しては駄目です!」

 指をもう一本添えると、するりと埋まる。蘭丸は源太郎の肩に腕を巻き付け、悶えた。

「お蘭、力みすぎるな」

「で、でも…あうっ」

 源太郎がさらに指を増やすと、蘭丸はたまらず源太郎の肩を強く抱いた。

「も、大丈夫ですから…」

「ん…」

 この準備だけで昂ってしまう。源太郎は蘭丸をゆっくり布団へ寝かせた。既に達したのに、もう互いを反応させていて、視界に入ると同時に互いに照れ笑いを浮かべた。
 源太郎は蘭丸の膝を握り、開いて、間へ体を入れて、指で孔を寛げ、自身を挿し込む。

「んっ」

 一気に奥へ収める。内側から圧迫されて、すぐに達してしまいそうになる。

「きつくないか?」

「平気です…」

 蘭丸はついごまかしてしまった。きついのは、痛みではなく快楽を抑えているせい。出来るならこの時間を長く堪能していたい。

「そっか」

「や」

 不意に源太郎が蘭丸の乳首を指で突いた。擦って指をくるくる回し、起ち上がると爪先で柔く引っ掻く。蘭丸は腰をもじもじさせながら、膝で源太郎の腰を挟んで薄い胸板を押し付けた。

「あっ痛…!」

 蘭丸の悲鳴に源太郎は顔を上げた。

「強く挟みすぎたか?だが…」

「あぅ」

 固く腫れた乳首を指の腹で小さな輪にうずめられる。

「痛くしてごめん。でも、気持ちいいだな?」

 再度指の腹でなぞると、蘭丸は目を堅く閉じながら頷いた。腰を浮かせてしまって、下肢を反応させたままでは否定したところで説得力もない。
 源太郎は両の親指を蘭丸の乳首に添えて、擦りながら同じ律動で自身をその体内へ刻む。

「あっ、あっ!」

 蘭丸が同じ間で喘ぎ、源太郎は息は荒げ、まだ新しい畳が軋んだ。蘭丸は華奢な体を揺すられながら、源太郎と視線を絡ませあった。余裕のない表情を見たらたまらなくなって、瞼をぎゅっと閉じ、源太郎を強く締めつけた。

「あ、お、お蘭…!」

 源太郎が腰を押し付けた。込み上げる熱が出口を目掛け、蘭丸の中に注がれていった。蘭丸の体が震えた。直後の蘭丸の放出も、同じくらい熱を持っていた。

「源太郎様…」

 蘭丸が手を伸ばす。源太郎は蘭丸を抱き締め、唇を寄せた。こすれあった腹部に蘭丸の体液が広がる。敷布が汚れてしまった。けれど、求めずにはいられない。まだ足りない、もっと欲しい。蘭丸は口を開いて舌を差し出した。
 触れ合う吐息は、どちらが激しいだろう。濡れた瞳はどちらが熱いだろう。肌を這う掌は、どちらの方が貪欲なのだろう。

(きっと今は、蘭が…)





 汗も体液も拭わず、身を寄せ合いながら布団にくるまる。源太郎は寝息を立てていたが、蘭丸はまだ眠れずにいた。情交の後は、殆どの場合、蘭丸が先に寝入ってしまうのに。

「……」

 今更、心の奥底の不安感が顔を出し、小さく揺れる。何事も、新しい選択をするには勇気がいるものだ。連れ合う相手が自分にとって最善の道を望んでくれたとしても。
 大切な人は傍にいるのに、何を怯えているのだろうか。この先、何が起こるか分からないのは、此処に居続けても同じことだ。留まる選択をしても、悩むことになる。
 臆病者。心中で吐き出すと、信長の顔が蘇った。しかし、ぼんやりしていて、表情まで見えない。

「駄目だ、心配をお掛けしては…」

 呟くと、源太郎の腕の力が強くなり、きゅっと抱き寄せられた。蘭丸は腕を回して抱き返した。温かい。
 一人、思考を巡らせたところで答えなんか出ない。蘭丸は源太郎の心音を聞きながら目を閉じた。




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