妄想、愉悦。





 


 蘭丸は小袋を裂き、清らかな水で洗い、絞る。源太郎の笠を外してこめかみの傷にあてがう。

「痛くないですか、源太郎様…」

「痛くねぇ。おら、石頭だから平気だ」

「良かった。傷は閉じてますよ」

 源太郎は立ち上がり、着替えたばかりの服を脱ぐ。

「源太郎様、風邪を引いてしまいますよ」

「おら、そんなやわじゃないだ。風呂入ってないから痒いだよ」

 褌だけになった源太郎は、浅い川に入る。

「冷たくって気持ちいいだ」

 深い所まで行って頭を水に浸ける。

「ぷはっ」

 頭をあげ、ぱたぱたと水を振り落とすと、焼けた肌を水が弾き、短い髪を逆立てた。
 蘭丸は熱い眼差しで、源太郎を見詰めた。
「どうした?入るか?」

 源太郎が蘭丸の熱視線に気付くと、蘭丸は焦って顔を俯かせる。

「いえ、その…、源太郎様がお綺麗で」

 源太郎は泳ぎ、浅瀬に戻る。蘭丸は源太郎の筋肉質な体に視線を戻した。

「綺麗なのはお蘭の方だよ」

 岸に上がり、源太郎は蘭丸の隣に座る。

「私など、もう穢れきっています」

 蘭丸は悲しそうに瞳を伏せた。源太郎は蘭丸の笠を取り、河川敷に蘭丸を静かに押し倒す。

「源太郎様、こんなところで…」

 蘭丸の顔に水滴が落ちる。

「穢いのはおらだよ、お蘭…」

 蘭丸は倒された体制のまま、源太郎と顔を向けあう。

「おらの為に、おめえは田子作に従っただ。演技までして。なのに、おらは…」

「源太郎様…」

 源太郎の顔が悲しく歪む。蘭丸は、優しく濡れた頬に手を当てた。

「おらのこと、嫌わないでくれ。お蘭の演技が上手すぎて、おらとしてる時も、振りをしているのかと不安になっただよ」

「え?」

 意外な言葉の続きに、蘭丸は目を丸くする。

「さっき、あの男に接吻する時も、薬飲まされた時みたいに…、その、おらにするようにしてたから、だからおら、不安だっただ。いつもおらの相手をしてる時、ほんとは気持ちいい演技をしてるんだって…」

 蘭丸はすくっと上体を起こし、体を反転させ、源太郎の上に体を敷いた。体制が逆転した。

「源太郎様が、愛おしい」

 蘭丸は上半身を起こして、甲冑を外した。

「お蘭?そげんことしたら…」

 鎧を放って源太郎の上体を抱き起こす。対面して、蘭丸が源太郎の体に跨る形になった。

「お蘭…?」

「源太郎様、抱きしめて下さい、強く」

「こうか?」

「もっと強く」

「そげん強くしたら、折れそうだよ」

 源太郎の素肌と、蘭丸の体を覆う薄い装備服がぴたりと密着する。

「分かって頂けますか?蘭が、どれだけ源太郎様を想っているか」

 蘭丸の熱い鼓動が、薄い服越しに伝わる。

「あ、ああ…」

 源太郎は蘭丸の小さな胸に顔を埋めた。蘭丸が源太郎の頭を抱き抱えると、熱い息で耳朶を擽る。源太郎が擽ったそうに顔をあげると、蘭丸は源太郎に口付け、舌を入れてきた。小さな舌を絡ませ、強く唇で吸い付く。

「はっ…」

 呼吸の暇を与えない程に。蘭丸が自ら求めてきたのは初めてだった。源太郎はたまらず、自身を大きくさせ、蘭丸の小さな尻を僅かに押し上げた。
 体の下の異物感に気付いた蘭丸は、唇を離した。源太郎の昂り、期待に満ちた表情。応える為にすべきことは分かるが、流石に昼下がりの屋外では気が引ける。

「あの…」

 蘭丸が諫めるより早く、源太郎は蘭丸の腰を掴み、持ち上げ、肩に乗せる。

「わ!」

 蘭丸を抱え、衣服を拾い集め、草が生い茂る橋の下まで走った。蘭丸を静かに下ろす。

「源太郎様…?」

 源太郎は褌を解いた。力み、立ち上がったものが蘭丸の眼前に現れた。

「これを、解放してやってくれ」

「ですが…」

「お蘭のせいだ…」

「…はい、源太郎様」

 蘭丸は手を伸ばし、口を精一杯広げ、咥えた。舌で撫でる。源太郎は蘭丸の前髪をかき上げた。

「おら、嬉しいだよ、お蘭…。大人しいお蘭が、あんな風に、自分から…」

 蘭丸の舌の動きが止まり、咥えたままで、源太郎を見詰めた。頬は赤く、瞳は恥じらいを湛え、源太郎は一気に上昇する。

「…あうっ…」

 前触れもなしに、たっぷりと噴き出してしまい、蘭丸は驚き、口から離してしまう。熱く濃いそれは蘭丸の顔を目掛け、放たれた。

「源太郎様…、こんなに我慢されてたんですね…」

「こんなに濡らしちまっただ…」

 源太郎は蘭丸の顔を拭い、白濁を塗した親指で蘭丸の唇を撫でつける。受け入れた蘭丸は、包み込むように指に口付けた。

「お蘭…」

 源太郎は蘭丸の頭を抱き締めた。自分の体液が体に付着するのも気にせずに。

 源太郎の快楽を放出させるのは、器用な指先や、淫らな舌の動きばかりではなかった。蘭丸の仕草や、瞳、豊かな表情や声音。それらはいつでも源太郎を掻き立てる。

「おら、幾らでも勃つし、零してしまうだよ」

 源太郎は今度は丁寧に、蘭丸の顔の白濁を払う。小袋だった布を洗い、絞って丁寧に拭き取っていると、蘭丸の頬を涙が伝った。

「どうした、お蘭?」

「蘭は、源太郎様の為なら、大丈夫だと男たちに従いましたが、ほんとは…、痛くて、怖くて…」

 源太郎が幾ら拭き取っても、熱い涙の雫は止まらない。

「お蘭、ごめんよ、怖い思いさせて…」

「でも、あの時、源太郎様が殺されたら…、そう考えたら、もっと怖くて…。こうして、源太郎様が、蘭に触れて下さるのは、とても特別なことなんだって、実感したんです」

 源太郎は震える薄い肩を抱き締めた。

「もう、二度と、愛する人を失いたくない…、だから」

「おら、お蘭を守れるくらい、強くなるだ」

「源太郎様…、源太郎様…」

 思えば、蘭丸の人生はあまりに過酷だった。最も大切な主君を失い、自身は火事場泥棒の田子作たちの慰み物となる。それだけでも耐え難いのに、こんなことになってしまった。もし、あの時自分が幼稚な嫉妬などせずにいれば、蘭丸が攫われることも、傷付くこともなかったのに。

「お蘭、あいつが信長じゃなくって、その…凹んだだか?」

「あの…」

 蘭丸の表情に、戸惑いが窺える。

「おら、もう怒らないだよ。おらと出会った時、既にお蘭の中には信長がいただ。信長なしではおらが大好きなお蘭はなかった」

「…目の前が真っ白になりました。ずっと、心の片隅で、本当は生きておられると思っていましたから…。目隠しされたまま、あの男に口付けされた時、いけないとは思ったんですけど、嬉しくて…」

「あの男は、お蘭の、信長を想う気持ちを利用しただな。許せないだ」

「源太郎様…、ほんとに、ごめんなさい…」

「もう、謝らなくていいだ。小さい肩だ。お蘭は、この肩にいっぱい背負ってるだな」

 蘭丸がぴくりと体を動かし、顔を上げた。

「源太郎様…、人が、来ます」

「えっ?」

 蘭丸は素早く笠を被り、源太郎を隠すように被さった。
 若い女が二人、喋りながら河川敷沿いの道を通り過ぎて行く。

「何だ…、下町の娘さんたちでした。見つかってはいないようです」

 蘭丸は源太郎の体から離れた。目はまだ赤いが、涙は止まっている。

「お蘭は逞しいだな」

「蘭が強くなれるのは、源太郎様がいてくださるからです」

「おらも強くなってお蘭のことを守るだよ。お蘭が肩の荷物を軽く出来るくらいに」

「源太郎様…」

 蘭丸は源太郎の肩を抱き、しがみついた。

「蘭は、幸せです」

「お蘭、嬉しいが、そげんことされたら、また勃ってしまうだ」

 蘭丸は無邪気に笑った。取り戻せたことが嬉しくて、源太郎は一緒になって笑った。すると、凪いでいた風が吹き始め、源太郎は嚔をする。
 蘭丸が上衣を源太郎の肩にかける。肌は既に乾いていた。

「風邪を引いてしまいます」

「平気だ。でも、もう直ぐ夕方だ。急がねーと」

 表情に緊張感を漂わせ、蘭丸は頷く。

「って、おらが遅らせたんだけども」

 源太郎が決まり悪そうに言うと、蘭丸は表情を綻ばせた。

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