妄想、愉悦。





  

 源太郎は浅い意識の中で、側頭部に痛みを感じていた。

「…様!」

 蘭丸が誰かの名前を呼んでいる。信長を呼んでいるのか。

「源太郎様!」

 違う、自分の名前が呼ばれている。源太郎は目を開けた。

「源太郎様、ご無事ですか?」

 鉄格子の向こうに、綺麗に着飾った蘭丸がいる。女物の上等な着物は先刻とは違う柄の物で、薄化粧を施され、髪は纏められて輝かしい髪飾りがきらきらと光る。状況を忘れて見とれてしまう程に、それは蘭丸に似合っていた。
 蘭丸は閉じられた鉄格子から源太郎に触れようと懸命に手を伸ばしている。他に誰もいないことを確認してから、源太郎は蘭丸に応えた。

「お蘭、まだ、おらの名前を呼んでくれるだか?おらのせいで、お蘭はひでえことされたのに…」

「源太郎様、酷いのは、私です。忠誠を誓ったのに、裏切るようなことを…」

 瞳から止め処なく涙が零れる。今すぐにでも拭ってやりたい。それが出来ない源太郎は、涙を止めようと笑顔を作った。

「違うだ。信長は、お前にとって、総てだった筈だ。それを知っていながら、おらはお前の心までも独占したくなっただ。おらの器が小さいばっかりに」

「そんな…、源太郎様こそが蘭にとって総てなんです。なのに、蘭が弱いから、信長様の幻覚に縋ってしまって…。冷静になれば判るはずなのに…」

「泣くな、お蘭…。最低なのはおらだよ。おら、なしてあんなひでえこと出来たんだろ。嫉妬ってのは、自分を見失うこええもんだ」

「源太郎様、蘭を嫌わないで下さいますか?」

「お蘭を嫌いになること、死んだって出来ねえだよ」

「有難うございます、源太郎様…。蘭が、必ず源太郎様をお守り致します」

 蘭丸は着物の袖で、涙を拭った。くるりと視線を一周させ、部屋を見渡す。

「お蘭、ここは何処だ?」

「私も、たった今目覚めたら、このような状態だったのです。どれ程時間が絶ったのか分かりません」

 蘭丸の目が鋭くなった。

「誰か、来ます…」

「あの男か?」

「いえ、恐らくは…」

 田子作がずかずか入ってきた。仲間は連れておらず、一人だった。

「源太郎の為に、精々ご奉仕するんだな、お姫様」

 田子作は蘭丸の腕を掴み、強引に引き寄せた。

「田子作、やめるだ!」

「うるせえ!今までこいつを独り占めしてた報いだ!」

「私は逃げたりなど致しません。源太郎様を逃して下さい」

「お嬢ちゃん、これを飲むだ」

 田子作は白い錠剤を蘭丸に差し出す。

「従ったら、考えてやってもいいだよ」

 蘭丸は、大人しく従い、それを口の中に入れる。ごくりと喉が動いた。

「服を脱ぐだ、早く」

 蘭丸は着物を脱ごうと帯に手をかける。時間をかけ、丁寧に、複雑な形の帯を外そうとするが、段々蘭丸の手が震えだした。

「仕方ない、着たままでいいだ」

 田子作は襟から手を突っ込み、素肌を弄る。

「あうっ」

 蘭丸が悲鳴を漏らすも、その声色は淫靡だった。

「ひひ、乳首が立ってるだよ」

「源太郎様…」

 蘭丸がうっとりとした表情で田子作を見詰める。様子がおかしい。

「田子作、お蘭に何を飲ませた!?」

 田子作は源太郎を無視して、着物の間から、蘭丸の滑らかな太腿をさする。

「お蘭、おらにどうして欲しいだか?」

「愛して、下さい」

「ひひ…」

 田子作は顔を緩ませ、蘭丸の紅を塗られた唇に口付ける。舌を入れて歯の裏を舐め、舌を絡ませる。蘭丸の舌は小さく、吐息は爽やかで、田子作はまた新たな味を知った。
 唇をじっくり味わうのは初めてだった。気付いた田子作は唇を離し、下衣を下ろして褌を解いた。蘭丸の頭を掴んで引き寄せる。

「お蘭、ここを綺麗にするだ」

 蘭丸は根を掴んで口を開け、大きな袋を含んだ。口内で弄ぶ。

「ああ!いいだ、お蘭…」

 田子作は息を荒立て蘭丸の形よい額を撫でた。

「お蘭、可愛いだ」

 無言で口淫を続ける蘭丸は先走りを滴らせた先端を含み、音を立てて吸い上げる。

「ふ、だめだ、もういい、離すだ…。お前の中に、出すだ」

 蘭丸は上目で田子作を見詰め、首を僅かに横に振った。

「お尻は嫌か?お口がいいか?」

 蘭丸は小さく頷いた。

「いいか、たまには…」

 田子作は極上の舌技に甘んじた。
 初めて抱いたおのこ。少女のように可憐な顔、中性的な肢体。女とは比べものにならない締まりに、田子作は夢中になった。縛り付けて監禁し、無理矢理犯した。何度も、何度も。しかし、こんな技まで持っていたとは。

「おらのものになれ。お前はおらに反抗し、泣いてばかりで、挙げ句自害しようとまでしただ。おらのものになったら、何だってしてやる…。ぐ、ぬ…」

 田子作は熱を放った。塊のような粘液を蘭丸の顔にぶちまけた。

「き、きもちええ…」

 付着した体液を猫のように舐める蘭丸の唇を吸った。

「不味い。おらのは美味いか?」

「はい、源太郎様」

 蘭丸は笑った。加虐心を煽り立てる泣き顔も良いが、保護欲を抱かせるような笑顔に、田子作はまた胸を高鳴らせた。

「今度は、おらがお蘭を愛してやるだ」

 交わらずして満足した田子作は、蘭丸の足袋を脱がせ、形よく揃った足の指をしゃぶる。

「あ、源太郎様、い、いけません!」

「お蘭のあんよはおいしいだな」

「ひゃあ!」

 蘭丸はむき出しになったもう片方の脚を逸らして、悶える。すると一瞬強張ったかと思うと、静かに横たえた。

「和姦とは、気持ちいいなあ。なあ、源太郎」

 縛り付けられ、身動き出来ない源太郎に向かって、田子作は言い放つ。

「けだもの…!」

「ひひ、しかし、この薬は効くだなあ、お蘭は、おらをお前だと信じてるだ。お前、今まで散々いい思いしてただなあ」

「黙れ!」

「それに見ろ、感度がええ。まさか足の指だけでいっちまうとはなあ」

「お蘭に触れるな!」

 田子作は蘭丸の小さな尻に触れる。蘭丸の体はぴくりと反応をした。

「また使わして貰おう…じゃあ、明日な」

「待て!明日って、また明日も来るだか?おらたちを放してくれ!いや、お蘭だけでも、逃がしてやって来れ!」

「それは出来ないだ」

「何故だ?」

「お前で脅さねーと、こいつは体を差し出さないだ。お前から引き離したり、お前を殺したりすれば、耐えられずに自分から死ぬだろうな」

「そげん…」

「お蘭の命は、お前次第ってことだな」

「お蘭は、ずっとお前らに犯され続けるだか!おらは、そんなお蘭をずっと見てなきゃいけないだか!」

「そうだな」

 田子作は立ち上がる。すると、横たわる蘭丸が田子作の腕を掴んだ。

「嫌です、蘭を、一人にしないで下さい!」

「可愛いことを言うだな、大丈夫だ、またすぐ来るだ」

 蘭丸を諌め、田子作が帰ると、入れ違いにあの男が入ってきた。
 男はぼんやりと横たわる蘭丸を見詰め、にっと笑った。

「まだ薬が効いているのか。休ませぬ、お蘭」

「源太郎様…?」

 蘭丸はきょとんと男の顔を見つめ返す。

「我は、信長…」

 蘭丸の表情は笑顔にかわった。

「信長様、蘭に会いに来て下さったのですね」

「くく、お蘭、愛でてやる。どうして欲しい?」

 蘭丸は恥ずかしそうに俯いてから、口付けをせがんだ。男は白い布を取り出し、崩れた紅を拭き取る。素肌も鮮やかな蘭丸の唇を包み、吸う。
 蘭丸は腕を男に絡みつけ、頭を抱える。一瞬のことだった。

「ぐっ」

 男の首から、大量の血液が迸り、部屋を血で染めた。
 蘭丸は倒れ込む男の体をさっと避ける。解かれた髪を靡かせ、顔に点々と鮮血を受けて。

「貴、様…っ」

 男は血走った眼に蘭丸を映し、息絶えた。
 源太郎は事態が飲み込めず、目の前の大惨事を呆然と見ていた。
 蘭丸は倒れた男の首から飾りのついた簪を抜き取り、男の腰に付けてある小袋を拾う。袋から鍵の束を取り出し、鉄格子の鍵穴に合わせる。鍵を開け、源太郎に走り寄る。

「源太郎様…!」

 涙を流し、源太郎に抱き付く。源太郎は我に返る。

「お蘭、おめぇ、薬、切れただか?」

「いえ、飲んだふりをしただけです。袖口に隠してあります。早く逃げましょう、源太郎様」

「だが、おらはこのざまだ。その鍵の束には、鎖の錠前のはなさそうだし…」

「大丈夫です」

 蘭丸は不敵に笑う。源太郎は初めて見た表情に、不謹慎にも胸を高鳴らせてしまった。
 そんな場違いな源太郎に気付かず、蘭丸は簪で器用に錠前を開けてしまった。自由になった源太郎は、無残な亡骸と血の海を一瞥し、蘭丸と部屋を飛び出す。
 襖を開けると、上等な板張りの廊下で、突き当たりに窓があった。

「この高さなら…。あの窓から飛び降りましょう!」

「む、無理だ、おら、忍びじゃねえ!」

「蘭が、お守りします。どうぞ、源太郎様。私の背に」

「あ、ああ…」

 自分より小柄な蘭丸に背負われるのは抵抗があったが、気にしている場合ではなかった。源太郎は蘭丸の背に体を覆い被せ、肩に腕を回した。

「お蘭、重くないだか?」

「平気です。源太郎様、お声は立てないで下さいね」

 蘭丸は源太郎を背負うと、窓から飛び降り、二階の瓦へ飛び移る。そして、地上へ難なく着地してしまった。
 源太郎を抱え、相当の重力が足に来たであろうが、蘭丸は辛い様子もなく立ち上がった。

「源太郎様、ここでお待ち下さい。すぐ、戻りますから」

 側の植木の茂みに源太郎を下ろすと、蘭丸は何処かへ行ってしまった。蘭丸は数分で戻ってきた。刀と鎧と、黒い笠と装備服を二人分持っていた。二人はそれに着替える。

「どこからもってきただ?」

「門番さんからお借りしました」

「殺しただか?」

「まさか。あちらの植え込みの奥に隠れていただきました」

 流石、命を懸け、困難を乗り越えた者は違う。源太郎は感心し、同時に辛みを知っているだけに、小さな背中が痛々しく映った。

「おらが、しっかりしねーと」

「え?」

「いや、何でもないだ。お蘭、あの門からだな、逃げるぞ」

 源太郎は呟きを誤魔化し、蘭丸と共にその場から離れた。
 二人は、誰に見つかることなく脱走した。源太郎は抜け出したばかりの敷地を見上げる。

「ここは、鬼河原様の城じゃ…」

「鬼河原?どこかで聞いたような…」

「ここら辺は、総て鬼河原様が統括してるだよ…。一体、何でおらたちを」

 蘭丸は手を顔に当てて考え込む。

「私、鬼河原様にお会いしたことがございます。領主の名は、一文様」

「そうだ。でも、会ったことあっても不思議ではないだ。ここは織田に抗うことなく、飲み込まれただ。お陰で、戦することもなく無事だったけども」

「一文様は、私を覚えているでしょうか?」

「お蘭みたいな綺麗な子、会ったら忘れないだよ」

「ま、真面目に話しているのに…」

「おらだって真面目だよ」

 源太郎は蘭丸の手をぎゅっと握る。蘭丸を案ずるような、真っ直ぐな目。

「お蘭、おら、田子作んとこ行ってみるだよ。田子作に聞いてみるだ。お蘭はどうするだ?」

「ら、蘭もご一緒します!」

「怖くないだか?田子作は、お蘭にいっぱい嫌なことをしただ」

「大丈夫です、源太郎様が、傍にいてくださるなら」

 蘭丸は、源太郎の手を握り返した。二人は向かい合い、見つめ合う。源太郎が抱き寄せようと、握っていない方の手で蘭丸の肩に手を伸ばそうとした時だった。

「それより源太郎様、ここを離れましょう。見つかってしまいます」

 蘭丸は源太郎の手を引き、半歩進む。

「手当てをしませんと。河原へ行きましょう」

 自然にかわされた源太郎の照れ笑いにも気付かず、蘭丸は源太郎の手を引いたまま走り出した。




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